09





 鈴森雅弘(男子8番)の出発直前に鳴り響いた銃声は、生徒たちの精神状態に大きな影響を

与えていた。きょろきょろと落ち着きなく視線を動かす生徒、恐怖に身体を震わせる生徒、何か

を決心したのか、急に無表情になった生徒。

 自分たちはこれからどうなるんだろう。本当に殺し合いをしなければいけないんだろうか。外

ではもう、誰かが銃を撃っている。いったい誰が?

 出発を控える生徒たちは、その胸に様々な思いを巡らせていた。体育館の中は不安と疑心

暗鬼が交錯し、空間を覆う空気がその重みを増していった。

 

 

 

「男子13番、萩原淳志」

 淳志は零司の呼びかけに返事をすることなく黙って立ち上がった。淡々とした動作で零司の

もとに進む彼の姿にクラスメイトの視線が集中する。

 生徒たちの多くは、このプログラムの中で誰がゲームに乗るのかを自分なりに考えていた。

危険な人物、注意する人物と言っても、このクラスの生徒全員がゲームに乗る可能性を持って

いるのだから、候補を挙げ始めたらキリがなかった。ましてや静海中学といえば不良生徒が

多いということで知られている。下手をしたらクラスの半数以上がやる気になった、なんてこと

にもなりかねない。

 

 しかしこのクラスの生徒たちのほとんどは、ある共通の生徒たちを『要注意人物』として心の

中に挙げていた。

 それが渡良瀬道流(男子18番)と、真神野威(男子15番)が率いる不良チーム、『レギオン』

のメンバーたちである。彼らが日頃どんなことをしているのか、同じクラスに所属している生徒

たちが知らないはずはない。特に数と暴力にモノを言わせて悪行三昧を行っていた威たちは、

クラスのほとんどの生徒たちから「あいつらはやる気なんじゃないか」と思われていた。

 

 そして今、威グループの先陣を切って淳志が出発しようとしている。ゲームに乗る可能性の

高い彼らが出発をする様子は、嫌でもクラスメイトの注目を集めることになっていた。

 当の淳志本人は意に介した様子もなく、淀みの無い口調で「私たちは殺し合いをします」と宣

言をすると、そのまま体育館から出て行ってしまった。先程の麻生竜也(男子1番)の例もある

ので淳志も何かするのではないかと思われたが、彼は反抗的な態度を微塵も見せることなく

残りの生徒たちの前から姿を消した。

 

 

 

「次でちょうど半分くらいか……。女子13番、黛真理」

 真理は音を立てずに立ち上がり、大股で歩いていって零司の眼前でピタリと歩みを止めた。

後ろでアップにしてまとめている栗色の髪がふわっと揺れ、鋭い視線で零司を見据える。

「名前を呼ばれたらどうすればいいのか、ルール説明のときに教えたはずだが?」

 皮肉めいた零司の声が真理の耳朶を打つ。その顔を思いっきりぶん殴って人を馬鹿にした

ニヤニヤ笑いを消してやろうかと思ったが、頭の中でその光景を想像しておくだけにした。

 

「……私たちは、殺し合いをします」

 零司から顔を逸らし、不快感を顔に出しながら宣誓の言葉を口にした。ささやかな反抗のつ

もりだったが、零司は平然としたまま眉一つ動かさない。自分なんかに興味は無いということだ

ろうか。真理は勢いを強めた怒りの炎と零司の態度に耐えて、一気に体育館から走り去って

行った。――クソ、これじゃあまるで逃げ出して行くみたいじゃないか。

 

 クラスメイトたちの脇を通って行く際、一番後ろのほうに座っている女子生徒と目が合った。

その彼女――村崎薫(女子15番)は親指を立ててニコッ、と笑ってみせた。恐怖感があるせい

か教室でのような元気一杯の笑顔ではなかったが、今の真理にはそれで充分だった。

 大丈夫。薫はやる気になんかなっていない。恭子も、法子も――こんな馬鹿げたゲームに乗

るような奴じゃない。それは私がよく知っていることだ。真理は心を落ち着かせ、もう一度だけ

「大丈夫」と自分に言い聞かせた。

 真理も同じように親指を立て、感謝の気持ちを込めて笑い返した。怖がってなんかいられな

かった。みんなが私を信じてくれているように、私もみんなのことを信じないと。

 

 

 

 デイパックをしっかりと担いでホテルの廊下を走りぬけ、フロントも一気に通過してホテルの

外に出た。夏がすぐそこまで来ていることを知らせる、暑さと冷たさが入り混じった夜風が真理

の頬を撫でて行った。夜でこの気温ならば、暑くてなかなか寝付けなくなる心配はなさそうだ。

 ホテルを出て正面にはシンプルなデザインの噴水があり、それを囲むようにして大きなプラン

ターとベンチがいくつか置かれている。暗いし遠くてよく見えないが、その奥はどうやら駐車場

らしかった。真理の右手側にはホテルがそびえ立っており、左手側には五、六メートルくらいの

樹が茂っている。

 

