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 彼――萩原淳志(男子13番)は、不良と呼ばれている人種にしては珍しい性格をしていた。周りにいる

他の誰かを立てるように立ち振る舞い、自分はその補佐に徹する。強さを暴力という分かりやすい形で

表現している彼らにしてみれば、それは損にしかならない。



 それでも彼は、それを特に不便だとか思った事はないし、改善しようと考えた事もなかった。そう、彼は

昔からそうだった。自己を主張するよりは他の誰かを主張させる。向いているとか向いていないとか、

好きだからとか嫌いだからとかではなくて、ただ単純に、この方法が一番自分の力を発揮できるからだ

と、淳志は理解していたのだ。



 例えば小学校からの付き合い(腐れ縁と言ってもいい)がある友人、麻生竜也(男子1番) 糸屋浩之

(男子2番)
の二人。竜也のように、勢いと感情に身を任せて自由気ままに行動するだとか、浩之のよう

に、肉体を鍛えて強敵との喧嘩に勝利したときの高揚感に酔うだとか、そういったやり方もあったのかも

しれないし、興味がないと言えば、それは嘘になる。

 ただ、自分が自分でいられるのは、今のやり方だ。萩原淳志という人間の力を発揮するには、これが

一番いい。



 そして、淳志は今――レギオンというチームのナンバー2として、真神野威(男子15番) の横に立って

いる。








「…………」

 名産品館のメインフロア、横目に正面玄関が望める壁際で淳志は一人、ボールペンを指先で回転させ

ながら天井を眺めていた。

 顔、そして体のあちこちには痣がついている。その痣は数時間前、渡良瀬道流(男子18番) との戦い

でつけられた傷だった。

 あの戦いで淳志たちは決して軽くはない傷を負い、武器と、そしてプライドを奪われた。銃を持ち、四人

ががりで挑んだというのに、道流には手も足も出なかった。



「策を重ね、戦力を整え、粋がった末に負けてしまう事ほど、みっともない事はないな」

 自虐的に呟く。

 数時間前、渡良瀬道流との一戦は淳志に驚きと畏怖、そして絶望を与えていた。人間の力ではどう

する事もできないもの。それこそ竜巻や津波のような天災を目の当たりにしたような、諦めにも似た感情

があった。



 だが、淳志が仕える大群の長は、違った。

 真神野威は、違っていた。



 どうにもならないものを前にしてもなお、それを屈服させ、見下し、嘲笑してやろうとしていた。敵がどん

なに強大なものでも関係ない。俺こそ頂点だ、とでも言わんばかりの傲慢な態度。
 
 彼の存在は、レギオンというチームにおいても、一種の禁忌だった。気軽に触れてはいけない、気安く

開けてはいけないパンドラの箱。

 はっきりとは言っていないが、威自身はその事を自覚しているのだろう。彼の下のものに対する態度は

暴君そのものだったし、何か事を決めたら、その考え方は一貫していた。



 自らの事はあまり語ろうとしない威だが、彼がどういう考えを持っているのかは分かりやすかった。考え

方にブレがないので、彼の言動を見ていれば、どういう人間なのかはすぐに理解できる。

 ただ――その根底にあるものが何なのかは、チーム内で威と接する機会が一番多い淳志でも、未だ

に分からなかった。



 過去の会話の中で一度だけ、そこに触れたのでは、と思う時はあったが。







「最も大切なのは勝利したという結果なんだよ、淳志。勝利したという結果さえ出るのならば、極端な話

だが強さなんていらないんだ」


「――あんたらしくないな、威。強さがなければ、相手に勝つこともできないだろう」


「ああ。だから極端な話と言ったんだ。相手に勝つには力がいる。暴力、権力……形こそ違えど、何かし

らの力が。そしてそれは、多ければ多いほどいい」


「知っているさ。だから俺はここにいる。レギオンというチームに」


「レギオンも随分大規模になってきたが……まだ足りないな。俺はまだ、上を目指す」


「上、か……。威、あんた総統の座でも狙っているのか?」


「そこまではまだ考えていないな。というより、総統の座にそれほど興味がない。俺は他の人間を見下ろ

せる所へ辿り着ければそれでいい。見上げなくても済む所へいければ、それで――」








 淳志はそれを聞いて――彼を、真神野威を理解するのではなく、受け入れる事にした。

 あの時の会話は、威の中心となる部分に、最も近づいた時なのだろう。垣間見えた彼の心の奥を、

分かろうとする事もできたし、分かりたいとも思った。



 けれどそれを知って、自分は理解できるのだろうかとも思った。彼の根底にあるものは、威という人間

を形成しているもの。真神野威そのものと言える。それを知り、理解できる人間はいるだろうか。

 淳志にはその自信がなかった。それを知ったとき、無意識のうちに威と距離をとってしまうかもしれない

とさえ思った。

 だから淳志は、受け入れる事にした。彼がどんな人間であれ、それを完全には理解しようとせず、ただ

受け入れる事にした。



 しかし――。



 淳志の視線は、レジの置かれているカウンターの奥にある扉――威たちと、黛真理(女子13番)

