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 小林良枝(女子5番)が小刻みに身を揺らし、ステージの上で踊っているようにくるくると

身体を回しながら床に倒れた。無数に撃ち出された銃弾は窓ガラスを突き破り、軌道上

に立っていた良枝の身体を食い破って反対側へ飛び出した。生命を維持する上で重要

な働きをする器官を大きく損傷した良枝の身体は、ゆっくりとその役目を終えようとして

いた。

 

「良枝!」

 目の前で倒れた友人の身体を揺すりながら、橘千鶴(女子8番)は叫び声を上げた。

 撃たれた。良枝が撃たれた。小屋から少し離れた場所でイングラムM11を構えてる

弓削進(男子17番)のことは気付いていたが、今は良枝が撃たれた、ということしか頭

の中になかった。

 

 悲しみというよりも、驚きの方が強かった。確かに千鶴は良枝のことをあまり快く思って

いなかったが、目の前で殺されて何も感じないほど冷血漢ではない。良枝がこんな姿に

なってしまって悲しいという気持ちもあるが、それよりも”人が殺された”という事に対して

の衝撃、動揺の方が大きかった。出発前に片桐裕子の死を目の当たりにしているが、

あれは担当教官に殺されたのであってクラスメイトに殺されたのではない。しかし今は

違う。良枝は明確な殺意を持った人物に――同じクラスの人間に殺された。現実離れ

した事態の連続で、千鶴の処理速度は低下の一途を辿っている。

 

「……当たったかな? めんどいから適当に撃ったけど、当たったかな? 確かめないと

ダメだよな、やっぱり。ダルいし面倒だけど、放っておいたら超面倒だし、やっぱ当たっ

たかどうか確かめないとダメだよな」

 頭上に浮かぶ月の光をその身に浴びながら、千鶴たちを攻撃した張本人である弓削

進は面倒くさそうに髪を掻き、見るからにやる気のないダラダラとした動きで小屋へと

近付いて行く。

 

 ガラスが撃ち砕かれた窓から外の様子を見ていた千鶴は、その光景を目にするなり、

デイパックを掴み取って小屋の外へと飛び出した。

 

 

 

「ちょっ――、待ちなさいよ千鶴!」

 良枝が撃たれたことのショックで呆然としていた美穂も我に返り、千鶴の後に続き小屋

の外へ走り出していった。

 襲撃当初は動揺していたため思考が働かなかった千鶴だが、彼女が判断能力を取り

戻し、それを実行に移すのは早かった。

 

 自分たち三人が持っている武器の中で戦えるものといえば、美穂が持っているコルト

キングコブラただ一つ。対する相手は連射可能なマシンガン。閉鎖された空間で、総弾

数六発の拳銃でマシンガンに立ち向かうなんて自殺行為もいいところだった。

 それぞれの荷物を持ち小屋から外に出た二人は、東の方角――ちょうどテニスコート

がある方向へ向って行った。

 

「千鶴、待ちなさいってば! 私を置いていくつもりなの!?」

 全力で走る千鶴の背後から美穂の叫び声が聞こえてきた。どうやらあの小屋を先に

出たのを”自分は置いていかれた”と解釈してしまったらしい。反論しようと思えばする事

もできたのだが、今はそんなことをしている場合ではないと結論付け、走る方に全神経

を集中させることにした。

 

「ちょっと、聞いているの!? ちづ――」

 パララララッ。再び聞こえてきた銃声が美穂の声を中断させ、その代わりに「きゃあっ」

という甲高い悲鳴が千鶴の耳に届いてきた。

 

 

 

「美穂!」

 前を走っていた千鶴はその足を止め、後ろで左足を押さえ蹲っている美穂に駆け寄っ

ていった。その途中でまた連続した銃声が聞こえてきたが、五メートルほど脇で土ぼこり

が舞い上がるだけで、千鶴と美穂には当たらなかった。

 

「やめて、もう撃たないで! 私たちはやる気になってなんかいないわ!」

 美穂の銃を使えば進と戦うことも可能だったが、千鶴はあえて敵意がないことを伝える

選択肢を取った。反撃することも可能だが、そうなってしまえば今よりも激しい銃弾が飛

んでくる。そうなってしまえばこちらが不利だろうし、それ以前に千鶴は殺し合いをする

ことに強い恐怖感を抱いていた。

 

 手が、足が、自然と全身が震えてくる。死にたくない。早く逃げなきゃ。でも美穂が助け

てって言っている。どうしよう、どうしよう――。

 

