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 彼――真神野威(男子15番)に下されている統一の見解は、非常にプライドの高い冷徹な

男といったところで、そして付け加えるならば、渡良瀬道流(男子18番) を異常に敵視してい

るというところだろう。

 不良の集まりである彼のチーム、レギオンは、多かれ少なかれ道流に対してそういう気持

ちを持っている者がいるが、威のそれは度を越えていた。


 威は、自分よりも実力が上の者に対して異常なまでの対抗心を見せる。それは喧嘩だけ

に限らず運動や勉強、果てにはゲームと言った些細なものにまで及んでいた。

 とにかく、他者より上に立つ事に対しての執着心が半端なものではなかったのだ。それは

一言に向上心が強い、とだけでは済まされないほどに。




 意外に思うかもしれないが、彼はもともと何の才能も持ち合わせていない――いや、他の

人間よりも優れているところがない、ようするに落ちこぼれのレッテルを貼られていた。彼の

家は周りよりも家庭環境に恵まれておらず裕福ではなかったし、両親の仲も良いものだとは

言えなかった。本人も、運動も勉強も出来るわけではなかったし――とにかく、その頃の威

は自分が底辺にいると自覚していた。


 だが威はそれを甘んじて受け入れていたわけではない。底辺にいるなら、上を目指せば

いい――。上に昇って、自分を見下している奴らを見下し返してやればいい。自分は、頂点

からの景色を見続けてやる、と。


 そこからは努力の連続だった。勝利を得るためにはまず、自分の実力を磨かなければ

ならなかった。威は徐々にその実力を上げていき――中でも直接的に相手を打ち負かせる

喧嘩に対しては、非常に力を置くようになっていた。相手に敗北感を植え付け、同時に自分

は征服感を得られるカウンター主体の戦法を身に付ける様になったのもこの頃だし、威は

小学生高学年にして、所属している小学校の同学年を統べるまでになってた。


 ただ――物事とは万事が上手くいくわけではなく、障害や挫折といったものが付きまとう。

威のそれに例外には漏れなかった。出る杭は打たれる、ということわざがあるが――威の

場合は、まさにそれだった。あまりにも目立ちすぎたがために一部から多大な反感を買い、

結果として、自分よりも遥かに実力が下な連中大勢に、一方的に嬲られる目に遭ってしまっ

たのだ。



 それが、威の行く末を決定付ける事件となった。



 いくら力をつけても、いくら強くても、数の前ではどうしようもない。組織力の前では屈服する

意外にない。格闘技のプロだからといって、道場の人間全員を相手に勝利することが出来る

か? それに、何かで評価される場合――そして、権力を得る場合は、個人よりも組織の方

が有利な場合が多い。



 数――数が必要だ。



 威は負けることが大嫌いだったが、負けたままにしておくのはもっと嫌いだった。どんな手

を使ってでも、どんな姑息な手を講じてでも、とにかく勝てば良い。勝って、上に立って、強く

なり続ける。


 人数が必要だと考える威が中学に入学し、萩原淳志、麻生竜也、糸屋浩之らと出会った

のも、その頃だった。

 負けるのが嫌だった。あの頃のような惨めな思いはしたくなかった。上へ。ただひたすら上

へ。威は上だけを見続け、そして――渡良瀬道流と出会い、今に至る。






 殺してやる、と威は思った。

 傷が疼く。これまで体験した事のない信じられない激痛が、下腹部を襲っている。あいつに

殴られたというだけで充分に不愉快なのに、息をすることもままならない。

 怪我の状態なんて気にならなかった。どうでもよかった。


「殺す……殺してやる……! 手足を引きちぎって、胴体を切り刻んで……頭の毛を全部

毟り取って、両目を抉り出して、許しを請わせてから殺してやる……! 殺して、殺して殺して

殺して殺して――」


「もう止めよう、威」

 横からかけられた淳志の声に、反応する気は起きなかった。ダメージからまともに歩けない

威の身体を支えてくれているが、当の威はその事に気づいてすらいない。頭に血が上りすぎ

て、気付く余裕がなかった。


「あいつに関わるのは、もう止めよう。完敗だ、俺たちの。あいつは、俺たちが手を出していい

ような相手じゃない……。プログラムで生き残るために、これからどうするか――」

「うるさい……俺は、奴を殺す……殺して殺して、殺し尽くす……! 竜也と、浩之を呼んで

こい……あいつらにまた、人質を連れてこさせるんだ……俺の作戦は完璧だった……あの

作戦なら、あいつに勝つ事が出来る……!」

「……竜也も、浩之も、もういない。二人とも、死んでいた」

「死んだ、だと……!? ふざけるなよ、クソがッ……! 使えないクズ……! ゴミどもめ!

