終盤戦:89





 彼女は彼を引き寄せるかのように。

 彼は彼女に引き寄せられたかのように。

 

 その出会いはあらかじめ決定付けられていたかのように、彼は――吉川秋紀(男子19番)

は、高梨亜紀子の死体を前に佇んでいた。

 

 地図上で言い表すならばF−2エリア、会長というアダ名で親しまれている雪姫つぐみ(女子

17番)が呼びかけを行った小学校から距離にしておよそ100メートルほど離れた道路の上

に、亜紀子は仰向けで倒れていた。

 

 近付いて脈を取ってみたが、彼女の身体はすでに冷たくなっていた。目は薄っすらと見開か

れ、その顔は血と埃でひどく汚れている。

 外傷は見当たらない。だが亜紀子は確かに死んでいる。この事実が意味するところを、秋

紀は明確に察知していた。

 

「刹那……」

 黒崎刹那(女子7番)。マシンガンと毒ガスを所持していた山田太郎を完膚なきまでに叩き

伏せ、自分の前で何人ものクラスメイトを葬ってきた少女。自分が今探している、とても大切

な友人。

 亜紀子を殺害したのは刹那とみて間違いないだろう。詳しいことは分からないが、恐らく亜

紀子は太郎が持っていた毒ガス弾を撃ち込まれて殺された。そうでなければ何の外傷もなし

にここまでの血が残されるはずがない。

 

 秋紀は亜紀子の瞼を閉じさせてやり、そこでようやくあの高梨亜紀子が死んだのだと実感

した。

 舞原中学のことなら知らないことは無いと言われている少女で。

 彼女自身も「私に調べられないことなんてないわよ」と自負しており。

 頼まれればどんな人間の要求にも応じる情報を提供し。

 自分勝手で世渡り上手で、危険を回避する方法を――生き抜く術を熟知しているように思

えた。

 

 亜紀子本人の死体を前にしても、彼女が死んだということをまだ信じられない部分もある。

 強い弱いに関係なく、このクラスの中で一番死にそうにないと思っていたのが亜紀子だった

からだ。

 そういう意味では刹那もそうかもしれないが、亜紀子の場合は少し違う。どんなことをしてで

も生きてやるという生命力の強さ。すなわち”人間力”に限って言えば、クラスの中で亜紀子

に敵う人間はいないだろうと。

 

 そんな亜紀子でさえも、こうして物言わぬ屍となりその身を地面に横たえている。生き抜く力

に長けているとはいえ、現実はそう上手くいかないということなのか。

「まさかお前が死んじまうとはなぁ……」

 腰を屈め、亜紀子の右手の指を一本一本開いていく。

 彼女の右手には黒いオートマチック拳銃があった。H&K USPという名で、H&K Mk23

のベースとなった銃だ。

 

「お前が死んで俺がまだ生き残っているなんて、なんだかおかしな話だよな」

 自分は誰に向けて話しているんだろうと思う。亜紀子か、それとも自分の気持ちを言葉に

したいだけなのだろうか。

 あるいはその、両方か。

 

 初めて手にする実銃は重く、人を殺せる武器を持っているんだという実感を秋紀に与える。

「予備の弾はない、か……」

 デイパックを探してみたが、USPの予備弾丸はどこにも入っていなかった。もうすでに使い

切ってしまったのだろうか。

「――――ん?」

 亜紀子のデイパックの中を見ていた秋紀は、一番下の方に小さな紙でできたものがあるの

を発見した。

 その紙を手にとって見てみる。組み立て式の家具に説明書として入っていそうな紙で、大き

な文字で『探知機取扱説明書』と書いてあった。

 

「探知機……?」

 秋紀は説明書を読み始める。そこには生徒の位置や殺害数など、このプログラムを有利

に運べる機能がいくつも搭載している機械の説明書きが記されていた。秋紀はデイパックの

中身を路上に出してみるが、探知機らしきものの姿は見当たらない。亜紀子の私物が入っ

てあるバッグの中身も全部外に出して確認してみたが、肝心の探知機がどこにも入っていな

かった。

 ――なくしたってことはないだろうし。

 あの亜紀子がこんなにオイシイ武器をなくしてしまうなんて愚行を犯すわけがない。そう思っ

た秋紀は亜紀子の死体に目を向け、失礼とは思いつつ彼女の身体を探り始めた。

 

 亜紀子の制服のポケットから出てきたのは、携帯電話を少し大きくしたような機械だった。

どうやらこれが説明書の本体である『探知機』らしい。秋紀は説明書を片手に機械を操作し、

数ある機能の中から全生徒の現在地表示を選択した。

 液晶画面に表示されていた画面が切り替わり、島の形をした映像が浮かび上がる。自分が

今いる島、沙更島の地図だ。その上に無数に表示されている1から19までの数字。どうやら

これは名簿番号を意味しているらしい。Mが男子で、Fが女子ということになるようだ。

 説明書によると、生存者は青い色で表示され、死亡者は赤い色で表示されると書かれてい

た。ということは、つまり――。

 

「おい……嘘だろ」

 画面に表示されている青い文字は全部で四つ。M−1、M−19、F−7、F−17。それ以

外は全部赤い色になっていた。

 

 まさか、と思った。前回の放送ではまだ十人の生存者がいたはずだ。それがほんの四時間

足らずでここまで減ってしまうなんて。

 秋紀は操作を続け、現在生き残っている自分以外の三人の個人情報を引き出した。浅川

悠介(男子1番)つぐみは一緒に行動しているらしい。二人とも殺害数が付いており、特に

悠介がやる気であることは明らかだった。

 

 残る一人、黒崎刹那にいたっては確認するまでもない。彼女は完全にやる気になっている。

その証拠に、彼女の殺害人数は十人と生き残っているメンバーの中では飛びぬけていた。

 気づいたときにはもう、秋紀はその場から歩き出していた。

 

 刹那に会わなければ、と思った。

 会って、彼女と話をしなければいけない。

 公園で言ったことを謝りたかった。もうこれ以上誰かを殺すのはやめてくれと言いたかった。

 

 玲子や浩介と一緒に、楽しい学校生活を送ってきた刹那の手が血で赤く染まる光景。

 生き残るだけを優先し、他の感情を全て押し殺して鬼になろうとしている刹那の姿。

 そんなものは見たくないし、見ていたくなかった。

 そして何よりも――自分がいつ死んでしまうのか分からないのであれば。

 このまま二度と刹那に会えなくなってしまう。秋紀にはそれが耐えられなかった。

 

 これから向うことになる場所は、恐らく想像を絶する死地になることだろう。

 だが秋紀に臆した様子は見られない。堂々と、悠然と、強い意志と使命感を感じさせる眼差

しを浮かべ、このプログラムのフィナーレを飾る殺戮の舞台に向けその足を踏み出した。

 

【残り4人】

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――終盤戦終了――



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