07





 クラス中の視線が集まる中、最初の出発者として名前を呼ばれた鏑木大悟(男子5番)

少々戸惑った様子を見せていたが、意を決したかのように「はいよ」とぞんざいな返事をし

た。プログラムに参加させられることに納得などしていないし政府の無理矢理なやり方に

も憤りを感じているが、自分一人ではこの状況を打破することは到底無理だと理解し、観

念している様子だった。

 

 大悟は周りに座っているクラスメイトたちの間を歩きながら零司の前に立ち、先程聞かさ

れた『宣誓』とやらを口にした。

「私たちは殺し合いを――」

 そこで大悟の声が途切れた。いくら自分の命がかかっているとはいえ、どう考えても正し

いものとは思えないプログラムを肯定しなければいけないなんて納得がいかなかった。

もとより大悟は自分の感情に素直な性格だ。思ってもいないことを口にするのには非常に

抵抗がある。

 

「殺し合いを?」

 兵士たちが持っているアサルトライフルの銃口が一斉に大悟へと向けられた。座ってい

た女子生徒が何人か小さな悲鳴を漏らす。

「大悟、いいから言っておけよ。お前の気持ちも分かるけど、ここは向こうの言うとおりに

しておいたほうが無難だ」

 その様子に見かねた鈴森雅弘(男子8番)が大悟に忠告をした。大悟は雅弘のほうを見

て、続いて春日井洸(男子4番)の顔を見る。良き友人でありバスケットでは良きライバル

でもある洸。彼は大悟とは正反対の落ち着きを見せており、一度頷いてみせることで雅弘

の意見に賛成だという意を示した。

 

 大悟は奥歯を噛み締め、射殺さんばかりの眼光で零司を睨みつけた。

「私たちは、殺し合いを……します」

 零司がニヤリと笑ったのを見ると、大悟は振り向き様、誰にも聞こえないような小さな声

で「クソ野郎……!」と呟いた。自分が政府の人間に屈してしまったかのようで、行き場の

ない怒りが大悟の中で渦巻いていた。

 大悟はすぐ側に立っていた兵士からデイパックをもらうと体育館の入り口まで一気に走っ

ていった。

 

「俺は絶対にこんなゲームになんか乗らねぇからな! 覚えとけ!」

 体育館中に響き渡る怒声を残し、大悟はホテルの玄関目指して駆け出していった。兵士

たちは思わずライフルを構えたが大悟が出て行くほうが早く、後に残ったものは廊下を走

って行く大悟の足音だけだった。

 

 

 

 

 

 体育館を出てすぐの廊下を左に走って行くと、そこには零司が言っていた通りホテルの

フロントが広がっていた。受付カウンターの中には誰もおらず、天井に付けられたランプだ

けが人がここにいるという痕跡を残している。体育館からホテルのフロントまでの間に部屋

らしきものはなく、ここが本当にプログラム実施本部なのだろうか、と思ってしまうくらいに

人気がなかった。詳しいことは分からないが、プログラムを進行するのだからそれに見合っ

た人員は必要だろう。まさか体育館にいる兵士と零司だけということはないだろうが、見張

りの兵士が本当にいるのかどうか疑わしかった。

 

 もしかしたら上の階か、一階にある他の部屋で進行を行っているのかもしれない。だが

大悟はそれを確かめに行こうとは思わなかった。いつまでもホテルの中でうろうろしている

奴は射殺される。零司が言ったあの言葉は脅しでもなんでもない。そういう奴がいたら実際

に殺すぞという明確な殺人予告だった。

 

 本部の中の様子は気になるが、あんなはっきりとした予告を聞いておきながらいつまでも

ホテルの中に留まっているほど馬鹿ではない。大悟はカーペットの敷かれた(きっと安物だ

な、こりゃ)フロントを後にし、ガラス製の引き戸を開いて、その次にある自動ドアを手を使

って開けた。電気が通っていないとは言ったが、本部に回す電気があるのならば自動ドア

にも電気を回しておいてほしいものである。

 

 ――自動ドアを手動で開けるのって、何かマヌケっぽいよな。

 そんなことを考えながらホテルの外に出て、三、四段の短い階段を降りる。玄関を出て

すぐ正面には小さな噴水があり、その横にはベンチと大きなプランターがいくつか並んで

いた。普段ならばライトアップされて綺麗な姿を見せているのだろうが、電気を止められた

今となっては、水の出ていないシンプルなデザインの噴水はただの場違いなオブジェにし

か見えなかった。

 