いる部屋の扉に向けられていた。

 扉の奥からは時折、泣き叫ぶ真理の声が聞こえてきた。何をされているのか、なんて考えるのすら

馬鹿らしい。自分はそれから目を背けて、ここにいるのだから。



 自分は、受け入れる事にした。威の隣に立っているつもりだった。今までも、そしてこれからも。

 しかし、自分はそのつもりでも、威はどう考えているのだろうか。竜也も浩之も、威に対する接し方は

普段のそれとほとんど変わっていない。淳志が知っている、いつも通りのレギオンの姿だ。



 レギオンというチームに属する者は、当然ながら全員が不良。ろぐでもない奴、ゴロツキ、とにかく――

そういった肩書きを持つ、世間一般から見ればクズと称されても仕方がない奴ばかりだ。顔すらろくに

覚えていない(淳志はある程度記憶しているが)下っ端の連中からトップにいる威に至るまで、全員、

一切の格差はない。



 全員、それぞれがそれぞれなりに、己の人生観、信念、思想を有してはいるものの、個人ではなく、

レギオンというチームとして――その頭にいる威のために、動いている。それが、他のチームとは大きく

異なる点だった。



 個が集うのではなく、個に集う。個に集って個を成す。

 それが、レギオンのはずだ。それが、自分たちのはずだ。それは、プログラムでも、変わらないもの

だと淳志は思っていた。



 その考えに、歪みが生じていた。






 仮に道流を倒し、プログラムが進行し、優勝者の座が見えてきた時――威はどうするのだろう。

 自分たちを始末するのだろうか。何の感慨もなく、まるでいらなくなった玩具を処分するかのように。

 他の二人、竜也と浩之は、どう考えているのだろう。竜也は考えてもあまり気にしていなさそうだし、

浩之は口に出さず、心の内にしまいこんでいるのかもしれない。



 余計な事を考えているな、と自分でも思う。けれど考えずにはいられなかった。プログラムが進むに

つれて、威がどんどん、受け入れ難い存在に近づいているような気がした。

 ふう、と溜息を一つ、吐く。それも重大な問題だが、今考えなくてはいけない事は、いずれその時がくる

であろう、渡良瀬道流との戦いの事だ。問題として考えるのなら、こちらの方が厄介かもしれない。



「人質を取るという作戦は単純だが、渡良瀬が相手となると通常の三倍くらいの効力は発揮してくれそ

うだな。まあ、あくまでも期待値だが……」

 道流とは昔からの交友関係にある真理を人質に取り、その上で彼を迎え撃つというのが威の考えた

作戦だった。本当は道流と仲が良い奴ならだれでもよかったのだが、その中でも真理を手中に収める

事ができたのは、出来過ぎた幸運だった。奇跡と言ってもいいくらいに。



 懸念があるとすれば、あの状態の真理を見た道流が怒りに我を忘れ、自分たちの予想を超えた暴走

をしないかという点と、予定通りの流れになった場合、威が必要以上に、道流を痛めつけないか。この

二点だった。

 後者の場合、止める方法はいくらでもあるし、手段さえ問わなければどうともでなる。問題は前者の方

だ。起きる確率は低いどころかむしろ高いと言えるし、もしそうなった場合、自分たちではどうする事も

できないだろう。

 何せ自分たちは、銃を手にした四対一という圧倒的な有利な状況の中で、道流に敗北したのだから。



 ここまで考えて淳志は、自分が、道流は本気で怒ったところを見たことがない事に気付いた。彼との

いざこざは数え切れないくらいあるが、それは威のやり方に対する不快感からきている、怒りと言うより

は苛立ちに近い感情が主たるものだ。

 彼が本当に、心の底から怒ったとしたら。想像しただけで怖気が振るう。人質を取るという作戦は、

その状況を引き起こしてもなんら不思議ではない。



