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 中山博史(男子11番)は、クラスの中で特別親しいと言える友人がいなかった。それなりに付き合いの

ある人間は何人かいたが、それは上辺だけの付き合いだったし、クラスが変わったり進学したりしたら、

もう連絡を取ることはないだろうという程度の連中だった。


 そもそもゴミの掃き溜めのような3年1組の中に、親しい友人なんて最初からいるわけがなかった。

彼はむしろ、クラスメイトを憎悪していたくらいだった。中にはまあ、茜々崎恭子(女子1番) 夕村琉衣

(女子18番) といった、彼好みのおしとやかな女子生徒もいたが――奴らからは、この国のために身を

捧げようという精神が感じられない。そう、あの渡良瀬道流(男子18番)と親しくしているのがいい例だ。


 博史がクラスメイトを嫌っている理由としては、国に対しての心構えがなっていないからというものが

大きいが、理由の一端として、道流の存在があった。




 大東亜のためにこの身を捧げるという心構えの欠片もない、むしろ国にとって害にしかならない人種、

真神野威(男子15番 たちの事は侮蔑に値したが、その中でも渡良瀬道流は許されざる存在だった。

ケンカに明け暮れ、自分勝手に振る舞い――さらには、女子生徒との交友も多い。


 テストの成績や町内でのボランティア活動、校内での委員会での仕事など、他人や組織、そして国に

対しての貢献では博史のほうが上だった。自分のした事が誰かの力になっているのだ。もっと尊敬、

評価されてもいいはずだった。



 なのに、それにも関わらず、いつも人々の中心にいるのはあの男だった。道流が汚い言葉遣いで

下らない話をするだけで、周りにいる人間は楽しそうに笑っていた。自分が何か話しても、そんな反応

は絶対にしないくせに。



 クソ女どもめ。どうせあいつの顔がいいから、キャーキャー言っているだけだろう。人間としてどちらが

器が大きいか、将来的な目で見れば分かるだろうに。苛立ちを押えるために自分自身にそう言い聞か

せていたが、逆に空しさ、惨めさが募るばかりだった。




 だから、そんな奴らが何人死のうが、知った事ではなかった。 政府の連中の態度はお世辞にも好感

を持てるものではなかったが、彼らの言うとおりにプログラムを進行することに何の抵抗もなかったし、

この先生き延びたところで、この国に貢献する見込みが全くないクラスメイトが死んだところで、良心が

痛むはずもなかった。虫が何匹駆除されようが、雑草が大量に処分されようが何も感じないのと同じ

ように。


 だからこそ、今の博史の姿は、プログラム開始の頃からは考えられない姿だった。担当教官が流す

定時放送で脱落したクラスメイトの名前を聞き、それにショックを受けるだなんて。






『――以上が、この6時間で死んだ生徒の名前だ。次に禁止エリアを発表するぞ。よく聞いておけ』

 プログラム会場の至るところに設置されているであろう拡声器から、三千院零司の声が聞こえてきて

いた。その声は静かで抑揚が低いが、はっきりと通る声だった。それでも今の博史には、零司の声は

ほとんど耳に入ってこなかった。


『禁止エリアは13時からF−01エリア、15時からG-07エリア、17時からI−04エリアだ』

 必要最低限のことだけを伝え、零司の放送は終わった。今回の定時放送で伝えられた禁止エリアに

より、01から03までのエリアは完全に孤立してしまう状態になった。そのために放送をちゃんと聞いて

いるならば、行動する範囲に制限が生じる事になり、やる気になっている人間と遭遇する可能性が増す

という事で焦りが生まれるのだが、博史の意識は全く別のところへ向けられていた。




 名前を呼ばれた生徒は、 麻生竜也(男子1番)、糸屋浩之(男子2番)、春日井洸(男子4番)、鈴森

雅弘(男子8番)、萩原淳志(男子13番)、真神野威(男子15番)、槍崎隆宏(男子16番)、 佐伯法子

(女子6番)、黛真理(女子13番)、安川聡美(女子17番) の総勢10名。洸や雅弘といった、クラスの中

でも中心にいた人物や、威を始めとするレギオンのメンバーが全員死んでいることなど、実に内容の

濃い放送だったが、博史は真理の名前を聞いた瞬間に、頭を鈍器で思い切り殴られたような衝撃を

受けた。




 死んだ……? あの、黛真理が……?




