終盤戦:83





 正午の放送が流れてからは初めてとなる銃声が森の中に響いた。魔物の咆哮のようなその

銃声に木々は揺れ、大気は震える。迫り来る散弾の恐怖から逃れるため、朝倉真琴(女子1

番)はその身を樹木の陰に隠した。

 銃声と同時に、真琴が隠れていた木の一部が無理矢理手で引き千切ったかのように大きく

吹き飛んだ。思わず身をすくめる真琴。木の陰からそっと顔を覗かせると、ショットガンを手に

した中村和樹(男子11番)が狂声を上げながらこちらに駆け寄ってくるのが確認できた。

 

 このまま隠れていたらどのみち殺されてしまう。真琴はくるりと踵を返し、来た道を引き返して

いった。自分の身体が木の陰に隠れるようできるだけジグザグに動きながら、自分を追ってき

ている和樹に向けワルサーの銃弾を撃ち込む。銃を撃ったときの衝撃は予想以上に大きく、

真琴は腕に伝わってくる反動で体勢を崩しかけたが何とか体勢を保ってそのまま走り続けた。

 

 時折後ろを確認しながら、真琴は森の中を縦横無尽に駆け巡る。このまま来た道を引き返し

ていったら、牧村千里(女子14番)たちが隠れている病院に和樹を連れて行くことになってしま

う。千里たちは銃を持った相手と戦えるような武器を持っていない。何とかここで自分が和樹を

倒さなければ、千里たちにまで被害が及んでしまうのだ。

 

 それに、真琴はここで逃げるわけにはいかなかった。ここで逃げてしまえば、自分が今ここに

いる意味が失われてしまう。自分の信念と決意を自分で否定してしまうことになる。

 真琴は敵討ちをするためにここにいる。人を殺すために、やる気のクラスメイトを葬り去るた

めにここにいる。逃走は何も生み出さない。それをすればここに出てきた意味がない。

 

 自分は戦うためにここにいるんだ。目を逸らすな、覚悟を決めろ、腹を括れ!

 

「ちょこまかと逃げてんじゃねーよコラァ! てめえはゴキブリかってんだこのクソ野郎! やる

ことなすこといちいちムカツクんだよ! ははっ、あははははは! 殺す。殺す殺す殺す!!」

 背後から響く哄笑と怒声、そして轟音。

 低いくぐもった音とともに、真琴の足元近くにあった雑草が土ごとごっそり吹き飛ばされた。

宙に撒かれた土が茶色い霧のように空間に漂う。

 真琴は近くにあった手頃な木に身を隠し、ほとんど間を開けずに和樹に向けてワルサーの引

き金を絞った。和樹はポンプアクションをしている真っ最中で、回避行動へ移るのに一瞬だけ

遅れが生じた。

 和樹の左肩付近に赤い血飛沫が舞い上がるのが、真琴の目からでも確認できた。

 

「うあ、あああっああああ!! 痛い、痛い痛い痛い痛いぃぃぃいいい!! やりやがったな、

てめえよくもやりやがったな! 許さねえ! ちくしょう、痛ぇよ、血が出てやがる! ひひ、ひゃ

はははっ! 血が、血が痛い血が痛い血だ血だ血だ血だ血だぁあああああ!」

 ショットガンは当たれば一撃で人の命を奪えるほど殺傷能力が高い。一撃必殺の威力を持っ

ているからこそ、撃った後の反動と隙は拳銃よりもずっと大きい。銃弾が当たったのが腹部や

頭ではなくても、肩に当たれば今まで通りショットガンを撃つことが困難になるはずである。

 

 真琴の考えは正解だったようで、ショットガンを撃ってきた和樹はその反動に耐えることがで

きず大きく体勢を崩していた。肝心の散弾も真琴がいる場所からは大きく外れた場所に着弾

した。

 その間も真琴はワルサーの引き金を引き続ける。銃を撃った経験なんかないので思うように

弾が当たらないが、そのうちの二発ほどは和樹の身体に掠って怪我を負わせていた。

 