肝心なときに役に立たないでどうする……! クソの役にも立たないで勝手に死んだだと?

ふざけるなよ……!」


 折れた肋骨が内臓に突き刺さっているのだが、そんな事はお構い無しで、思った事を口に

する。怨嗟の声と共に、口から血が漏れていた。




 威は、淳志に命令を下した。あいつを殺せ。また誰か人質をとって、道流を殺して来い、と。

 淳志の歩みが、ぴたりと止まった。返ってくるはずの了解の返事は、返ってこなかった。


「どうした、淳志……さっさと行け……! 俺は、真神野威だ……俺がレギオンだ! 俺が

負けない限りは、俺が死んでいない限りは、レギオンは、まだ――」


「――すまない、威」

 それは、とても悲しい声色をした声だった。淳志は威から手を離し、ゆっくり後ずさった。

支えを失った威は、地面の上に投げ出される。彼は尻餅をついたまま、淳志を見上げた。




「俺はもう、レギオンにはなれない」




 それが、真神野威が聞いた最後の言葉だった。

 拳銃を握り締めた淳志の手が視界に映り、威が己の中に初めて死への恐怖を芽生えさせ

た時、衝撃と共に意識は無に沈んだ。


 銃弾により額を穿たれた威は仰向けに倒れ、大きく見開かれたその目は空を見つめていた

が、その瞳にはもう何も映ってはいなかった。






 淳志は、まだ煙を吐いているブローニングをゆっくりと下ろし、今はもう何も見えていない威

の目を覗き込んだ。

 後悔がないわけではなかった。威とは中学に入り、レギオンを結成し、それからずっと一緒

に歩んできた仲だ。彼の事を嫌いなわけじゃない。一緒に頂点を目指していこうという気持ち

もあった。


 けれど――それ以上に淳志は、ずっと昔からの友人であった竜也と浩之の死をないがしろ

にされたのが、許せなかった。威はどう思っていたか分からないが、あの二人は友達だった

のだ、淳志にとって。


 ぴしり、と、心にヒビが入ったような気がした。
 
 ぴしり、ぴしり、ぴきぴきと、自分が崩れていく音がする。


 当然だ――威は、今の自分の形成に大きく影響を与えた人物だ。それを自分の手で殺して

何も起きないわけがない。不安が起きないわけがない。

 自分の立ち位置を自分で壊したようなものだ。もう、後戻りは出来ない。




「威……」

 呼びかけてどうする。返事はないことは分かっていた。――いや、理解したくないのだろう

か。威が死んだ事を、受け入れたくないのだろうか。


 静海市で最も恐れられているグループ、レギオンのリーダー、真神野威。

 殺しても死なないような奴だ、とはよく言われていた。

 けれど彼も人間だ。死なないわけがない。頭を銃で撃たれて死なないわけがない。




 ――まずは落ち着こう。こんなの、自分らしくもない。これからどうするか、考えよう。

 ふと、腕時計に目を落とした。あと三十分もしないうちに、正午の放送が流れる時間だった。

 前回の放送から、どれだけの人間が死んだのだろう。レギオンはもう、淳志ひとりになって

しまった。――いや、ひとりではもはや大群とは呼べないだろう。

 レギオンの萩原淳志ではなく、ひとりの人間として――ただの萩原淳志として、プログラムを

戦っていこう。死んでしまった竜也と浩之。そして、自分が殺した威のぶんまで。






 次の瞬間、淳志の身体が大きく揺れて、その側頭部が弾け飛んだ。血と一緒に脳漿が飛び

散り、地面に倒れている威の死体に降りかかった。

 淳志は威の死体の横にどさりと倒れ込み、もう動かなかった。頭の左側に大きな穴が空い

ていて、半分近くが欠けたような状態になっていた。


 夕村琉衣(女子18番) は、自身の支給武器であるスナイパーライフル、ワルサーWA2000

のスコープ越しから、その様子をただ黙って見つめていた。

「仲間割れ……でしょうか?」

 スコープから目を離し、ふぅと一息を付く。

「詳細は分かりませんが、真神野くんが脱落した事は幸運ですね。残り人数も少なくなって

くる頃でしょうし――私も、そろそろ動かないといけませんね」



男子13番 萩原淳志

男子15番 真神野威
  死亡


【残り9人】



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