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 最後の出発者である琴乃宮涼音(女子4番)がホテルの外に出てから二十分が経過し、プロ

グラム実施本部となった須川原ホテルが存在するエリア――D−06は禁止エリアに指定され

た。これにより、プログラム進行において心臓の役割を果たす『本部』には一切の敵が侵入

できなくなった。この場合の敵とは会場に散らばっている生徒たちのことを表すのだが、数々

の銃器類で武装し、日頃から過酷な訓練を受けている専守防衛軍の兵士たちにしてみれば、

プログラムに参加する中学生など敵と形容するまでもないのかもしれない。

 

 須川原ホテルの一室、宴会などで使用される大広間は様々な機器で埋め尽くされていた。

 生徒たちの首輪から拾った音声を流すスピーカー、会場の地図が表示された監視モニター、

部屋の中にびっしりと並べられた長机の上には十数台のパソコンが置いてあり、一台につき

一人の兵士がディスプレイに向っていた。

 

 今が七月ということもあり、室内の熱気を下げるためにエアコンがフル稼働している。生徒

の襲撃を防ぐために窓には鉄板が打ち付けられていたが、仕事をする上ではそれなりに快適

な環境になっていた。

 十数人の兵士たちが任務に当たっている中、部屋の中でちょうど上座の位置に座っている

三千院零司はクリップでまとめられた生徒の資料を眺めていた。座椅子の背に体重をかけな

がら資料に目を通しているその姿は、何となくやる気のないサラリーマンを連想させる。

 

 

 

「三千院教官、あと十分ほどで定時放送の時間になりますが」

 兵士の一人に声をかけられ、零司は手元の時計に目を移した。

「ああ、もうそんな時間か。時の流れというのは早かったり短かったり、気紛れなものだな」

 零司は彼特有の口調で応え、マイクと様々なスイッチが付いてある機械の前へ移動した。

 

 プログラムが開始されてから担当教官が行う仕事なんて微々たるものである。生徒の死亡

報告書を書いたり、兵士の質問に答えたりなど、零司がやるべきことはほとんど残されていな

かった。はっきり言ってしまえば、プログラム進行中は担当教官はかなり暇になるのである。

 

 それでも彼がこの場所にいるのは、このプログラムにおける責任者は自分であるため現場

を離れるわけにはいかないから――というのが建て前の理由。本音は別のところにある。

 零司がこの場所にいるのは、モニターで生徒たちの動向を見たり、首輪から拾ってくる音声

を聞き取ったりするためである。

 

 要するに、生徒たちがプログラムの中で何を考え、どう行動しているのか。その苦悩、葛藤、

恐怖などを身近なところで感じ取りたいから。そのために零司は、どこよりもプログラムの動き

が分かるこの場所にいるのだ。

 

 零司だけではなく、プログラムの担当教官には変わり者が多い。生徒の死ぬ姿を見るのが

楽しいからだとか、かつてのプログラムの優勝者だとか、一癖も二癖もある人間がたくさん所

属している。無駄を省きテキパキと仕事をこなす、いわゆるマニュアル人間のような担当教官

の方が稀だった。

 

「死亡者の報告は入ってきたか?」

「いえ、今のところまだです。死亡報告はおろか、戦闘が行われたという報告すら入っていま

せん」

「ふん……出発から放送までそれほど間隔が開いていないからなのか、それとも一箇所に留

まっている奴らが多いだけなのか……なんにせよ、もっと積極的に動いてほしいものだな」

 

 このクラスの面子から考えれば、一回目の放送までに五人以上死んでいても何の不思議も

ない。それは渡良瀬道流や真神野威といった『大本命』の生徒がいるからであって、零司も

その二人が積極的な動きを見せてくれることを期待していた。

 

「首輪の音声からの推測になりますが、現時点でやる気になっていると思われる生徒は真神

野威、夕村琉衣の二人だけです。真神野は萩原、麻生、糸屋と合流しようとしているみたい

ですから、すぐに積極的な動きを見せるかと思われますが」

「ああ、そういえば真神野はそういう奴らしいな。一対多、数での勝負が信条。軍人にすれば

いい働きを見せてくれそうだが――」

「プログラムではどうなるか分からない――と?」

「まあな。しかしそれが見物でもある。結末が分かっている格闘技の試合を観ても面白くない

だろう。それと同じことだ」

 