「何してんのよ千鶴! 早く私をおぶってよ!」

「え……?」

「え、じゃなくて、早く私をおぶって! お腹と足が痛くて動けないの!」

 イングラムの銃弾を受けた美穂が、痛みに顔を歪ませながら泣き叫ぶ。

 美穂は脇腹と左足に一発ずつ銃弾が当たっていた。脇腹の方は掠っただけで軽く抉

れている程度だが、左足の方は血液が溢れみるみるうちに足が赤く染まっていく。スカ

ートどころか靴までも赤く染まり、まるで赤いズボンをはいているかのようだった。

 

「ちょ、ちょっと待って」

 千鶴は言われたとおり美穂を担ごうとしたが、小柄で華奢な千鶴が人間一人とデイパ

ック二つをその身で背負うのは無理があった。何とか担げたとしても、這いずるような動

きでしか前に進めない。これでは格好の的になってしまう。

 

 美穂を担いで逃げることを諦めた千鶴は、彼女の腕を自分の肩に回し、二人三脚を

やるときのような格好で再び走り出した。先程に比べて走る速さは低下し、千鶴の身に

掛かる疲労は増す一方である。

 

 本心から言えば、美穂のことはあまり好きじゃない。しかしそれでも見捨てることはで

きなかった。例え相手が嫌いな人であれ、同じ教室で勉強をしたクラスメイトが殺されて

いく場面なんて見たくはなかった。いくらプログラムといえど、それをやったら自分の中

にある人間としての大切な何かが壊れてしまう気がした。

 

 ――どこか、遮蔽物がある場所に行かないと!

 千鶴は今まで向っていた東の方角から、森林地帯が広がる南の方角へと進路を変え

た。真夜中で視界の利かない状態とはいえ、マシンガンを相手に遮蔽物が少ない場所

を進み続けるのは得策ではないと判断した。少しでも有利な位置に立てるよう、目指す

は木々が立ち並ぶ森の中だ。

 

 森へ入るまでは少し距離がある。無事に行くことができるだろうか?

 迷っている余裕などなかった。そうしなければ自分も、良枝のように蜂の巣にされて命

を落としてしまう。

 

 そう、良枝のように。

 

「――――っ」

 背筋がぞっとした。千鶴の目に、小屋の中で良枝が撃たれたときの光景が鮮明に映し

出された。びくびくと震える身体、生気の失った虚ろな目、口から吐き出される赤い泡。

ここで撃たれれば、自分も良枝のような顔をしながら死んでいくのだろうか。

 

 ――嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ!

 撃たれるのは嫌だ。死ぬのは嫌だ。良枝のようになるのは嫌だ。ふとしたきっかけで

生まれた恐怖が千鶴の身体を突き動かし、体力の限界が近付こうとしている肉体に過

剰とも言える力を引き出させていた。

 

 

 

 背後でパラララ、という音がした。千鶴のすぐ脇の土が吹き飛び、舞い上がった雑草

がぱらぱらと地面に落ちていった。コツを掴んできたのか、だんだん狙いが正確になっ

てきていた。

「千鶴、もっと早く走って! このままじゃ殺されちゃう!」

 千鶴の耳元で美穂が叫んだ。何故だろうか、千鶴にはその声がとても耳障りに感じら

れた。もっと早く走れ――できることならとっくにそうしている。そう言いたかったが、無駄

に口を開けば体力を減らすだけなので何も言わなかった。

 

 また、背後からパラララ、という音がした。足元から土煙が上がり、千鶴のデイパック

からバコン、という音がした。どうやら銃弾の一発がデイパックに当たり、中に入ってい

る水のペットボトルが壊れたらしい。行き場を失った水が流れ落ち、千鶴の腰に冷たい

感覚を与える。

 

「早く走ってよ! 早く!」

 美穂がぜいぜいと荒い息を繰り返し、涙を流しながら叫んだ。精一杯の力で走ってい

る千鶴は、こちらの気も知らずに勝手なことを言ってくる美穂にだんだん苛立ちを募ら

せていった。

 

 

 

「千鶴、聞いているの!? 早く走ってよ!」

 ――うるさい。

 

「このままじゃ私たち殺されちゃうわ!」

 ――うるさい。うるさい。

 

「私、こんなところで死にたくなんかない! 早く走ってよ!」

 ――うるさい。うるさい。うるさい。

 

「ねえ、千鶴!」

 ――うるさい!

