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 真冬が発したその一言で、薫の表情が一変した。気を引き締め、神経を鋭敏化させる。

いきなり別人のような表情を見せた薫に、千鶴は何が起きたのか分からないといった様子

で身を固まらせていた。

 

「どこ?」

『お前の右手側だ。正確な距離はちょっと分からないが……サブマシンガンを持った奴が

こっちに近付いてきている。向こうはこちらの存在に気付いていないみたいだから、真っ直

ぐ進んできているというわけじゃないけどな』

 千鶴に悟られないよう、小声で会話をする薫と真冬。誰にも気付かれる事無く周囲を探索

できるのは幽霊である真冬の特性だ。こうする事によって迫り来る危機を事前に回避でき

るようにしている。

 

「村崎さん、急に怖い顔してどうかしたの?」

「誰かがこっちに来るみたい」

「えっ!?」

「向こうはまだ私たちの事に気付いていないみたいだから、すぐに逃げれば大丈夫だとは

思うけど……」

 プログラムが始まってから、連続した銃声――マシンガンの音は何回か聞こえてきた。

そして、その音が聞こえてきた後の放送では誰かの名前が呼ばれている。

 マシンガンを所持している奴がクラスメイトを殺して回っているのは間違いないとみていい

だろう。問題なのは、それが”誰”なのかという事だった。

 

「ねえ真冬くん、近付いてくるのって誰だか分かる?」

『中肉中背で髪を薄い茶色に染めている男だ。パッと見、あまり真面目そうな奴には見え

なかったな。だらしなく制服を着ているし。あとは……眠そうというか、やる気のなさそうな

目をした奴だった』

 薫のクラスメイトの名前が分からない真冬は、自分が目にした人物の外見や特徴を挙げ

ていった。

「やる気のなさそうな目をした人……」

 その特徴で真っ先に思う浮かぶ男子生徒といえば弓削進(男子17番)しかいない。薫の

知る限り、彼は面倒くさがりで何事にもやる気を示さなかった人物だ。そんな進が積極的に

クラスメイトを殺しているのは何だか意外な気がする。

 

 一方で、薫は近付いてくる人物が自分の友人たちでない事と分かってほっとしていた。

もし近付いてくるマシンガンを持った人物が、自分と親しい友人であったとしたら、その友人

はプログラムに乗っている可能性が高いという事になる。

 友人たちに限ってそんなことはないと思いたかったが、この特殊な状況下でそう言いきれ

る根拠はどこにもない。それはこれまで数回に渡って繰り広げられた真冬との会話から、

充分に承知していた。

 

「こっちに来ているの、弓削くんかも」

「えっ」

 進の名前が出た瞬間、千鶴の表情が一変した。

「どうかした?」

「良枝が……弓削くんに殺されているの。私、プログラムが始まってからしばらく良枝と一緒

に行動していたから……」

 千鶴の話を聞き、薫は進がゲームに乗っているであろうことを確信した。彼が自分たち

を見つけたら、言葉よりも先にマシンガンの弾が飛んで来るかもしれない。

 

「村崎さん、早くここから逃げようよ! このままじゃ殺されちゃう!」

「私は話を聞くだけ聞いてみようかなって思ってるけど」

「なっ……!」

 それを聞き、千鶴が信じられないといった顔を浮かべた。

「何言ってるの!? 向こうはやる気になっているんだから、話を聞くも何もないじゃない!」

「んー……」

 薫はちょっと困ったような顔で唸った。

「まあ、そうなんだけどさ。でも私は人を殺すより助けたいって思ってるし、何もしないで逃げ

たりするのは嫌だから」

「で……でも!」

「大丈夫だよ。橘さんだって私の話、聞いてくれたでしょ?」

 薫のその言葉を聞き、千鶴は言葉を失った。

 

 つい先程まで、二人は敵同士だった。もっとも、そう捉えていたのは千鶴だけかもしれな

いが。

 敵として出会い、殺意を向け、敵意をぶつけ――恐怖に駆られるまま、相手を排除しよう

としていた千鶴。向けられた銃を前に薫は武器を向けず、同情ではない本心からの言葉で

千鶴に語りかけてきた。

 

