08





 ホテルの外に出た桐島潤(男子6番)は注意深く辺りを見回し、人がいないことを確認す

ると、やや慌てている様子で小さな階段を駆け下りた。一番最初にホテルを出発した鏑木

大悟(男子5番)を探していたのだが、彼の姿はどこにも見えなかった。大悟と潤は同じ

グループ同士ということで仲も良く、名簿も続いているために(間に小林良枝が入ってい

るが)外で自分のことを待ってくれているとばかり思っていたのだが。

 

「おい、潤!」

 突然聞こえてきた声に潤の心臓は跳ね上がった。潤は慌てふためいてデイパックに手

を入れ、中に入っている武器を手に取ろうとした。ちなみに彼はまだ自分の武器を確認

していなかったので、それが戦える武器かどうかは分かっていなかった。

「何してんだよ馬鹿。俺だよ、鏑木だ」

「え? あ……大悟!」

 声の主を確認してみると、確かにそれは大悟だった。彼は少し進んだところにある噴水

の横に設置された大きなプランター、そのうちの一つから身を乗り出し、こちらに向けて

手招きをしていた。

 

「大悟、良かった! もしいなかったらどうしようかと思っていたよ」

「馬鹿、あんまし大きな声だすなよ。誰かに聞こえたらどうすんだ」

 潤は大悟のもとに歩み寄り、わずか数分ぶりの再会の握手を交わした。

「小林さんは?」

「ああ、あいつならとっととここから離れて行ったよ」

「話しかけたりはしなかったの?」

「俺も考えたんだけどな……正直な話、あいつのことを完全に信用しろってのは難しい話

だぜ。俺はあいつと普段から仲良くしているわけじゃねえからよ。みんなことを疑いたくは

ないけど、命が懸かっていることだからな。仲間にする相手は選ばないと」

 

 最初はそれに異議を唱えようとした潤だったが、口を開きかけたところでやめた。大悟

の言うことも全く分からないというわけではなかったからだ。自分以外の全てが敵となる

プログラムでは、普段親しくしている友人ですら信じていいのかどうか分からなくなってし

まう。ましてやそれが関係の浅いクラスメイトであればなおのことだろう。大悟の言うとお

り、仲間にする相手は選ぶ必要がある。

 

「とりあえず、ここから離れて話をしようぜ。もうすぐ佐伯も出てくるしな」

「佐伯さんも仲間にしないの?」

「ああ。恭子さんや真理はあいつと仲良くしているけど、俺らはあんまし関わったことがな

いからな。何考えてんのかいまいちよく分からないし」

 

 大悟たちと行動を共にすることが多い恭子と真理だが、彼女たちが大悟たちを除いて

最も仲良くしている生徒が佐伯法子(女子6番)だ。法子は人当たりが悪いとか性格が暗

いというわけではないのだが、掴み所が無いというか、大悟の言うとおり何を考えている

のか分からないところがあった。そういった意味では琴乃宮涼音(女子4番)も同じなのだ

が、法子には涼音のような冷たさではなく、ぽけーっとした雰囲気が漂っている。大悟で

なくても、プログラムにおいて彼女に話しかけようとする生徒はあまりいないだろう。

「とりあえず、ホテルの裏のほうに行こうぜ。そこなら誰も来ないはずだからな」

「うん、分かった」

 潤は頷き、大悟と共にホテルの裏側へ走り出して行った。

 

 

 

 

 

 ホテルの裏側へと回りこんだ二人はちょうどいい草むらを見つけると、身を隠すように

して草むらに寄り添い、地面に座り込んだ。従業員は誰もいないというのに、ホテルの窓

には明かりの灯っている部屋がいくつもあった。多分あれは、軍の兵士たちがプログラム

を進めるための作業をしているのだろう。正確な数は分からないが十人以上――いや、

それ以上の兵士が滞在していることは間違いない。自分たちの武器が銃だったら零司

を倒してここから脱出できるかも、と思っていたが、どうやらそれは作戦として成立しない

ようだった。

 

「なあ潤、お前の武器ってなんだった? 俺、こんなのが入ってたんだけど」

 大悟は苦笑いを浮かべながら、デイパックの中からフライパンを取り出して見せた。それ

を見た潤は一瞬呆気に取られたような表情を浮かべた(それはそうだ、武器がフライパン

なんだから)が、そのことを嘲笑う様子はなく、彼独特の悪意の無い微笑を見せた。

 

