終盤戦:77





 三十七という数の人生、その終着点が集約するこの島で繰り広げられる物語もクライマック

スにさしかかろうとしていた。

 全ての物事には終わりが訪れるように、終わりを生むこの物語にも閉幕のときは訪れる。

 終わりのとき――つまり、別れのときが。

 時間は十二時ジャスト。島中に設置されたスピーカーから、金属的な歪みがかかった村崎

薫の声が聞こえてきた。

 

『はい、お昼になったんで放送を始めるよ。この放送でプログラムが始まってちょうど一日が

経過しました。勝負はここからなんで気を緩めないように気をつけな』

 その声で名簿と地図を広げていた手がぴたりと止まる。

「どうかしたのか?」

 それで何かを感じ取ったのか、目の前にいる浅川悠介(男子1番)が声をかけてきた。

「ん、何でもない。やっと一日が過ぎたんだなって……そう思っただけ」

 手にしたペンをくるくると器用に回しながら、雪姫つぐみ(女子17番)はシニカルに笑う。

 

 そう、今この瞬間を持ってプログラムから丸一日が経過したのだ。

 昨日の今、自分たちはこの島へと放り出された。

 一日で半分以上のクラスメイトを失った。その何割かは、自分たちが殺した。

 ”やっと”なのか、”ようやく”なのか。

 長いようで短い、悪夢のような一日だった。

 しかし、それはまだ続いている。覚めない夢なんてありはしないけど、自分たちはまだ悪夢

を見続けている。

 

「それより悠介くん、左手動かせそう?」

「いや……さっきから試してるんだけど、完全に持ち上げようとするのは無理みたいだな。少

しぐらいなら動かせるんだけど、今も結構痛いし」

 悠介の左腕はタオルでぐるぐる巻きになっている。高橋浩介と戦ったときに受けた傷に加

え、今まで無理をしてきたために長月美智子に刺された肩の傷が再び開いてしまったのだ。

戦いの後ですぐに止血処理を施したのが幸いしたのか、敗血症とか失血による死亡の恐れ

などは起きなかった。それでも包帯がなかったため代わりにタオルを使用した簡単な処置な

ので、これから油断するわけにはいかなかったが。

 

 そんなわけで悠介が片腕を動かせないため、つぐみが悠介の分まで死亡者と禁止エリア

のメモをとることになった。

 悠介のとの会話はそれくらいにして、つぐみは頭上から流れる放送に神経を集中させる。

『まずこの六時間の間に死んだ生徒の名前から。女子8番、佐藤美咲。男子13番、橋本恵

一、男子10番、高橋浩介。女子15番、緑川優。男子8番、斉藤修太郎。女子5番、木村綾

香、以上で……おっと、忘れてた。ついさっき一人死んだんだっけ。えーっと……女子6番の

霧生玲子。以上の七名』

 

 名簿にチェックを入れるつぐみの手がぴたりと止まった。

 顔を上げて悠介の方を見る。彼も同じ感情を抱いているのか、驚きとも動揺とも取れる表

情を浮かべこちらに目を向けていた。

「今……霧生の名前呼ばれていたよな」

「うん。玲子ちゃん、私たちが行った後もあそこに残っていたよね。高橋くんの側にいたいって

思って……そこを誰かに襲われたのかな」

「かもな。どっちにしろあまりいい気はしないよ」

 

 いい気はしない。率先して人を殺している悠介にしては珍しい言葉だったが、つぐみにはそ

の気持ちが何となく理解できる。直接手を下したのならまだ割り切れるのだが、それなりに関

わった人物がどこか知らないところで殺されたというのは非常に後味が悪い。それがつい先

程出会い、別れた人物だとなおさらだ。

 やりきれない気持ちを抱きながらも、つぐみは続いて放送される禁止エリアをチェックして

いく。

 

『一時からB−8エリア。三時からE−8エリア。最後に五時からG−2エリア。この調子でいけ

ば今日中に決着がつきそうだね。それじゃみんな、がんばりな』

 放送はそこで終了し、つぐみは禁止エリアのチェックを終えた。地図を持って場所を動き、

今しがた放送された禁止エリアの説明をするために悠介の隣に移動する。

「はいこれ、悠介くんの分」

「ありがと。…………今俺たちがいるエリアとはほとんど関係ないな」

「だね。今呼ばれた三つとも端っこのほうだし」

 

