終盤戦:68





 右肩に激痛が走った。

 そこの上半分が抉られているところを自分の目ではっきりと確認する。血管と神経が完全

に切断され、声にならない悲鳴が喉の奥から迸る。そのまま後ろによろめき、傷口を押さえ

目の前の敵を睨み付ける。腕を伝った血が床で血飛沫を立てているのが横目に見えた。

「浅川、いい加減にしろっ!」

 高橋浩介(男子10番)の言葉に、脇差を構えかけていた浅川悠介(男子1番)の動きがぴ

たりと止まった。

 

「どうしてこんなことをする! こんなことをして何になるっていうんだよ! お前だってこのク

ラスの一員だろ、なのになんでみんなを殺そうとするんだ!」

 それを聞き、悠介は実にくだらないといった風に酷薄な笑みを浮かべる。

「つぐみを殺させないためだ」

「僕は会長を殺そうだなんて思っていない」

「そんな言葉今更信用できるかよ。どっちにしろこのプログラムは誰かを殺さなきゃ終わら

ない。戦いを拒否していても24時間で俺たち全員死んじまうだろうが」

 正論だった。それはとてつもなく正論で、覆しようのない事実。

 

「そんなの僕だって分かっている。でもそれが人を殺していい理由にはならない! 僕たち

は友達なんだ。きっと分かり合える!」

「くだらねぇことぬかす暇があったら撃ってきたらどうだ? 俺はお前と議論を交わす気はな

いんだよ。お前が戦う気がないってんなら向こうにいるお前の連れを先に殺してやってもい

いんだぜ」

 悠介はベレッタの銃口を会議室の隅のほうに向けた。そこには浩介の幼馴染、霧生玲子

(女子6番)が今にも泣きそうな怯えた顔で立っている。

 

「――――!」

 浩介は悠介の足に狙いを定め、引き金に掛かっている人差し指に力を込めた。鼓膜を揺

るがす轟音が響き、ファイブセブンを握っていた両腕に強い衝撃が走る。本来ならば悠介

に致命傷を負わせるに充分だったその銃弾は、引き金を引くまでに浩介が少しためらった

ことが原因となり悠介に回避行動を取らせる時間を与えてしまった。

 銃弾は悠介の足があった場所を逸れ、虚空を切り裂いて会議室の壁に着弾する。コンク

リートの壁が穿たれ、黒く小さな穴ができあがった。

 悠介は小さく舌打ちをし、右手に握られているベレッタを持ち上げ二発の銃弾を撃った。

一発は外れ、もう一発は浩介の右腕を貫いていた。

 

「うあっ!」

 灼熱感と鋭い痛みが同時に走った。それはすぐさま全身に伝わり、味わったことのない痛

みに視界が霞む。それは右肩の切り傷と調和して、浩介に意識が遠のくような感覚をもたら

していた。

 ファイブセブンが手の平からこぼれ落ちる。手放すまいとしても右腕に力が入らない。それ

よりも動かせるのかどうかすら分からなかった。

 直後、がら空きになっている浩介の腹部に綺麗なミドルキックが入った。銃撃や切り傷と

は違う鈍い痛みが脳天を突き抜ける。

 たまらず浩介は体勢を崩し、近くにあった椅子やテーブルなどを倒しながら派手な音を立

て尻もちをついた。

 

「さっきお前、”僕たちは友達だ”って言ったよな」

 脇差をしまって浩介の髪を鷲掴み、ベレッタの銃口を押し付ける。

「俺は一度だってお前らを友達だなんて思ったことはない。つまりはどうでもいい存在なん

だよ」

「どうでもいい人間は殺してもいいって言うのか」

「違うね。殺してもいいんじゃない。死んだってどうでもいいんだ。俺にとってどうでもいい奴

が何人死んでもそんなの知ったこっちゃない」

 銃口を押し付けられているのに関わらず、浩介は悠介の顔を睨み付けている。それは悠

介の中にある浩介のイメージとは大きく違っているものだった。てっきりすぐ逃げ出してしま

うかと思っていたが……どうやら見かけによらず根性はあるらしい。少しだけだが彼のこと

を見直した。

 

「じゃあ聞くが、お前はニュースで流れてくる殺人事件とか交通事故とか世界のどこかでや

っている戦争の犠牲者一人一人に対していちいち悲しみ涙を流すのか? 思ってもせいぜ

い『ああ、そんなことがあったんだ。可哀想だな』ぐらいだろ。自分にとって無関係な人間が

いくら死のうとそんなもんだろ、実際は」

 怒りに赤く染まっていた浩介の顔が一変、血の気が引いて蒼白なものになった。こんなこ

とを淡々と言う悠介に恐ろしいものを感じているのだろう。

 

