終盤戦:70





 ――よく考えてみれば私も結構命知らずよね。

 だんだんと小さくなっていく浅川悠介(男子1番)雪姫つぐみ(女子17番)の姿を見

ながら、高梨亜紀子(女子10番)はそんなことを考えた。

 

 情報を駆使している以上、ある程度の危険へ足を踏み入れなければいけないことは

今更考える必要がないくらい理解している。そう、亜紀子にとって『情報』と『危険』は常

に隣り合わせの存在だったのだ。

 ただこのプログラムにおいては、その危険のレベルが桁外れに跳ね上がっている。

自分の取ってきた行動を思い返してみて、亜紀子は「いつ死んでもおかしくないわね」

と他人事のように感心する。

 

 実際、自分は山田太郎(男子18番)に交渉を持ちかけたとき下手をしたら死んでい

たのかもしれなかった。彼の性格やプログラムでの戦績から推測するに、交渉に持ち

込む前に撃たれていた可能性のほうが大きいように思える。

 今回のことだってそうだ。見ていて分かったが、悠介は終始自分を殺そうとしていた。

彼が単独行動をしていたら――隣につぐみがいなかったら亜紀子は今こうしてこの場

に立っていることはなかったのかもしれない。それを考えると鳥肌が立つ。

 

 ――でも、止められないのよね。

 

「……うふふふっ」

 口元を手で隠し、くすくすと人をからかっているかのような笑いを漏らす。

 仇を討つために悠介に挑み、その結果殺されてしまった長月美智子。

 友達を信じて島中を駆け回り、つい先程発狂してしまった中村和樹(男子11番)

 黒崎刹那(女子7番)と巡り合い、公民館の死闘で無残に散った山田太郎。

 そして今、再び危険に晒されている高橋浩介(男子10番)霧生玲子(女子6番)

 

 みんな、私が原因を作った。

 私の与えた情報で彼らの人生は変わってしまった。

 ゆっくりと、しかし取り返しのつかないほどに。

 それを全部、私が。

 私が、たくさんの人間の命を操り、左右した。

 

 ――傑作だ。

 

 これを傑作と言わずなんと言うのか。

 人間の人生はこうも簡単に狂ってしまう。

 少し進行方向をずらしただけで、こうも簡単に。

 

「あはっ、あははははははは!」

 堪えきれなくなり、亜紀子は腹を抱えて笑い出す。

 肩が震え、目には涙が滲んでいる。

 プログラム中ということで声を抑えて笑っているが、それも次第にどうでもよくなって

きた。

 

 私の手の平にいるというのに、馬鹿みたいに必死で踊っている他のクラスメイトたち。

 私が背中を押してやったのに、それを自分で選んだことのように勘違いしている他の

クラスメイトたち。

 それを見るのは最高に面白い。

 漫画、テレビ、映画、ゲーム、ギャンブル、この世のどんな娯楽よりも圧倒的な愉悦と

快感。他の何よりも変えがたいこの征服感。

 

 やはり”これ”は最高だ。

 

 他人の運命を左右するほど面白いことはない。死と隣り合わせの危険を代価にする

だけの価値はある。

 私はこのプログラムで――いや、ここから生きて帰ってそれから先もずっと支配者と

して生きていく。

 みんな、私の前にひれ伏していくんだ。

 

 大きな力を手に入れると、人はその力に溺れるようになる。

 それは亜紀子も同様だった。普段からその兆候はあったのかもしれないが、彼女は

次第に「全ては自分の思い通りになる」と思い込むようになっていた。元来亜紀子は物

事を成功させるためなら努力や労力を惜しまないタイプなので、「やる」と決めたことで

失敗してしまった例は極めて少ない。それが捻じ曲がり、ここまでの傲慢さを持つよう

にまでなってしまったのである。

 

 大きな力は人を堕落させる。

 度重なる成功は大きな落とし穴を作ることになる。

 亜紀子はそれを知らない。極端に失敗が少ない人生を歩んできた亜紀子は、失敗

することの怖さを分かっていない。

 亜紀子は今他人の行動を操って間接的に人数を減らしている。自身には最小限の

被害しかないこの作戦にも、彼女の命を脅かす大きな落とし穴があっても何もおかしく

はない。

 

 亜紀子は有頂天になっていた。より高い場所にしか目が向けられていなかった。

 そして高みを目指すものは、自然と足元がおろそかになる。

 今の亜紀子はかつてと違い、自分へ訪れる『危機』を充分に視野に入れて作戦を立

てようとしていなかった。

 これは狡猾で思慮深い彼女にしてみれば考えられないことである。

 一つの失敗が死に繋がりかねないプログラムなら、それはなおさらだ。

 

