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 二階堂平哉(男子12番)を殺害した後、真神野威(男子15番)は平哉が持っていた拳銃

とデイパックに入っていた使えそうなものを回収し、萩原淳志(男子13番)ら三人を引き連

れて会場の中心に位置する湖に向かっていた。向かっていたとは言っても、その場所に

特別な目的があるわけではない。彼らは”人のいそうな場所”に見当をつけて、しらみつぶ

しにその場所を当たっていた。

 威はブローニングを持っているので、トカレフは淳志が持つことになった。彼らが持って

いた銃器のほとんどは渡良瀬道流(男子18番)に奪われてしまったので、大した苦労も

なく平哉から銃を入手できた事は非常に幸運と言える。

 

 もう残り少なくなった煙草を吸いながら歩いていると、背後から「なあ、威よぅ」という遠慮

しがちな声が聞こえてきた。威が「何だ?」と振り向かずに答えると、声の主である麻生

竜也(男子1番)は恐る恐ると言った様子で言葉を続けた。

「えっと……あのよ、本気でまた渡良瀬と戦うつもり……なんだよな?」

 冷や汗を滲ませながら、竜也は自分の前を歩く少年の背中を凝視する。

 竜也の横を歩いていた糸屋浩之(男子2番)、グループの最後尾を歩いていた淳志も

二人の会話に耳を傾けていた。この場では竜也が言ったが、二人とも竜也が言った台詞

と同じ疑問を抱いていた。

 

 威たちのグループ『レギオン』は、地元のみならず隣の市などからも恐れられている大規

模な不良グループだ。思い通りにならない事なんてなかったし、障害があったとしてもすぐ

に突破できた。自分たちが解決できないことなんてほとんどないんじゃないか。本気でそう

考えていた時期もあった。

 渡良瀬道流というたった一人の少年が、そんな彼らの信念を、矜持を、全てを木っ端微

塵に打ち壊した。

 数、力、計画。自分たちの持つあらゆるものをぶつけても壊せない壁。淳志たちは初め

て、『上には上がいる』という言葉の意味を知った。自分たちがあの壁を越えられないと

分かった時にはもう、彼の名前は一種のタブーとしてグループに広まっていた。

 

 淳志も、竜也も、浩之も――そしてグループにいる他のメンバーも、道流に勝つ事はで

きないと思っていた。どうにかしてやろうと考え、策を練り実力を上げあらゆる手段を尽く

し挑んでいくたびに、自分と相手の実力差が明白になっていく。期待が一気に徒労感へと

変わる。

 

 負けを認めるというのは、淳志たちが思っていたよりも何てことないものだった。差が

はっきりとしすぎているせいか、悔しさも何も湧いてこない。ただ、「ああ、そうなんだ」とい

う思いしかなかった。

 それは夢を抱いている子供が世界の広さ、世の中の過酷さを知り、その夢に諦めを見

るようになるのと似ているのかもしれない。

 

 けれどただ一人だけ――グループのリーダーである威だけは、それを認めようとしなか

った。負けを受け入れようとしなかった。日常の中での喧嘩ならまだそれも負けず嫌いと

して頷けるが、今回の敗戦は今までとフィールドが違う。

 プログラムで――殺し合いの舞台で、銃を向けて挑んだ戦いだった。それでも自分たち

は勝つ事ができなかった。完敗――いや、惨敗だ、あれは。完全武装した四人が素手の

一人に負けてしまったのだから。

 

 

 

 前を歩く威は、まだ何も答えない。竜也も浩之も威の言葉を待っているのか、何か話そ

うとする様子はなかった。

 あの二人がどうなのかは知らないけれど、淳志は威の気持ちが何となく分かっていた。

 ここで負けを受け入れてしまったら、これから先の人生で容易に負けを認めてしまうよう

になる。下手に抗うよりも、口先だけでいいから相手に屈服してしまう方が楽だし簡単だ。

自分が下だという事を容認する事に何の疑問も持たなくなる。

 

 相手よりも上に立つ、頂点を目指すという事に執念を持っている威だからこそ、そういっ

た状態になる事が怖いのだろう。道流の方が上だと認めてしまうのは簡単だけれど、それ

をしたらこれから先で何か障害が発生した際、限界まで抵抗せず自分の負けを認めてし

まうようになる気がする。そうなってしまったら、これまでの自分はどうなるのか。過去の

自分が何の意味も成さなくなるのではないか。

 

 もちろんこれが真実かどうかなのかは分からない。けれでも、これで間違っていないん

じゃないかと思う。他の人間からすれば考えられないような意固地さだけれど、威なら有り

得ないという事ではない。

 けれど今ばかりは、淳志も威の考えに賛同しかねていた。彼の参謀となった時から威に

従っていくと決めていたが、この件に関しては苦言を呈するべきなんじゃないか、と思って

いた。勝てない喧嘩はするものではないという言葉があるが、まさにその通りだと思う。

世の中には踏んではいけないもの、関わってはいけないものがある。道流はその中の

一つなんだろう。

 

