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 越えることが出来るかどうか分からない壁、打開できるか分からない状況、体験したことの

ない絶望。一度落ちたら這い上がることの出来ない落とし穴は、人生の様々な場面で待ち受

けている。

 その状況と同じように、苦難、絶望に直面したとき人が取る行動は多種多様だ。咄嗟の場

面でこそ、その人物の本心が分かる。その人物がどういう人間なのかが分かる。

 

 プログラムに選ばれた静海中学三年一組の生徒たちは様々な行動を見せていた。つい昨

日まではお互いに笑顔を見せていたクラスメイトを殺す者、殺し合いを止めるために奔走す

る者、プログラムの中止を図る者、恐怖に怯え、身を縮めて隠れる者。

 

 

 

 村崎薫(女子15番)は抵抗していた。自分の全てを尽くし、発揮出来得る限りの力を込め

て。それは今まで自分を偽ることなく正直に生きて、本心そのままで他人にぶつかっていく

薫だからこその行動なのだろう。これがプログラムだと知ったその瞬間から、彼女は殺し合

いを止めるために走ろうと決めていた。いや、それしか浮かび上がらなかった、と言った方

が正しいのかもしれない。

 

 強大な力を持つ政府を相手に抵抗するなんて無駄だと判断し、抵抗を諦めた者も少なくは

ない。しかし彼女は今も最初の意志を変えることなく、それを貫いている。揺らぐ事はあって

も、彼女の思いが崩れることはない。

 それがこれから先もずっと続くかどうかは、誰にも分からないけれど。

 

「ふぅ……なかなか見つからないもんだねー」

 自分と同じ考えを持つ仲間を見つけるために行動している薫。沖田剛(男子3番)を殺めて

しまったショックから立ち直った後、ほとんどノンストップで会場の中を歩き回っていた。スポ

ーツにこそ手を出してはいないが、薫の基礎体力、運動能力は他の運動部員のそれを遥か

に上回っている。そのためそう簡単に体力がなくなるという事はないのだが、精神的な疲労

と重圧がたたってか、彼女の顔には薄っすらと疲れの色が見えていた。口数も少なくなって

きているし、肌に汗も浮かんでいる。

 

『戦う意思がない奴はどこか一箇所に隠れている事が多いからな。その場所が特定できない

と見つけるのは難しいかも』

「ってことは誰かに会うってだけで結構難しいってわけね。うはー、何だか前途多難」

『人を寄せたいんだったら空に向かって銃を撃てば一発だけど』

「……真冬くんさあ、私のことをかなーり馬鹿だと思ってない?」

 第三者から見れば薫が独り言を言っているようにしか見えないが、実際は違う。彼女は自

分の横にいる幽霊、深山真冬と話をしていた。

 

 真冬は七年前にこの場所で行われたプログラムで命を落とし、その時の想いが彼を幽霊

としてこの世に留まらせた。本当かどうか定かではないが、彼の言葉を信じるしかなかった。

と言うよりも、お人好しの薫は真冬のことをそれほど疑おうとせず、割とすんなりと受け入れ

てしまった。これには真冬も驚いたようだが、結果としてそれが二人の仲を近付ける大きな

要因になった。

 

『馬鹿っていうか考えが足りてないだけだよ。思慮が浅いっつーか』

「ひっどーい! こう見えても私、ちゃんと自分で考えてやってんだからね!」

『こう見えてって事は……少しは自覚があるってことだな』

「う……」

 合流当初は二人の間(というか真冬)に余所余所しい感じが見受けられたが、今ではそれ

もほとんど見られなくなった。今ではお互いに遠慮なく、自分の思っていることを口にするよう

になっている。

 

 何事においても積極的だが思慮に欠ける薫に対し、真冬は冷静に状況を判断、見極めて

から行動に移ろうとする。タイプが正反対の二人だが、お互いがお互いの長所と短所を補う

形になっており、コンビとしては理想の図になっていた。

 考え方の違いから、些細なことで口論が起きる場面が何度もあったが、それでも二人は

上手くやってきている。

 

