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 妹の声が聞こえ、妹の温もりを感じる。優しく、素直で、いつも自分の後ろをくっついて

きたその小さな微笑みを思い出し、渡良瀬道流(男子18番)の心は声にならない叫びを

上げた。

 

 決して届かない、届いたとしてもどうすることもできない過去の記憶にあるその姿。

 それはもはや思い出などではなく、幻影と呼ぶべきなのかもしれない。 

 見かけによらず結構おてんばで、目を離すとすぐどこかに行ってしまう妹はとても手間

のかかる奴だったけど、それがとても可愛く思えた。

 

 その妹の姿が、闇の只中に浮かんでいる。

 寂しげな瞳から零れ落ちた涙が闇へと落ち、まるで星空のような輝きを見せている。

 かすかな光の中で、妹はそっと手を差し伸べてきた。小さく開かれた口が言葉を紡ぐ。

声は聞こえなかったが、道流には妹が何を言っているのか分かった。

 

 一面を覆う闇が道流の記憶を映し出した。空間全てがスクリーンにでもなったような

その光景は、心の奥に押し込めていた記憶を際限なく覗かせる。

 浮かんでは消え、浮かんでは消える過去の映像は道流の心を締め付けた。やめろ、

と大声で叫び、頭を抱えて膝から崩れ落ちた。

 

 やめてくれ。俺にこの先を見せないでくれ。道流のそんな叫びは声にならず、彼の中

だけに響き渡る。それは最強と呼ばれていた少年の姿ではなく、過去の幻影に怯える

一人の中学生だった。

 

 そして視界全体に映し出される、あの時の光景。

 見慣れた近所の光景。夏休みの昼過ぎの街。自宅の前に停まっている黒いワゴン。

不自然に散らかっている自宅の中。

 

 

 

 そして――。

 

 

 

 映像が途切れ、妹の幻影が立っていた場所には一台の冷蔵庫があった。

 

 やめろ。やめろ。やめろ。

 願っても叫んでも、映し出される光景は変わろうとしない。目を瞑ろうとしたが、まるで

何かの力で固定されているかのように、視線がその一点に集中させられていた。

 何の前触れもなく出現したそれの扉が、きい……と小さな音を立て、ゆっくりと開かれ

ていく。

 まだ世界の残酷さを知らず、人間の怖さを知らず、己の無力さを知らなかった頃の

記憶。忘れたくとも忘れられない、呪われた過去の産物。

 外れる事のない足枷は時として悪夢となり、道流の心を蝕んでいた。

 

 

 

 

 

 渡良瀬道流はゆったりとした足取りで、その凄惨な現場に足を踏み入れてきた。

 ケンカ慣れしている少年四人が凶器を持ち、少女一人を一方的にいたぶっている。

常人ならば吐き気をもよおすような光景を前にしても道流は表情を動かさない。それが

親しくしている友人であったとしても。

 それは、いつものがむしゃらで無茶苦茶な彼を知るものにとって、違和感を感じざる

を得ないだろう。

 しかしその存在感はやはり並大抵のものではないようで、水色のサングラス姿を見る

や否や、数で勝る真神野威(男子15番)たちの間に動揺が走った。正確に言えば威

以外の三人に、だが。

 

「これはこれは、誰かと思ったら渡良瀬くんじゃないか」

 一人冷静なままの威が村崎薫(女子15番)を掴んでいた手を離し、道流の方に体を

向けて立ち上がる。他の三人とは対照的に、その声には若干の喜びがあった。

「こんなゴミが餌でもお前みたいな大物が釣れるとはな。ふふふ、ゴミはゴミでも何かしら

の利用方法や価値が残されているというわけか」

 道流は、威の言葉など聞いていなかった。

 

「――――!」

 彼は、凄まじい速度で威に殴りかかった。人間が走るときに見せる予備動作を最小限

に抑えたその突進は、ほとんどの人間にとって”走った”という過程が消失したようにしか

見えないだろう。幾度となく道流と拳を交えている威も、持っていた知識以上の速さを目

にしたことに驚きを隠せない。

 駆け抜け様の一撃はその速度故に回避不可能かと思われたが、威はそれが見えて

いるかの如く、道流の拳を受け流した。

 強烈な一撃は空を切り、勢いを失うことなくその先にあった樹に激突する。決して細く

はないその樹から”バキッ”という音がした。拳が命中した衝撃でわずかに樹が傾き、樹

の表面には道流の拳が刻印のように刻まれている。

 