「あっはははははははは! 痛え、痛えぞこんちくしょう! てめえそこで待ってろじっとしてろ

動くな動くな動くな! 今すぐ死なせてやるぶっ殺してやる!」

 そんなことを言われて待つ人間はいない。真琴は素早くその場から離脱し、先程と同じように

森の中をジグザグに移動していった。舗装された道路に出るときは近くに隠れるような遮蔽物

が無いので一気に駆け抜け、木の陰や茂みに身を隠しながらワルサーを撃つ。

 冷静な戦い方をする真琴とは反対に、和樹は勢いに任せショットガンを乱射していた。真琴

だけに反応して攻撃するその様はまるで自動人形のようでもある。先程真琴に撃たれた傷は

そのままだというのに、和樹はそれをものともせずショットガンを撃っていた。ショットガンを撃

った時の反動で、肩の傷口から血が噴き出している。

 

 和樹が狂っているということはもはや誰の目から見ても明らかだった。『殺す』という単語を

当然のように口にし、クラスメイトに銃を向け、銃弾を受けても笑っているその姿は真琴の記

憶にある中村和樹の人物像から大きくかけ離れている。一体何が彼をこうしてしまったのか。

考えても仕方がないことだが、考えずにはいられなかった。

 

 真琴は木の陰に身を潜め、半身を出して狙撃の体勢をとる。己の命を顧みない特攻攻撃は

確かに厄介だが、冷静に対処すればそれほど怖いものでもない。暴走した闘牛が前にしか突

進しないのと同じように、対処する方法はいくらでもある。

 ワルサーの銃口と和樹の頭が直線上に重なった。あとは引き金を引くだけ。綾香を殺した犯

人が和樹だったら、自分の敵討ちはこれで幕を閉じる。違ったらまた誰かを見つけて同じこと

を繰り返せばいい。

 本当なら和樹から情報を聞き出すのが得策なんだろうけど、肝心の本人があの状態では話

が聞けるとは思えない。真琴は正確に狙いをつけ、ためらうことなく引き金を――。

 

 引いた瞬間、和樹が真横に跳躍した。

 

「――――!?」

 真琴がそれを認識して驚愕したのは、ワルサーから放たれた銃弾が先程まで和樹の身体が

あった部分を通過し、後ろにあった細い木に小さい穴が穿たれたときだった。

 異常、としか言いようがなかった。和樹は先程まるで猫のような動きで真横にジャンプした。

危機的状況に立たされた人間が咄嗟の判断であんなことをするだろうか。

 

 そこまで考えて、真琴はある可能性に行き着いた。

 考えているのではなく、彼の身体が勝手に動いているのだと。

 反射的に攻撃を回避し、自動的に目標を攻撃する。『殺人』という単純な命令を全力でこなす

その姿はもはや人間ではない。獣か、はたまた機械か。

 

 結果として和樹のその行動は真琴に大きな隙を与えた。彼女が再度狙いを付けるよりも早く

着地した和樹は片手でウィンチェスターを持ち上げ、真琴に向けて散弾を放っていた。

 直撃こそまぬがれたものの、広範囲にばら撒かれた散弾のいくつかは真琴の脇腹に命中し

ていた。焼けるような感覚、味わったことのない強烈な痛み。真琴は話の通じない敵と戦って

いるということも忘れ、傷口を押さえてその場にうずくまった。

 

 恐怖が復讐心を塗りつぶし、戦意を失わせていく。

 死にたくない。仇を討つのは大切なことだけど、それ以上に死ぬのだけは嫌だった。

 頭を上げてワルサーを連射する。ドンドンドン、と立て続けに轟く銃声、自分自身に跳ね返っ

てくる反動。撃っている最中に「ぎゃあっ」という和樹の声が聞こえた。相手の姿を見ないで適

当に撃っていたが、どうやらそのうちの一発が当たったらしい。下手な鉄砲もなんとやら、だ。

 

 真琴は痛みを堪えてその場から逃げ出した。ワルサーの中の銃弾は全て撃ち尽くし、今は

何もできない状態である。今ここで慣れていないマガジン交換を行ったら確実に殺される。

 ここはひとまず逃げて、体勢を立て直してからどこかで彼を待ち伏せしよう。流れ出る血の

温かさを感じながら、真琴は懸命に森の奥へと走っていった。

 

【残り9人】

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