「それにしても不思議ー。真冬くんって全然幽霊って感じがしないんだもん。話していると私

たちと変わんないよ」

『……そうか?』

「うん、幽霊って言われなきゃ分かんないかも」

『浮いているからそれはないだろ』

 無愛想な表情はそのままだが、今の真冬の声はいつもよりも少し柔らかくなっていた。薫

が言った”幽霊って感じがしない”という言葉が嬉しかったのだろうか。

 

 しかし実際、真冬の外見は他の人間と大差がないし、映画に出てくる幽霊――この場合は

悪霊がほとんどだが――と違って、人間を呪ったり無闇やたらに驚かすこともない。それどこ

ろか、『下手に脅かすといけないから』と薫に姿を見せるのを躊躇っていたほどだ。

 

 幽霊という言葉を聞くと怖いものを想像しがちだが、それは固定観念から生まれる間違っ

たイメージに過ぎない。少なくとも、薫はそう思っていた。刺々しいオーラがあって無愛想だけ

ど、真冬は自分に優しくしてくれている。彼がいなければ、恐らくは今よりも困難な状況に陥っ

ていただろう。

 

 

 

「ねえ、あの三千院って人がいる場所に行くことってできる?」

『あそこに? 禁止エリアに指定されているから無理だろ』

「そういうことじゃなくて、真冬くんが、ってこと」

『俺だけなら行けるけど、それがどうかしたか?』

 何が言いたいのか分からず聞き返すと、薫は「いい事思いついちゃった」と得意げな顔を

した。

「真冬くんがホテルまで行って、首輪の操作をしている機械を壊すことってできないかな」

『それは――ちょっと無理だ』

「え? 何で?」

『俺は幽霊、魂だけの存在だ。物に触れることはできない』

 

 幽霊は物に触れることが出来ない。現実の物質に干渉することが出来ない。幽霊という存

在を語る上では、必ずと言っていいほど出てくる特徴の一つだ。

 テレビや映画などで見る幽霊は決まってこの特徴を持っていたが、実際はどうなのだろう。

もしかしたら物に触れることができるかもしれない。そう考えた薫は他の人間には知覚できな

い真冬に協力してもらい、首輪を無効化する作戦を立案したのだが、やはり幽霊では物に

触れる事はできないようで、それは廃案となってしまった。

 

「ちぇ。いい考えだと思ったのに。ポルターガイストとかできないの?」

『やろうと思った事はあるけどそこまではできない』

「つまんないの」

『――ただ、例外はある』

 もったいぶるように言葉を紡ぐと、真冬は声のトーンを幾分抑えながら、何かの注意書きを

読み聞かせるかのように話し出した。

 

『少しでも霊感がある人間には俺の力が作用するはずだ。効果の程はその人間が持つ霊感

の強さに比例することになるけど』

「あ、あのさ、ちょっといいかな?」

『何だ?』

「強さに比例するとか、作用するとか、何でそういうことが分かるの?」

『試したから』

「試した、って……」

『ここ七年間で訪れた、ホテルの宿泊客全員に』

 

 戸惑いを見せる薫に、真冬は驚愕の事実をあっさりと口にする。

 命を失ってからの七年間、彼は誰とも接することなく時を過ごしてきた。悠久とも思える時の

中で自分に何が出来るのか、何が出来ないのか。真冬はそれを見極め、把握していた。

 ホテルの宿泊客に心霊現象的なものを試みたのも、幽霊としての自分の力がどれ程のもの

なのか試してみたかったのだろう。もしかしたら訪れるかもしれない、いざという時のために。

もっとも彼が、今の状況がくることを分かっていたわけではないだろうけれど。

 

『俺の声が少しでも聞けたり、気配を感じ取っていた奴には金縛りをすることができた。霊感

がある奴でその程度だから、一般人相手だと何の効果もなかったよ』

「……じゃあ、私は?」

 真冬の存在を察知した人間で金縛りならば、彼の声をはっきりと聞き取り、姿を見ることが

できる薫にはどれほどの効果が及ぶのか。いくら楽観的な薫といえど、こればかりはどう想

像しても良い考えが浮かんでこなかった。

 