 その事を威に伝えればいいだけ。それだけの話だった。だが、そんな事を誰が言える

というのか。

 淳志も、竜也も、浩之も知っている。威が道流にどのような感情を抱いているのか。

 ずっと一緒にいたからこそこういった事はちゃんと言うべきなんだろうけど、ずっと一緒

にいたからこそ、言えないものもある。それに、威なら何とかしてくれるんじゃないかという

う淡い期待もあった。自分たちの中で道流をどうにかできる人間がいるとしたら、それは

威しかいない。今までだってそうだった。危機的な状況を打開してくれたのは、威だった。

 

 

 

「優勝を目指す以上、どこかで奴を倒さなければいけなくなる」

 威は短くなった煙草を投げ捨て、それを踏み消しながら答えた。

「だからって、そりゃ俺たちがやらなきゃいけない事なのか? 生き残ってるのは俺らの

他にもまだいるんだ。そいつらが――」

「そいつらが渡良瀬を倒すかもしれない、と?」

 竜也の言葉を遮って発せられたその言葉には、皮肉めいた響きが含まれていた。

「それは有り得ないな。俺が倒せなかった奴を、他の連中が倒せるものか」

「まあ、そうだけどよ……」

 クラスでは道流に次ぐ強者である威たち四人が揃って挑み、敗れてしまったのだから、

自分たちよりも弱い他のクラスメイトたちが道流に勝てないと思うのは道理だろう。

 

 しかしそのクラスメイトたちも、弱いかもしれないが馬鹿ではない。例えば村崎薫(女子

15番)なんかはケンカの実力だけ見れば自分たちに到底及ばないが、彼女には自分たち

にない、道流との”信頼関係”というものがある。これからの状況、戦況次第では彼を倒す

ものも現れるのではないか。竜也はそう思っていたが、思うだけで口にはできなかった。

 

 すっかり萎縮してしまった竜也に代わり、今度は淳志が威に話しかけた。

「けれど威、竜也の言う事にも一理あるんじゃないか?」

「……敵は渡良瀬だけじゃない、と言いたいのか」

「そうだよ。俺の目から見てもお前はあいつに固執しすぎている。あいつを倒さなければ

いけないっていう事は俺たちも分かっているけど、敵はまだ他にもいるんだぞ」

「俺がそいつらにやられると思っているのか」

「やられるやられないの問題じゃない。現実の話をしているんだ」

 ここで威は立ち止まり、振り返って淳志の顔を見た。威の真っ直ぐな視線が鋭く突き刺

さる。

 

「なあ威。一度あいつを狙うのは止めにしないか? 生存者が少なくなって武器も揃えた

ら、それから邪魔が入らないような環境で改めて戦おう。武器の半分以上を失い、まだ

ダメージが残っている今の状態で戦うのはいくらなんでも無謀だ」

 威は何かを言おうとして口を開きかけたが、それを中断して口を閉ざした。

 淳志の言っている事は正論だった。いつもの威なら、最も効率的な手段を導き出してか

ら実行に移す。だが今の威のやろうとしている事は、贔屓目に見ても効率的な手段とは

言い難い。自分自身でもそれを理解していたのか、威は淳志の言葉に対して反論しよう

とはしなかった。

 

 度重なる道流との戦いが威の心に残したのは、空洞だけだった。埋めようの無い怒りが

虚無の空洞を広げ続ける。もやもやとした不透明な感情が燻り、しこりとなってずっと残っ

ている。逡巡して上げた視線が臆することなくこちらを見据えている淳志の視線とぶつか

って、威は小さく吐息を漏らした。

 

「まさかこんな単純な事をお前から指摘されるとはな。認めたくは無いが、俺も焦っていた

のかもしれん」

「じゃあ、威」

「当面の目標は雑魚共の駆除と武器を集める事にする。それと最初に言っておくが、俺に

はちゃんとした勝算もある。近いうちに、また渡良瀬に挑むぞ」

 それは淳志たちにとって頼もしい言葉でもあり――それと同時に、最大級の恐怖を孕ん

でいる言葉でもあった。

 

 また、あの男と対峙しなければいけないのか。威は今『勝算もある』と言ったが、それを

踏まえた上でも道流と戦うことを想像するだけで身震いがする。

 威の性格を理解している淳志たちは、あえて何も言い返さない。

 彼はその場しのぎの嘘やハッタリなんて絶対にしない人間だ。勝算がある、と言ったから

にはその通りなんだろうし、道流に挑む、と言ったからには実際に再戦をするつもりなの

だろう。

 

 自分たちは真神野威という人間が率いる『大群』の一人に過ぎない。兵隊は隊長に従う。

至極当然の事だ。威についていくと決めた日から、その他の選択肢が選べなくなるという

ことくらい、淳志も竜也も浩之も分かっていた。

 その事実を理解している上で、淳志は思う。彼は――威は自分たちの命の事を考えて

いるのだろうか、と。

 己の内に様々な思いを押し込めながら、『大群』は倒すべき敵に向かい進行を続ける。

 

【残り21人】

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