終盤戦:66





 銀色の輝きを放つ刃は浩介の心臓めがけ一直線に突き進んでいった。浩介はそれを迎撃し

ようとファイブセブンを持ち上げかけたが、引き金を引くより悠介の攻撃の方が速いと悟り慌て

て身を捻った。一瞬前まで自分の身体があった場所を鋭利な刃が通り過ぎる。

 まさしく紙一重の際どさでこの攻撃をかわし、飛び退く。浩介は再びファイブセブンを構えよう

とするが、照準を合わせるより速く横薙ぎの斬撃が襲い掛かってきた。

 

 ひゅおん、と音を立て銀色の閃光が空を切った。浩介は身体をずらして致命傷を防いだが、

制服の腕の部分が勢い良く裂け肌に赤い筋が走る。その直後に血が流れ出し、浩介は痛み

に顔を歪めた。

 切られた部分からは派手に血が流れているが、直接命に関わるような傷ではない。利き腕

でなかったことも不幸中の幸いと言えるだろう。浩介は鮮血が流れる腕を押さえて前方に立つ

悠介を見やった。

 

「インドア派の割にはなかなかやるな、高橋」

「僕だってやるときはやる。なめてもらっちゃ困るよ」

 二人の距離はおよそ三メートル。浩介は拳銃を、それに対し悠介は脇差を手にしている。

 近くもなく、遠くもない微妙な距離。刃が迫るより早く悠介を射殺することも可能だが、その逆

のことも充分起こり得る間合い。二人の横にはもう一つの扉があったが、お互いにこの相手は

退くつもりがないと確信していた。

 

「さっきの呼びかけだけど、あれはやっぱり罠だったんだね。僕たちをおびき寄せて殺すため

の」

「察しが良いな。説明する手間が省けて助かる」

 悠介は脇差を左手に持ち替え、右手を背中に回し何かを掴み取った。そこに握られていた

のは浩介が持っているのと同じ黒い拳銃。

 それを見た瞬間、浩介の精神に戦慄が走りぬけた。悠介が持っている武器は脇差だけでは

なかったのだ。

 

 これで射程距離という浩介のアドバンテージは完全になくなった。一撃が生死を左右する銃

VS銃の世界。一瞬の躊躇いが、一瞬の気の緩みが死に繋がる刹那の世界。指先で触れる

だけで崩れてしまうような張り詰めた空気が二人の間に流れる。

 浩介は背後に立っている玲子の様子を見た。悠介に隙を見せないように銃は向けたままで

ある。玲子はどうしていいのか分からないといった様子で、ただおどおどするばかりだ。

 武器や性格、それに今の状態から見ても玲子が事態を好転させてくれるとは思えない。そも

そも彼女を戦いに参加させるなんてもっての他だ。

 

 とにかく、玲子をこの場所に留めておくのは危険すぎる。二対一という図式で有利な方は明ら

かに複数いる方だが、それは戦力がある程度拮抗しているときの話だ。秋紀や刹那ならとも

かく、この状況では玲子は足手まといにしかならない。

 それに今目の前にいる相手――浅川悠介が玲子を狙っているのだとしたら。まず無防備な

玲子を撃って動揺を誘い、続いて自分を撃つ。こうすれば何の苦もなく自分たちを片付けるこ

とができる。悪いどころか最悪の結末だ。何があっても、この結末だけは成り立たせるわけに

いかなかった。

 

「玲子! ここは僕が抑えておくから君は先に逃げ――」

 背後を振り返った瞬間、浩介の顔が固まった。

 そこにはブレザーを脱いだワイシャツ姿の少女が立っており、浩介の姿を食い入るように見

つめている。陽光のような明るい表情と女性的な格好よさを持っているその少女の腕の中に

は、自分の幼馴染がすっぽりと収まっていた。

 

 それだけでは微笑ましい光景に映るだろう。だが浩介に湧き上がってきた感情はまったく逆

のものだった。恐怖、焦燥、動揺――ありとあらゆるマイナスの感情がほどよく混ざり全身に

行き渡っていくような感覚。

 

「浩介……っ!」

 それは玲子も同じはずだった。――いや、同じではない。彼女の方がずっと恐怖を感じてい

るに決まっている。

「やっほー、高橋くん。久しぶり」

 目を疑いたくなるような光景だった。だが視界に入ってくる映像、耳に入ってくる音は紛れも

ない現実である。

 

 それでも浩介は信じられなかった。

 クラスメイトから会長と呼ばれ慕われている雪姫つぐみ(女子17番)が、玲子を後ろから羽

交い絞めにしている姿なんて。

 そして彼女の手には銀色に輝くリボルバーが握られており、その銃口は玲子の側頭部に突

きつけられている。

 

 ――僕は一体何を見ているんだ?

