フィニッシュ:92





 悠介が刹那に銃弾を浴びせかけている頃、つぐみは港を大きく外側に回って刹那の背後に

近付こうとしていた。所々に遮蔽物があるとはいえ、自分の姿を相手の視界から完全に隠せ

ているわけではない。それに相手は学年トップの頭脳を持つ黒崎刹那だ。つぐみは彼女を

詳しく知っているわけではないが、学校生活での様子を見る限り刹那の洞察力は低くいもの

ではないだろう。ということは、自分が悠介のもとから離れて別行動を取っていることも、もし

かしたら薄々感づかれているかもしれない。

 

 そういったこともあり、つぐみは一刻も早く刹那のもとまで辿り着かなければならなかった。

人数に勝るというのがこちらのアドバンテージだが、今実際に戦っているのは悠介ひとりだ。

自分がもたつけば武器の差が表れてしまい、悠介が不利になってしまう。

 つぐみは適当な場所で立ち止まり、物陰から顔を覗かせて刹那の居場所を確認する。と、

漁船の陰に隠れながらマシンガンを撃っている女子生徒――刹那の姿が目に入ってきた。

 

 つぐみと刹那の距離はおよそ十メートルほど。刹那はつぐみが後ろに迫っていることに気づ

いていないらしく、マシンガンを前方に撃ち続けていた。

 右手の中のS&Wにちゃんと弾が込められているか再確認し、低い姿勢から一気に飛び

出した。近付きながら銃を撃ち、銃撃で仕留められなかったらアーミーナイフによる接近戦に

持ち込むつもりなのだろう。オフェンスに特化してディフェンスのことをまるで考えていない、

まさにつぐみらしい戦闘スタイルだった。

 

 つぐみが駆け出していったのとほぼ同時に、刹那がマシンガンのマガジンを換えるために

身体を船の陰に引っ込めた。そしてその視線が自分へと向けられ、刹那の顔にわずかなが

ら動揺が走ったのが確認できた。

 

 バレてしまっては仕方がないとばかりに、つぐみは足を止めることなくS&Wを撃ちながら

刹那に突進していく。刹那はマガジンを交換したマシンガンをすぐにつぐみの方へ向けたが、

最初に放たれたS&Wの弾がマシンガンの銃身に命中し、刹那の手からマシンガンを弾き

飛ばしていた。

 

 つぐみはこれをチャンスと引き金を引きまくった。刹那はその場から移動しようとするが、

別方向から飛んできた悠介の銃弾がその行動を阻む。やがて逃げることを諦めたのか、懐

から黒いオートマチック拳銃を取り出した。

 つぐみは一旦横に飛び退いて刹那の死角に移動し、S&Wに新しい弾を込める。この間に

刹那が襲ってこないかと内心不安だったが、どうやら悠介が上手く繋ぎとめてくれているよう

だった。

 

 再び刹那の前に姿を現し、強い反動に耐えながら連続して引き金を引く。刹那の注意は悠

介に向けられているため避けることは不可能――つぐみはそう思っていた。

 しかし刹那はその弾丸を易々とかわしてみせた。まるで後ろにも目が付いているかのよう

で、その動きにはまったく無駄がない。

 

 つぐみはさらに数発の銃弾を撃ち出すが、刹那はすい、と銃弾の軌道からわずかに身体

をずらすことによって銃弾を避けていく。その動きは必要最低限のものといった感じで、弾が

どこに飛んでくるのか分かっているかのようだった。

 

 事実、刹那にはつぐみの動きが予測できている。複雑な動きならばともかく、銃を撃つとい

う単調な動きであれば少し観察するだけで動きを読むのはそれほど難しいことではなかった。

もちろんこれは刹那の並外れた記憶能力があり、さらに学習性、応用力の高さがあってこそ

の芸当なのだが。

 

 ――くそっ、何で当たらないのよ!

