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 人差し指で引き金を引いたまま、弓削進(男子17番)はイングラムの銃口を小刻みに

左右に動かす。それにより広範囲に放たれた銃弾は、まるで雨のような勢いを持って

薫のいる場所へと降り注ぐ。

 パララララ、と機械的に続いていた音が突然途切れ、カチン、カチン、という間の抜け

た音に変わった。

「弾切れか」

 進は面倒くさそうに呟くと、デイパックを開けて予備のマガジンを取り出す。中身のなく

なったマガジンを排出し、たっぷりと弾の込められたマガジンをグリップの下へと押し込

んだ。

 

 進は人を殺すことにあまり罪悪感――というよりも現実味――が無いし、もちろん薫

の説得に応じるつもりもない。彼女の言葉に応じてすぐにプログラムが終われば話は

別だが、そうでない以上、クラスメイトを殺していって最後の一人になる方が手っ取り早

いと考えているからである。

 

「死なないかな。早く死なないかな、あいつ」

 傍から見れば進にあまり変化は見られないが、彼は内心で焦りを感じていた。この

ままの状況が長引けば自分が不利になるということを、彼は本能的に感じていたのだ。

 確かにマシンガンは強力な武器である。支給された人物の身体能力がどうあれ、あら

ゆる差を覆して優勝候補になることができるだろう。

 

 その強力さが目立つマシンガンだが、それと同じように弱点もはっきりとしていた。

 ワントリガーで大量の銃弾をバラ撒くため、マシンガンは他の銃器に比べて弾切れが

頻繁に起きる。ある程度の物資が用意されているならばまだしも、プログラムではデイ

パックに入る程度の予備弾丸しか支給されない。

 

 マシンガンの弱点。それは――弾切れが頻繁に起きるという事。

 

 銃器類にとって銃弾は生命線。予備弾丸の切れ目が命の切れ目と言ってもいい。

 他にも銃を持っているなら話は別だが、運が悪い事に進は他の銃を持っていなかっ

た。まだ生存者が半分以上いる今、ここで弾を使い切るわけにはいかなかった。

 投げやりな感じで髪を掻いてあくびを一つすると、進は隠れていた木から身を出した。

 

「しょうがねぇな……。面倒くさいけど、しょうがねぇよな」

 そうぼやきながら、彼は薫が隠れている場所へと近付いていく。

 

 

 

 

 

 それを見て一番驚いたのは深山真冬だった。この状況で最も冷静に物事を観察して

いる彼は、薫が立ち向かっている相手――弓削進という少年の行動に目を疑う。

『なっ……あいつ、正気か?』

 イングラムM11をだらだらとぶら下げながら歩み寄ってくる少年を目にし、真冬は思

わず声を上げる。彼は薫が銃を持っているのを分かっているはずだ。

 それなのに堂々と白昼の元に姿を現し、悠然とした態度で前へ前へと進んでいくる。

 正直なところ、自殺行為としか思えなかった。

 だるそうに下げられていた進の腕が上がり、地面と平行になった瞬間――進が手に

しているイングラムM11は薫めがけて銃弾を発射していた。

 

「うひゃあ!」

 銃弾が自分のすぐ脇を通過し、盾となっている木の表面を易々と抉り飛ばしていく。

薫が身を隠している木には既にいくつもの弾痕が刻み込まれていた。

「甘いよね、君。ちょっと甘すぎる」

 進は眠そうな目をさらに細め、侮蔑の表情を隠そうともせず薄い唇を歪めた。

 

「聞いてた? 最初のルール説明、聞いてた? これさあ、殺し合いなんだよね。最後

の一人にならなきゃ帰れないの。意味無いじゃん、説得なんて。みんな死んじゃうんだ

から意味無いじゃん」

 独特の言い回しを持つ進の言葉。投げやりで自虐的で、諦めの色が強く漂っている

進の言葉。それはさながら、透明の水に落ちた一滴のペンキのように、薫の心に染み

渡っていった。

 

