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 太陽が沈み、辺りが暗く染まる時間帯――夜には二つの顔が存在する。昼間の勢いをその

ままに、危険な香りが強まった賑やかな夜。そしてもう一つは人気が感じられない、しんと静ま

り返った、ただ暗いだけの夜。夜という時間帯の本来の意味から考えれば、後者のほうが夜

と呼ぶに相応しいだろう。 

 

 彼――真神野威(男子15番)が立つその場所は、間違いなく後者の『夜』だった。ホテルか

ら漏れてくる灯りを除けば、天高く浮かびながら幻想的な輝きを見せている月だけが威のい

る場所を照らしていた。

 プログラムの担当教官である三千院零司の前で宣誓をし、デイパックを受け取ってホテル

の外に足を踏み出した威はその場にじっと立ち、動こうとはしなかった。何もせず、視線は前

だけを見据え、彼はただそこに立っている。

 

 と、前へと向けられていた威の視線がわずかだが左に動いた。右手でデイパックを持ち、左

手はポケットの中に入れたまま視線の先――シンプルなデザインをした噴水の横にある林に

向って歩き出した。

 威が歩き出してすぐに、林の中から威の名を呼ぶ声がした。細い銀色のフレームの眼鏡を

かけた少年、萩原淳志が威の前へとその姿を現す。

 

「何か変わったことはあったか?」

「待っている間に黛が来た。俺の姿を見てすぐに逃げていったけど、あれはどうやら仲間を待

とうとしているみたいだったぜ」

「黛か……奴は村崎が出てくるのを待とうとしていたのかもな。黛と村崎は名簿でそれほど離

れていない。十分くらいまてば無事に合流できる」

 淳志が林の中に隠れていたことに対し、威は全く驚きを見せていなかった。

 それもそのはずである。外で待っているように指示したのは、他ならぬ威自身なのだから。

 威は片桐裕子が処刑された時の騒ぎに乗じ、グループのメンバーたちの耳元でこう囁いて

いた。

 

 ――A−01にある橋に集まれ。

 

 そう、威は淳志を始めとするグループの仲間たちと合流することを考えていたのだ。

 クラスメイト同士の殺し合いが大前提となるプログラムでは、いかにして自分の命を守るかの

”戦力”が重要になってくる。そして複数で行動していた場合、その戦力は個人の比ではない。

一対一と一対四ではどちらが有利なのか、それは考えるまでもないことだろう。

 

 とりわけ、威は『数』に対して強いこだわりを見せていた。ケンカをするときもそうだが、威は

個人の実力以上に数での戦力に重点を置いている。「ケンカは数が多いほうが勝つんだよ」

とは、威が常日頃から口にしている言葉だ。

 教室で意識を失い須川原ホテルの体育館で目を覚ました直後から、威はこれがプログラム

なのではないかと薄々感づいていた。それは零司が現れてから確信に変わったが、その時に

はもう既にこれからの行動指針が決定していた。

 

 それを本格的に実行するためには、まずチームのメンバーを全員集める必要があった。

萩原淳志、麻生竜也(男子1番)糸屋浩之(男子2番)。彼ら三人は大人数のチームにおい

て実力、地位共に威に次ぐ場所に位置している。しかし四人だけのチームで他のクラスメイト

たちと戦って行くのは賢い判断だとは思えなかった。向こうだって武器があるし、何より数字で

見ても自分たちが不利なのは明らかだ。確実に勝てる戦いしかしない――それが威が掲げる

スタイルの一つである。

 

 ただしそれは、『普段の生活』での話であった。

 今自分がいる場所は普段の生活ではない。今まで生きてきた場所とは違う、自分のすぐ脇

を死が歩いているような世界だ。そこでは仲間意識が崩壊し、信頼という言葉が何の意味も

持たなくなってしまっている。

 

 プログラムにおいて四人のチームで動くということは、疑心暗鬼から個人で行動している他

の生徒たちに比べて格段に優位な位置に立てるということだ。不良チームのリーダーとして

多くのメンバーを率い、敵のチームとの抗争を繰り広げてきた威だからこその考えだった。

 その証拠として、ルール説明時からプログラムでどう動くのか詳細な計画を立てていたのは

クラスの中で威ただ一人しかいなかった。唯一の例外として琴乃宮涼音(女子4番)がいたが、

彼女の場合は思考ではなく本能的なものなので、威と同じ評価を下すかどうかは微妙なとこ

ろだろう。

 

 ケンカだろうとプログラムだろうと威の取るスタイルに違いはない。相手を上回る戦力でそれ

を叩き潰す。シンプルなようで対策の取りようがなく、それでいて強力な作戦。どうすれば勝ち

残っていくことができるのか、威はそれを誰よりも深く理解していた。

 

 

 

「威、俺たちだけ先に待ち合わせ場所に行くんだろ? だったら早くここを離れたほうがいい」

「お前に言われなくても分かってる」

 後から出てくる竜也たちを待とうと思えば待つこともできるが、威はあえてそれをせず先に

待ち合わせ場所に行くことを選んだ。淳志が出会った黛真理(女子13番)のように、仲の良い

友人と合流しようと考えている奴は多いだろうと考えていたからだ。竜也たちが出てくるのと

前後して、主流派グループのメンバーも何人かが姿を現すことになっている。あの憎たらしい

渡良瀬道流(男子18番)もその一人だ。

 

 と、淳志の前を歩いていた威が突然立ち止まった。

「どうかしたのか?」

「……淳志、次に出てくるのは村崎で間違いないな」

「そうだけど……そんなことを確かめてどうするつもりだ?」」

 この時点で、淳志は威が今から何をしようとしているのか分かったような気がした。

 

