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「村崎教官、女子7番と男子19番が死亡しました」

 雪姫つぐみの死亡報告書を書いていた村崎薫は、残り3人となった舞原中学3年3組の生徒

モニターに向っていた軍人の呼びかけに反応した。

「……それは間違いないのかい?」

「はい、心停止が確認されたから間違いありません。注意を払っていましたが首輪を外された

様子もないですし」

 

 村崎はずっと座っていた椅子から腰を上げ、生徒の現在位置が表示されているモニターの

前へ向っていった。その画面に表示されている光点はM−01の表示のみ。他の数字は輝き

を失い、画面上から消滅している。

 

「男子1番の様子は?」

「盗聴の内容からの推測ですが、女子7番との交戦時に傷を負っているものと思われます。

現に逃げていく女子7番、男子19番を追おうとしませんでしたから。足に傷、もしくはそれ以上

の負傷をしているかと思われます」

「女子7番っていうと……例の彼女だね」

 

 村崎は出発の際に教室で見た刹那の姿を思い出す。中学生とは思えない落ち着いた雰囲

気を纏っていた彼女の姿は、村崎の脳裏に強く焼きついていた。もっとも彼女の印象を強い

ものにしたのはそれだけが原因ではない。プログラム後半で明らかになった刹那が持つ特別

な力、人間離れした記憶能力。

 山田太郎を殺害してからの彼女の勢いは目を見張るものがあった。瞬く間に殺害数を伸ば

し、数多くの武器を手にした刹那の優勝は確実と思われたが――。

 

「優勝者決定、か……。てっきり女子7番が優勝するもんだと思ってたけど、そううまくはいかな

いってことか」

「終盤からの追い上げは凄かったですね。ダークホースって言うか、彼女があそこまでの力を

持っていたなんで誰も気づいていなかったでしょうね」

 苦笑混じりの軍人の呟きに、医療班への指示を出そうとしていた村崎はその役目を終えた

モニターに目を移した。

 

 あれほどの強さを誇った刹那も、プログラムで生き残ることができなかった。単純な戦闘能

力だけで優勝できるほどプログラムは甘くない。もし戦闘能力の高いものしか生き残れないの

だとしたら、自分なんかは十年前に死んでしまっているだろう。

 

「ちょっと失礼するよ」

 村崎は手を伸ばし、パネルを操作して優勝が決定した男子1番の詳細データを呼び出した。

 画面が一瞬で切り替わり、無愛想な少年の写真が貼られているデータがモニターに表示さ

れた。

「ああ、優勝した男子1番のデータですね。トトカルチョでの人気は高いですけど、全体の能力

だけ見れば大したことないですよ、こいつ」

 学力に秀でた生徒がほとんどの舞原中学では、悠介の存在はほとんど問題児扱いされてい

た。そのためトトカルチョに参加している人物たちの間で、悠介の人気はかなり上のほうにラン

クされている。

 

「能力が優れていれば優勝できるってわけでもないんだよ。運とか、他の生徒の動きとか、そ

ういった数字にできないものも重要な要素なんだから」

「まあ、そりゃそうですけどね。でも運なんか詳細なデータにできるわけないじゃないですか」

「それでいいんだよ。誰が生き残るのか最後まで分からない……そういった不確定要素が高

いのがプログラムなんだから」

 

 村崎は定期放送のときに使っていたマイクへと向かい、そのスイッチをオンにした。

「――男子1番の浅川悠介くん、長いことお疲れ様。優勝者はあんただよ。今から迎えの車を

行かせるから、車が着くまでそこでじっとしてな」

 簡単に用件だけ告げ、村崎はマイクのスイッチを切った。

 

「佐東さん、優勝者搬送用のヘリが到着するのはあとどれくらいですか?」

 村崎の上司に当たる佐東は書類の整理と同時に帰り支度を始めていた。もともと彼はこの

プログラムの担当官ではないし、村崎の補佐をするために来たわけでもない。ただ興味本位

でこの島を訪れただけだ。ただ村崎も始めてのプログラム進行だったので何をどうしたらい

いのか分からなくなる場面も少なくはなく、結果として佐東が訪れてくれたのは村崎にとって大

きな助けになっていた。

「あと十分もすればここの校庭に到着するはずですよ。事後処理のグループもそれと一緒に到

着するはずです」

「十分……もう少しですね」

「僕はそのヘリで一緒に帰らせてもらいますけど、村崎さんはまだここに残るんですよね」

「ええ、まだやらなければいけないことがありますから」

 