 哄笑の余韻も醒めないまま、亜紀子は自分の生命線である高性能探知機を取り出し

た。手馴れた手つきで操作して、この周辺にいる人間の状況を映し出す。

「あの二人は……っと、いたいた。ちゃんと浩介くんたちのところに向かっているみたい

ね」

 正確な進路とは言い難いが、それでもこのまま進めばあの二人が浩介たちと遭遇す

ることは確定的だろう。その時のことを想像し、亜紀子は再びくすくすと笑い始める。

 まだここに来ていない他の生存者たちは何をしているのだろうか? 気になった亜紀

子は画面を生徒全員の現在位置が分かる全体表示を選択する。

 

 すぐさま画面が切り替わり、沙更島の全域図が表示された。生存者を示す青い文字

と赤い文字が画面狭しと映っている。

「ふーん……やっぱり全員動くってわけにはいかないか」

 M−17、F−1、F−9、F−14の四つはG-2エリアにある病院から動こうとしない。

まあ森一郎(男子17番)朝倉真琴(女子1番)牧村千里(女子14番)という冷静な

メンバーが揃っているのだから、それも当然といえば当然か。

 

 そこから少し離れた場所では斉藤修太郎(男子8番)木村綾香(女子5番)緑川優

(女子15番)の反応がある。これはつい先程まで千里らと同じ病院にいたメンバーだ。

三名が三名とも分かりやすい性格だから、たぶんつぐみの呼びかけに反応したのだろ

う。ただこの場所から動いていないのが気になるところだ。小学校までもう少しだとい

うのになぜ進もうとしないのだろうか?

 

 ――盗聴機能でも付いていればいいのに。

 嘆いていても仕方がなかった。動いていないのだから、たぶん作戦を立てているか

口論にでもなっているのだろう。

 

 最後に亜紀子はE−3エリアを進んでいる二つの反応に注目する。M−19と、F−7

の数字がこちらに向かっていた。

 確かめるまでもない。黒崎刹那と吉川秋紀(男子19番)だ。銃を所持した相手に素手

同然で圧勝したその姿は、亜紀子の網膜に深く刻み込まれている。

 武器や腕力や運動能力や反射神経や判断力や躊躇などの問題ではない。自分たち

とは次元の違う存在。

 

 私の『操作力』は刹那に通用するのだろうか? 学力の高さで有名な舞原中学におい

て史上最高の頭脳を持つと言われている黒崎刹那を相手にして。

 わずかでも彼女を誘導、操作することは非常に難しく、成功率の少ないことかもしれ

ない。しかし、だからといって”どうしようもない”というわけではなかった。いくらずば抜

けた強さを持つといっても刹那だって一人の人間だ。完全無敵、絶対に油断も不注意

もしないというわけではないだろう。

 

 つまり自分の情報によって誰かを操作し、刹那と相対させて彼女に致命傷か重傷を

負わせればいいのだ。疲労しきって注意力が散漫になっているところを背後から銃で

撃てばいい。傷が深ければそのまま失血死を待つというのも手だ。

 とにかく――このプログラムを優勝するにあたって一番の壁となるのが刹那であるこ

とは間違いない。その彼女を倒すためには、刹那にも負けない戦力を持った人間を彼

女と戦わせる必要があった。

 

 今のところ刹那レベルの戦力を持っているのは悠介とつぐみ、それと発狂してしまっ

た和樹の三人か。このメンバーなら彼女を倒せなくても、いいところまで追い込んでくれ

るはずである。

 これでプログラム後半の行動指針は決定した。刹那に生き残っている人間を次から

次へとぶつけていき、残り人数を減らしつつ隙があれば刹那を仕留める。実に分かり

やすく、やりやすい作戦だ。

 

 と、それまで反応がなかった『とある表示』が突然小学校に向かって動き始めた。そ

の三つのまとまりは離れることなく、今自分が立っているこの場所を目指し近づいてき

ている。

「どうやらトップバッターが決まったみたいね」

 亜紀子は芝居がかった動きで身を翻し、先程まで自分が隠れていた教室の一つへ

戻っていく。

 窓から見えない位置にある席に座り、亜紀子は実に楽しそうな顔で探知機の画面を

見つめた。

 画面の中では、綾香たちの反応と刹那たちの反応がほとんど同時に小学校のある

エリアに入った。

 

【残り15人】

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