「全然ハズレってわけでもないじゃんか。ナイフとか、そういうのを防御するときに使えそう

だし」

 そう言いつつ、潤は自分のデイパックのジッパーを開いた。しばらく中を漁り、彼が取り

出した物は文庫本くらいの大きさをした金属製の箱だった。

「なんだそれ?」

「えーっと……高性能ナビ、だって。自分の現在位置と会場の地図が表示されるって、説

明書には書いてあるけど」

「へえ……ちょっと見して」

 潤からナビを受け取り、大悟はその画面に目を落とした。画面には緑色のフィールドが

広がっており、水色のフィールド――これはきっと湖だろう――や、黒い三角形のマーク、

そして画面中央には白い光点が表示されていた。画面は赤い線でいくつかのエリアに区

切られており、それは自分たちが持っているプログラム会場の地図と同一のものだった。

 

「黒い三角形はなんだ?」

「多分、建物だと思う。この白い点がナビのマークで、このすぐ脇にある黒い三角はホテル

のことをさしているんじゃないかな」

 ははぁ、と大悟は溜息を漏らした。なるほど、これさえあれば自分がどこにいるのかすぐ

分かるから、禁止エリアとやらで首輪がズドン、とならずに済むわけだ。大悟に支給され

たフライパンより使い勝手が良いことは誰の目からでも明らかだった。

 

「つまり俺らの武器は、どっちも戦うのに向いてないってことだな」

「そうなるね。大悟は、銃とかナイフの方が良かったの?」

 その問いに、大悟は複雑そうに頷いた。

「勘違いすんなよ。俺はゲームに乗るわけでもないし、誰かを殺そうと思っているわけでも

ねえ。俺はただ、何かあったときのために身を守れる武器だったほうが良かったな、って

思っていただけだよ。俺はやる気じゃねえけど、逆のことを考えているやつが一人くらい

はいるはずなんだからよ」

 

 潤は反応を見せなかったが、心の中では同意の声を上げていた。大悟の言うとおり、

プログラムでは自分の命を守ること、誰かの命を守ること、そして誰かの命を奪うことが

最優先事項になっている。それらを成し遂げるために欠かせないものが、戦力となり得る

”武器”だった。潤に支給されたナビは使い勝手こそ良いかもしれないが、彼が思い描い

ている『涼音を守る』という意志を貫いて行くためには不十分だ。本気で涼音を守ると決

意していたのなら、ナイフや銃といった人を傷つけるための”武器”が出てくることを望ん

でいなければいけないはずだった。

 

 しかしそれは、桐島潤という少年にとってはとても難しく残酷な注文だった。彼はこのクラ

スの中で誰よりも争いと暴力を嫌っている。最愛の人を失いたくないとはいえ、そのため

に恐怖と嫌悪の対象でしかない暴力に手を出すなんて。

 こんな調子で、自分は本当に涼音を守っていけるのだろうか。薄れていた大きな不安が

再び潤に圧し掛かり、彼を不安定な状態にさせた。

 

「潤、お前はどうしたいんだ?」

「――えっ?」

「だから、これからのことだよ。俺はとりあえずここでお前と合流して、信用できるような奴

らを仲間にしていこうと思っている。お前はどうなんだ?」

「俺は…………」

 潤は口ごもり、しかしすぐに、先程まで自分が考えていたことを言葉で表した。

 

「俺は、涼――琴乃宮さんが出てくるまでここで待っている」

 これには大悟も面食らったようで、目を大きく見開いて慌てふためいていた。涼音が出て

くるのは一番最後、今から一時間以上はかかってしまう。それまでの間ここに留まることが

どれほど危険なことなのか、大悟はそれを知らないわけではない。

 

「お前、それ本気で言ってんのかよ」

「本気だよ。本気じゃなきゃ言えないさ、こんなこと」

 大悟はまいったな、といった感じで髪をくしゃくしゃと掻き回した。そして次に、自分の前

にいる小柄な少年の目を見た。不安や怯えの色が全く無いというわけではなかったが、

何かを成し遂げようとする強い意志の光が潤の瞳にはあった。

 