 そう、死んでいたのだ。プログラム開始後に博史と対峙し、その顔を警棒でめった打ちにしたあの真理

が、この六時間の間に。


 博史は唇をきつく噛み締め、両肩をわなわなと振るわせる。

 考えられない。考えたくもない。あいつが――あの黛真理が、死んだだって?

 それじゃあ俺は、俺は何のために、今までプログラムを生き抜いてきたんだ!

 筆舌に尽くしがたい怒りが込み上げてきた。やり場のない、理不尽な怒り。博史は「ああああああっ」と

唸り声を上げ、自分のデイバックを何度も何度も地面に叩きつける。




 真理は、自分が殺すつもりだった。殺さなければいけなかった。自分の顔をここまで滅茶苦茶にした事

もそうだが、道流なんかとつるんでいるろくでもない人間に、あろうことか総統陛下を侮辱した非国民は、

自分が必ず、この手で裁かねばならなかった。そこには女性相手に一方的にやられた事に対する、

壊されたプライドの報復も含まれていたが、博史は自身の負けを受け入れようとはしていなかった。




 誇り。博史のそれは自身が外に向かって誇れるものであって、その見返りが他者から自分へと返って

くるようなものではなかったが、博史にとっては自身を確立する非常に重要な要素だった。


 博史は国へ貢献している自分に誇りを持っているし、生きている限りは家と国に貢献していくという

理想を抱いている。それが正であるか邪であるかは関係ない。自身が生まれ、自身が育ち、また自身が

育っていくこの大東亜という国に対して働くことが邪であるはずがない。いや、そういった秤にかける事

自体がおこがましい。

 真理は、博史のその誇りを汚したのだ。他人の部屋に土足で踏み入り、滅茶苦茶に荒らして帰ってい

ったようなものだった。博史の誇りを、聖域を、彼女は我が物顔で汚していった。許されざる大罪だ。






 博史は手にしていた生徒名簿をじっと見つめ、真理の名前をそっと指でなぞった。そしてすぐに名簿を

ぐしゃぐしゃに丸め、遠くに投げ捨てた。


 悲しくはない。ただ、許せなかった。真理を見つけられなかった自分が。真理を殺せなかった自分が。

許可もなく、勝手に死んでしまった真理が。そして今も生きているであろう、真理を殺した誰かの事が。

 真理に敗れてから、彼の思考回路は正常なそれではなくなってしまっていた。プライドを壊され、屈辱

を味わったせいか、頭に血が上る――と言うより、その上った血が沸騰しかねないほど、非常に気が

短く、感情的になっていた。もっと分かりやすく言えば、狂いかけていた。


 それはこのプログラムという殺人ゲームが持つ異常な感覚、まるで異世界にでも来たかのような錯覚

が大きく影響していた。プログラムが進行し、人が死んでいくのが当たり前になり、中には殺人という

行為自体に躊躇がなくなったものもいるだろう。そういった異世界で生きていく生徒たちは、誰もが無

意識のうちに狂っていっているのかもしれない。プログラムで優勝し、日常の世界に戻れたところで、

果たしてそこで元のように、馴染む事ができる保障はどこにもないのだ。




 とにかく――今の博史にとって重要な事実は二つ。黛真理が死んだという事と、彼女を殺したであろう

誰かが、まだ生き残っている可能性が高い――という事だ。

 なら、そいつを殺せばいい。自分が殺すはずだった真理が誰かに殺されたのなら、真理を殺したそい

つを殺せば、真理を殺したのと同じ事になる。あの非国民を、この手で粛清した事になる。




 緊張の糸が切れかけた身体に、もう一度、やる気が満ち溢れてくるのを感じた。自分はまだ殺せる。

黛真理を、殺すことができるのだと。

 博史は土でぐしゃぐしゃに汚れたデイバッグを拾い上げ、自分にしか聞き取れない小言を呟きながら、

地図も見ずにフラフラと歩き出した。彼の両目は血走っており、動悸は荒く、その姿は狂人そのもの

だった。彼が忌み嫌っていた不良生徒たちよりも、何倍も醜悪な姿をしていた。



【残り9人】


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