 つぐみは地図から視線を外し、線の引かれたクラス名簿に目を落とす。

「もう残り十人なんだね」

「このままいけば……夜には終わっていそうだな

「うん」

 うなずいたつぐみが溜息にも似た息をつき、目を伏せる。

「どうすればいいのかな」

「えっ?」

「このまま行けばさ、たぶん最終的に私と悠介くんが残るでしょ? そのときになったらどうす

ればいいのかなって思ってさ」

 

 プログラムが始まったときからずっと思っていた。自分と彼が最後の二人になったらどうす

るのか。

 優勝者は一人というプログラム、それを勝ち進めばいつかは直面する問題だ。

 自分の命を優先するか、最愛の人の命を優先するか。

 どちらも選べない。選べるわけがない。

 

「どうすればいいのかな……本当、難しい問題だよね」

 無理矢理明るく振舞おうとしているが、彼女の声は小さな、か細い声だった。

 言葉が漏れるのと同時に、心の中にずっと溜めておいた不安が一気に広がっていく。

 常に明るく、元気に振舞っていたつぐみ。弱音は吐かないようにしようと決めていた。弱音

を吐けば自分だけでなく、彼も不安にさせてしまうから。

 だからつぐみは弱音を表に出さず、ずっと心の奥にしまいこんでいた。好きな人の前では

笑顔でいたかった。

 でも、もう限界だった。

 

「分かんないよ……どうすればいいのか本当に分かんないよ。私死にたくないけど、悠介くん

にだって死んでほしくない……。どっちを選んでも、私たちもう会えないんでしょ? そんなの、

どっちかなんて選べるわけないよ……」

 言葉とともに、つぐみの目から涙が溢れた。

 悠介はつぐみに声をかけることができなかった。いつも本当に楽しそうな笑顔を見せてくれ

るつぐみ。そんな彼女が人前で涙を零すなんて滅多になかったし、それ以上につぐみが弱気

な発言をしているということに戸惑っていた。

 

 そして悠介は気付く。彼女は弱い部分がないのではなく、誰かを不安にさせないようにずっ

と隠してきたのだと。心の奥に溜め込むことにより、ずっと無理をしてきたのだと。

「…………」

 悠介は締め付けられるような痛みを胸に覚える。自分は彼女に何も言えないのか。彼女の

力になってやることができないのか。今まで彼女に助けてもらってきて、肝心なときに役に立

てないのか。不甲斐なさと自分への憤りが募り、そして――。

 

 悠介はつぐみの身体を自分の腕で包み込んだ。わずかにしか動かない左腕も痛みを堪え

て無理矢理動かし、彼女を守るように抱きすくめる。

「そういえばさ、お前がこうやって弱音を言ったりするのってあまりなかったよな」

 その体勢のまま、悠介は話を続ける。

「俺が言うのも説得力ないけど……辛かったら無理すんな。泣きたいときに泣かなくても、どこ

かで泣いておかないと壊れちまうぞ」

 つぐみは黙ったまま、悠介の胸に顔を埋める。

「そのときが来るのは俺も怖いけど……それはまたそのときに考えよう。だからそれまではさ、

いつもみたいに笑って楽しくやっていこうぜ。最後の最後まで暗い感じでやっていくのは嫌だ

し」

 

 下手かもしれないけど、悠介は自分なりに自分の気持ちを精一杯伝えた。

 自分は何度もつぐみに助けてもらった。言葉では言い表せないほど感謝している。

 今度は自分がつぐみを助けることができるかもしれない。それがどこか嬉しかった。

 つぐみは濡れた瞼を擦り、嗚咽混じりの声で呟く。

「……なんか、意外」

「え?」

「悠介くんがそういうこと言うの。誰かを元気付けたり励ましたりするの苦手かなって思ってた

から」

 つぐみが悠介の前にその表情を見せる。そこにもう陰りはなく、真っ直ぐな瞳が悠介を見つ

めていた。

「でも……嬉しかった。ありがと」

 悠介の腕の中で礼を言うつぐみの表情は、まるで黒い霧が晴れたかのように澄んだものだ

った。先に待つ不安を断ち切り、彼とともに精一杯今を生きることを決意した顔。

 

 柔らかい日差しに照らされたつぐみの顔は今まで見たどんな表情よりも美しく、悠介は心臓

が高鳴るのを感じた。

「どういたしまして」

 照れ隠しの意味も込めてそう言いながら、悠介はつぐみの髪を優しく撫でた。

 

霧生玲子(女子6番)死亡

【残り10人】

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