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 村崎薫(女子15番)は転ばないように注意しながら、しかし迅速に真夜中の森の中を駆け

て行った。緩やかな下り坂を一気に駆け下り、先程銃声がした方向を見定めた。念のため

に腰を落とし、相手に気付かれにくい低姿勢になりながら茂みの中をかき分けて行く。やや

茶色に染められたミディアムボブの髪の下、暑さが原因で生じたものではない汗が薄っすら

と浮かんでいた。

 

 左肩からデイパックを提げ、右手にはベレッタM8000クーガーが握られている。マガジン

は込められているし、ちゃんと説明書にも目を通した。あとは引き金を引くだけで銃弾を撃ち

出すことができる。戦力としては充分だった。

 前方からまた銃声がした。先程と同じようにマズルフラッシュの明滅が確認できた。この

先で誰が戦っているのかは分からないが、銃を扱っている人物がいることは確かである。

 一人か、あるいは二人なのか。もしかしたらそれ以上ということも考えられる。

 

 ――お願い、間に合って!

 

 少し前までは親しい友人が向かう先にいないことを強く願っていた薫だが、今では”仲の

良い人物だけ助ければいい”という考えを浮かべてしまった自分自身のことを強く恥じてい

た。関わりがあるとかないとか、仲が良いとか悪いとか、そういったものを人を助けるときの

判断基準にすること事態が愚かだった。難しいことはよく分からないが、人間の命はそんな

に軽いものではないと薫は思っている。

 

 だからこそ、無意味な殺し合いを強制させるプログラムの存在自体が許せなかったし、

自分たちをこんな環境に陥れた政府のやり方には強い怒りを覚えていた。

 世界中の不幸な人たちを救いたいとは思っていない。ただ、自分の手が届く範囲にいる

人が危険に晒されていたら、それは見捨てるのではなく、助けてあげるべきなのではないか

と――薫はそう思っていた。

 

 生きて帰れるのが一人だけのプログラムにおいて、薫が心に掲げるこの思想は何の意味

も持たない、ただの自己満足のようなものだった。彼女はこのことを少なからず自覚してい

るが、だからといって自分の考えを曲げようなどとは思っていない。何もせずに相手に屈する

なんてどんな理由があろうと納得いくはずないし、自分が正しいと思っていることは最後まで

貫いていきたかった。

 

 

 

 ――『ねえ薫。間違っている、間違っていないの判断基準は何だと思う?』

 いつだったか、涼音がそんなことを言っていた。また何かの本に影響されたのかと思い、

「そういう難しいこと、私には分からないよ」と答えると、彼女は続けてこう言った。

 

 ――『僕が思うに、ここだっていう絶対的な境界線はないと思うんだ。何かの入門書みた

いにお手本が載っているわけはないし、正しいと思って行った行為が場合によっては間違っ

たことになるときもある。だから間違っている、間違っていないの境界線は自分の中に引く

しかないんじゃないかって、僕は思っているんだ』

 

 

 

 あのとき涼音が言ったあの言葉は、薫の中で強く印象に残っている。そして今なら、あの

時に涼音が考えていたことが少しだけ理解できるような気がした。

 下り坂を降りて十メートルほど進んだところで立ち止まり、今まで以上に警戒心を高めて

周囲に目を配った。銃声の後に広がる静寂が肌に嫌な刺激を与えている。例えるなら針先

で軽く突付かれているような不愉快さ。戦闘の場が近いということで神経が過敏になっている

のだろうか。

 

 銃声とマズルフラッシュで大まかな位置は把握できたが、真夜中の森の中という環境は

薫の識別能力を彼女自身が思っている以上に低下させていた。人間は視覚に頼って物体

を認識、識別しているため、その機能が低下する夜間では少なからず行動に支障が出てし

まう。いくら暗闇に目が慣れたとはいえ、どこで誰が戦っているのかを判断するのは簡単な

ことではない。

 