「ずっと前から思ってたけど、お前ってつくづくお人好しなんだな」

「ご、ごめん」

「何謝ってんだよ。むしろいいことじゃねえか、それ」

 仲間になりたいという大悟の申し出を断ったことに対して申し訳なく思っていたが、大悟

はそれほど気にした様子を見せておらず、笑いながら潤の頭を軽く叩いた。

 

「で、琴乃宮に会ってどうするつもりなんだ?」

「それは――」

 どうしよう、言ってしまおうか。自分が琴乃宮涼音とずっと前から付き合っているという事

を。内緒にしておく理由は特になかったのだが、みんなに知られたら恥ずかしいから、とい

う思春期の中学生らしい理由で、大悟や薫、涼音の双子の姉である赤音にすら自分と涼

音が付き合っていることは言っていなかった。

 

 ――俺、実は涼音さんと付き合っているんだ。だから彼女と合流して、守ってあげたい

って思ってる。

 

 心の中で言うことは簡単だが、それをいざ言葉にするとなると難しい。何で今まで黙って

いたんだよ、と文句を言われてしまうかもしれない。でも相手は大悟だから、逆に自分たち

のことを祝福してくれるかもしれない。こんな状況下で祝福なんて言葉を思っていいのか

どうか分からないけど。

 言うべきか言わないべきか。それを決めかねているうちに、大悟は「やっぱいいわ」と言

って話を中断させた。

 

「言いにくいことだったら、無理して言わなくてもいいんだぜ。俺はそこまでして知ろうとは

思ってないし。お前にだって他人に知られたくない自分だけの考えってやつがあるんだろ

うしな」

 大悟はニッ、と笑って見せて立ち上がり、軽く背伸びをした。

「あのさ、俺も一緒させてもらっていいか?」

「えっ?」

「いや、お前と琴乃宮の間に入ろうってわけじゃないんだ。これから雅弘とか真理とかが

出てくるだろ? 信用できそうな奴らをできるだけ多く集めておきたいから、そいつらが出

てくるのをお前と一緒に待ってようかなって思ってさ。相手に話しかけるのは俺がするから

お前に迷惑はかけないぜ」

 突然の申し出だったが、潤はそれに快く応じた。

 

「いいよ。俺も大悟が一緒にいてくれた方が心強いし」

「よっしゃ、それじゃあ決まりだな」

 大悟と潤が握手を交わそうとした瞬間、二人の耳に乾いた破裂音が飛び込んできた。

一瞬何の音なのか判断できなかったが、それに似た音はTVや映画などで何度も聞いた

ことがあった。

 

 

 

「あ……あなたたち、そこで何をしてるの!?」

 二人の鼓膜を揺るがした銃声。その音のもととなった物体――拳銃を手にして立って

いたのは、テニス部副部長の逆瀬川明菜(女子7番)だった。

 

 

 

「おい逆瀬川、その物騒なモン降ろしてくれよ。俺たちは別に――」

「いやっ、近付かないで!」

 何とか銃を降ろしてもらおうと説得を試みた大悟だったが、明菜はそれに耳を貸す様子

もなく、黒いオートマチック拳銃を大悟に向けたままだった。

 どうやら彼女は軽く錯乱状態に陥っているらしい。大悟は軽く舌打ちをすると、自分の

後ろに隠れるようにして立っている潤に耳打ちをした。

 

「潤、俺が合図をしたらお前は一気にここから離れろ」

「離れろって……じゃあ、大悟は?」

「なぁに、何とか説得してみせるさ。いざとなったら逃げるって手もあるし、こっちにはフライ

パンもあるからな」

 大悟は潤をリラックスさせるつもりで冗談交じりに言ったのだろうが、それは到底笑って

済ませられるようなことではなかった。もしかしたら大悟が死んでしまうかもしれないのに、

自分だけ逃げ出すなんて――。

 

「琴乃宮が出てくるのは一番最後だ。ここで逃げて後から戻ってきても充分間に合う」

「俺のことより自分のことを心配しろよ!」

「だから大丈夫だって。少しはクラスメイトのこと信用しろよ、学級委員長」

 大悟は親指を立てた握り拳を作り、自分のことは気にするな、と潤にアピールしてみせ

た。潤は少しの逡巡の後に頷き、デイパックを肩から提げていつでも走り出せる体勢を

取った。

「よし、じゃあいくぜ。1、2……3!」

 合図と同時に潤が踵を返して走り出し、それに反応して狙いを潤に移そうとした明菜に

大悟が体当たりをした。

 

