先程車の中から少女たちを見た場所に戻ってみると、あの三人組はまだ道端であーでもない、

こーでもない、と半ば揉め事のような話し合いをしていた。もしこれが普通の女子中学生であって

も人目を引くというのに、三人のうち二人が滅茶苦茶奇抜な格好だから目立つことこの上ない。

道行く人たちも何事かと視線を彼女たちに向けているが、厄介ごとには関わりたくないらしくその

まま素通りしている。

 

 その通行人たちの価値基準で言えば、自らその少女たちに関わろうとしている自分もまた変

わっているのかもしれない。

 

 

 

「――あのさ、ちょっといいかな?」

 誠治の声に一番最初に気が付いたのは青い髪をした少女だった。珍しいものを観察するか

のようにじーっとこちらを凝視してくる。助かったという表情ではなく、あからさまに不審げな表

情を浮かべているわけでもない。ただ見ているだけ、というだけの素っ気無い表情だった。

「……何か用ですか?」

 平坦な、しかし凛とした声だった。

 その少女の声で残りの二人も誠治に気が付いたらしく、怪訝な表情でこちらを見つめてきた。

この二人は青い少女と違い、いたって普通の反応である。

 

 ここで始めて気が付いたのだが、赤い髪の少女と青い髪の少女は顔の作りがうり二つだった。

先程車から見たときでは分からなかったが、どうやら彼女たちは双子の姉妹らしい。しかし身長

や髪の色に違いがあり、青い髪の少女は眼鏡を掛けている。二人ともそれぞれ特徴が多いの

で判別するのに迷う、ということはなさそうだった。

 

「んー? 涼音、このお兄さん誰?。あんたの知り合い?」

「違う。初対面」

 青い髪の少女は涼音というらしい。鈴の音と書くのか涼しい音と書くのか分からないが、とにか

く彼女のイメージに合った名前だな、と誠治は思った。

「さっき車の中から見ていて気になったんだけど、何か困ったことでもあったの?」

 赤い少女と涼音の視線が同時に中央にいる少女へと向けられる。彼女は今にも泣き出しそう

な顔で、誠治に事情を説明してきた。

 

「家の鍵をここに落としちゃって……さっきから取ろうとしているんですけど、取れないからどうし

よう、って……」

「だからそんなん窓ガラス割って入るなり合鍵作るなりすりゃーいいだろうがよ」

「私は赤音ちゃんみたいに前科者になりたくないもん」

 

 ああ、なるほど。誠治は心中で頷いた。軽い茶髪の少女が鍵を落としたと言っている場所は道

の端にある溝で、コンクリート製の蓋がしてあるから手が入る隙間はごく限られてしまっている。

恐らく鍵もその隙間から下に落ちてしまったのだろう。その蓋を持ち上げれば問題はないのだ

が、腕力のない彼女たちにそれを求めるのはさすがに酷というものだ。

 

「鍵が落ちたのってこの辺?」

「うん。ついうっかりその辺にぽちゃーん、って落っことしました」

 困っているはずなのに何故か明るい口調だった。

「分かった。ちょっと下がっててくれるかな」

 誠治はスーツの袖を軽く捲り上げ、コンクリート製の蓋の両脇にある隙間から指を通し、力を

入れてその蓋を持ち上げた。

 

「くっ……」

 予想通り――いや、予想よりもかなり重い。中学時代からずっと運動部に所属してきたから力

仕事には自身があったが、これだけ重ければ軽く持ち上げるだけで精一杯だ。

 持ち上げて運ぶのは無理だと判断し、誠治は身体全体を回転させ、その勢いで手にした蓋を

道路に投げ捨てた。

 

 溝の中を覗き込んでみると、少女が言っていた家の鍵はすぐに見つかった。溝に水が入って

いなかったのが不幸中の幸いといえるだろう。誠治はその鍵を軽々と拾い上げ、心配そうにそ

の様子を見守っていた少女にひょい、と投げ返した。

「わわわっ」

 投げ返してくるとは思っていなかったらしく、少女はあたふたとしながらも弧を描きながら落ち

てきた鍵を受け止める。

 