 どちらに進もうか悩んでいると、左から飛び出してくるような形であるものが薫の視界に入

り込んだ。

『どうかしたのか?』

「うん……暗くてどっちに行ったらいいのか分かんない」

『二時の方向に進んでみろ。そしたらまた下り坂がある。その先で男子と女子が戦っている』

 視界に映ったののは、先程まで薫の後ろにいたはずの真冬だった。

 

「どうしてそんなことが分かるの?」

『今見て来た』

「見て来たって……」

『俺はもう死んでいるからな。お前みたいな例外でもない限り、俺の姿が見える奴はいない

だろうさ。もしいたとしても、ホテルで声をかけたときに何らかの反応を見せただろうし』

「へえ……そんなこともできるんだ」

『できるっていうか、ただ単に見に行っただけだよ。それに暗いところは慣れているからな』

 それは”相手に存在を気付かれない”という、幽霊としての利点を最大限に生かした行動

だった。薫という例外を除けば、真冬は他の生徒の誰にもその存在を気付かれることはな

い。今のような偵察を行うにはこれ以上考えられないほどの適任と言える。

 

 それは真冬もちゃんと自覚しているらしく、物に触れられない分、別の面で薫をサポートし

ようという考えからの行動だった。

「ありがとう、真冬くん!」

 言うが速いか、薫は言われた通りの方向に走っていった。空中を移動する真冬も薫との

距離を一気に詰め、彼女のすぐ後ろからついてくるような形をとった。

 

 

 

 

 

 真冬が追いついた直後に前方の視界が開け、先程よりも幾分か急な斜面が目の前に広

がっていた。それを見下ろす形で立っている薫は中腰の姿勢になり、斜面の下の様子に

意識を向ける。

 斜面の下に立ち並んでいる木の陰にくっつき、対峙している相手から身を隠している沖田

剛(男子3番)の手には、刀身が「へ」の字になっている大振りのナイフ、ククリナイフが握ら

れている。彼は木の陰からしきりに前方の様子を確認し、飛び出すチャンスを窺っている

ようだった。

 

 剛の視線の先、七メートルほど離れた所にある木の脇では人影がもぞもぞと動いている。

暗いので誰なのかすぐには分からなかったが、頭の上の方で結ばれているツインテールが

目に映り、それが逆瀬川明菜(女子7番)だということが分かった。

 そしてどうやら、銃を手にしているのは明菜の方らしい。月の光が差し込んで暗闇が和ら

いだ時に見えたが、明菜の制服――右肩の辺りが赤色に染まっていた。戦闘の最中に負っ

た傷なのか、それとも出会い頭に不意を突かれたのか。どういう経緯でこの状況になったの

かは分からなかったが、二人とも相手を殺すつもりでいることは場を満たしている空気の鋭

さから感じ取れる。

 

 剛が身を隠していた木から飛び出して一気に距離を詰めようとするが、明菜もすかさず顔

を出して一発撃ち、相手の接近を阻止する。撃ち放たれた銃弾は剛の足元に着弾し、わず

かな土煙を宙に舞い上げた。

 

「ちくしょう、ナイフ相手に銃なんて卑怯だぞ!」

 思わず剛が抗議の声を上げる。しかしそんなことを明菜が聞き入れるわけがなかった。

「うるさい! 先に襲ってきたのはそっちじゃない!」

 身を隠している木から半身を出し、両手で握り締めたオートマチック拳銃を続けて二発撃

った。反論をしようとしていた剛は言葉の代わりに飛んできた銃弾に驚き、慌てて顔を引っ

込める。

 銃撃の反動で切り裂かれた右肩が痛むのか、明菜は銃を一旦地面に置き、左手で傷口

を押さえている。本来ならばすぐに止血処置を施さなければいけないが、この状況ではそん

なことも言っていられないだろう。

 

 薫のいる位置は剛の様子はよく見えるが、明菜のいる場所は少し死角になっているので

よく確認できなかった。今は夜なのではっきりとは見えないが、これはもう疑いようのない、

誰の目からでもはっきりと分かる殺し合いだった。

 

 

 