 考えるのは一瞬、真理は無駄のない動作で樹が生い茂る林の中へと移動し、身を隠した。

ホテルの玄関からは少し離れているが、樹の陰に隠れれば夜の暗さと相成って滅多なことで

は見つからないだろう。

 薫が出てくるまであと六分。最初の銃声が響いてから結構経っているが、あれ以来銃声らし

き音は聞こえてこなかった。かと言って安心はできない。クラスの半分がすでにホテルを出発

してしまっているのだから。そしてその中には銃を発泡した生徒も含まれている。下手に動い

たら危険だということは明らかだった。

 

 そんなことを考えているうちに、真理の次の出発者である本庄猛(男子14番)がデイパック

を肩から提げてホテルの中から出てきた。彼と同じ野球部のチームメイトである篠崎健太郎

(男子7番)高槻彰吾(男子9番)は青ざめた顔で体育館から出て行ったが、猛はあまり辛そ

うな表情を見せていない。眠たそうに欠伸して、デイパックの中をごそごそと漁っていた。武器

の確認でもしているのだろうかと思ったが、猛が取り出したものは会場の地図だった。

 

 猛はしばらく地図をじっと見つめ、行き先を決定したのか足早にホテルから離れて行った。

彼に話しかけてみようかとも思ったが、猛の内面と性格を考慮した結果、それはやめておくこ

とにした。猛は陽気で学年全体に多くの友人を持っているが、自分の興味の無いことにはひ

どく非協力的な部分がある。五月の中旬に行った修学旅行の準備をするとき、班での仕事よ

りも野球部の活動を優先して集まりに一度も来なかった、という話を鏑木大悟(男子5番)から

聞いたことがある。おかげで彼と同じ班のメンバーは仕事が増えて苦労したらしい。

 

 闇の中へと消えて行く猛を見送り、真理は再びホテルの入り口に視線を集中させた。次に出

てくるのは御剣葉子(女子14番)だ。彼女とはあまり接点がない――というよりも、真理は内向

的でいつもオドオドしている葉子のことが苦手だった。正直、ああいうタイプの人はどう接したら

いいのかよく分からなかった。

 真理はここで、支給されたデイパックをまだ開けていないことに気が付いた。中身をちゃんと

確認するのも大切だが、一番重要なのはどんな武器が支給されたのかということである。

 

 

 

 ジッパーに手を掛けて引こうとした瞬間、真理の背後で「黛か?」という声が聞こえた。

 突然かけられた声に呼吸が一瞬停止する。真理は振り返った先にいる人物を見て、悲鳴に

も似た声を上げた。

 

「萩原!」

「あまり大きな声を出すな。誰かに聞こえる」

 真理が隠れている林の奥から姿を現したのは、真理の前にホテルを出発した萩原淳志だっ

た。真理へと向けられた眼差しは冷たく淡白なものだったが、それはただ淳志が無愛想な人間

だからであり、それ以上の意味はない。

 だが彼と対峙している真理はそうは受け取らなかった。普段と変わらぬクールな佇まいを見

せ、左手に銀色のリボルバーを握っている淳志のことを『やる気』の人間だと結論付けた。

 

「ここから離れないということは、お前も誰かを待って――」

 淳志の言葉が終わらないうちに、真理は地を蹴ってその場から走り出していた。威の仲間で

ある淳志が銃を持ってここにいる。それが何を意味しているのか――真理は直感で理解して

いた。

 

 林から飛び出したところで、ホテルの玄関から出てきた御剣葉子と出くわした。彼女は悲鳴

を上げてその場に尻餅をついた。真理は思わず「ご、ごめん!」と謝って手を差し伸べようとし

たが、すぐ近くに淳志がいることを察して出しかけた手を引っ込めた。

 自分ひとりだけなら逃げ切れる自信がある。しかし葉子を連れてとなっては――正直、自信

がない。それ以前に彼女が信用できる人間かどうかすら分からないのだ。殺されるかもしれな

いという理由で仲間にして、その後に自分が殺されてしまっては笑い話にもならない。

 

「葉子ちゃん、すぐ近くに萩原がいるからすぐに逃げて!」

 これ以上ここに留まっていては淳志に追いつかれる恐れがある。向こうの武器は銃、こちら

の武器は未だ不明。直接戦闘では明らかに分が悪かった。

 葉子にそれだけを伝えると、真理は進路を左に変更して駐車場を突っ切って行った。葉子が

自分の言葉を信じてくれたかどうか分からないが、上手く逃げてくれることを願うしかない。

 

 

 

 ――くそっ、もう少しで薫と合流できるところだったのに!

 突然現れた淳志と、逃げることしか出来なかった自分に腹が立った。プログラムに選ばれた

ってこと自体ツイていないのに、何でここまで悪運が回るのか。神様というのがこの世にいるの

ならば、その顔を思いっきりぶん殴ってやりたかった。

 

【残り35人】

戻る  トップ  進む





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送