 プログラムが終わったからといって村崎たち軍人の仕事も終わるわけではない。もう少しした

ら到着する事後処理のグループと細かい話をしたり、書類など記入漏れがないかチェックした

りと、やらなければいけないことは山積みである。

 

「佐東さん、今日はどうもありがとうございます。おかげで助かりました」

「はははっ、そんなにかしこまらなくてもいいですよ。今回は僕の方からやってきたわけですし」

 佐東は人の良さそうな笑みを浮かべた。一緒に連れてきためざしという名の猫を抱きかかえ、

村崎の肩をぽん、と軽く叩く。

「分からないことがあったら、後からやってくる一(はじめ)さんに詳しいことを聞いてください。

それじゃ、僕はこれで」

 

 それだけ言い残して、佐東はプログラム実施本部になっている教室を出て行った。

 村崎は佐東の背中をしばらく見つめていたが、やがて彼の姿が完全に見えなくなると本部に

いる軍人たちに向けて指示を出し始めた。

 

「これから優勝者を迎えに行きます。負傷している可能性が高いので、医療班の人間何名かは

私と一緒に付いてきてください。その場合、手続きしておいた病院に連絡を入れるのも忘れず

に。それ以外の人間は自分の仕事を引き続き行ってください。手が空いてしまった人たちは、

もうすぐ到着するグループの人たちの作業を手伝ってください。変更点があったらその際に連

絡を入れます」

 村崎の声が止んだ直後、本部にいた軍人たちはそれぞれの作業に移り始めた。プログラム

の担当官という仕事を初めて受け持つ村崎は、キャリアだけ見て言えば彼らよりもずっと下で

ある。プログラム優勝者という過去の経歴がなければ、この年で今の地位にいることはできな

かっただろう。

 

 そのため新人の村崎に命令されることに少なからず不満を持っている軍人もいると思われた

が、彼らは嫌な顔一つ浮かべずてきぱきと仕事をこなしていく。いくら新人だからといっても、上

の地位にいるものの命令は絶対ということなのだろう。

 

 

 

 外に停めてある車に向かいながら、村崎はどんな顔をして彼に会おうか、と考えていた。

 プログラムが終わった直後の優勝者はまともな精神状態を維持していないことが多いらしい。

魂が抜けたように呆然としていたり、完全に壊れてしまってたり、いきなり襲い掛かってきたり、

とにかく普通の状態ではないらしい。

 これは佐東から聞いた話で実際に目にしたことはないが、村崎はそれがよく理解できた。

 十年前のあの時を思い出す。何も考えられず、何もする気が起きず、喪失感と悲しみ、ぶつ

けようのない苛立ちだけが生まれてくる。

 

 悠介も今、あの時の自分と同じ心境にいるのだろうか。

 彼が雪姫つぐみに対して特別な感情を抱いていたのは盗聴の内容から知ることができた。

生徒の詳細な情報が記されファイルに目を通したときも、悠介の『交友関係』の欄にはつぐみ

の名前だけしか書かれていなかった。

 

 大切なものを失ってしまったときの痛みは肉体的な痛みよりも辛いものがある。身体に受け

た傷は時が経てば癒えるが、心に受けた傷はそうはいかない。決して癒されない傷を抱えて生

きていく苦しみ、辛さは言葉で言い表せるものではないだろう。体験した本人か、それに近い体

験をしたものでなければ分からないのだから。

 悠介に対してどういう反応を取ればいいのか、まだ具体的な考えは浮かんでいない。だが、

彼に自分と同じ想いをさせてはいけないということだけは分かる。プログラムの影に縛られず、

前を向き、光に向って歩いてほしい。

 

 過去や想い出は大切なものだが、それに縛られて思うように動けなくなってしまうようならば、

いっそのこと過去と決別するべきである。犠牲になった多くの友人たちも、生き残ったものに対

してそんなことを望んではいないはずだから。

 村崎にはもう一つ考えていることがあった。彼がこの先についてどういう考えを口にするか分

からないが、村崎は悠介にある提案をしてみようと思っていた。もしかしたら断られるかもしれ

ないが、それでも一応言ってみようと思っている。断られたら断られたで仕方がないし、それ以

上食い下がるつもりもない。大事なのは悠介本人の意思だと思っている。

 

 村崎は廊下を進み、玄関を通って中学校の校庭へと足を踏み出す。

 夜風が吹き、外に出たばかりの村崎の身体を撫でる。その風には少しだけ血の香りがした。

 

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