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「それっぽい建物が見えてきたな。名産品館ってあれの事じゃないか?」

 そう言った渡良瀬道流(男子18番) の視線の先には、平屋建ての小さな建造物が見えていた。紺色の

屋根に白い壁をしている、コンビニを一回り大きしたような、名前の割には思っていたよりも規模の小さな

建物だった。スタート地点の須川原ホテルと同じように、舗装された細い路地を引き込む形で開けた場所

に建っている。川に架けられていた橋から続いていた舗装路はここに続いているが、このまま南下して

いけばホテルへと続いているはずだ。



「うん、地図を見るとそれっぽいかも。っていうか、思ってたより時間かかったわね」

「禁止エリアの状況だ。仕方ないさ」

 先頭を歩く道流に続き、村崎薫(女子15番)、春日井洸(男子4番) の順番で三人は進んでいく。

 薫たちは会場のちょうど中央付近にいたため、名産品館に行くには湖を回り込んで進まなければなら

なかった。禁止エリアの都合もあるため、比較的短い距離で行ける、湖を中心に右回りで名産品館を

目指すルートを選択した。



 F−07エリアに入ってから北に移動し、ホテルの別館が見えたら西に真っ直ぐ歩いてきたのだけれど、

白昼の光の下、三人で移動するというのは思っていたよりも容易な事ではなかった。会場は半分以上が

森林で占められており、人間が隠れる事のできる場所なんてどこにでもある。移動中も気を抜く事はでき

なかった。道流がついているとはいえ、やる気の人間に襲い掛かってこられたら無傷では済まないだろう。
 


「館ってついているからもっと豪華な造りだと思ってたんだけど、なーんか地味な造りよね」

「こんな田舎の山奥に豪華な建物が建っていても、それはそれで違和感があるけどな」

「予算の問題とかじゃねえの? つーかこっちに金をかけるならホテルに金かけるだろ」

  道流はそれから、「ちょっと待ってろ」と言うと、一人先行して駐車場へ歩いていった。名産品館の駐車

場はそれほど広くない、四台か五台でいっぱいになるくらいのスペースだった。誰のものかは分からない

が、軽自動車が一台、駐車してある。



「ねえねえ、あの車って動いたりするかな?」

「どうだろうな。渡良瀬も今、調べているみたいだが……流石に鍵がないと無理だろう」

 二人の視線の先、道流は車の下を調べたり、ドアが開かないか色々と試していたみたいだったが、諦め

たのか車のボンネットを軽くはたいた後、二人にこっちへ来るよう、手で合図を出した。

「とりあえず、周りには誰もいねえみたいだが……中に誰かがいたら、俺らの事はもうバレてるって思った

方がいいだろうな」

「じゃあどうするの? こっちから呼びかけてみるとか?」

「それはリスクが大きい。ようは、こちらに敵意がない事をアピールできればいい」

「つーかその方法が難しいんだよなぁ。直接話さない事にはどうにもなんねえしよ。とにかく中に入ってみ

ない事には始まんねーだろ」



 深く考えていないのか、何かあっても対処できると考えているのか、とにかく道流は彼らしい堂々とした

態度で名産品館の正面玄関に立ち、その扉に手をかけた。

「――いくらなんでもここは開かねえか」

「合言葉とか魔法の言葉とか言ったら開くんじゃない?」

「開けゴマ、ってか? そんなんで開いたら鍵を作ってる会社が涙目になるな」



 そんな二人を嘲笑うかのように、名産品館の扉は小さな音を立ててゆっくりと開いた。まるで、三人が

訪れるのを待っていたかのように。



「……これって、何かヤバくない? それとも、ただの偶然?」

 名産品館は生徒に支給された地図にも記載されている。会場内にある存在が分かる建物で言えば、