 その向こうにはがらんとした駐車場が広がっている。今は夜なのではっきりとした場所ま

では見えないが、おそらくテニスコートが数面入るくらいの広さだろう。大悟の視界で確認

できるのはそこまでで、あとは黒々とした闇が広がっているだけだった。

 

 

 

「さて……これからどうするかな」

 自分はトップバッターなので、会場のどこかに他の誰かが隠れているのでは? と怯える

心配は皆無だった。とりあえずデイパックの中身を見てみようと思い、その場でデイパック

を開けてみた。中に入っていたものはミネラルウォーターが入ったペットボトルと包装され

たコッペパンがそれぞれ二つずつ、それと方位磁石や会場の地図などの零司の説明で出

てきたものの他に、直径二十四センチくらいのフライパンが入っていた。

 

「何だよコレ。冗談だろ?」

 支給される武器には当たり外れがあると言っていたが、まさかフライパンが支給されると

は思わなかった。まあ、役に立たないというわけではないだろうけど、さすがにフライパン

は武器と呼べないだろう。それでも素手でいるよりかはマシだと考え、とりあえず利き手で

ある右手の横にフライパンを置いておいた。

 まるで幽霊ホテルのような雰囲気の漂っている須川原ホテルの外観を眺めながら、大悟

は短めにセットされている黒髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。この俺がプログラムに参加させ

られるだなんて。そりゃあ中学三年生という学年上、プログラムの対象となることを危惧し

なかったわけではない。だけどまさか、本当に自分たちが選ばれてしまうなんて。同じ低確

率のものなら宝くじに当たってほしかった。

 

 プログラムでの生存枠はたった一つだ。三十六人の中でたった一人。自分にも優勝の

可能性が無いとは言えないが、どう見ても死んでしまう可能性のほうが高い。俺はこんな

ところで死んでしまうんだろうか。やり残したことや、これからやりたいことはたくさんある。

それなのに家族や友人に別れも言えずこんな場所で、それも同じクラスにいる人間の手

にかかって死ぬかもしれないだなんて。

 

 ――ぐだぐだ悩んでいても仕方ねえな。

 プログラムが始まった今、物事を悪い方向に考えていてはキリがない。大悟は持ち前の

前向きな性格で不安を打ち払うと、とりあえず姿を隠すため噴水の近くに並んでいる大き

なプランターの一つに身を隠した。見つかりやすい場所のように思えるが、プログラムに選

ばれたという精神的動揺と夜の暗さが相成って意外と見つかりにくいのではないか、と判

断したからだ。

 

 プランターの陰でもう一度デイパックを開き、自分たちのクラスの生徒名簿を取り出した。

暗くて見づらいが、懐中電灯を使ったら後から出てくる奴らに自分の場所がバレてしまう。

 出発する順番がランダムでもない限り、この次に出てくる生徒は小林良枝(女子5番)

見て間違いないだろう。。良枝とは同じ運動部ということもあって何度か話をしたことはあ

るが、村崎薫(女子15番)黛真理(女子13番)のように直接の交友関係があったわけで

はない。

 

 そうやって考えを巡らせていると、ホテルの玄関から小林良枝が出てきた。ボーイッシュ

な外見に合った男勝りな性格をしている良枝もこの時ばかりは怯えているようで、しきりに

辺りを見回していた。誰もいないことを確認すると、弾丸のような勢いで一直線に走り出し

ていった。さすがは陸上部と言うべきか、良枝の姿は闇の中に消え、すぐに見えなくなって

しまった。

 

 ――いつまでもここにいるってわけにはいかないか。

 後から出てくる仲間たちと合流したいのは山々だが、やる気になっているかもしれない奴

に見つかったときのことを考えるとこの場に留まり続けるのは危険すぎる。普段から付き合

いのある友人を頭の中に思い浮かべ、自分の名簿番号の近くで信頼の置ける人物を選出

してみた。

 

 その条件に当てはまるのは、次に出てくる桐島潤(男子6番)だけだった。真理、薫、茜ヶ

崎恭子(女子1番)夕村琉衣(女子18番)ら主流派グループの女子メンバーは軒並み信

用できる連中だが、どれも自分の名簿から大きく離れてしまっている。一番近い真理でさ

え、四十分は待っていないと合流できない。同じバスケ部仲間の春日井洸(男子4番)や、

琴乃宮涼音(女子4番)にいたっては論外だ。彼らの出発は遅すぎる。

 