 その結果が、今のこの状況である。

 接触した人物を敵として認識し、排除する。それは自分の身を、命を守る上で一番適切

な手段だろう。

 だが薫は、それを選ぼうとはしていなかった。適を敵として排除するのではなく、敵を味方

にする事によって危険を無くす。

 プログラムの中でそんなことができるのは、馬鹿か余程のお人好ししかいない。

 そして薫は、その後者の方だった。

 

「私が何とか説得してみるから、橘さんは近くに隠れていて。とばっちりを受けたら大変だか

らね」

 薫がウィンクしてそう言ったのと同時に、林の奥で火花のような光が煌いた。

 

 

 

 パララララ、という小気味良い銃声が響き、解き放たれた銃弾の軌道上にあった枝、木の

幹が抉り取られる。

「きゃあああああっ!!」

 銃声の残響が残る空間に放たれた千鶴の絶叫。周囲の空気は再び揺るがされ、ほのか

に香る硝煙の匂いと緊張感がより一層濃くなっていく。

 

 ――いきなり撃ってきた!?

 それが何を意味するのか認識した瞬間、薫の中にある警戒信号が最大音量で鳴り響い

た。刀堂武人に襲われた時と同じ感覚。生か死か。極限の綱渡りと化したフィールドの上

に立たされている。

 

 それ故に、そこからの彼女の動作は目を見張るほど迅速なものだった。

 頭を抱えて蹲っている千鶴の手を掴み取り、そのまま移動してすぐ近くにあった木の陰へ

と体を隠す。今やすっかりと手に馴染んでしまったベレッタM8000クーガーを右手で握り

締め、左手を添え、林の奥へ向けて引き金を絞る。いつ聞いても耳障りだとしか思えない

銃声、鼻腔を刺激する火薬の匂い、腕へと伝わる銃の反動。

 未だに好きになれない――というよりは受け入れる事ができない、発砲の際の感覚。

 出来る事ならば銃を撃たずに済ませたかったが、この状況下ではそうも言っていられな

かった。強い意志、信念を持つ事は大切だが、それに捉われて行動を縛られてしまっては

元も子もない。

 

 薫の攻撃に警戒を強めたのか、マシンガンの銃声は再び聞こえてくる事はなかった。薫

は当てるつもりではなく威嚇を目的として撃ったので、現状がこのようになったのは狙い通

りと言えるだろう。

「ひょっとして逃げちゃった?」

『いや、敵はまだいる。こちらの様子を見ているだけだ』

 様子を窺ってきたらしい真冬が薫の側へと戻ってくる。

『相手はマシンガンを持ってるんだ。あまり無茶をしないでくれよ』

「うん、分かってる。今回ばかりは私たちだけの問題じゃないしね」

 

 言いつつ、横にいる千鶴を一瞥する。今までは自分のことだけを心配していればよかっ

たが、今回は勝手が違う。自分のことを気遣うと同時に、千鶴の方にも目を向けなければ

いけない。目の前で千鶴が殺されていくのをただ見ているだけ――そんな事は絶対にあっ

てはならないのだから。

 

 そんな考えを巡らせていると、髪を茶色に染めた猫背の少年が林の奥から歩いてきた。

「あれは――」

 ボタンをつけず、Tシャツの上から羽織っただけのワイシャツ。学校指定の黒いズボン。

ルックスだけ見れば良い部類に入るが、全身から漂っているやる気の無さ、無気力感が

その利点を大きく削いでいる。

「弓削くん……」

 弓削進。クラスメイトだが数えるほどしか会話をしたことが無い少年。二階堂平哉(男子

12番)と話している姿をよく目にするが、彼は一緒ではないのだろうか。

 そんな事よりも問題なのは、進の手に握られている黒い金属の塊である、アルファベット

の”T”によく似た形状をしたそれは――。

 

 

 