スタート地点のホテルの次くらいには認知されている建物だ。プログラム開始から一日が経過した今、

この場所に誰一人として訪れていないという事は考えにくい。

 施錠されていないという不気味な事実に沈黙する三人。入らないほうがいいのでは、という考えも浮かび

はしたが、ここまできた以上、何も確認せずに引き返すわけにはいかなかった。



「入ってみなきゃわかんねえだろ」

  今までと同じ道流を先頭とした形で建物の中に入る三人。扉を入ってすぐに目に飛び込んできたもの

は、人間だった。

 生きている人間。四人で一つの存在のように、己の存在を誇示するように、大きく開けた部屋の中央に

立っている。

「てめえら……」

 彼らを見た瞬間、道流の顔つきが変わった。変わった、と言うよりも豹変したと言う方が適切だろう。

いつもは飄々として、つい先程までは緊張で張り詰めていた道流の顔が、今は怒りと憎しみが入り混じっ

たような、まるで悪魔のような顔になっている。






「パーティの会場へようこそ――とでも言っておこうか、哀れな客人」

 四人の中心いる人物、真神野威(男子15番) は、まるで舞台の上に立つ役者のように、その両手を大

きく広げた。

「真神野ッ……! あんたたち、何でここにいんのよ!」

「おっと、お前もいたのか、村崎。俺たちにつけられたその傷が痛々しいな――というより、俺たちがここ

にいる事に、お前の許可がいるのか? 勝手に乗り込んできておいて随分な言い草だな」



 思わず前に出掛かった薫を、脇にいた真冬の「よせ」という声が制止する。そうだ――前回は道流の

おかげで窮地を脱したとはいえ、相手はあの『レギオン』だ。怒りに任せて突っ込んだところで、自分ひとり

では誰か一人を倒す事すらままならないだろう。文字通り、袋叩きに遭うのが目に見えている。



「村崎に――春日井か。フン、邪魔者はいるようだが……会いたかったぞ、渡良瀬」

「気色悪ぃ事ぬかしてんじゃねーぞコラ。俺は全ッッッ然、てめえになんか会いたくなかったんだがなぁ。

俺にボコられすぎて、ついに頭おかしくなったか?」

「クククッ、いや、何、愉快なだけさ。そう――実に愉快な気分だ。これから貴様が地べたに這いつくばり、

俺に許しを請うかと思うとな」

  威はこれまで何度も道流に敗れてきたはずだが、その彼を前にしても、不遜な態度を崩さなかった。

というよりも、余裕がありすぎのように窺える。余裕がある――というより、嘗めきっているという感じだっ

た。あの真神野威が、あの渡良瀬道流を。



 それにいち早く気付いたのは深山真冬だった。クラスメイトではないにしろ、彼がどういう人間で、道流と

どういう間柄なのかは、以前の交戦の場面を踏まえてある程度認識できている。確信までは至らないに

しろ、威の態度に何か裏があると思ったのは事実だ。

 そんな威の態度は、傍から見ても分かるほど苛立っている道流の神経に更に拍車をかけた。火に油を

注ぐ、どころではない。爆発物に花火を投げ込んだような状態だ。



「上ッ等だ、このクソや――」

 こめかみに血管を浮かべ、引き攣った笑いをしながら前に一歩を踏み出そうとした道流。その腕を、薫

が後ろから掴んで引き止めた。

「待って、みっちゃん。あいつ、絶対何か企んでる」

「あぁ? そりゃそうだろうが。どうせチンケな罠の一つやつ二つ、考えてんだろ。けどそんなん俺には関係

ないね。正面からぶっ潰す」

「そりゃ私だって、みっちゃんが負けるわけないと思うけどさ、なんかこう……嫌な予感がするの」



 予感と言うよりも、確信めいた直感に近い。あの男が、真神野威が何の考えもなしに、こうして再び自分

たちの前に姿を現すわけがなかった。特に道流に対しては異常とも言えるほどの憎しみ、執着を抱いて

いる。いくら道流と言えど、敵の罠の中に突っ込んでいくのはいささか無謀だ。