「何なんだよ、お前……なんでそんな考え方ができるんだよ! お前おかしいよ! 思って

いても口にできないし、だいたい深く考えもしないだろうが、そんなこと!」

「そうでもないさ。こう考えている奴は結構いるもんだぜ? 自分が気付いていないってだけ

でな。例えばお前だってそうだ」

「僕が……?」

 性格破綻しているこの殺人者と自分が同じだって? 最初は悠介が動揺を誘うために嘘

を言っているのかと思ったが、どうやら本人は大真面目のようだった。

「さっきお前、俺が霧生を殺すとか言ったら撃ってきたよな」

「……撃ったよ」

 

 そう、撃った。初めて銃を撃った。玲子を失うのが怖かった。それだけは絶対にさせては

ならないことだから。

 

「大切なものを守るために他多数を犠牲にする。お前も俺と同じことをやったんだよ」

「――――!」

「俺とお前がやっていることだけど、根本的な部分は同じなんだよ。『誰かを死なせたくない』

って想いだ。ただそのために取る方法が違うだけでな」

 

 浩介は他の人間を生かす道を選んだ。

 悠介は他の人間を殺す道を選んだ。

 右と左、前と後ろ。完全なまでの真逆。決して遇いいれない生き方。

 

「お前の考えを完全に否定する気はないよ。それはそれだし。だけど俺の前に立ちはだかる

っていうんなら容赦はしない。ここで譲るわけにはいかないんだ!」

 悠介の握っているベレッタが一際強く頭に押し付けられた。自分が一呼吸する間に悠介は

引き金を引くだろう。彼に躊躇はない。迷いも何もなく、当たり前のことのように自分を殺す。

 死にたくない。だからといって今の自分にはどうすることもできなかった。右腕は破壊され、

ファイブセブンは手の届かない場所に落ちている。体当たりとか頭突きなどをして抵抗をす

るのも可能だが、その直後に頭を撃ち抜かれてあの世行きだ。そんなものが本当にあるの

かどうか分からないけど。

 

「うああああああああっ!!」

 絶叫がほとばしった。

 悠介と浩介は二人同時に声のした方向を向く。そして二人同時に驚愕する。

 

 テーブルが。

 あの会議に使う長方形の机が、悠介めがけて飛んできた。

 予測も何もあったもんじゃない。こんなこと、誰も思いつくわけがない。

 それはつまり、どうすることもできないということ。

 

 その結果。

 

 完璧な奇襲は防ぐことも反応することもできず、悠介はそのまま机に激突されて背中から

床に倒れこんだ。追い打ちをかけるように机が彼の上に圧し掛かり、まるでコントのような

図を作り出している。

 

「浩介こっち!」

 状況を理解し切れていない浩介の元に駆け寄る玲子。彼女は浩介の左手を掴み、そのま

ま無理矢理立たせて脇にある扉から廊下に飛び出した。その扉とは反対側の扉から今まさ

に会議室に入ろうとしている雪姫つぐみ(女子17番)が自分たちを見て驚いたような表情を

しているのが見えたが、構っている暇はなかった。

 

 二人は身体に残っている力の全てを走力に回し、疾風のような速度で二階の廊下を駆け

抜け階段を下りていく。階段に足を踏み出した瞬間背後から銃声が聞こえた。もう少しスタ

ートが遅かったら。もう少し廊下が長かったらと思うと背筋がぞっとする。

「玲子、さっきのは君がやったのか?」

「そうよっ! 何か文句でもあるの!?」

「いや、別にないけど……」

 

 何と言うか、驚いた。というかそれしか言えない。

 あんなに怯えていてただ事態を見ていることしかできなかったのに、あんなことをしてくれる

なんて。

 下手をしたら玲子自身が狙われていたかもしれない。机を投げる前に悠介が撃っていたら

どうなっていたことか。

 

 それほどの危険を冒してまで、彼女は自分を助けてくれたのだ。

 この僕のために。

 浩介の目から涙が溢れてきた。横で玲子が「男のくせに泣かないでよ、みっともない!」と

声を上げたが、浩介は「ゴメン」と繰り返すだけで涙を拭こうとはしなかった。

 もう少しだけ、玲子の手の温もりを感じていたいと思った。

 

【残り15人】

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