「うわあ……」

 その少女は自分の手に戻ってきた鍵を見つめながら感嘆の声を漏らしていた。

「お兄さん、どうもありがとうっ!」

 分かりやすい嬉々とした表情で、やや早めの口調でいった。

「ほんと、もう私どうしようかと思っていたけど、お兄さんが来てくれて助かりました!」

「いや、お礼を言われるようなことじゃないよ。そんなつもりでやったんじゃないし」

 そもそも、こんな中学生相手にお礼を貰おうなんて考えてもいなかった。やるだけやったらすぐ

にこの場を後にするつもりだったが、予想以上に感謝されているので立ち去るに立ち去れない。

「ほんとーに、ありがとうございます!」

 そんな誠治の心中を知るはずもなく、少女は深々と頭を下げて感謝の意を全身で表していた。

 

「あ、あのさ、なにもそこまでしなくても……」

 どうしたらいいものか誠治が困っていると、この状況を見かねた赤い髪の少女――確か赤音

と呼ばれていた――が、ぺこぺことおじぎをしている少女の頭を引っぱたいた。

「いたっ!」

「いつまでもやってんじゃねえよボケ。お前はアレか。庭園によくある竹でできていて、カコーンっ

て音がするやつ。えーっと…………こけおどし?」

「ししおどし」

 脇で事態を傍観していた涼音から的確なツッコミが入った。

「あ、そうそれ。ししおどしかお前は!」

 赤音は改めて言い放つが、なんだかしまりがない感じである。

 

「と、とにかくお礼ならもういいよ。君たちの気持ちは充分伝わったし」

「うー……私はまだ言い足りないのに」

 鍵を拾ってもらった少女はまだ物足りない様子だった。感情表現がここまでストレートな人って

珍しいなと思いながら、誠治は苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

「薫、そろそろ行かないと遅刻する」

「え? もうそんな時間?」

「いつものペースで行くとギリギリ」

「うわーっ! それってかなり大変だよ! 下手をしたら私の皆勤賞が……これまでの二年間の

努力が水の泡に!」

 ようやく落ち着いたと思ったのも束の間、薫というらしい少女は再び大騒ぎをし始めた。これが

漫画であれば彼女の目は渦巻き模様になっているところだろう。

 

「ああああの、それでは私急いでいますので、今日はどうもありがとうございました!」

 早口でそうまくし立てると、薫は短距離走のスタートダッシュのような勢いで一気に走り去って

いった。赤音が「待てコラあたしを置いてくな!」と怒声を飛ばしながらその後を追う。

 呆気に取られながらその様子を見てると、ひとりその場に残った涼音が丁寧に頭を下げた。

薫のような勢いと感情に任せたものではなく、礼儀や気品というものを感じさせる礼だった。

 

 涼音は先に行った二人とは違い、てくてくとマイペースに学校へ向っていった。遅刻ギリギリと

言っていたのに大丈夫だろうかと思ったが、自分はそこまで心配する必要はないだろう。あとは

彼女たちの問題だ。

 

 

 

「変な子たちだったな……」

 ただ鍵を拾ってあげただけなのに、なぜか凄く不思議な体験をしたような気分だった。まるで

夢の中での出来事のように現実味が薄く、容易に受け入れられない状態。

 しかしこれが現実であることは疑いようがない。誠司は気持ちを切り替え、車を停めておいた

駐車場に向った。いくら時間に余裕があると言ってもいつまでもこんな所にいるわけにはいかな

い。車に乗るとギアを入れてアクセルを踏み、静海中学校に向けて車を走らせて行く。

 

 その途中、誠治の乗った車は先程の三人組を追い越したのだが――誠治も、そして少女たち

もそれに気づくことはなかった。

 

 

 

 それから数時間後、高峰誠治は少女たちと劇的な再会を果たすことになる。

 静海中学校で、自分が受け持つクラスの教師と生徒という立場で。

 

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