 つぐみも目の前で起きていることの異常さに気づき始めていた。十メートル程しか離れてい

ないこの距離で、次々と撃ち出される銃弾を避けられる人間がいるなんて。最初は適当に避

けているのかと思っていたが、それにしたって限度というものがある。

 認めたくはないが――刹那は銃弾の飛んでくる場所が分かっているのだ。そうでなければ

桁外れの反射神経を持っているとか、とにかく彼女は自分たちに持っていないものを持って

いる。

 

 S&Wが弾切れを起こした瞬間、刹那の持っていたオートマチック拳銃から大量の銃弾が

ばら撒かれた。ぱぱぱっ、と小気味よい破裂音が響き、空を裂いて放たれた銃弾がつぐみ

目がけて突進してくる。

 

 つぐみは慌てて物置の陰にダイブし、くるりと一転して起き上がると新しい弾を込めながら

刹那の様子を窺った。どうやら悠介が刹那に向けて撃っているらしく、彼女は自分を追いか

けてこようとは考えていないらしい。自分から向わないで、カウンターで仕留めるつもりなのだ

ろうか。まあ、二対一という状況であればそれが得策かもしれないが。

 

 それよりも驚いたことは、刹那が悠介の攻撃まで完璧に防いでいるということだった。彼女

はもはや漁船の陰に身体を隠してはいない。その姿を堂々と晒し、真正面から悠介と撃ち合

いをしてみせている。

 その様子をしばらく見ているうちに――つぐみはとんでもないことに気が付いた。

 

「なによ、あれ……」

 自分でも気が付かないうちに、そういう声が漏れていた。

 愕然というのはまさにこういうことを言うのだろう。何しろ刹那は、悠介が撃ってきた銃弾を

銃弾で撃ち落していたのだから。

 

 想像を絶する、現実のものとは思えない光景だった。あんな真似、自分と同じ中学生ができ

るものなのか? 

 つぐみは気圧されていた。黒崎刹那という人間が持つ不気味さ、そして怖さに。

 胸に手を当てて「落ち着け」と自分に言い聞かせる。ここで臆したら本当に自分たちの負け

だ。ピンチのときだからこそ勇気を振り絞り、勝利を掴み取らなければ。

 

 つぐみはアーミーナイフを右手に持ち替え、背中を見せている刹那に突撃していった。銃が

通じなければナイフで接近戦を挑めばいい。使い慣れていない銃よりも、自分の肉体を駆使

した接近戦ならば自分にも分があるはず、との考えだった。

 つぐみは一気にアーミーナイフの射程圏内まで潜り込んだ。刹那がそれに気づいたときに

はもう遅い。ナイフを振るうと見せかけて刹那の右足にローキックを叩き込んでバランスを崩

させ、続けざまに右のハイキックを刹那の頭部に見舞った。

 

 まともに入れば相手を昏倒させることもできるつぐみのハイキックだが、刹那は咄嗟に左腕

を頭の横に差し出すことで盾代わりにし、衝撃を和らげていた。

 そのときに生じた隙をつぐみは見逃さず、彼女の制服の襟を掴むとそのまま地面に押し倒

した。

 

「うっ…………!」

 受身の取れない態勢で背中から硬い地面に倒れたためか、刹那は苦しそうな表情を浮か

べる。しかし彼女にとって重要なのはそんなことではなく、今目の前にいるベージュ色の髪を

持った少女。

「やっと捕まえたわよ」

 つぐみは不敵な笑みを浮かべ、刹那を掴んだその手を離そうとせず彼女を見下ろす。つぐ

みの両脚は刹那の両腕をがっちりと地面に押し付けており、完全なマウントポジションをとっ

ていた。

 

「何でもかんでも避けられるってわけじゃないみたいね」

「……あのままナイフを振るうと思っていたよ。あなたの動きについてはだいたい揃っていた

から問題ないと思っていたのに」

「――ねえ、一つ質問していいかしら」

「どうぞ」

「何で、このゲームに乗ったの?」

 それはつぐみの正直な疑問だった。学校での生活を見ていた限り、刹那は進んで人を殺そ

うとは考えないような人間だったはずだ。それを言ったら自分も当てはまりそうだが、彼女が

クラスメイトを殺して回る理由がつぐみには思い当たらなかった。

 

