フィニッシュ:91





 悠介とつぐみは港へと続く道を全力で走っていた。二人が走っている道路は圧倒的に遮蔽物

が少ないため、走るのを止めたら即座に蜂の巣にされてしまう。運動部に所属しているつぐみ

はまだ体力的に余裕があるが、もともと体力に恵まれていない上に度重なる戦闘で疲労してい

る悠介はかなり堪えているようだ。腕の傷が痛むのか、時折顔を苦痛に歪めている。

 

 つぐみが持っている唯一の銃、S&Wは威力こそ高いが総弾数が少ない。それは悠介が手

にしているベレッタにも言えることで、走りながら撃っていた二人の拳銃はすぐに弾切れが訪

れた。

 しばらく走っているうちに、二人の目に映る光景が一変した。陸に上げられた漁船、様々な道

具がしまってある倉庫、島民のものであろう軽トラックや乗用車。沙更島の港の光景だった。

 

「悠介くんは先に行ってて!」

 そう言うとつぐみはくるりと振り向いて、S&Wを取り出し刹那がいるであろう林の中に向け、

次々と銃弾を撃ち込んだ。

 強い反動がつぐみの腕に伝わってくる。脚に力を入れて反動に耐え、シリンダーの中に入っ

ている銃弾を全て撃ち尽くすと悠介の後に続き港の中に入っていった。

 

 二人は一番近いところに停めてあった車に身を隠し、弾切れを起こした銃に弾を詰め直した。

 つぐみの使う銃はリボルバーだったために新しい弾の装填まで時間がかかったが、その間に

悠介が刹那を迎撃していた。つぐみが新しい弾を装填し終えたのを確認すると、二人は今いる

場所を離れて港の奥へと進んで行く。

 マシンガンの掃射から逃れながら、悠介とつぐみは港の奥に設置してある軽トラックの陰に

身を隠した。ここの港は直線的な作りになっているため、港の奥へと隠れてしまえば林の中に

隠れている刹那は攻撃を当てるために林の中から出てこなければいけなくなる。その隙を付

いて攻撃するつもりだった。

 

 マシンガンの咆哮が止み、林の中から学生服を血で染めた刹那が姿を現した。悠介たちを

見失ってしまったのか、きょろきょろと辺りを見回しながら歩いてくる。

 この無防備な接近に、悠介とつぐみは驚きを隠せなかった。いくらマシンガンを持っていると

はいっても、それで優位に立てるのは攻撃時だけだ。防御力だけ見れば自分たちと同様に、

たった一発の銃弾が死に繋がりかねない。

 それなのに刹那は、銃弾が飛び交う戦場の真っ只中を悠然と歩いてきている。

 余裕か、はたまた作戦か。

 

 考えていても埒が明かないとばかりに、つぐみは軽トラックの陰から頭と腕を出してS&Wの

引き金を引く。それに続き、悠介もベレッタの銃口を刹那に向け、撃った。

 その瞬間、ほとんど条件反射のような動きで刹那はその場を移動していた。彼女はこの瞬間

を待っていたかのようで、あらかじめ構えていたマシンガンを軽トラックに向け乱射する。

 

 まとめて吐き出された銃弾が軽トラックに着弾し、甲高い悲鳴と火花を散らす。座席の窓ガラ

スが割れ、夕日の光を受けるそれは一瞬だがダイヤモンドダストのような輝きを見せていた。

 物陰から隠れて狙い撃つ悠介とつぐみとは違い、刹那はどこかに身を隠そうとせず常に移動

しながら攻撃を仕掛けてくる。ほんの些細な判断ミスが死を招くこの行動を、彼女は怯んだ様

子を微塵も見せずに実践していた。

 

 全弾を撃ち尽した悠介とつぐみはすぐさま次弾を装填する。いち早くベレッタのマガジン交換

を行った悠介は刹那を近づけないように、高橋浩介のものだったFN ファイブセブンを取り出し

て引き金を絞った。装弾数、威力ともに申し分ないこの銃は、二人にとってまさしく最終兵器の

ようなものだった。現に悠介のベレッタは予備のマガジンがあとわずかになっているため、ファ

イブセブンがなかったら今よりももっと不利な状況に立たされていただろう。

 

 対する刹那もマガジンに入っている弾がなくなったらしく、近くにあった漁船の陰にその身を

隠した。さすがに無防備のままマガジン交換はしないようだ。

 つぐみの準備が整ったのを見計らうと、物陰から様子を窺って攻撃のチャンスを待つ。相手

も物陰に隠れている以上、ここで銃を撃ったって無駄弾になってしまうからだ。

 