「――フン。いきなりとはまた随分とご挨拶だな」

 明らかな不愉快さと、ドス黒い怨念を感じさせる声。道流の一撃で怪我こそは負って

いないものの、ダメージはゼロではないらしい。その証拠に、威は手の痺れを緩和させ

ためか拳を握ったり開いたりしている。

「まあいい。ここでこうしてお前に会えたんだ。邪魔者はここで――」

「黙れ」

 道流の言葉は、強い力を持っていた。ぼそりと呟かれたその一言は威を黙らせるだけ

に終わらず、周りでそれぞれの武器を向けている淳志、竜也、浩之にも同じような効果

を与えている。

 道流の発した言葉が、空気が、彼という存在全てが強大な圧力となって威たちにぶつ

けられている。それは恐怖ではなく、もっと別の――純粋な『力』そのものだった。

 

「真神野よぉ……てめえ今、自分が何やってっか分かってんのか?」

「弱者をいたぶっていただけだ。何の問題も無い」

 その一言が、道流の中にあったスイッチを全てONにし――彼を暴力の化身へと変貌

させる。

「ふざけたことぬかしてんじゃねぇぞコラァアアアアアアアアアア!!!」

 かつてない怒号と共に、道流は零距離から渾身の一撃を打ち出す。

 

 ――受け流して……いや、間に合わんか。

 風だけではなく空間ごと引き千切りそうな勢いの拳を、威は両手で真正面から受け止

める。それと同時に威の体が五メートルほど吹き飛ばされた。

 威は道流の拳を受け止めた瞬間、衝撃を緩めるために自ら後ろへ跳躍していた。その

ため派手に吹き飛ばされたように見える。しかしそれを差し引いても、道流が有している

攻撃力は桁外れだった。

 

「てっめぇはぶっ殺す! 泣こうが喚こうが全力で土下座しようが完璧シカトだ!」

「状況を見て言うべきだな、そういった強がりは」

 威は勝利を確信したかのように笑い――バックステップをして距離を空け、かつては逆

瀬川明菜の武器だったブローニングハイパワーを道流に突きつけた。

 それが合図となり、道流を囲んでいた他のメンバー、淳志と浩之も手にしていた銃器の

照準を道流へと合わせる。ただ一人銃を持っていない竜也はマチェットを構えたまま後ろ

に控え、道流が三人のうちの誰かに襲い掛かってきた場合、カウンターを与える役目に

徹していた。

 

 数と戦力差に余裕を感じたのか、威は先程よりも落ち着いた声で道流に話しかける。

「貴様も愚かだな。そこで寝転がっている奴のために来たのかもしれんが、わざわざ殺さ

れにやってきたようなものだ。まあ俺にとっては好都合だったが」

 このプログラムで優勝する事と同列の目的が威にはあった。

「貴様との決着、今ここでつけてやる」

 威の発したその一言には、今までの言葉とは比べ物にならないほど強い決意が込め

られていた。

 

 道流との決着をつける。

 どちらが強いのか。どちらがより上に立っているのか。何よりもシンプルなこの問題を

白黒はっきりさせなくては、人生最大の後悔になる。

 道流とは今まで幾度と無くぶつかってきたが、その度に何らかの邪魔が入り、完全な

勝敗が付く事は無かった。

 

 負けてはいないが勝ってもいない。勝利を手にする事を何よりも優先する威にとって、

倒す事が出来ない相手が現れたというのは見過ごす事が出来なかった。それ以上に、

静海市近辺で最強を誇っている自分のチームに歯向かう人間が、それもたった一人の

同い年の少年がそれを行っているという事実は、威のプライドをこれ以上ないほど傷つ

けていた。

 

 

 

「てめぇとの決着なんざどうだっていいんだよ。俺はてめぇが気に食わねぇからボコる。

ただそれだけだ」

「フン、奇跡的に気が合うな。俺も貴様のことは気に食わん」

 道流は友人を傷つけられた事への怒りを込め、威は自分の躍進を阻み続けてきた

男への憎しみを込めて言った。

 

「そう、俺は貴様の事が気に食わない。どんな事よりもどんなものよりも、徹底的にこれ

以上なく気に食わん。貴様がいなければ俺は頂上へ登れた。誰も俺の邪魔はできない

はずだった。貴様がいなければこんな面倒な事は起きなかった。貴様がいなければここ

まで不愉快になることはなかった。貴様がいなければ――」

 