「俺も村崎に同感だ。あいつらの事だ、何か罠の一つや二つ仕組んでいるんじゃないか? それにあいつ

の台詞、まるで俺たちを――いや、お前を待ち構えていたかのようだったぞ」

 洸も、薫の意見に同意を示す。最も、彼は物事を深く考えてから行動に移すタイプなので、薫が今の

台詞を言わなくとも、道流を止めていただろう。



 二人に制止され、道流は舌打ちをしながらもその意見に応じた。

 そのやり取りを眺めながら、威は意味深げな笑みを浮かべた。

 まるで、そういう展開になるのを待ち望んでいたかのように。



「良い友人を持ったじゃないか、渡良瀬。急な話だが――どうだ、ここは一つ、平和的に話し合いで解決

といこうじゃないか」

「話し合いだぁ?」

「そうだ。俺とお前――いや、あと一人、淳志もだな。三人で向こうの部屋で、話し合いをしよう」

 そう言って威は、レジの向こう側にある扉を指し示した。



「……ねえ、みっちゃん」

「ああ、分かってる」



 おかしい。

 薫も、道流も、洸も、三人が三人とも、共通して同じ事を思っていた。

 平和的に、話し合いで解決。これが他の誰かから言われた言葉なら、どれほど魅力的だっただろうか。

だが今、この言葉を口にしたのはクラスの中でも最もそういった台詞が似合わない人間、真神野威だ。



 暴力を常とし、他者を屈服させ、弱者を踏み台とし、己の欲のために行動する。暴虐武人を絵に描いた

ような人物の口から出る言葉とは、到底思えなかった。

 彼がそんな言葉を口にする可能性があるとすれば、道流を倒すため、何か策を用意してあるとしか考え

られない。



 そんな推測が、薫たちをよりいっそう緊張させる。





「何を考えてるか分からねえが……向こうからわざわざ数の利を減らしてくれるんだ。好都合じゃねえか」

 彼らのチーム名は、レギオン。

 大群を意味するその言葉を掲げるチームの長が、自ら数の利を手放してきた。

 異常、不可解とも思える言動だが、道流はあえて、それを受け入れる事にした。四対三から二対一に

なっただけで、そう大差はないかもしれないが、以前に彼らと戦闘した時に経験した四対一に比べたら、

天と地ほどの差がある。

 道流には、自信があった。自分が威に負けるわけがないという、絶対にも近い自信が。



「ちょっ……みっちゃん、本気なの!?」

「何考えてるか分からねえが、話を聞くだけ聞いてすぐさまぶっ飛ばしてきてやる。お前も、あいつが前に

いないほうが安全だろ」

「そりゃ、そうだけど……」

 道流の強さを疑っているわけではないし、道流が威に負けるとは思っていないけれど、威の不気味にも

思える余裕を目にし、薫は言いようのない不安を感じていた。



「洸、こいつが馬鹿やらかさないか見といてくれ」

「……分かった。お前も、何かあったらすぐに戻ってきてくれ。正直に言うが、あの二人を相手にする事に

なったら、勝てる自信はない」



 レギオンはチームを構成するメンバーの数と、威の実力に目が行きがちだが、竜也に浩之、それに

淳志も決して軽視できない存在だ。特に浩之は、ケンカの実力だけ見ればレギオンナンバー2だと言わ

れている。

 洸も薫も弱いというわけではないが、数々の場数を踏み、実戦を経験している彼らを相手にするのは

危険な勝負と言わざるを得ない。

「そのへんは俺も分かってんよ。ヤバそうになったら、すぐ駆けつける」

 道流はそう言い残し、先に部屋に入っていった淳志、威に少し遅れて、ドアに手をかけた。






 名産品館のメインホールからレジの置くにある部屋、事務室に移動した道流は、部屋に入ってまずその

目を見開く事になった。



 ――死体が、あった。



 顔がどす黒く変色した槍崎隆宏と、鼻の少し上のあたりから、頭が横に真っ二つに裂けている安川聡美

の死体。