 一瞬の沈黙の後、刹那はゆっくりと答える。

「単純に……死にたくないと思ったからさ。誰かに恨みがあったとか、人殺しを楽しみたかっ

たとか、そういった理由はない」

 死にたくない。それは自分も――それこそ三組の生徒全員が思ったことだろう。

 生きて帰りたい。そのためには人を殺すしかない。刹那はそれを実直に行っていたというわ

けだろうか。

 しかし、それだけではない気がする。刹那には死にたくないという思いとは別に、何か他の

理由があるような気が――。

 

「普通ならこんなこと言わないんだけどね」

 何か意味ありげな口調で、刹那は話を続ける。

「だけどまあ、教えてもいいと思ったんだ」

「……どういうこと?」

「つまり――」

 刹那は顔を左側に向け、精一杯伸ばした自分の左手、その人差し指の爪を噛み――。

 

 口で人差し指の爪を、強引に剥ぎ取った。

 

「なっ!?」

 刹那が取った行動につぐみは衝撃を受ける。何の理由があって自分で爪を剥がしたのか。

その理由が分かったのは、刹那がその指をひゅん、と振るった直後だった。

 つぐみの両目に生暖かい”何か”が付着し、その瞬間彼女の視界が暗転する。

 

 目に飛び込んできたもの――それは刹那の血だった。武器を奪われ、身体の自由すらも

制限された刹那が取った決死の行動。自ら爪を剥ぎ取り、流れ出る血をつぐみ目がけて浴

びせかけ即席の目潰しにする。つぐみの予想の範疇を超えた行動だった。

 刹那の取った行動はマウントポジションを解くまでには至らなかったが、緩めるのには充分

だった。刹那は背中に手を回し、そこに差し込んでおいたものを掴み取った。

 

 硬く、冷たい感触が手の平に伝わる。

 人殺しの道具――銃の感触。

 

 刹那は一変の躊躇も見せることなく、つぐみにシグ・ザウエルSP2009を向けた。

 視界を奪われたつぐみは、目の中に入った刹那の血液を必死に拭い取っていた。まだ前が

ぼやけて見えるが、先程よりは大分マシになっている。

 光を取り戻しかけていたつぐみの目が捉えたのは、刹那が先程とは違う銃を自分に向けて

いる光景だった。

 危ない、と思うよりも先に身体が先に動いていた。上半身を捻ることによって銃弾の軌道か

ら身を逸らし、それと同時に刹那の喉目がけてアーミーナイフを振り下ろす。

 

 だがその行動すらも、刹那にとっては手の中の出来事だった。

 彼女は頭を横にずらし、皮一枚のところでナイフの直撃を回避した。それと同時に、構えて

いた銃を少しだけ横にずらす。

 その先には、回避行動を取ったつぐみの身体があった。

 それを見たつぐみはその場から離脱しようとするが、それよりも早くシグ・ザウエルの銃口

から飛び出した銃弾が彼女の身体を貫いていた。

 

 制服が弾け、つぐみの腹部から鮮血がぱあっ、と飛び散る。その血飛沫はぱたぱたと港の

地面を叩き、いくつもの赤い点を作り上げた。

 抵抗することも、逃げることもできなかった。

 つぐみは銃弾に貫かれた腹部を手で押さえながら、ゆっくりとその身体を地面に横たえた。

その顔は撃たれたことによる痛みと、もう悠介に会えなくなってしまうのではないかという悲し

みに染まっていた。

 

 血の滴る指をそのままに、むくりと起き上がった刹那は先程の言葉の続きを小さく、静かに

紡ぎ出す。

「冥土の土産、というやつさ」

 

【残り4人】

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