 威は、呪詛のように言葉を吐き続けた。

 彼にしては珍しく、感情を剥き出しにして、思いをそのまま口にする。

 積もりに積もった恨みを全て吐き出さんとしているかのように。体裁も抑制も何もかも

捨て、ただ相手に憎しみをぶつけるために言葉を重ねる。

 

「もう一度言うぞ。俺はお前が気に食わない。お前が邪魔だ。お前はここで、俺が殺す」

 真正面からの宣戦布告を受け、道流がどんな反応を見せるのか。

 彼を包囲する淳志たちは気の抜けない状況に置かれながら、その点に注目する。

「…………」

 道流はしばらく無言で、その間ずっと威を睨みつけていた。それこそ眼光だけで人を

殺せるのではないかと思わせるような、強い殺気のこもった目で。

「よくもまぁ、ケンカの前にそう長々と喋ってられるよな、てめぇはよ」

 溜息混じりに髪を掻き、握り締めた拳を威へと向ける。

「”俺は”とか”俺が”とか、てめぇの言ってる事はいつも自分ばっかのことだ。周りのこと

何て考えちゃいねえ。てっぺんに立てないのは俺のせいだ? ハッ、馬鹿じゃねーのか

てめえはよ。そんなん自分が弱いだけだろ。他人に八つ当たりしてんじゃねーよ」

 

 周囲の空気が、変わった。

 威は血管を破裂させそうなほどこめかみを引き攣らせ、食いしばった歯の間から軋ん

だ声を出した。

 

「――死ね」

 凄まじい怒気が、瞳と言葉に宿る。

 グループの主導権を握る威の一言で、道流を包囲していた淳志たち三名も攻撃の動

作に移る。

 

 その中の一人、強力なサブマシンガンのステアーAUG A-2を所持している糸屋浩之は

最も素早く、かつ躊躇いを見せずに引き金に掛けた指に力を込めた。

 耳を劈くような銃声が耳朶を打ち、銃撃の反動が腕に伝わってきた瞬間、浩之は視界

の右から迫ってくる黒い影を見た。

 黒い影はそのままステアーの銃身を捉え、真上へと捻り上げる。それにより両手で銃

を掴んでいた浩之の手も上がり、胴体ががら空きとなった。

 ――――え?

 その黒い影がグローブをはめた道流の手だと分かった時、浩之の意識は闇の中へと

落ちていた。痛みと自分の身に起きた事を体感するのは、彼が目を覚ました後のことに

なるだろう。

 大砲のような道流の右ストレートは易々と浩之の意識を断ち切り、サブマシンガンの

脅威を一瞬で無力化させた。

 

「浩之っ!」

 悲鳴にも似た麻生竜也の声が、萩原淳志の反応をより俊敏なものにさせた。三メート

ルほど先に立つ道流に体を向けると同時に、ほとんど狙いをつけずS&W M629の引き

金を絞る。

 銃口から飛び出した弾丸は轟音と衝撃を残し、そのうちの何発かは道流の身体に向け

て疾走した。至近距離での銃撃は人間にかわせるものではない。ましてや攻撃直後の

隙を狙った一撃だ、回避は不可能だろう。

 

 そう思った淳志が次の瞬間に見たものは、恐らく誰に言っても信じてもらえないような

光景だった。

 道流は軸足を支点として独楽のように急旋回をし、自分の身体を――立ち位置を無理

矢理横に一歩分だけずらした。

 軌道上の目標が消失した事により、人ひとりを充分に殺せるほどの破壊エネルギーが

込められている小さな鉄の塊は何もない空間を横切っていく。

 

 素早い回避動作もそうだが、淳志が何よりも驚いたのは、銃声が鳴ってから回避行動

に移ったということだ。

 先読みでもなく、防御でもない。何が起きたのか、これから先に何が起きるのかを瞬時

に判断――いや、直感した上での回避行動。淳志が知っている、人間が持つ反射神経

のレベルから大きく逸脱していた。

 