『分からない』

「えー? 何よそれ。散々もったいぶっておいてそれなの?」

『仕方がないだろ。お前みたいな奴相手に力を試した前例がないんだ。なんだったら今ここで

試してみるか?』

「それは遠慮させてください」

 正直なところを言うと金縛りは一度体験してみたかったが、自分の霊感の強さがどれほど

の効果を及ぼすのか判断できないため、真冬の提案は断ることにした。

 

「でも不思議よね。私って今まで幽霊を見たことないし、金縛りとか心霊写真とか、そういう心

霊現象ものって一度も体験したこと無いのに。なんで真冬くんを見ることができたんだろ」

 真冬は瞬きを何度か繰り返し、下顎に拳を当てて口をつぐむ。

『……分からない。お前の中にあった潜在的な霊感が俺の影響で開花したのか、俺とお前の

波長が合っただけなのか』

 

 幽霊という存在ではあるが、真冬は幽霊、心霊現象に対してそれほど詳しいというわけでは

ない。生前はそういったものに対してほとんど興味を持っていなかったので、誰もが知ってい

るような知識しか持ち合わせていなかった。命を落とし、幽霊になってから自分が持つ力を

いろいろと試してきたが、薫のような”幽霊を接することが出来る人物”のことはほとんど分か

らないのである。生前の自分に霊感があれば、もう少しまともなアドバイスをしてやれたかも

しれないが。

 

『身内に霊感の強い人は?』

「そんなのいないよ。全然心当たりがないんだもん」

 ということは、何かのきっかけで薫の霊感が開花したか、たまたま自分との波長が合って

いた、と考えるのが妥当だろう。

『そうか……とりあえずこの話は置いておこう。何の手がかりも無いのなら、これ以上話を続

けても仕方がない』

「そだね」

 

 

 

 真冬との会話の最中、頭に直接響いてくる声に混じって、木の葉のかすれる音が薫の鼓膜

を揺らした。

 音のした方に目を向けた途端、梢から射し込む太陽の光を受けて輝く大振りのナイフが視

界に入った。それを手にしているのは男子生徒で、手にしたナイフを振りかざしている。彼は

一気に距離を詰め、ナイフを振り下ろした。

 

「う、うわあっ!」

 それを避けるため――というよりは、ほとんど本能による恐怖で、転倒するようにその一撃

をかわした。しかし完全にかわしきることはできず、ナイフの切っ先は薫の右腕をわずかに

掠める。

 

 鋭い痛みと、刃物による冷たさが傷口から全身へ伝わる。

 そして痛みの後にやってくる、傷口が燃えるような感覚。

 プログラム開始後、初めてダメージを受けた。

 

『薫、銃を構えろ! 相手に次の攻撃をさせるな! この距離じゃお前が不利だ!』

 真冬の言葉で一気に現実へと引き戻された。素早くベレッタを抜き出し、相手に銃口を向け

る。第二撃へ移ろうとしていた相手の動きがそれでピタリと止まった。どうやら銃を持っている

とは思っていなかったらしい。

 

 心臓が早鐘を打った。引き金に添えられた指、状況を細くする視神経に全感覚が集中する。

 奇襲をかけてきたのは刀堂武人(男子10番)だった。誰ともつるまず、一人で行動している

不良生徒。それは己の力に自信を持っているからではなく、彼のやり方、性格についてくる

人物が誰一人としていないからだ。ある意味で最も迷惑、厄介な生徒だった。

 

「へっ、お前一人かよ。楽勝だな」

 銃を持っているとはいえ相手は女一人。負けるわけがないと思っているのだろう、武人は余

裕の笑みを浮かべている。武人は日頃からケンカに明け暮れているため、戦闘能力で比較

すれば薫の方が明らかに不利だった。道流や威ほどの強さは無いが、彼は何の躊躇もなく

あのナイフを自分に向かって振り下ろすだろう。殺人に対する考え方、人を傷付けることへの

捉え方が、薫のそれとは対極的だった。



 相手が武人だということも問題だったが、薫の視線と意識は別のところへ向けられていた。

 武人の右手にある大降りのナイフ。自分が殺してしまった沖田剛が持っていたククリナイフ

へと。

 

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