終盤戦:78





 頭上から流れる放送は、耳に入ってこなかった。

 連ねられる死亡者の名前も、数を増していく禁止エリアも全てがどうでもよかった。

 その中に高橋浩介と霧生玲子の名前があったということですらどうでもよかった。

聞く必要がなかった。そんなことは聞かなくても分かっていた。

 

 誰もいない公園の中で、太陽の日差しを全身に受けながら、浩介と玲子は死んで

いた。血溜まり中で、二人は折り重なるようにして死んでいた。

 全身から血が流れている浩介は、どこか満足そうな顔で天を仰いでいた。そこに

苦痛は浮かんでいない。冷たい無表情の中に少しだけ浮かび上がっている達成感。

 その上に重なっている玲子は、ぐちゃぐちゃだった。

 

 高いところから落として割れてしまったスイカのように、彼女の後頭部は大きく爆砕

していた。血と肉片と脳漿が辺り一面にぶちまけられ、砕かれた頭蓋骨の中身は今

にも零れ落ちそうになっている。両腕がばっくりと千切れかけており、抉り取ったかの

ような大きな傷が全身に刻み付けられていた。瞳孔は開き切っており、その表情は

恐怖と悲壮が同居している無残で凄惨なものだった。生前の面影がまるでない、肉

食獣に食い散らかされたような死体。

 

 霧生玲子は殺されていた。ここまでする必要があるのかというくらいに、殺し尽くさ

れていた。

 

「は……はははっ」

 無機質で何も宿していない、ただ『声』としての最低限の機能しかないような音が

吉川秋紀(男子19番)の口から漏れる。

「何だよ……おい、何やってんだよ、二人とも」

 動悸が激しい。まともに呼吸ができなくなる。心臓が冷たい。全身が自分のもので

はないようだ。

 

「冗談よせって……全然笑えねえよ、それ。なあ、浩介……聞いてんだろ? 玲子、

お前も黙ってねえで何とか言えよ……」

 ぎこちない足取りで二人の側に行き、うつ伏せに倒れている玲子の身体を抱きか

かえる。

「おい、玲子……何とか言えって、どうしちまったんだよ……おい、玲子っ!」

 揺すった衝撃で玲子の頭ががくんと傾き、露になっていた脳がずるりと音を立て地

面に零れ落ちた。

 

「あ……あああああああああああああああああっ!!」

 玲子が死んだ。浩介が死んだ。

 目の前が回る。世界が回る。何だそれ? という自問が頭の中でぐるぐると渦を巻

く。意識も身体も人格も神経も全てがどうにかなってしまいそうだった。狂う、というの

はこういうことを言うんだろうか。

 

 蝕まれ、汚染され、狂っていく。自分が自分ではなくなっていく感覚。もうどうにでも

なってしまえ。全部どうでもいい。絶望と自暴自棄が精神の破綻に拍車をかける。

 そんな秋紀を現実に引き戻したのは、肩に乗せられた手の感触。

 振り向いた先にいる黒崎刹那(女子7番)が、涙を堪えているような悲痛な顔をして

いた。

 

「……大丈夫?」

 きっとどうかしていたのだろう。

 自分を気遣うために言ってくれたその言葉が、なぜかひどく癇に障った。

 秋紀は刹那の手を払いのけ、

「大丈夫なわけねえだろ!」

 意識せずに怒鳴っていた。

 

「玲子が……浩介が死んでんだぞ! 殺されたんだ! なのに大丈夫なわけねえだ

ろ! この状況で平静でいられるほうがどうかしている!」

 八つ当たりだった。溜め込んでいたものをぶつけられればそれでよかった。刹那の

気持ちなど考えず、彼女がどんな様子をしているかなど歯牙にもかけず、秋紀は衝

動の赴くまま言葉を浴びせかける。

 

「何でだよ……何でこいつらが死ななきゃいけねえんだよ。玲子も浩介も良い奴だっ

た。俺の友達だったんだ。なのに何でこんな……ちくしょう、二人が何かやったって

のか? 殺されるようなことをしたのかよ! もう嫌だ、わけ分かんねえよ! 何が

プログラムだくそったれ! 俺たちがこんなことする必要あるか? ねえだろうが!

もう嫌なんだよ! 殺すのも、殺されるのも、誰かが死ぬところを見るのも死んだの

を知るのもたくさんだ!」

 秋紀は乱暴に刹那の胸倉を掴んだ。涙を流しながら、嗚咽の混じった絶叫を大切

な友人にぶつける。何も考えず、何も思わず、ただ本能のなすままに。

「だいたい刹那、お前だって同じだろうが! 山田を殺して、伊藤を殺して、次は誰を

殺すんだよ。このプログラムが終わるまでか? 俺とお前だけになったらどうせ俺の

ことを殺すんだろ! お前も玲子や浩介を殺した奴と同じ、ただの人殺しだ!」

 

 刹那の顔が、傍から見ていても分かるぐらい悲しさに歪んだ。

 言ってから、秋紀は「あ」と思う。

 しかしもう遅い。言葉は放たれてしまった。言葉は時として鋭い刃物になる。その言

葉の通り、刹那の心は深く傷つけられてしまった。

 その気持ちを必死に表に出さないようにしているが、秋紀を見つめる彼女の瞳に

は薄っすらと涙が浮かんでいる。

 

「それが……君の本音なんだね」

「違う! 今のはそうじゃなくて、俺も自棄になっていたっていうか、だから――」

「いいよ、無理しなくても。今ので覚悟が決まったから」

 刹那は小さな声でそう言うと、踵を返し公園の出口に向かって歩き始める。

「プログラムから生きて帰れるのは一人だけなんだ。それだったら最初からチームな

んて組まなかったほうがよかったのかもしれない」

「どこ行くんだよ……おい、刹那!」

 その声に彼女は足を止め、くるりと振り向いて一言。

 

「今までありがとう。――さようなら」

 

 

 

 

 

 そして、公園には誰もいなくなった。

「は……はははっ、はははははは!」

 秋紀は再び笑い出す。ただしそれは先程のものとは違い、ちゃんと意味の込めら

れた笑いだった。

 

 何をやっているんだ、と思う。

 友達が死んで、自棄になって八つ当たりをして、その結果こんなことになって。

 人の命も人との絆も同じだ。大切でかけがえがなくて、恐ろしいほど脆く儚いもの。

 もうどうしようもない。やってしまった。取り返しのつかないことをやってしまった。彼

女を傷つけてしまった。彼女を悲しませてしまった。

 

 どうしよう。どうすればいい? そんなことばかり頭に浮かび、離れて行く刹那に声

をかけることができなかった。

 みんな、いなくなった。大切な人はみんな離れていってしまった。

 所詮自分はこんなものか。くだらない人間に相応しい最低な末路だ。

 

「もういい……疲れた」

 秋紀は少し離れた場所にあるベンチに腰掛け、空を仰いで大きく息をつく。

「もう充分だろ……俺にしちゃよくやったほうだよ」

 そしてそのまま目をつむる。疲れが溜まっているから、ひょっとしたらこのまま眠っ

てしまうかもしれない。

 

 それもいいな、と思った。浩介と玲子は死んで、刹那は自分のせいで離れて、この

状況を招いたのは自分の責任だ。自業自得。だったらいっそ、このまま死んでしまっ

てもいいかもしれない。

「死ぬ、か……」

 死んでしまったら、浩介と玲子に会うことができるのだろうか。暗闇の中、秋紀はそ

んなことを考えていた。

 

【残り10人】

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