「思ったよりやるな……」

 悠介は包帯の巻かれた左腕に目を落とした。その表面には血が滲んでおり、一部分が赤く

染まっている。

「私が黒崎さんに近付いて隙を作る。悠介くんはそこを見計らって攻撃して」

 何事もなく、まるでそれが当たり前のようにつぐみは言う。

「なっ……そんなこと任せられるか! 相手はマシンガンを持っているんだぞ? 近付く前に、

あっという間に撃ち殺されちまう! それに、近付いたって向こうはまだ何か他に武器を持って

いるかもしれないだろ」

「そんなことは百も承知。でもね、このままやってたらどっちにしろ私たちが負けちゃうわよ。

どうせやるんだったら一か八か賭けに出るのもいいじゃない」

「一か八かって……」

 

 つぐみの言うとおり、このまま戦況が硬直していたら負ける確率が高いのは武器で劣る自分

たちのほうだ。刹那を倒すのであれば彼女を物陰から引きずり出さなければならない。いや、

例え引きずり出しても彼女を倒すのは容易なことではないだろう。

 先程彼女が見せたあの動き。あれは自分たちと同じくらいに――もしかしたらそれ以上に、

いくつもの死線を、殺し合いを潜り抜けてきたものの動きだ。それになんと言っても彼女はマシ

ンガンの所持者だ。プログラム開始当初から数多くの人間を血祭りに上げてきたのだろう。

そんな彼女を簡単に突破できるわけがない。

 

「……分かった。じゃあ俺が黒崎を引き付けておくから、なるべく早くあいつの所まで辿り着い

てくれ」

「オッケー、任せておいてよ」

 悠介の心配をよそに、つぐみは不敵な笑みを浮かべる。取り出したアーミーナイフを逆手で

左手に構え、S&Wはそのまま右手に持つ形を取った。

 

 ちょうどそのとき、まるでタイミングを見計らったかのように村崎による五回目の定時放送が

始まった。どうやら気づかぬうちに午後六時になっていたらしい。

 

 

 

『残り人数も大分少なくなってきたようだね。それじゃあいつものように放送を始めるよ。まず

この六時間で死んだ生徒の名前を言うからね。えーっと、女子10番の高梨亜紀子。次に女子

1番の朝倉真琴。男子17番、森一郎。女子9番、清水翔子。男子11番、中村和樹。女子14

番、牧村千里。以上の六名です』

 

 それを聞いた悠介とつぐみに衝撃が走る。一度自分たちの前に現れた情報使いの亜紀子、

小学校で行った呼びかけに応じてやってきた和樹の名前が呼ばれていることも驚きだったが、

二人が一番衝撃を受けたのは残り人数がたったの四人しかいないという点だった。

 自分たち二人と、たった今対峙している刹那、そして姿が見えない吉川秋紀(男子19番)

 

『禁止エリアは七時からC−5、九時からD−4、十一時からF−3。残りついに四人となったけ

ど、最後まで気を抜くんじゃないよ。今まで頑張ってもここで死んだら元も子もないからね。次

に放送するのは優勝者が決まったときになるだろうから、そしたらまたその時に会おうじゃな

いか。それじゃ最後の戦い、頑張るんだよ』

 

 

 

 今の村崎の放送はこれまでのものとは違い、どこか自分たちを励ましてくれているような、そ

んな響きがある放送だった。

 とにかく、これで残りはたったの四人だ。村崎が言ったとおり、この戦いは絶対に負けるわけ

にはいかない。ここで負けてしまったら今まで積み上げてきたもの、犠牲にしてきたものが全

て無駄になってしまう。

 

「つぐみ、注意していけよ」

「うん、分かっている。いくら黒崎さんがマシンガンを持っているからっていっても、無敵ってわけ

じゃないんだし」

「――そうじゃない。俺が言いたいのは”吉川に”注意しろってことだ」

 言われてつぐみは周囲を見渡すが、秋紀らしきものの姿はどこにも見当たらなかった。

「俺たち以外に生き残っているのが黒崎と吉川っていうんなら、あいつらも俺たちと同じように

チームを組んでいる可能性がある。黒崎はあくまでも囮で、どこかに隠れている吉川が俺たち

を仕留める役目かもしれないだろ?」

「あ、そっか。それもそうよね」

 

 悠介の言うとおり、それは充分有り得る話だった。刹那と秋紀は普段から仲がいいし、一緒

にいる姿をよく見かける。つぐみは今まで刹那と秋紀がチームを組んでいるという可能性を頭

に浮かべなかったが、自分たち以外の生存者があの二人だけだというのならチームを組んで

いるとしてもなんら不思議ではなかった。いや、むしろ二人一緒に行動している方が自然だろ

う。現に刹那たちの友人である高橋浩介、霧生玲子も二人で行動していた。

 

「それじゃあ吉川くんに注意しつつ、黒崎さんを一気にぶちのめせばいいのね」

「まあ……そういうことになるかな」

 拮抗状態にあるとはいえ自分たちが不利ということには変わらない、失敗が許されない危機

的な状況だというのにつぐみから緊張した様子はまったく感じられなかった。自然体というか、

いつも通りというのか。とくかく普段と変わらぬ、掴みどころがない飄々とした様子だった。

 

 ――俺を信頼してくれているってことか?