 レギオン。

 軍団を意味するこの言葉――確かに、戦闘のことだけを考えれば圧倒的な力を発揮する

だろう。プログラムに参加しているメンバーはわずかに四人、軍団と称するには少々誇張の

ような気もするが、基本的に単独行動が多くなるプログラムでは四人という人数は脅威以外

のなにものでもない。

 

 しかし、予想外の事が起きるのもプログラムである。戦力の差をできるだけ少なくするため

に支給武器を配り、不確定要素を増加させる。

 型にはまっている時の集団はとてつもない力を誇るが、一方で一度崩れると修復が出来な

くなる脆さも備えている。

 

 真神野威は知っているのだろうか。

 今から自分が立とうとしているところが、いつ崩れるかも分からないガラスで出来た優位の

上だということを。

 

「刀堂も渡良瀬もまだ目立った行動を見せていないな……ふん。まあ、あいつらのスペック

からすれば”何もしない”というのはまず無いだろう。その時が来るのを待つとするか」

 零司はマイクのスイッチを入れて電源が入ったことを確かめると、このプログラム初となる

定時放送を開始した。

 

 

 

「担当教官の三千院零司だ。零時になったのでこれから一回目の放送を始める。死亡者も

禁止エリアも一度しか読み上げないから聞き逃すなよ。――と言っても、死亡者は片桐裕子

(女子3番)だけだがな。では続いて禁止エリアだ。一時からF−04、三時からB−05、五時

からH−03だ。次の放送は六時間後になる。生きて次の放送を聞けるように頑張れよ」

 

 

 

 マイクのスイッチをオフにし、放送を終えた零司は座椅子の背もたれに寄りかかった。

「おい、貴様らは知っているか?」

「何のことでしょうか?」

 唐突に話を振られ、周りにいた兵士たちはモニターから目を離し、慌てて零司の方に顔を向

ける。

 

「ここら一帯が何度もプログラムの会場に選ばれてるって話だ。会場がここに決まったときに

聞いたんだが、新潟でプログラムが行われる際にここが選ばれる確立はかなり高いらしい。

七年前に行われたプログラムでも、ここが会場となったそうだ」

「それは――何か理由でもあるんですか?」

「まあな。どうやらこのホテルは経営があまり上手くいっていないらしく、政府から払われる補

助金が命綱なんだってよ」

「ああ……そういうことですか」

 補助金という一言でほとんどの兵士たちは納得したようだったが、部屋にいる中で一番若い

顔立ちの、見るからに新人といった兵士は「どういうことですか?」と疑問の声を投げ掛けて

きた。

 

「いくら法律で決まっているっていっても、プログラムが行われるたびに会場を探すのは簡単

なことじゃないんだよ。戦闘が行われるから物が壊されたり血痕が残されたりで、住民たちか

らいろいろと文句も出てくる。そういう不満を抑え付ける為に、上の連中はプログラムの会場

となった地域にある程度の金を払っているんだ。まあ、ようするに迷惑料ってやつだな。昔は

それこそ力づくでやっていたらしいんだが、それにも限界があると踏んだようで、いつの頃か

らか今のやり方に落ち着いたらしい」

 

 零司の言うように、年間で五十回も行われるプログラムの会場を選定するのは思っている

よりも難しいことである。『国防上必要なデータを取るため』と銘打っているために、会場となる

場所もバラエティに富まなければならない。あるときは島、あるときは都市部、といったように。

 

 政府が絶対的な権力を誇る大東亜共和国とはいえ、自分たちの住んでいる場所が殺し合い

の舞台になることを喜ぶ人間はいない。政府は住民たちのそういった不満を抑えつけるため

に、プログラムの会場となった街や島に多少の報酬を払うことにしていた。

 