 ハイリスクハイリターンな賭けにも程がある。しかしもう、後には退けなかった。プログラムを勝ち進む

以上、道流の存在は最大の障害になってくる。多少の犠牲や危険は覚悟してでも、彼を倒さなければ

ならない。








 彼は――渡良瀬道流とは、何なのだろうか。

 同じ『不良』というカテゴリーで自分たちと同列に語られる事は多いが、淳志からしてみれば、道流は

訳の分からないところが多い、極めて謎な人物だった。

 馬鹿みたいに強くて、過去の事件を今も引きずっていて、女子生徒の前では調子のいい事を言ってい

る事が多い、自分と同じ年齢の少年。



 そして、どこか――はっきりとは分からないが、どこかが、威と似ている。

 これを聞いたら威も、道流も全力で否定するだろうが、淳志はあの二人に共通する部分があると思っ

ている。それが彼らの中枢に位置するものなのか、そうでないものなのかは分からないが――同じ種で

ありながら、それぞれ違う方向に進化した生き物のように感じ、とでも言えばいいのだろうか。








「お前らのリーダーさんはよぉ、いったい何考えてんだ?」

 ある日、たまたま街中で、たまたまばったりと出くわしてしまった時、道流は淳志の顔をじろじろと見て

からそう言った。



「つーかお前らもお前らだわ。あんなワケわかんねえ奴についていく気が知れねえ。あいつの下にいて

不満とかねえの?」

 会話もそこそこに問答無用で殴られると思って身構えていただけあって、道流が普通に会話をしてくる

という展開は予想外だった。



「……意外だな。お前がこうして普通に話しかけてくるなんて」

「あぁ? そりゃお前、四六時中ケンカしてるわけじゃねえっつーの。青春時代がケンカだけだなんて損

だろうが。それにまあ、基本的には気に食わねえ奴とか向こうからふっかけられたりしない限りは、すぐ

手なんか出さねえよ」

「普段の行いは正当防衛です、とでも主張しているつもりか。傍から見れば、俺たちのやっている事も、

お前のやっている事も、そう変わりはないぞ。暴力を駆使して何をやっても、与えられる印象は良いもの

なわけがない」

「ちっ――言うじゃねえか」

 道流は不機嫌そうに舌打ちをした。ただ、その表情には若干の笑みが浮かんでいるが。



「威が何を考えているのかは俺にも全部分かるわけじゃないが――少なくとも、あいつが目指している

ものへ、お前の存在が邪魔だって事は俺にも分かる」

「目指してるもの、ねえ」

「……渡良瀬、お前にだって何かあるだろう。それ程の力があるんだ。欲しいものとか、目指している

ものとか、何かあるんじゃないのか?」

 その問いに、道流は簡単に答えた。

「強くなりてえな。今よりもっと。今日の俺より、明日の俺の方がちょっとでもいいから強くなっている。

そんなんでもいいんだ」








 強くなりたい。

 確かに、道流は、そう言った。

 そう言って、どこか陰のある表情を見せた。



 数えるくらいしかない、道流とのちゃんとした会話の記憶。その中でも、この時の事はよく憶えている。

 やっぱり、道流と威は似ている。威の目指しているものも、『強さ』という表現は充分当てはまる。

 威の事を理解できれば、もしかしたら道流の事も少しは理解できるようになるのだろうか。



「いろいろと考えすぎだな、俺は」

 自嘲的に呟いて、何気なく窓の外に目を移す淳志。彼の視線は次の瞬間、窓の外の景色に釘付けに

なった。

 正確に言えば、外を歩いている、三人組の男女に。



 春日井洸(男子4番)と、村崎薫(女子15番)。そして――渡良瀬道流。

 彼らは、淳志たちのいるこの建物に向かって歩いてきていた。



【残り15人】



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