 

 

 

「うるさいうるさいうるさい! さっきからグチグチとうるさいんだよ!」

 罵声と共に、千鶴の内に溜まっていた醜い感情が爆発した。そこにはプログラム中の

美穂たちの振る舞いからくる不満だけではなく、日頃から彼女たちに対して抱いてきた

嫉妬心も含まれたものだった。

 

 言いたくても言えずに押し殺されてきたそれらは、千鶴の心の奥底でヘドロのように

溜まっていた。枷を失った醜い感情は土石流のように爆発的な勢いで、あっという間に

千鶴の身体を包み込んでいった。

 

「もう嫌! もう私耐えられない!」

 千鶴は身体をぶん、と振るい、肩を貸していた美穂を乱暴に突き放した。支えを失っ

た美穂は「きゃっ」と短い悲鳴を上げて地面に倒れこんだ。このときのショックで美穂が

持っていたコルトキングコブラが同時に地面に落ちた。

 

「……え? ち、千鶴?」

 美穂にとって千鶴は、常に自分の後ろをくっついてくる妹分のような存在だった。千鶴

は口下手なところがあるから何かあると自分が前に立っていたし、気が弱い面もあるの

で自分の意見をあまり表に出さなかった。美穂の中のランクでは、千鶴は自分の下に

位置づけられていて、その順位が変わることはないと思っていた。

 

 しかし今、千鶴の一挙一動に美穂は底知れぬ恐怖を感じていた。千鶴とは中学に入っ

てからの付き合いだが、自分の知る限りここまで怒りを露にしたことは一度もなかった。

涙目でふぅふぅと荒く息を吐く千鶴を前に、美穂は完全に萎縮していた。

 

「私だって頑張っているのに、何でいつもいつもあんたらなのよ! 何であんたらだけ

いい思いをして、私はいつもダメなの!? 私だって頑張っているのに、頑張っている

のに!」

 千鶴の顔は怒りで真っ赤になっていた。しかしその顔はやるせなさそうに歪んでおり、

彼女の心に渦巻く複雑な感情を映し出していた。

 

「あんたたちなんかいなければ良かったんだ。あんたたちさえいなければ、私は!」

 叫び終わると同時に、千鶴は地面の上にぽつんと置かれていたコルトキングコブラを

ひったくるようにして掴み取った。撃鉄を起こし、その銃口を目の前で倒れている美穂

へと向けた。

 

「ま、待ってよ千鶴! 冗談でしょ? あ、あんたが私を殺すなんて、そんな――」

 美穂は地面に腰を下ろしたまま、ゆっくりと後退りをし始めた。声は震え、目は信じら

れないものを見ているかのように見開かれている。

 

 パァン、という乾いた音が響き、美穂の右肩から血が吹き上がった。

 

「ああぁぁぁ!」

 激痛に顔を歪めてのた打ち回る美穂を前にしても、千鶴は躊躇うことなく引き金を引き

続けた。左足、腹部、左手、胸……美穂の身体に次々と穴が開き、その度に美穂の身

体はびくんっ、と跳ね上がった。

 

 シリンダーの中の弾が切れても、千鶴は引き金を引き続けた。カチン、カチンという弾

切れを示す虚しい金属音が響いていた。その時にはもう、遠野美穂は生命活動を停止

していた。十発近い銃弾を撃ち込まれた美穂の死体は赤い絵の具をぶちまけたみたい

になっており、死に顔は恐怖で引きつっていて、とても人間とは思えない顔になっていた。

 

「い、いい気味よ。私を馬鹿にするから、だからこんな――」

 自分を苦しめていた邪魔者はもういない。そう思うと胸がスッとした。人を殺したという

のに、不思議と罪悪感はなかった。血だらけになっている死体が気持悪いな、とは思っ

たが。

 

 パラララ、という音が聞こえてきて、千鶴のすぐ傍の地面が派手に吹き飛んだ。それで

千鶴は我に返り、弓削進が自分を追ってきているんだ、ということをようやく思い出した。

 自分の分と、キングコブラの予備弾丸が入っている美穂のデイパックを掴み取って、

千鶴は大急ぎで走り出していった。イングラムの銃弾がその後を追うように地面に着弾

したが、千鶴に命中することはなかった。

 

 

 

 

 

 数分後――。

「……お、死んでるじゃん。良かった、本当に良かった。面倒くさいのにわざわざ走って

きた甲斐があった」

 進はぶつぶつと独り言を言いながら、イングラムのマガジンを交換しつつ地面の上に

転がる美穂の死体へと近付いて行く。

 

「……結構グロいな。死体は始めて見たけど、あまりじっくり見るもんじゃないな」

 口ではそう言っているが、彼の表情は先程からほとんど変化が見られなかった。寝起

きのようなぼけーっとした顔で、薄っすらと茶色に染めた髪を指先でいじっている。彼は

小屋の中で小林良枝を殺しているが、人を殺した後とは思えないほどその表情は淡白

なものだった。

 

「……面倒くさい。ちゃっちゃと終わらせて帰るぜ、俺は」

 他の誰かが聞いたら呆れるであろう、しかし彼にとっては最優先すべきである”人を殺

すことの理由”を呟き、弓削進は夜の闇が濃くなる会場の中へと姿を消していった。

 

女子5番 小林良枝

女子9番 遠野美穂  死亡

【残り33人】

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