 自惚れているといえばそうかもしれないが、考えようによってはそう結論付けることもできる。

 実際に悠介は、つぐみが一緒に戦ってくれているということにこれ以上ない安心感を感じて

いた。誰かに背中を預けるということがこれほど心地のよいものだったなんて。

 

 三年前のあの日から、悠介は誰かを信じようとしなくなった。人と接することを拒み、他人を、

やがては社会をも拒絶した。全ては裏切られることを恐れていたから。誰かを信じて、期待に

応えようと努力して、裏切られて傷ついて。

 そんなことなら最初から信じなければいい。受け入れなければ、必要としなければいい。

 ずっと一人で戦い、生き抜いてきた悠介だからこそ、つぐみと共に戦えるということは非常に

居心地のいいものだった。お互いを信じ合いながら戦えるのだから。

 

 それはきっと、つぐみにとっても同じことなのだろう。後ろには悠介が控えている。だから怖く

なんてないし、負ける気なんてしない、と感じているのかもしれない。

 今まで体感したことのない不思議な感覚を味わいながらも、悠介は颯爽とこの場から移動し

ていくつぐみを見つめていた。大きく外側から回りこみ、そのまま刹那に接近戦を挑むつもりの

ようだ。

 完全に姿が見えなくなる直前、つぐみは悠介に向けて親指をぐっ、と立ててみせた。大丈夫、

と伝えたかったのだろうか。悠介は軽く笑いながら頷いてみせた。

 

 つぐみと別行動を取っていることを悟られないよう、悠介は刹那が隠れている漁船の陰に向

けてベレッタを撃ち続けた。マガジンの中に入っている弾を撃ち尽した瞬間、刹那が船の脇か

ら半身を出してマシンガンを撃ってきた。軽トラックのボディに次々と穴が開き、着弾の衝撃で

サイドミラーが吹き飛ばされる。何とか被弾は免れているが、銃弾が雨あられのように打ちつ

けてくるのは予想以上の恐怖だった。滅多なことでは当たらないと思っていても、その迫力で

どうしても萎縮してしまう。そんな武器を持った相手に近付いて行くなんて並大抵の度胸がなけ

ればできない。つぐみがどれほどすごい事をしているのか、悠介はそれを実感してただただ驚

嘆するばかりだ。

 

 このまま黙ってつぐみの行動を感心している暇はない。悠介は刹那の注意を自分に引きつ

けるため、隠れていた軽トラックから飛び出し近付きながら銃撃をする。ある程度の銃弾を撃

ったら刹那と同じように陸に上げられている漁船の陰に隠れ、マシンガンの猛攻からその身を

守る。

「ちくしょう、手当たり次第撃ちまくりやがって……さっさと弾切れしろってんだ」

 このプログラムの間に聞こえてきた連続した銃声、それは十中八九あのマシンガンによる銃

声だろう。ということは、そろそろ予備の弾が尽きてもおかしくはない。それは悠介にも言える

ことだが、そうなったら予備の弾を惜しんでフルオートによる集中射撃は極力控えるはずであ

る。それなのに刹那はそれをしてこない。

 

「他にも武器があるってことなのか……?」

 その可能性は大いにあった。まさか銃を支給されたのが自分たちと刹那だけ、ということは

ないだろう。そうなれば、彼女が弾数を惜しまず撃ってくるのは他にも強力な武器が控えてい

るからということだろうか。現に悠介はグレネードランチャーのようなものを所持している刹那

の姿を見ている。これでマシンガンをもう一丁持っていたなんてことになったら、まさに目も当

てられない。

 

 悠介は内心で舌打ちした。自分たちが負けるにしても、刹那が負けるにしても、つぐみがこの

戦いの『鍵』になることは間違いない。全ては彼女次第ということだ。

 

 ――大丈夫。あいつは俺よりもずっとしっかりしてる。あいつならきっと、やってくれるさ。

 そう、何も心配することはない。全てが彼女次第だというのであれば何も恐れることはない。

 悠介は心を静めるためにゆっくりと深呼吸をし、新しいマガジンを装填したベレッタの銃口を

刹那がいる場所に向けた。

 

 残されたわずかな時間を、最後の瞬間までつぐみと共に過ごしていたい。そう願う悠介の意

志はどんなものよりも強固で、力強かった。

 

【残り4人】

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