 剛も明菜もそれほど親しいというわけではないが、同じクラスなのでどんな人物なのかくら

いは知っている。剛は手先が器用で、友人に頼まれてラジオなどの修理をしていた。精密さ

が要求されることを得意としているためか、何かに熱中し出したら他のことに目がいかなく

なることもある。明菜は静海中学校でナンバーワンの部員数を誇るテニス部の副部長を務

めていて、よく部員や後輩の相談に乗っている面倒見のある人物だ。頼られているが故に

いろいろと苦労しているみたいだが、それを口に出しているところはあまり見かけない。

 

 薫のデータベースに入っている二人の基礎知識はこんなもので、あの二人の全てを知って

いるというわけではない。だが薫が思っていた限りでは、剛も明菜も誰かを殺そうとするよう

な人物ではない。どこにでもいる、ごくごく普通の中学三年生だった。

 その二人がこうして殺し合いをしている。信じられない――というより、信じたくない状況だ

った。

 

 卒業したら別々の進路を歩むことになるかもしれない。もしかしたら中学三年間だけの付

き合いになるかもしれない。それでも学校生活の中で育まれた友情は本物だと思っていた。

それがこんな形で、こんな呆気なく崩れ落ちてしまうなんて。薫は胸の中で言いようのない

哀しさを感じていた。

 

 

 

『どうする? そう簡単に止まりそうにないぞ、これは』

「どうするって――そんなの決まってるじゃん」

 薫は滑るようにして斜面を下り、その半ばほどで立ち止まった。斜面に張り付くようになっ

ているその体勢は不安定にしか見えないが、二人の状態をちゃんと確認でき、かつ逃げる

のに適しているのがこの間隔だった。走力に自信がないわけではないが、さすがに銃弾か

ら無事に逃げ切れる自信はない。その可能性も考慮しての距離間隔だった。

 

 彼女はその体勢のまま、空に向ってベレッタを一発撃った。パン、という火薬の破裂する

音が耳元で聞こえ、腕から伝わった反動が肩を通して全身に広がった。初めて撃った銃の

反動に驚きはしたが、腕が跳ね上がるほどの衝撃ではなかった。これだったら自分でも撃

てる。薫の中にあった銃に対する不安が、これで大幅に減少した。

 

 別方向から聞こえてきた銃声に、剛と明菜は身を大きく強張らせた。それぞれの武器を

構えた二人の視線が、斜面の中ほどに立つ薫に突き刺さる。

 

 

 

「何やってるのよ、二人とも!」

 そんなことは一目瞭然だったが、思わず口から出てしまっていた。

「何があったか分からないけど、こんなことしていたって何の意味もないわ!」

「――何よ! 突然出てきて知ったような口利かないで!」

 この第三者の介入に、怒りの声を上げたのは明菜だった。剛へ向けられていた銃は斜面

の途中に立つ薫へと向けられる。それで薫の眉がぴくっと持ち上がったが、彼女は後退し

ようとする素振りすら見せなかった。

 

「こんなことしたって意味がないって言うけど、こうしないと生きて帰れないのよ!? それに

もとはと言えば、先に襲ってきたのはあっちの方なんだから!」

 ということは、この戦闘が発生した理由は剛にあるということか。事態を把握した薫は視線

を右側にいる剛へと向ける。薫の出現は彼にとっても完全に予想外だったようで、いつも

にこやかな笑顔を浮かべている少年の顔は緊張で張り詰めていた。

 

「それは明菜ちゃんの本当の意思じゃないよ。襲われたから撃ち返したっていうのも、誰か

を殺していかないと生きて帰れないっていうのも、みんな政府の奴らがそういう風に仕組んだ

からでしょ? プログラムっていう舞台に私たちを放り込んで恐怖心を煽って、お互いを殺し

合わせるように誘導しているから。沖田くんだって本当は人殺しなんかしたくないはずだし、

それは明菜ちゃんだって同じなんじゃないかな」

 

 命を賭した薫の説得に、剛と明菜の動きが完全に停止する。二人の顔には、薫が自分た

ちの間に割って入ってきたことによる驚きと、彼女が本気で戦いを止めさせようとしていると

いうことに対する驚きが浮かんでいた。

 

