序盤戦7




 名前を呼ばれ廊下に出た雪姫つぐみ(女子17番)は、いつもより少し速めに

廊下を歩いていく。廊下の窓には教室と同じように鉄板が打ち付けられていて、

昼間だというのに夕方のような薄暗さだった。

 玄関へ行くまでにはいくつもの教室があり、その前では選手防衛軍の兵士が

アサルトライフルを構え立っている。兵士は一様に表情が無く、これから始まる

殺し合いに何の感慨も抱いていないようだった。

 階段の手前の教室には、パソコンを始めとする様々な機械が並んでいた。恐

らくここで禁止エリアや首輪の操作をするのだろう。

 

 

 校舎の外に出ると、太陽の光に照らされた地面が広がっていた。校門の先に

はいくつかのコンクリート道が伸びている。もとから自然が多い島なのか、周りに

は高木低木問わずに多種多様な樹があった。弱い風に乗って潮の香りもする。

 ――いい天気だなぁ。

 血の臭いが充満していた教室にいた反動からか、つぐみは大きく息を吸って新

鮮な空気を肺に送り込む。体中に心地のよい清涼感が溢れた。

 つぐみのように、プログラムという地獄のような環境に放り出されても平静を保

っていられる人間は珍しい。間近に迫る死に対して怯えるか、これからどう行動

するのか必死になって考える生徒がほとんどだ。

 無論、この状況に対してまったく緊張していないほど図太い精神を持っている

わけではない。誰だって死ぬのは嫌だ。緊張ぐらいする。

 ただ彼女は、他人よりも物事を簡単に捉えているだけだ。怖がったってどうしよ

うもない。ならいつも通りにやっていこう。という風に。

 つぐみは単純で分かりやすい思考をしている。だからこそ、常に平常通りの力

が出せるのだ。それに元来の前向きな性格が合わさって、プログラムにおいて

いい方向に働いているというわけだ。

 

 

 しかし、気の抜きすぎというのもよくはない。適度に緊張、適度にリラックスして

いこう。

 とりあえず支給武器の確認と、この場所から離れる事が優先だ。受け渡された

デイパックを開けようとしたその時、聞き覚えのある声がつぐみの耳に届いた。

「つぐみ、私よ」

 校門の陰から姿をあらわしたのは、同じバスケ部に所属している村上沙耶華(

女子16番)だった。

 つぐみは彼女の元に駆け寄り、再開の挨拶を交わす。

「沙耶華。待っててくれたんだ」

「ええ。ちょっと待てばあなたが出てくるから、怖いけどここで待ってたの」

 待っていたということは、彼女は自分と合流するつもりなのだろう。ひとりでい

るよりも誰かといたほうが恐怖心は安らぎ、安心感が高まる。誰かに襲われた

時も、二人でいたほうが何かと有利だ。

「とりあえず、ここから離れましょう。誰かが戻ってきたら危ないし――」

 沙耶華は足早にこの場から離れようとしたが、動こうとしないつぐみを見て眉を

ひそめた。

「つぐみ?」

「ごめん。私、待っていないといけない人がいるから」

「待ってなければいけない人って……ちょっと本気なの? こう言うのもなんだけ

ど、あなたの後に出て来る人ってロクな奴がいないわよ」

 確かに沙耶華の言うとおりだった。自分勝手な奴、頑固な優等生、オタク、我が

ままなお嬢様、極めつけは不良ときている。偶然とはいえそうそうたるメンツだ。

 つぐみは真っ直ぐな瞳を向け、己の意思を明確に告げる。

「ごめん。沙耶華には悪いけど、どうしても合流したいから」

 

 

 沙耶華は即座に反論しようとして――喉から出かけた言葉を呑み込んだ。

 ――ああ、この眼だ。

 部活で苦難を共にした沙耶華だからこそ分かる。今のつぐみの眼は、どんな事

があっても自分の意思を押し通す眼だ。これのおかげで試合中にピンチに陥った

事も少なくはなかったが、沙耶華はつぐみのこの眼に弱かった。

「……分かったわよ。もう、好きにすれば」

 素っ気ない口調とは裏腹に、沙耶華の心は安堵感で満ちていた。自分以外の

全員が敵というプログラムにおいて、他人は基本的に信用できない。今まで仲の

良かった友達が、ひょっとしたら自分を殺す気になっているのではないか。

 その不安は、つぐみを前にして幾分和らいだ。つぐみはやる気になんてなって

いない。教室でふざけあっている時と同じ、いつもの彼女そのものだ。

 危険を承知で待っていてくれた沙耶華の誘いを断るのは気が引けるらしく、つ

ぐみはバツが悪そうに言う。

「悪いね。じゃあ、お言葉に甘えさせて――」

 

 パンッ。

 

 その音が鳴り響いた時、沙耶華の身体がぐらりと揺らいだ。

 沙耶華の腹部が弾け、赤い液体が飛び散る。先程の音を銃声だと認識すると

同時に、沙耶華はアスファルトの上に倒れ込んだ。

 沙耶華が撃たれた。つぐみはその事実を一瞬で理解すると、ほとんど無意識の

うちに振り向いていた。

 わずか十五メートルほど先に、拳銃を手にした後藤拓磨(男子7番)が顔を引き

つらせながら立っていた。

 

 【残り37人】

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