「……ダルい。めっちゃダルい。そこにいる人たちさ、さっさと死んでくれないかな。ダルい

し面倒だし……生きててもどうせ良いことなんて無いでしょ?」

 だらりと垂れ下げていた右腕を持ち上げると、そこに握られているサブマシンガン、イン

グラムM11の銃弾を薫たちが隠れている方向目掛けてバラ撒いた。狙いも何もあった

もんじゃない、文字通り掃射そのものである。

 

「うわわわわわっ!?」

 銃弾の雨あられが降り注ぎ、薫は木の幹から出していた顔を慌てて引っ込めた。

「きゃあっ!」

「橘さん!?」

 真横から聞こえてきた千鶴の悲鳴に、薫はいち早く反応する。自分と同じように木の陰

に隠れていた千鶴は、右足首の少し上を両手で押さえしゃがみ込んでいた。額に汗が浮

かんだ険しい表情をしており、押さえつけられている両手の下からは、流れ出た赤い筋が

彼女の肌の上を這っている。

 

「わっ、ち――血が出てる!」

『おい、少しは落ち着けよ』

「でも、このままじゃ橘さんが!」

『出血はそれほど多くない。恐らく大事には至らないはずだ。それよりも速く止血をしてや

れ。このままじゃ助かるものも助からないぞ』

「う、うん。分かった」

 真冬のアドバイスを受け、薫は少し前に自分の傷を止血した時と同じ行動に移る。予備

で持っておいたハンカチをミネラルウォーターでよく洗ってから、同じように消毒した傷口に

押し当てた。銃創に水が染みたのか、千鶴が声にならない悲鳴を上げた。

 

「ごめん、痛いと思うけどちょっとだけ我慢して」

 ワイシャツの裾を切り、包帯の代わりにしてハンカチの上から巻きつける。とりあえずこれ

で、ガーゼと包帯の代わりにはなった。

「これでいい?」

『ああ。ホチキスでもあれば傷口を縫う代わりになるんだけど……この状況じゃそんな贅沢

も言っていられないし』

「ホチキスって……まさか、ホチキスで傷口をとめるの!?」

 その光景を想像し、薫は思わず身震いをする。

『仕方がないだろう。傷口を縫って止血しなければ命に関わるかもしれないんだ。それに

比べたらホチキスでとめるなんて我慢できるだろ』

 それは確かにその通りだが、いざ実行しろと言われたら自分にできるだろうか? 自分

はその時になってみないと分からないが、真冬は躊躇せずそれを実行するだろう。

 

「大丈夫?」

「う、うん……。なんとかだけど……」

 やや呼吸こそ乱れてはいるが、命に別状はなさそうだ。

「橘さんはここに隠れていて。絶対に姿を出しちゃだめ。いい?」

「うん」

 千鶴は小さく頷き、力なく微笑んで見せた。薫を安心させようとしているのだろうが、無理

をしているのが伝わってくる。

 

 薫は奥歯を噛み締め、林の奥に立っているであろう進に鋭い視線を向けた。薫は自身

が傷付くよりも、周りの誰かが傷付くことで怒りを露にするタイプである。漫画などで言うと

典型的な主人公気質だった。

 そんな薫の心中を察し、真冬は彼女が感情に任せて突っ走らないよう、冷静さを保った

声で話しかける。

 

『とりあえず今のところ最大の問題は、あいつをどうするかだな』

「そうね……マシンガン相手に真っ向勝負ってのは、やっぱりどう考えても分が悪いわ」

『じゃあ――』

「まあ待ってよ。私にいい考えがあるんだから」

 人差し指を立て、やけに自信満々に言い放つ。武器の能力差を覆し、相手を説得に応じ

させるような良い方法でもあるのだろうか?