 まさかこの距離からかわされると思っていなかったために大きな動揺を見せた淳志で

あったが、それでも落ち着いて距離を空け、銃の照準を道流に合わせた。

「一つ言っとくぜ」

 道流は肩の力を抜き、左足を少しだけ後ろに下げる。

「てめえらは銃に頼りすぎだ」

 その言葉を言い終えた刹那、一気にトップスピードに乗った。

 つい先程は弾丸をかわして見せた道流だったが、今度は引き金を引く暇すら与えなか

った。真正面から淳志に突っ込み、左の裏拳で銃を打ち払い、右拳でガラ空きとなった

胴体に力の入った一発を叩き込む。

 

「がはっ!!」

 たった一撃。しかしそれだけで、数々の修羅場を潜り抜け、強敵に打ち勝ってきた淳志

はなす術もなく崩れ落ちていく。

 道流の攻撃は強力であるが、特筆すべきはその破壊力だけではない。

 一撃で場の空気を支配する圧倒的な存在感と、敵対するものに植えつける恐怖心。

 それらが一つとなり、初めて渡良瀬道流が持つ”力”へと姿を変える。

 

 

 

「使い慣れてねぇもんに頼るから動きが鈍っちまうんだ。トランプとかでもそうだろ? 強い

カードがきたからって余裕こいてると案外簡単に負けちまう」

 道流は気絶した二人の武器を回収し、自分のデイパックへと詰め込んで地面に置く。

威が手にしている銃は変わらず道流へと向けられているが、道流も常に回避動作へ移

れるよう、体中の神経を張りつめていた。

 

「そんな台詞で納得する奴がいるか」

 既に二人のメンバーを欠きながらも、威に動揺している様子は見られない。瞳に剣呑な

光を湛え、視線を道流に集中させている。

 残されたもう一人のメンバーである麻生竜也は、ちょうど道流の背後に立っていた。彼

は威と違い、動揺をはっきりとその顔に表している。銃を持った仲間二人が手も足も出ず

やられてしまったのだから、そうなってしまうのも仕方がないだろう。

 

「竜也、少し横に動け」

 そう言って竜也が僅かに立ち位置をずらしたのと同時に、何の躊躇もなくブローニング

の引き金が絞られた。

 地面に横になっている薫のすぐ側でこの様子を見ていた真冬は、間違いなく道流は死

んだと思った。銃を撃つ直前にも避ける動作を見せず、ただ立ち尽くしている彼は威に

とって格好の的である。

 しかし彼が驚愕したのは、この後のことだ。

 

 道流は威が引き金を引いた”直後”、身体を僅かに横に逸らして照準の中心から身体

をずらした。

 

『なっ!?』

 それに驚いたのは真冬だけではない。竜也も、そしてあの威も表情に変化を見せた。

 威の眉が僅かに眉間に寄せられ、口元が引き締められる。二人の距離は近いわけで

はないが、銃弾を避けられるほど遠くにいるわけでもない。

「……今、何をやった」

「普通に避けただけだろ」

「ふざけるな。人間がそう簡単に銃弾を避けられるわけがない」

「ハッ。だったら試しにもう二、三発撃ってみろよ。特別サービスで撃たせてやるぜ」

 余裕のある笑みを見せ、手招きをする道流。舐められていると捉えた威は物凄い形相

で道流を射抜き、立て続けにブローニングの引き金を引いた。その際僅かに照準をずら

し、撃ち出された弾全てが異なる軌道を通っていく。

 

 だが、やはり引き金を引いた直後に避けられる。更に二発、三発と撃つが、そのことご

とくがかわされる。

 やがてマガジンの中に装填されていた弾がなくなり、カチリという空しい音が響くだけと

なった。

「――とまあ、こういうわけなんだが」

 飛び交う銃弾の中心にいたというのに、道流の顔には冷や汗一つ浮かんでいない。

やせ我慢をしているのか、自分の力に自信を持っているからなのか。

 

「ふざけるな……俺は認めんぞ! こんなふざけたことがあってたまるか!」

 このクラスの中で道流の力を一番良く知っていたのは威だった。今まで幾度となく向か

い合い、ぶつかり合い、その度に拳を合わせてきた。

 道流のことはよく知っている。彼の得意な攻撃方法、その比類なき攻撃力、人間離れ

した馬鹿力。ケンカの中で何度も目にし、実感し、そして対処法も編み出している。

 

 しかし――これは、知らなかった。

 いや、予想すらもしなかった。

 まさか銃弾を避けることができるだなんて。

 それも軌道を予測しているのではない。道流はこちらが撃ってから、恐らく銃声に反応

して避けている。凄まじいまでの反射神経の成せる業だ。

 