「なーに、大したことじゃないさ。失敗のできない本番に向けての予行練習、というところだな」

 威はデイパックを開いて中身を確認しつつ、先程自分が出てきたホテルの玄関まで戻って

いく。それを見て淳志は、やはり自分が考えていたことは間違いなどではなかったということを

思い知らされた。

 

 

 

 

 

 次々と体育館から出て行くクラスメイトを見ながら、村崎薫(女子15番)は無事にみんなと集

まることができるだろうか、と考えていた。既にクラスの半分以上はホテルを出て会場のどこ

かにいるということになっている。桐島潤(男子6番)や真理たちは近くで待っていてくれている

だろうか。それとも、みんなバラバラになってしまったのだろうか。

 

 みんなと集まるためには、集合場所を書いた紙を回すとか内緒話をするようにこっそりと伝

えればいいと思っていたが、下手をすれば片桐裕子のような目に遭ってしまう。

 どうすればいいのだろうと考えているうちに、もう自分の番が近付いてきてしまった。こういっ

たものは自分の番が回ってきたときよりも、その直前の方が緊張する気がする。

 

 集める人物もそうだが、注意しなければいけない人物もピックアップしておかなければなら

ない。要注意人物は真神野威のグループと刀堂武人(男子10番)。女子では矢井田千尋(女

子16番)だろうか。疑い始めたらキリがないのである程度割り切って簡単に考えているが、

やる気になる可能性が高いのは先程の人物なんじゃないかと薫は考えている。

 逆に琴乃宮涼音や渡良瀬道流といった、自分と仲の良い人物はみんな大丈夫だろうと思っ

ていた。付き合いが長いものもいれば短いものもいるが、みんなはこんなゲームに乗るような

人たちじゃない。それだけは断言できる。

 

「女子15番、村崎薫」

 そうこう考えているうちに、ついに自分の名前が呼ばれた。薫は「はーい」と気の抜けるよう

な返事をして立ち上がり、真っ直ぐ零司のもとに向って行った。後に控える夕村琉衣(女子18

番)茜ヶ崎恭子(女子1番)に不安な思いをさせないように明るく振舞っているが、内心では

親しくしていた友人たちと殺し合わなければいけないという現状に不安と怯えを隠せなかった。

 

「えっーと、私たちは殺し合いをします。……これでいいんだよね?」

 気の抜けたようなというより、状況を理解しきっていないと表現した方が正しいのかもしれな

い。怯えながら出発するもの、不敵な態度を取って出発するものなど、静海中学校三年一組

の生徒たちは様々な顔を見せて体育館から出て行った。しかし薫のように、どこかぽけーっと

した能天気な態度を取っている生徒は他にいなかった。

 

 薫は恐怖心に負けないようわざと明るく振舞っているのだが、零司たち政府の人間にはそれ

が別の意味で捉えられたのかもしれない。ともすれば、それは政府の人間だけではなく今もこ

の場に残っている生徒たちにも言えることである。いつもと変わらない態度を取る彼女を見て

「ああ、あいつはやる気じゃないな」と思うものもいれば、「あの余裕jはやる気になっている証

拠なんじゃないのか?」と思うものもいる。思慮が浅く、それでいてポジティブな薫はそのこと

に気が付いてはいないようだが。

 

「お前、緊張していないのか?」

「へ? やだなーもう、そんなことあるわけないじゃないですか。私だって緊張くらいしています

よぅ。心臓がドキドキして今にも爆発しそうなくらいです!」

 薫はドン、と胸を叩いてそう言い放った。そんな彼女の言動に、残った生徒たちも含め、その

場にいた全員が目を丸くした。

 

「……分かった。隣でデイパックを貰ったらさっさと出て行け」

「はーい、了解です」

 薫は零司の隣に立っていた兵士からデイパックを受け取った。水などが入っているからか、

それは思いのほか重くてこれを担いだまま走ったりできるかな、と少し心配になった。本気で

逃げなければいけないときになったら、そんなことを考えている余裕はないのだろうけど。

 

 体育館から出て行く際、半分以下になったクラスメイトたちの顔を見た。槍崎隆宏(男子16

番)は蒼白になった顔をやや俯かせ、足の上で組んだ手をガタガタと震わせていた。視線は

焦点が定まっておらず、かなり不安定な状態になっていることが見て取れる。

 弓削進(男子17番)は眠たげに目を擦りながら気だるげに前を見つめている。沖田剛(男子

3番)の顔は強張ってはいるものの、平常心を欠いているわけではなさそうだった。

 

 友人たちの中で一際目を引いたのは道流だった。彼はZippoライターの蓋を開け閉めしなが

ら、平然というよりもふてぶてしい態度で自分の名前が呼ばれるのを待っている。琉衣と恭子

の二人は他の大勢の生徒と同じように、黙って零司に視線を向けていた。

 春日井洸(男子4番)と涼音は冷静、という言葉そのままの態度を見せていた。あの二人に

とってそれはいつものことなのだが、薫は涼音を見て何故か違和感を抱いていた。非常に漠

然とした感じなのだが、暗くて重い――背筋に怖気が走るような雰囲気が、今の涼音にはあっ

たような気がする。

 

「村崎、デイパックを貰ったらさっさと出て行けと言ったはずだが」

「あ――はい、すいませんでした」

 零司が急かしてきたので、薫は慌てて体育館から出て行った。

 先程涼音を見たときに感じた雰囲気、あれはきっと思い違いなんだろうと、自分に言い聞か

せながら。

 

【残り35人】

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