 薫は木の幹から少しだけ顔を出し、胸一杯に大きく息を吸った。

 

 

 

 そして――。

 

 

 

「こらー、弓削くーん! それ以上攻撃してくるのはやめなさーい!」

 とんでもない大声が、林の中を駆け抜けた。

 

「私は殺し合う気なんてないの! 殺し合いを止めて、このプログラムを中止させたいって

思っているだけ! だから攻撃してくるのを止めて、私の話を聞いてちょうだい!」

 

 真冬は唖然とした。いい考えがあると言っていたからどんな作戦なのかと思っていたが、

作戦も何もあったもんじゃない。

 

 相手に近付かず、大声で話しかける。

 それが――薫の取った行動だった。

 

『お前……』

「ん? どうかした?」

『…………いや、なんでもない』

 真冬は溜息混じりに、もう好きにしてくれ、と小声で呟いた。

 

 そうだ、よく考えれば出会った時からそうだったではないか。

 先のことを考えず、現状を解決することだけを考えて自分が思ったことを悩むことなく実

行に移す。

 それで何回頭の痛い思いをしてきたのか、忘れたわけではないというのに。

 

 しかし、これはこれで良い手段なのかもしれない。

 相手に近付くことができなければ、声だけを届かせる。シンプルだがなかなか効果的な

手段だった。

 ただ問題があるとすれば――今の大声を聞きつけた誰かが、ここにやってくるかもしれ

ないということ。

 そしてそれがもし進同様、やる気になっていたとしたら。

『……話の分かる奴だといいんだが』

 

 

 

 

 

 薫たちが隠れている場所からおよそ十メートルほど先。薫たちと同じように木の陰に隠

れていつでも攻撃できる体勢をとっていた進だが、イングラムの引き金を引くことはできな

かった。林の向こうから、薫の大声が聞こえてきたからだ。

 

「殺し合いを止める、か……。殺し合いを止める、ねぇ……」

 進はやや投げやりに呟いた。彼の武器は一度に大量の銃弾をバラ撒くサブマシンガン

の中でも、とりわけ命中率が低いことで知られている。遠距離から撃てばまず当たらない。

もともとサブマシンガンは、遠くから狙いをつけて撃つには適していない銃なのだ。

 そのため薫が姿を現さなければ、いくら銃を撃っても無意味ということになる。

 

 ――困ったな。あいつが出てこなきゃいつまで経っても終わんないんだよな。こりゃ困っ

たな。

 精密射撃という点だけで考えれば、向こうが持っている拳銃の方が上かもしれない。迂

闊に顔を出せばこちらの頭が吹き飛ばされてしまう。

 

 ――面倒だな。ああもう、面倒だな。

 もっとも、彼は事態を打開すべく、自ら相手に突っ込んでいくような真似はしない。危険

が大きいという事よりも、ただ単に面倒くさいのである。

 

 

 

「――お願い弓削くん、少しでいいから話をさせて! 私は本当にあなたを殺すつもりなん

てないの!」

 再び聞こえてくる薫の声。どうやら自分を説得しようと試みているらしい。

 

「……何考えてんだろ」

 進はぼーっとしながら思考を巡らせた。自分以外の全てが敵であるプログラム、その中

で説得をするなんて理解できなかった。最終的に生き残れるのは一人だけ。仲間なんて

作っても意味が無い。なのに何故こんな事をする?

 

 ――ああ、そうか。騙し討ちするつもりなんだ。

 進は面倒くさがりであるのと同時に、非常に後ろ向きな性格である。何か物事をやる時

は常に最悪の事態を想定してしまい、やる気にならなくなることも多々あった。そのため

クラスメイトからは疎まれる事も多かったが、面倒なので言い訳は一度もしたことがなか

った。一度失った信頼を取り戻すのは面倒極まりない。だったら落ちる所まで落ちていけ

ばいいさ。

 

「面倒だな。どうせ死ぬんだからそんなに頑張らなくてもいいのに。本当に面倒だな。俺も

あんたも、いつかは死ぬんだぜ? だったら足掻かないで、適当にやって死んでくれよ」

 と、ぼやきつつ、進はイングラムの銃口を薫が隠れている木に向け、一切迷うことなく引

き金を引いた。

 

 薫に対する興味など彼には最初から無い。説得に関する思考もまるで無い。

 面倒だから早くプログラムを終わらせる。進の頭には、その事しかなかった。

 

【残り28人】

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