序盤戦6





  担当官の村崎はベレッタM8000クーガーを下ろし、ぐるっと教室を見渡した。ニノ宮譲二

 (男子12番)の命を奪ったその凶器からは、未だに白煙が昇っている。

 「さてと。じゃあそろそろ説明を始めようかね。あたしも殺しはしたくないから、あまり騒がない

 どくれよ」

 

  誰も、何も言わなかった。

  口を縫い付けられたかのように押し黙り、目の前で殺された譲二の死体を何か奇妙な物で

 も見るような目で見ていた。

  譲二の新鮮な血の臭いが教室に漂い始めていた。むせ返るような、強烈な鉄錆の臭い。

 「……ちょいとあんた。さっさと座っておくれよ。話ができないじゃないか」

  全員の目が、かたかた震えながら立っている望月晴信に向けられる。

 「譲二……」

  元々良くなかった晴信の顔は蒼白を通り越し、死後二日経った死体のようになっていた。

 幼い頃から病弱な自分を助け、支えてきてくれた親友が死んだ。目の前で起きた出来事と

 その結果を、彼は簡単に受け入れる事ができなかった。

  村崎はふう、とため息をつき、左手に握ったままのベレッタを再び持ち上げる。銃口が向

 かう先には、晴信の頭があった。

  引き金を引こうとした、まさにその瞬間――。

 「待ってください」

  という、こんな状況においても堂々とした声が響いた。村崎は少々うんざりとした様子

 で、声のしたほうを向く。

  空席となった譲二の席の前、中村和樹(男子11番)が手を挙げていた。

 

 「なに? あんたも何かあるのかい?」

  和樹は手を下し、軽くせきをついて言った。

 「こんな事していても、時間の無駄だと思います」

 「……何だって?」

 「だってそうじゃないですか。反抗する奴をいちいち相手にしていたら進むものも進みま

 せんよ。晴信はひとまず放っておいて、先に進むのが一番いいと思うんですけど」

  晴信の事などどうでもいいように聞こえるが、実のところはそうではない。和樹は村崎の注

 意を晴信から逸らすよう、わざとこんな事をいったのだ。クラスメイトの何人かは彼の意図を

 察したらしく、「俺もそう思います」といった同意の声を上げた。

 

  村崎は少し眉をひそめたが、和樹の案を受け入れたらしく銃を袖の中にしまった。晴信は周

 りの生徒たちになだめられ、半ば放心状態で席に座った。

 「――それじゃ、今度こそ説明をさせてもらうよ。一度しか言わないから、よく聞くように」

  

  村崎は生徒たちに向け、プログラムのルールを話し始めた。

  基本的なことは簡単で、クラスメイト同士最後の一人になるまで殺し合えばいいとの事。

 反則などはなく、各自が自由な行動をとっていいらしい。

  プログラムの実施会場となる場所――つまりこの場所だ――は、上越市沖に存在する

 『沙更島』(ささらじま)という場所らしい。住民には出て行ってもらったので、島にいるのは自

 分たちと政府の連中だけという事になる。

  電気、ガス、水道は停まっているらしく、電話で助けを呼ぶとかパソコンで知らせるといっ

 た方法も取れないらしい。海上にも見張りの巡視船がいるため、泳いで脱出(まあ、まず無

 理だろうが)も不可能。まさに鉄壁の防衛体勢だった。

  次に村崎は、簡単に描かれた島の地図を取り出して見せた。地図には縦横9本の線が

 引かれていて、左側にAからIまでのアルファベット、上には1から9までの数字が記されて

 あった。

 