 果たして人間にそんな芸当が可能なのか。そこまで考え、威はその考えを「馬鹿らしい」

と一蹴した。可能かどうか以前に、奴は現にやってのけている。それに道流の人間離れ

した行為は今に始まった事ではない。

 過剰に驚いたところでこちらが不利になるだけと悟り、威はマガジンを新しいものに換え

るとそれを再び道流へと突きつけた。

 

「だから無駄だっつーに」

 呆れたように首を傾げる道流だが、威はニヤリと笑うと、先程までとは少し違った眼差

しを見せる。

「貴様は俺のチームの名を忘れたのか?」

「あぁ?」

 道流が苛立ったように呟く側から、威は再び連続して引き金を引く。まるで雷を思わせ

るような銃の咆哮。立て続けの銃声は空気を震わせ、解き放たれた銃弾は獲物へと飛

び掛る肉食獣のように、道流目がけて突き進んでいく。

 

 威の指が引き金を引いたのを”視認”した直後、道流は軽やかにサイドステップをして

銃弾の軌道から己の身体をずらす。ステップを行った事により、一瞬だけ宙に浮かんだ

道流の足が地面に付いた瞬間、彼の背後から迫り来る銀の軌跡があった。

 

「ブッた切れろ!!」

 今まで背後に控え、攻撃のチャンスを窺っていた麻生竜也が手にしていたマチェットを

道流の首目がけて振り払った。死角から――それも回避動作直後の隙を付いた斬撃は

視認どころか知覚する事すら難しい。

 

 だが――次の瞬間、威と竜也の目に信じられない光景が飛び込んできた。

 

「ふー、危ねえ危ねえ」

「なっ……」

 右肩に置かれるような形となっている道流の左手には、沈みゆく太陽の光をその刀身

に受けているマチェットが掴み取られていた。

 竜也の攻撃は道流の死角と隙を付いた、回避不可能な一撃のはずだった。

 なのに道流は、竜也の方を振り返ることなく、その場から一歩も動くことなくマチェットの

刃を掴んでいる。

 

「え、は? ちょ、ちょっと待てよ。意味分かんねぇ何なんだよこ」

 鳩尾に肘を叩き込まれ、竜也の言葉は強制的に遮断される。

 鈍く伝わってくる痛みと身体の奥から込み上げてくる嘔吐感で竜也は思わず前のめり

になったが、そこへ追い討ちをかけるかのように道流の膝蹴りが飛んできた。

「ぐがっ!」

「いやいやほんと危ねぇよ。このグローブが無かったらマジヤバかった」

 道流に支給された防刃グローブは切るという動作に対して耐性を持っているが、勢い

よく薙ぎ払われたマチェットを完全に防ぐほどの性能は備わっていない。つまり彼は握力

だけでマチェットを無理矢理固定させたという事になる。

 ただ道流本人はそうと思っていないようで、完全に防刃グローブが防いでくれた、とい

う風にしか捉えていなかった。

 

 今度は後ろに仰け反った竜也を、彼の喉を鷲掴みにして無理矢理引き起こす。

「つーわけで、だ。お前ちょっと寝てろ」

 道流は片手の力だけで竜也を持ち上げ、そのまま弧を描くように、竜也の顔を地面に

向けて叩き付けた。

 ドン、という重い落下音が一度だけ響き、ジェットコースターのような勢いで地面に落下

した竜也はピクリとも動かなくなった。

「レギオンだろうがなんだろうが関係ねーよ」

 と、道流は指の関節を鳴らしながら威へと向き直る。

「十人いようが百人いようが千人いようが、俺にケンカ売ったってんなら勝つまで叩きの

めすだけだ」

 

 道流の、水色のサングラスの奥にある瞳が獰猛な輝きを見せる。

 数など関係ない。圧倒的な力の――自分の前では無力。

 そうとでも言いたげな、あまりにも堂々と、悠然とした道流の佇まい。

 

 その一方で、数と銃というアビリティを完全に無力化された威。率いていた仲間を全て

打ち倒された彼は、それでも動揺を表に出さない。

 強烈なプライドがそうさせるのか、それともただの強がりなのか。

 

 威は気付いていなかった。

 道流を前にして、自分が半歩ほど後ろに引いているということを。

 道流の手により、自分が窮地に立たされているということを。

 

【残り27人】

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