「きゃっ!」

 小さな悲鳴を漏らし、明菜は地面に尻餅をついた。大悟は明菜の右手に握られている

銃の銃身部分を蹴り、弾き飛ばす。明菜に支給された大型の自動拳銃――ブローニング

ハイパワーは緩やかな弧を描き、夜の暗闇の中へと消えていった。

 大悟はデイパックから取り出したフライパンを右手でしっかりと握り締め、ここから走り

出して行った潤の姿を一瞥した。彼の背中はすでに小さくなっており、徐々に暗闇の中に

溶け込んでいった。

 

 それを確認すると同時に足の裏に力を込め、一気に爆発させてスタートダッシュの力に

変化させる。持ち前の運動能力を全面に活かした大悟は、銃を拾おうとしていた明菜の

隣を通過して一瞬でその場から離脱した。背後で再び銃声が響いたがいちいち振り返っ

ている余裕は無い。痛みがこないところをみると、どうやら当たってはいないようだ。映画

などのように撃ったら絶対に当たる、というわけではないらしい。

 

 潤を逃がしたら自分もさっさと逃げる。これが大悟が頭に描いていた作戦だった。説得

するとは言ったものの、相手は銃を持っていて、なおかつパニック状態に陥っている。もう

すぐ出てくる鈴森雅弘(男子8番)ならば上手く説得することも可能だろうが、大悟は話術

に関してそこまでの自信がなかった。明菜には申し訳ないと思ったが、この場は逃げ出す

選択を取ったのである。なんだかみっともない気もするが、フライパンで銃を相手にする

なんて自殺行為だ。いくら大悟といえどそこまでの勇気は無かった。

 

「追っかけてきてくれるといいんだけど……」

 自分が囮になって明菜を引き付ければ、逃げて行った潤が安全に戻ってくることができ

る。大悟は明菜が自分を追ってきていることを願いつつ、自らも銃弾を受けないように警

戒を強めながらホテルから離れて行った。

 

 

 

 

 

 体育館の外から聞こえた小さな音に、何人かの生徒がびくっと身体を強張らせた。出発

を控えている多くの生徒たちはその音が銃声だと理解しているようで、ついに殺し合いが

始まったのだと悟り、半分近くの生徒たちは顔が青ざめていた。

 たった今宣誓を終え、デイパックを受け取ったばかりの鈴森雅弘も例外ではなかった。

大人びた彼の顔はやや引きつっており、銃声が聞こえてきたおおよその方向を見つめて

いる。

 

 ――もうやり合っている奴がいるのか……。

 片桐裕子が死んで三十五人となった三年一組で、このホテルを出て行ったのはまだ六

人しかいない。鏑木大悟、小林良枝、桐島潤、佐伯法子、篠崎健太郎、逆瀬川明菜。

 今の銃声は、この中の誰かが他の五人のうちの誰かを殺そうとして発泡したものだとし

か考えられない。

 一番怪しいのは銃声が聞こえる前に出発した明菜だが、彼女を犯人と断定するには証

拠が不足しすぎている。それにこれは正当防衛のために撃ったものかもしれない。外の

情報が分からないこの場所からでは、今の銃声が何を意味しているのか予測が付かな

かった。

 

「おい鈴森、デイパックをもらったらさっさと出発しろ」

 零司の注意を受け、雅弘は「すみませーん」と素直に謝っておいた。

 雅弘は今までの生徒のように急いで体育館から出て行くということをせず、まるで普通

に教室から出て行くかのような足取りで歩を進めて行った。その様子を見ていた兵士の

一人に銃を向けられたが、

「そんなに焦んなくなっていいじゃないですか。あまり焦りすぎてもロクなことないですよ?」

 と余裕たっぷりに言って兵士を唖然とさせ、悠然とした佇まいで体育館を後にした。

 

「しかし大変なことになっちまったな。俺は道流と違って直接戦うようなガラじゃないのに」

 雅弘は薄暗いホテルの廊下を歩きながら、普段から吸っている銘柄の煙草を取り出し

た。口に咥えて火を点けようとしたところまではよかったが、何を思ったのか咥えていた

煙草をシャツの胸ポケットに差し込んだ。

「外は面倒なことになってるっぽいし……どこか落ち着ける場所を見つけてから吸うか」

 

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