 誰がこんな事をしたのか――そんな事、考えるまでもない。

 道流は憤然と威を見やり、言った。声が怒りで低くなる。



「やっぱ、話し合いっつーのは嘘か。これを俺に見せて、挑発でもする気だったのか? だったら余計な

手間だったなぁ。俺はお前の顔を見た瞬間から、ムカムカして仕方がねぇんだよ」

「クククッ……そうか、気が合うな。俺もお前の顔を見るだけで腹が立って仕方がない」

 威は、隣に立つ淳志に手で何かの合図を出した。淳志は顔をしかめながらも黙って頷き、部屋の奥へ

と消えていく。

「ところでお前の推測だが、それはハズレている。挑発ではないな。そんな手でお前に勝てるのであれば、

最初からそうしているさ」

「あぁ?」

「お前の大切な友人は、まだ結構生き残っているな。一緒にいた村崎や春日井もそうだが、茜ヶ崎や桐嶋

に鈴森、琴乃宮や夕村――それに黛か? 今も無事だと良いんだがな」

 威は口に手を当て、クックックと声を上げた。



「……お前、何をした?」

「ククッ――はははっ、あははははは! いやあ、これを見せた時のお前の反応に期待していてね」

「何をしたっつってんだよ!!」

「そうカッカするな。遊んだだけさ」

 ぱちん、と威が指を鳴らした。

 先程、部屋の奥へと姿を消した淳志が戻ってきた。彼は、その両手に人間を抱えていた。

 

衣類は一切身に着けておらず、右足と顔が血で真っ赤に染まった、虚ろな目をした 黛真理(女子13番)

が、道流の目に飛び込んできた。





「遊びすぎたせいか、壊れてしまったがな」

 



 威のにやついた表情以外に何も見えなくなった。 プログラムに巻き込まれる前の真理の顔が蘇り、道流

は自分の中で、怒りを超越した感情が爆発的に膨れ上がるのを感じた。視界が怒りで真紅に染まり、絶叫

が大気を震わせる。

「てめえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「はっははははははははははは!!」

 地を蹴り、一直線に威へと向かって行った。拳を振りかぶり、相手の顔に向かって叩きつける。単純な

攻撃だが、短い距離ならば一瞬で詰める道流の脚力と、常人離れした膂力がもたらす攻撃はそれだけで

相手を戦闘不能へと陥れる。



 威が、喜びを隠し切れていない、若干震える声で言った。

「嬉しいな。今日はまさしく記念日だ。なあ、そう思わないか? 渡良瀬――」

 威は懐からオートマチック拳銃を取り出す。だがそれを道流には向けず、真理を抱えて背後に立ってい

る淳志に投げ渡した。

 拳銃を渡された淳志は、その銃口を真理のこめかみへと押し当てた。

 威がやった行動は、それだけだった。たったそれだけで、道流は降りかぶった拳を空中で止め、無防備

な姿を威に晒すことになった。



 衝撃が肋骨から肺へと突き上げる。掌底で打たれたのだと理解した時、足が地面から離別していた。

完全なカウンターで攻撃を受けてしまったため、衝撃は相当なものになっている。

「こうして人質を取るだけで、お前を思う存分、痛めつける事ができるのだからな!」

 掌底で息が詰まっていた道流は、次の一撃もまともに受けてしまった。最初の打撃と同じ箇所、肋骨へ

の回し蹴り。そしてそのまま腕を掴まれ、一本背負いの形で投げられた。道流は受け身も取れずに床へ

転がる。



「てめえ、は――俺が見てきた中で、最ッ低のクズ野郎、だな――」

 上手く息継ぎができない。背中を丸め、ヒューヒューと消え入りそうな呼吸音をしながら、道流は攻撃を

受けた個所を手で押さえて、身を起こした。恍惚に笑う威と、虚空を見つめたまま何も口にしようとしない

真理が、こちらを見下ろしていた。



【残り15人】



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