 

 軽いめまいを覚えたように浩介はよろよろと後退していった。彼のすぐ後ろには会議用の机

が並べてあり、それにぶつかってガタンという音を立てる。

 自分は彼女を知っている。黒崎刹那(女子7番)や浅川悠介と同じように、三学年で最も有

名な生徒の一人だ。頭が良くて運動神経も抜群で、自然と人を惹きつける力を持った少女。

 それが今目の前にいる少女と同じ人物だなんて。

 

 理解できなかった。

 意味が分からなかった。

 室内に転がる死体を見た瞬間に疑念は確信に変わった。だがそれでもまだ、自分はつぐみ

を信じようとしている。

 何でつぐみが銃を向ける必要があるのか。もしかして――いや、もしかしなくても自分たちを

殺そうとしている。

 

 笑えない話だ。いっそのこと嘘ですといってくれたほうがマシだ。浩介はある種の期待を込

めた眼差しでつぐみを見つめ、唾を飲み込んでから問いかける。

「会長、さっき言ったことは嘘だったのか? あのとき叫んでいたことは全部、僕たちをおびき

寄せて殺すための嘘だったのかよ!」

 

『私、これ以上誰かが死ぬのなんてみたくない。私たちが殺し合ったって何の意味もないじゃ

ないの。怖いとか死にたくないって気持ちも分かる。でも、そのために友達を殺すのが本当に

いいことだと思っているの?』

 

 本心だと思いたい。嘘だと言ってほしい。事態が分かりきっている状況下でこんなことを聞く

自分は、まだ会長を信じようとしている自分は愚かなのだろうか。

 そう思いながらも浩介は聞かずにはいられない。はっきりと本人の口から言ってほしい。それ

がどんな結果を生むにしろ。

「嘘よ」

 それはきっぱりと、まるでごくごく当たり前のことのように。

「私は悠介くんが好き。この世の誰よりもね。だから彼と同じ道を行く。彼の力になる。私がそ

う決めた」

 

 迷いも何もない明瞭な答えだった。

 つぐみの表情は真剣そのものだ。体育祭の選抜リレーや、バスケットの大会などでたまに見

せる引き締まった表情。それは人懐っこい微笑を浮かべている普段とは別人じゃないかと思う

ほどである。

 この顔を見て、つぐみの言葉が何の偽りも誇張もない本心からのものなのだと理解した。彼

女に難しい理屈はいらない。こうしたいからこうする。定規で引いた直線のように真っ直ぐで単

純明快な性格。それは同じクラスである浩介自身が、今もなお羽交い絞めにされている玲子も

分かっている雪姫つぐみという一人の人間だった。

 

「そんなことどうだっていいわ!」

 そう言ったのは、つぐみの腕の中にいる玲子だった。

「何でよ。何でなのよ会長! 何でそんなに平気でみんなを裏切ることができるの? 私も浩

介も大野さんも村上さんも長月さんも他のみんなだってあなたのこと信じていた! 会長なら

こんなゲームに乗らないって、みんなを助けるために必死で頑張ってくれているって思っていた

のに! なのに何でなの!? 何で浅川なんかと一緒にこんなことしてるのよ!!」

 

 つぐみの眉がぴくりと動く。痛いところをつかれて動揺しているのか、浅川”なんか”という想い

人を侮辱するような発言に怒りを覚えたのか。

 

「信じるのは勝手だわ、玲子ちゃん」

 しかしつぐみは飄々と、いつもの調子で言葉を紡ぐ。

「でもそれはそれなりのリスクを伴うことなのよ。誰かを信じるということはその人の全てを信じ

るということ。だから私を信じていた玲子ちゃんは私に裏切られたとしても文句は言えないわ。

だって『裏切る可能性を持っていた私』を信じていたんだから」

 そして少し間を置いて、つぐみは言った。

「本当に信じてるって人は、例えその人に裏切られたとしても悔いのない相手のことを言うのよ」

 

 玲子は何も言わない。

 いや、言い返すことができない。

 絶対的な信頼を置いていた人物のあまりの変わりように。

 その言葉はどんな武器でも適わない威力を持っていた。

 強く、重く、圧倒的に。

 それこそ玲子の心を、浩介の心をぼろぼろに壊してしまいそうなほどに。

 

 そして二人は気づいていなかった。

 この言葉に大きなショックを受けていたのは浩介でも玲子でもないということに。

 

 ガシャンという音が聞こえた。それなりの重量がある何かを床に落とした音。

 それは会議室の向こう、廊下から聞こえてきた。

 つぐみは玲子のことを指しながら悠介を見る。彼女の意図することが分かったらしく、しばらく

後に悠介はこくりと頷いた。それが合図となり、つぐみは玲子のことを解放する。

 重々しいリボルバーを持ったまま、つぐみは廊下へと続く扉を引いた。扉が横にスライドし、そ

の向こうの光景とそこにいる人物の姿が露になる。

 

 床に落ちているウィンチェスターの横で、中村和樹(男子11番)が目を見開き呆然とした顔で

立ち尽くしていた。

 

【残り15人】

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