  彼女の話によると、会場であるこの島は細かくエリア分けされているらしい。A−01とか、B

 −02という風に。

  なぜエリア分けをしなければいけないのか。それは生徒たちを一ヶ所に留まらせないための

 方法だった。

  プログラム中には、午前と午後の0時と6時に放送が入るらしい。その放送で死亡者と、禁止

 エリアというのが告げられるそうだ。

  禁止エリアというのは、生徒の侵入が禁止されたエリアの事である。それは時間が経つにつ

 れ増えていき、禁止エリアに入ると首輪に仕掛けられた毒薬が注入される。

  つまり禁止エリアに入るということは、死を意味するのだ。

  首輪の方にも抜かりはない。ちょっとやそっとの衝撃じゃ外れず、完全防水。特別な工具が

 ないと外せないように造られているらしい。もし無理に外そうとすれば、毒薬が注入される仕組

 みだ。

  腹立たしいことに、プログラムには時間制限も存在していた。24時間に渡って死者が出なか

 った場合、生存人数に関係なく全生徒の首輪が発動する。優勝者はなしということだ。

 

 「じゃあ一人ずつ、二分間隔で教室を出て行ってもらうよ。ここを出たら右の階段を下りて、

 そのまま右に真っ直ぐ行けば玄関が見えてくるから。あ、それと全員出発して20分後経つ

 とこの場所も禁止エリアになるからね。G-04エリアにある中学校。覚えときなよ」

  ここを禁止エリアにする理由は極めて明白だ。生徒たちに襲撃されないよう、禁止エリア

 という盾を使って身を護ろうという考えだろう。単純だが実に効果的な方法だ。これで自分

 たちは、政府の連中を襲って脱出という作戦を封じられてしまったのだから。

 「それと、あんたたちには出るときにある物を受け取ってもらうからね。すみませーん、入ってき

 てくださーい」

  村崎の声に前方の引き戸が開かれて、迷彩模様の服を着た兵士が黒いバックのような物を

 大量に積んだ台車を押してきた。

 「この中には地図とか水とか食料とかが入ってるんだ。中身は各自で確認しとくれ。それと、

 武器が一つだけ入っているからね」

  武器という言葉に、生徒たちの顔が強張った。

 「銃とか刃物とか、あとは外れ武器も入っているね。外れが当たっても落ち込まないように」

  村崎は袖の中から茶封筒を取り出し、中に入っている紙を、見た。

 「最初にここを出るのはあんただね。女子1番、朝倉真琴さん」

  真琴の体がびくっと揺れ、「わ、私?」と言いながら辺りをせわしなく見回す。

 「あんたしかいないでしょうが。自分の荷物と支給品をもらってさっさと出ていっとくれ。それと

 廊下でちんたらやってたりしたら、容赦なく撃ち殺すからね」

  真琴はきゅっと唇を噛み、悔しそうに村崎を睨みつける。木村綾香(女子5番)の方を一度

 だけ振り返り、黒いデイパックをもらって駆け足で教室を出て行った。

 「じゃあ2分後に男子2番、伊藤忠則くん。次に女子の2番、次に男子の3番って順で行くよ」

 

 淡々と読み上げられていくクラスメイトの名前。ほとんどの生徒たちは口をつぐんだままだ

 ったたり、涙ぐんで出発していった。

  それを見ながら、悠介は小さくため息をついた。

  ――ちっ。俺が一番最後かよ。ついてねえ。

  一番最後に出発するということは、すでに36人のクラスメイトが外に出ている事を意味して

 いる。その中には自分の『敵』になるものも大勢いるだろう。

  悠介はちらっと、雪姫つぐみ(女子17番)の方を向いた。

  あいつは、大丈夫だろうか。優秀な生徒会長とはいえ、つぐみも普通の女子中学生である。

 突然殺し合いに巻き込まれて混乱していないだろうか?

  悠介は机の下で、強く拳を握り締めた。すでにプログラムの行動方針は決定している。あと

 は自分に支給される武器が当たりである事と、無事彼女と合流できることを祈るだけだ。

  祈り――意味のない行為だ。神を信じていない自分が祈りを捧げて、それでどうなるという

 のだろうか。我ながら馬鹿馬鹿しく思える。

 

  けれど悠介は、祈らずにはいられなかった。

  いるはずのない神に捧げられた祈りがどこへ辿り着くのか、誰にも分からないのに。

 

  【残り37人】

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