「聞いてたわよ! だから――だからこそ納得いかないから、こんな事止めさせようっ

て思ってんじゃん!」

「無駄だね。終わんないよ、このプログラムは。歴史上見たってプログラムが中止した

って話も、脱走者が出たって話も聞いた事がないし。だいたい君さ、本当にどうにかで

きるって思ってんの?」

「思っている」

 

「…………」

 案の定溜息をつかれたが、薫は構わずに話を続けた。

「まだ結果が分かっていないのに、やってもいないのに諦めるなんてしたくない。私は

私のやりたい事をやって、もし諦めるのならとことんまでやってから諦めるわ。誰かさん

とは違うから」

 そう言ったら、進がひどく嫌そうな顔をした。

「分からないね。本当に分からない。どうせ死ぬのに何でそこまで頑張れんの? どう

せ無駄になるのになんでやる気になれんの? 人生なんてどうせ嫌な事ばっかりなん

だから、テキトーにやってけばいいのに」

「分からないのは私のほうだよ。何で弓削くんはそうやって物事を悪い方向にしか考え

られないの? いつか終わりが来る、どうせ悪い事しか起きないなんて考えていたら

何もできないじゃん。何も楽しめないじゃん」

 

 進は口の端に嘲笑を湛え、髪を軽くかき上げた。

「馬鹿だね。君、ホント馬鹿だ。人間なんて死体になるために生きてるんだよ。どうせ

腐っていくのならどんな対処をしたって面倒だし、それにそういうのって煩わしくない?」

「黙って」

 薫のその一言は呟きに近かった。だが、そこに込められた感情の奔流は凄まじいも

のがあった。彼女の横にいる真冬は、それに飲み込まれそうになる。

『薫……』

 この時真冬は、薫が本気で怒っていることに気が付いた。双眸の鋭利さが深まり、全

身から噴き出ている憤怒の空気は魂だけの存在である真冬さえも仰け反らせていた。

 

 

 

「あんたは人の命を何だと思ってんの? まるで私たちを物みたいに……私たちの

やっている事が無駄とかどうかはあんたが決めるんじゃない! 私たち自身が決める

んだ! あんたにそこまで好き勝手言われて否定される筋合いなんてないわよ!」

 

 心の中が熱かった。湧き出てくる気持ちを、感情を止める事ができなかった。

 以前に友人の琴乃宮涼音(女子4番)が言ったように、この世の中で絶対的な善だと

か悪だとかいう定義や存在は無いのだと思う。だからこそみんなが自分なりの善悪を

掲げ、自分なりの定義に従って行動している。

 

 その考えも、今この時ばかりは薫の中から吹き飛んでいた。

 こいつは――弓削進は”悪”だ。

 このまま見過ごす事なんて、出来るはずが無い。

 

「ふーん……。まあ、いいけどね。どうでもいいけどね。俺はさっさと帰ることができれば

いいんだし。これ以上論争するのも面倒くさいからさ、死んでくれない?」

 投げやりな態度と抑揚に乏しい口調を崩さぬまま、進はイングラムの銃口を薫に突き

つける。それと同時に、薫も同じく手にしていたベレッタを進の眉間に突きつけた。

 銃声が鳴り響き、硝煙が周辺一体に蔓延するかと思われたが、意外にも生じたのは

静寂だった。

 

 二人はその動きを止めて睨み合う。お互いの銃が交差し、それぞれの眉間に突きつ

けられていた。

「撃てるの? 君、本当に撃てるの?」

 糸が張り詰め、今にも切れそうな緊張の中で最初に口を開いたのは進だった。いつ

自分の命を奪うとも知れない銃口を前にし、その声はほとんど掠れていない。

「……撃てるわよ」

「嘘だね。俺を説得しようとしてたって事は、俺を殺すつもりがなかったってことじゃない

の? それに今までの口ぶりから、君ってやる気になってないみたいだし」

 

 ドクン。

 