 多少の違いこそあれど、剛と明菜が思い描いている薫に対する思考は『訳が分からない』

の一言に尽きる。殺し合いが大前提のプログラムの中で、自分には関係のない戦闘に介入

し、挙句の果てには戦闘を止めさせようと熱弁を振るっていた。

 

 薫のクラスメイトである二人は、彼女が思いつきや意気込みだけで飛び込んでくる無鉄砲

な人間ではないことを知っている。表面上だけではそう見えないこともないが、もっと深い部

分では別である。

 

 薫はいつだって、自分の周りにいる人たちが悲しまないようにと、楽しくいられるようにと

思いながら毎日を生きてきた。それは単に『みんな楽しく過ごせるほうがいいに決まってる』

という、彼女の単純明快な考えからきているのだが、だからこそ彼女の周りにはいつも人が

集まっていた。

 少々強引でうるさく思えるときもあるが、薫のことを本当に嫌っている人物なんてこのクラ

スにはいないということを剛も明菜も知っている。

 

 そんな薫が戦闘を止めようとすることは不思議でも何でもない。しかしこれは日常ではなく

自分の命が最優先されるプログラムである。説得の途中に襲われる可能性もあるのに、薫

はなぜこんなことができるのか。いくら考えても二人には分からなかった。

 

「だから二人とも、恐怖なんかに負けないで希望を探そうよ。一人一人では無理でも、みんな

で力を合わせればきっと何とかなるって」

 あまりに楽観的な考えだったが、薫の口から聞くと不思議とそうは思えなかった。

「本当に……何とかなるの?」

 明菜がぼそっと声を漏らした。

「大丈夫だよ。為せばなる。為さねばならぬ、何事も。っていうでしょ? 何もしないうちに諦

めるのはよくないって」

 薫に向けかけていた銃を下ろすと、明菜は身体を完全に薫に方へ向き直した。その表情

は剣呑なままだが、瞳から怒りは消えている。

 

「……村崎さんは凄いね。私はそんなこと、とてもじゃないけど考えられなかった」

『――まあ、それが普通だろうな』

 その様子を見ていた真冬がぽつりと言う。彼の声は薫にしか聞こえないので、剛も明菜も

特に変わった反応を見せていない。

 

「ちょっと真冬くん、今いいとこなのに余計なこと言わないでよ」

『事実を言ったまでなんだが』

 その言葉に被るよう、真冬は心の内で呟いた。

 ――七年前は、俺も同じことを思っていたな。

 死してなお蘇る忌まわしい記憶は、彼の目つきをより一層鋭くさせる。真冬は下唇を軽く

噛み、今はもうどうすることもできない生前の記憶を脳内から消し去ろうとして――。

 

 

 

 この場の状況を一番客観的に見ていた真冬は、誰よりも早くその事態に気がついた。

 

 

 

『――薫、前だ!!』

 無駄なことは含まず、薫を”それ”に――沖田剛に視線を向けさせるために必要な、最低

限の言葉を口にする。

「えっ……?」

 考えるより早く、大声でそう言われた薫は真冬の言葉に素直に反応し――木の陰から身

を出していた明菜にククリナイフを振り下ろそうとする、沖田剛の姿を見た。

 

 迂闊だった。明菜が自分の言葉を受け入れてくれたと思い、完全に緊張感が途切れてい

た。明菜が自分を信用してくれても、剛が信用してくれるかどうかは分からないというのに。

 敵対していた剛から薫へと意識を移行させていたこともあり、明菜はすぐ側まで迫ってい

る剛に気づいていない。彼女の意識は完全に薫へと向けられていて、明菜の立ち位置は

ククリナイフの射程距離範囲内だ。今から「逃げて!」と叫び声を上げても、明菜が事態を

把握するより先に彼女の鮮血が飛び散ることは容易に予想できる。

 

 何かアドバイスをしようとしたのだろう。真冬が口を開きかけたが、薫は既に行動に移っ

ていた。ベレッタが握られた右手を持ち上げ、左手を右手に添え、銃口を剛へと向ける。

 人に銃口を向けているというのにそれほど緊張はせず、一刻の猶予も無いというのに頭

の中は驚くほど冴え渡っていた。目の前の世界が全て緩慢に進んでいくような感じの中、

薫は明菜を助けるために――剛を止めるために照準をつける。攻撃を止めるとしたら、狙

いは腕だ。的は決して大きくなく、近くにあるわけでもない。ましてや今は真夜中で、銃をまと

もに扱ったことのない自分が正確な射撃をできるだろうか?