 残るは潤と鈴森雅弘(男子8番)渡良瀬道流(男子18番)の三人だが、潤以外の二人

は合流するのにためらいがあった。雅弘は口が達者なお調子者だから、仲間になっても

自分を裏切ることがあるかもしれない。道流は飄々としていて掴みどころが無く、何を考え

ているのか分からなかった。味方になればこれ以上心強い仲間はいないが、逆のことを

考えるとどうしても戸惑いが生じてしまう。

 とにかく、細かいことは潤が出てきてから考えよう。大悟は手にしたフライパンをデイパッ

クの中に戻し、プランターの陰で小柄な学級委員長が出てくるのを待った。

 

 

 

 

 

「――男子6番、桐島潤」

 潤はごくっ、と唾を飲み、胸に手を当てて「大丈夫、大丈夫……」と呟いてから立ち上が

った。様々な表情を見せているクラスメイトの間を縫って歩き、三千院零司の前に立つ。

「わ、私たちは、こ、殺し合いを、します」

 声は上ずっていて、上手くろれつが回らなかった。落ち着かなければと頭では分かって

いるのに、身体はそれと正反対の反応を示している。

 

 ケンカどころか口論をしている場面でさえ苦手な潤にとって、プログラムに参加して殺し

合いをしなければいけないなんてとんでもない話であった。高所恐怖症の人間にスカイダ

イビングをやらせるようなものだ。

 横の兵士からデイパックを受け取り、震える足取りで体育館の出口に向う際、後ろの方

で村崎薫と共に座っている涼音と目が合った。潤は笑みを浮かべて軽く手を振ったが、

涼音は何の反応も見せなかった。名前と髪の色をそのまま顕現したような、涼しく落ち着

いた表情と瞳でただじっと潤のことを見ていた。

 

「桐島、デイパックをもらったんなら早く出て行け。スタートが遅れる」

「す、すみません」

 零司に咎められたため、それ以上涼音を見ていることはできなかった。潤は小さな身体

でデイパックを抱え、急いで体育館から出て行った。

 

 

 

 

 

 ホテルの玄関へと続く廊下を進んでいる最中も、二つの足はずっと震えていた。いや、

足だけではなく全身が震えている。ガタガタ、ガタガタ、と。潤は右手で左腕を押さえつける

が、震えは一向に治まらない。

 

 気が弱く争いごとが苦手な潤にとって、プログラムへの恐怖はとてつもなく大きなものだ

った。パニックに陥って正常な思考を失っていてもおかしくはなかっただろう。

 そんな潤が恐怖に押し潰されていないのは、琴乃宮涼音の存在があるからこそだった。

透き通るような白い肌、桜色がさした唇、冷たい真水を思わせる声、海のように鮮やかな

青い髪、いつもは無表情な彼女がたまに見せる、とても可愛らしい笑顔。潤はその全てに

惹かれていた。涼音のことを想えば恐怖に耐えることができる。涼音のためならば、どんな

危険も厭わない覚悟だった。

 

 なんとしてでも、涼音と合流しなくてはいけない。このクラスには刀堂武人(男子10番)

真神野威(男子15番)のグループなど、プログラムに乗るだろう人間がたくさんいる。自分

はそんな奴らから涼音を守らなくてはいけない。自己満足と言われようが騎士気取りだと

思われようが、そんなことはどうでもよかった。涼音と再会して彼女を守ることができるの

ならば、何と言われようと構わなかった。

 

 最初の出発者である大悟がホテルを出たのが十時ちょうど。潤が名前を呼ばれたのは

十時四分。最後の出発者である涼音が名前を呼ばれるまでは一時間以上の時間がある。

涼音に会うためには、その間に出てくる武人や威といった『危険人物』をやり過ごさなけれ

ばいけない。潤はそれを覚悟した上で涼音が出てくるのを待とうとしていた。自分がこれか

らやることがどのくらい危険なことなのか分からないわけではない。分からないわけではな

いが、涼音を見捨てて自分ひとりで行動するなんて絶対に出来ない。これはプログラムな

んだ。この機会を逃してしまったらもう二度と会うことがないかもしれない。自分ひとりで会

場を彷徨い、放送で彼女の名前を聞くことになってしまったら――。

 

 潤は軽く頭を振って、思い描いた想像を打ち消した。いくら仮の状況とはいえ、想像する

だけで発狂しそうだった。――ああ、ダメだ。少しネガティブになっている気がする。こんな

ところでフラついていてどうするんだ、俺。

 自分を叱咤激励しつつ、潤は気合を込めなおして玄関の扉を開いた。先程まで身体を

襲っていた震えは治まり、彼はしっかりとした足取りでホテルの外に足を踏み出した。

 

【残り35人】

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