 薫の心臓が、一際大きく脈打った。

「殺すつもりなら、とっくに撃ってるだろうし」

 それほど大きくないはずの進の声が、やけにはっきりと聞こえてくる。日没前とはいえ

暦は七月。まだまだ暑くなるはずなのに、体温が下がっていくのが分かった。背中を

つぅ、と冷や汗が伝っていく。

「君はさ、人を殺したくないんでしょ? だから俺を説得しようとしていた。だから俺を撃

てないんだ」

「それは……」

「あー、いいよいいよ。面倒だしね。答えなんて聞かなくても分かってるしね」

 進の言葉を最後まで聞いて、薫は唇を噛み締めた。

 相手はこちらの目的を分かっている。説得を試みているという事は、つまりクラスメイト

を殺したくないという事。

 

『そうか……だからさっき、撃たれる事を恐れずに近付いてこれたのか』

 真冬は、先程進がとった行動の真意を理解した。敵は自分の命を奪おうと思っていな

い。撃ってきてもせいぜい腕か足か、こちらの動きを止める程度だろう。そう考えたから

こそ、銃弾の飛び交う戦場の只中を悠然と歩いてこれたのだ。

『くそっ、まずいぞこれは……!』

 薫に殺意がないと分かった以上、相手は何の躊躇も見せずイングラムの引き金を引く

だろう。それはこれまでの進の言動を見ていれば容易に想像が出来た。

 

 

 

『薫、あいつを撃つんだ! このままじゃお前が殺されるぞ!』

「で、でも……」

『手か足に当てれば致命傷は免れる! それに今は相手の事を気にしている場合じゃ

ないだろう!』

 真冬はここにきて、薫が持つ致命的な欠点に気付かされた。

 

 薫は運動神経が高く、戦闘に限って言えばそう簡単に負けはしないだろう。ちゃんと

した技術を持っているわけではないが、天性の運動神経で技術をカバーしている。

 

 ただしそれは、”戦闘”に限った場合での話だ。

 

 それが”殺し合い”というフィールドに変わった瞬間、薫の発揮できる力は限りなくゼロ

になる。彼女には殺し合いに必要不可欠な”殺意”が無い。一見何も考えていないよう

に見えるが、彼女は自分だけではなく、周りにいる人とも幸せや楽しさを共有しようと

考えている少女である。進んで誰かを傷つけられるような性格ではないのだ、薫は。

 それに加え、沖田剛を殺害してしまった事が彼女の中で殺人に対する禁忌と恐怖を

より大きなものにしていた。

 

 とはいっても、真冬の言うとおりこの状況ではそんな事を気にしている場合ではない。

薫はベレッタの照準を合わせ、引き金にかけられた指に力を込めた。

 無意識のうちに、進の顔へと視線が移る。

「…………っ」

 彼の顔を見た瞬間、ぞっとした。言葉では言い表せない気味の悪さだった。

 下手をすれば死んでしまうというのにも関わらず、進は相変わらず眠そうな、全てが

どうでもいいような表情を浮かべている。そこにはどんな感情が込められているのか

分からない。分かるとすれば、『さっさとしろよなぁ』と面倒くさがっているところだけだろ

うか。

 

 ――な、なんなの? こいつ……。

 

 季節は夏だと言うのに、薫の肌には鳥肌が立っていた。今まで変わった人にはたくさ

ん出会ってきた。涼音や赤音、不良でケンカをしてばかりいる道流や威。

 進はそのどれとも違う、怖気の振るうような空気を持っている。同じ場所に立っていな

がら全く異質なものを内で飼っていて、それが僅かに外へ露見しているような――そん

な感じだった。

 

 薫は、自分が犯している決定的な過ちに気が付いていない。

 思考が迷いを生み、迷いが停滞を生み、停滞が死に繋がる。

 銃と銃が交差している状況で考え事をするということがどういうことなのか。

 

 

 

『――薫っ!!』

 自分を死なせまいとする幽霊――深山真冬の、珍しく取り乱した雄叫びが頭の中に聞

こえた時、そこで初めて気が付くことになった。

 しかし、遅すぎた。捕食者の牙は既に、獲物の喉へ深々と突き刺さろうとしている。

 視線の先で、進はにいっ、と口の端を吊り上げ――。

 

 状況を進展させる銃声が、プログラム会場に響き渡った。

 

【残り28人】

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