 

 迷っている暇は無かった。薫はクラスメイトの命が失われるのを防ぐべく、ベレッタの引き

金を引いた。心なしか、先程撃ったときよりも引き金が重いような気がした。

 

 

 

 パン、という乾いた音が響き、ベレッタの銃身から弾き出された空薬莢が緩やかな弧を描

いて土の上に落ちた。その向こうで剛が車と衝突したかのように、勢いよく身体を傾がせた。

着弾の衝撃で彼はそのまま横から地面に倒れ、ごろりと身体が転がって土の上に仰向けに

なった。腕ではなく、彼の脇腹――というよりも、脇の下近くから血が噴き出すのを薫はその

目ではっきりと見ていた。

 

「あ――――」

 間の抜けた声が口から漏れた。ゆるゆると硝煙の上るベレッタを構えたまま、しばらく動く

ことができなかった。

 

 

 

 え……え? な、なに? 何よ、これ。

 何で――何で沖田くんが……だって私、腕を狙って、だから――。

 ……私が、殺した?

 ころ、し――。

 

 

 

 まだ剛は生きているという望みを持ちたかったが、ピクリとも動かない彼を前にしては、そ

んな考えなど気休めにもならない。

 呆然と立ち尽くす薫の中から、とてつもない恐怖心が湧き上がってきた。これは事故だった

と思おうとしてもダメだった。薫は自分の意思で剛を撃とうとしていたし、銃を向けたという時

点で、相手を殺すかもしれないというリスクを背負うことになっていたのだから。

 

 ただ彼女は、そのリスクの大きさを――罪悪感の怖さを知らなかった。

 事故、という言葉で済ませるほど軽いものではない。なにせ、人が一人死んでしまったの

だから。

 

 例えそれが、プログラムの最中だったとしても。

 

 それだけでも充分だというのに、現実はさらに薫に追い討ちをかける。

「村崎さん、まさか……最初から……?」

 剛の死体と薫、その両方を交互に見ながら、明菜が恐る恐るといった調子で言葉を紡ぐ。

「私たちを騙して……油断させてから殺そうとして、最初からそのつもりで――」

 それでようやく、薫は彼女が何を言っているのかを理解することができた。

 

「ち、違う! 私はそんなつもりじゃ――」

「来ないで!」

 明菜は自らの武器であるブローニングハイパワーを突きつけ、じりじりと後ずさりをする。

「あなたを少しでも信用した私が馬鹿だったわ」

「違……私は、明菜ちゃんを助けようとして、それで」

「助ける? 何から私を助けようって言うのよ、この人殺し!」

 

 ヒトゴロシ。

 

 言葉は時として鋭い刃になるというが、この時に限って言えば、その単語は刃以上の鋭さ

と切れ味を持って薫の心をズタズタに、ボロボロに切り裂いた。

 剛がナイフを振り上げて襲い掛かってくる光景を見ていなかった、と言うより気づいていな

かった明菜にしてみれば、薫は突然剛を撃ち殺したただの”人殺し”に過ぎない。

「希望なんか持ったって、死んでしまったら何の意味も無いじゃない!」

 そう言うと、明菜は身を翻して森の奥へと走っていった。彼女の姿はすぐに見えなくなり、

後には薫と剛の死体だけが残された。

 

 

 

「いゃ……私は、わた……あぁ……ぁあああ……」

 両目からボロボロと涙を流し、言葉にならない嘆きを漏らしながら薫はその場に崩れ落ち

る。悲しみではなく絶望からくる涙を流す少女を前に、幽霊の少年は掛けるべき言葉が見つ

からず、ただ彼女の側に寄り添っていることしかできなかった。

 

男子3番 沖田剛  死亡

【残り32人】

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