 それは決して高額なものではないのだが、須川原ホテルのように経営面や他の部分で金銭

的な問題を抱えている地域のものたちにしてみれば大きな収入源となっていた。

 そういった理由で、この須川原ホテルのように自分たちからプログラム会場となることを申し

出る場所は少なくない。

 

「いくら収入に困っていると言っても、そう何度もプログラム会場に選ばれたら逆に客も寄りつ

かなくなるんじゃないか、と俺は思うんだがな。悪循環もいいところだ」

「そうなると、近いうちにこのホテルも経営破綻しそうですね」

「そうなると上の連中は困るだろうよ。また別のカモを見つけなければいけなくなる」

 零司は座椅子から立ち上がり、「暇つぶしの話はこれで終わりだ。各自仕事に戻ってくれ」

と兵士たちに指示を出すと、自分は欠伸をしながら廊下へと続く扉の方へ歩き出していった。

 

「どこに行かれるんですか?」

「眠くなったから寝る。隣の部屋にいるし次の放送までには戻ってくるから、何か不測の事態

が発生しない限り起こさないでくれ」

 その外見とは裏腹に、どうやら夜に弱いらしい。正直に言わず『仮眠を取ってくる』と言えば

いいのに、と兵士の一人が思ったが、思うだけで口には出さなかった。ある兵士が口を滑ら

せて余計なことを言い、上官がそれを『馬鹿にされた』と解釈してその兵士を殴った、という話

は何度も聞いたことがある。口は災いの元、とはよく言ったものだ。

 

 

 

 三千院が部屋から出て行った後、しばらく作業に集中していた新人の兵士がおもむろに口

を開いた。

「先輩、あの三千院さんってどんな人なんですか?」

「どんな人って――何でそんなこと聞くんだよ」

 新人兵士の隣に座る兵士はキーボードに指を走らせつつ、彼の疑問に受け答えする。

「俺、今回の任務に着くってのを同期で仲の良い奴に言ったんですよ。それで担当教官は誰

だって聞かれて、三千院さんの名前を出したら結構驚いていたんで……それでちょっと不思議

に思いまして」

 これを聞いた兵士は思わず眉をひそめた。

 

「お前……三千院さんのこと知らないのか?」

「詳しくは知りません。俺、そういう対人関係の情報に疎いんで。担当教官の中でもかなり上の

位置にいる人だというのは知っていますけれど」

 新人兵士の口から出る言葉に、応答をしている兵士は心底呆れた表情で頬を掻いている。

「おいおい、そりゃちょっと問題があるぞ。いくら情報に疎いっつっても、ある程度の知識は押

さえておくもんだろうが」

 

 大きく考えて、軍内部で特定の人物の名前が知れ渡るには二つの方法がある。

 一つはその地位や立場といった、ようするに”上層部にいる人間”として名が知られている

ということ。総統や国防長官、教育長などの人物がこれに挙げられる。

 

 もう一つは高い実力や功績を残し、それが要因となって名が広まること。若いながらに立派

な地位に着いたものや、多くの反政府組織を壊滅させてきたものなどのことである。

 零司の場合は後者の要素が強かった。彼は軍事格闘の達人と呼ばれ、特に刃物を扱わせ

たら勝るものはいない、とまで言われている。プログラムの担当教官としても高い地位にいる

ため、組織の底辺にいる兵士たちもほとんどが彼の名前を知っていた。

 

 その説明を聞き、新人兵士は感嘆の溜息を漏らす。

「へえ……三千院さんって凄い人だったんですね」

「お偉いさんには変わった人たちが多いけど、三千院さんはかなりまともな人だから逆に印象

が強いんだよ。というか、これくらい知っていて当たり前のことなんだからよく覚えておけよ。

じゃないとお前、そのうち恥かくぞ」

 と、兵士はそこで自分の手が止まっていたことに気づいた。いつの間にか話に夢中になって

いたらしく、作業が停滞してしまっている。

 

「そろそろ仕事に戻ろう。ちゃんと仕事してないと三千院さんがナイフ投げてきそうだからな」

「笑えない冗談ですね、それ」

 二人はお互いに苦笑いを浮かべ、パソコンに向き直りそれぞれの仕事を再開した。

 

【残り35人】

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