終盤戦:64





「んー……何よ今の。ちょっと浩介、いったい何があったの?」

 突然聞こえてきた声。それは決して大きなものとは言えなかったが、眠っている玲子の

目を覚まさせるのには充分だった。

 浩介は急いで窓に駆け寄り、ブラインドを上げて窓を開けまたブラインドを閉める。その

隙間からわずかに外を窺いながら、聞こえてくる声に耳を傾けていた。

 

『私、つぐみよー。雪姫つぐみ。今、小学校の屋上にいるの』

 

 その声は、確かにあの雪姫つぐみ(女子17番)のものであった。文武両道で容姿端麗、

周りからの人望も厚く、舞原中学の生徒会長を務めている少女だ。

「え? え? ちょ、ちょっとどういうこと? 何で会長があんなことしてるの?」

 今の今まで寝ていたために事態を把握できていない玲子は訳が分からないといった顔

をしている。浩介に近寄って何が起きたのかを聞き出そうとしているが、その浩介も困惑

しきっている様子で窓の外を見つめている。

 

「僕にも何が何だか分からないよ。玲子を起こそうとしたら突然会長の声が聞こえてきた

んだ」

 ブラインドを下げた窓の前に立っている浩介を押しのけ、玲子も隙間から外の様子を窺

う。

「小学校の屋上って言ってたわよね」

「うん」

「えーっと……あ、小学校ってアレのことかしら」

 玲子が指差す方向には一般の住宅よりもずっと大きい建物があった。一般住宅とは大

きく異なる長方形の外観に遠目でも白と分かる外壁。地図を取り出してそこに記されてい

る小学校の方向を合わせるとぴたりと一致する。

 

「うん、たぶんあそこが小学校だと思う」

 ということは、あそこにつぐみがいるということになる。屋上の人影を探そうと目を細める

が、ここからでは遠すぎて確認できない。

 

 そうしている間も、つぐみの声は続いていた。

 

『みんなよく聞いてーっ。私、これ以上誰かが死ぬのなんてみたくない。私たちが殺し合っ

たって何の意味もないじゃないの。怖いとか死にたくないって気持ちも分かる。でも、その

ために友達を殺すのが本当にいいことだと思っているの? みんなの家族だってそんな

ことは望んでいないはずよ。友達を殺して家に帰って、みんなはその手で大好きな人の手

を握ることができるの!?』

 

「会長……」

 浩介と玲子は真剣な、しかしどこか安堵の混じった表情を浮かべその声を聞いていた。

 戦いを止めさせようとしている人が。

 自分たちと同じ想いを持った人がきっといる。

 そう信じていた二人の心に、何ともいえない喜びが湧き上がってきた。

 

 

 

 

 

 それと時を同じくして、小学校があるF−2のすぐ隣に位置するG−2エリア内の病院に

隠れている生徒たちもつぐみの声を聞いていた。

 清水翔子(女子9番)を除く六人のメンバーは正面玄関を入ってすぐのロビーに集まり、

今もなお流れてくるつぐみの声に対し様々な意見を出している。

 

「だからすぐに行くべきよ! つぐみは危険を冒してまで私たちを信じてあんなことをして

いるのよ。早く行ってあいつの助けにならないと!」

 それを聞き、一郎は苦い表情を浮かべて言う。

「俺は反対だ。まだ会長が信用できるのかどうかも分からない今は、とりあえず様子を見

るのが得策だと思う」

「あんたつぐみのことが信用できないって言うの?」

「そりゃ俺だって信じたいけど万が一ってこともあるだろ。会長がやる気じゃないなんて言

い切れないし、あそこに向かう途中で他の誰かに襲われる可能性だってあるんだ」

 

 感情を剥き出しに言う綾香に対し、一郎は冷静を保って淡々と忠告する。最初のほうは

ちゃんと全員が意見を出し合っていたのだが、今では二人の討論会のような状態になっ

てしまった。

 

『私は政府の言いなりになってこんなゲームに乗るつもりはないわ。私と同じ気持ちの人

は小学校に――じゃなくて、小学校の二階にある会議室まで来て!』

 

 綾香の視線が窓の方へ向けられた。今すぐにでも飛び出していきたい衝動を無理矢理

抑え込んでいる。今の綾香の顔を見れば誰もがそう思ってしまうだろう。

「あいつは……つぐみは友達なのよ! 私の大事な、とても大事な友達なの! その友

達があんなこと言っているのよ。見捨てられるわけないじゃない!」

 言うと同時に綾香は駆け出していた。診察室で自分の怒りを抑えてくれた真琴が再び

静止の声を上げるが、それを歯牙にもかけず夜間用出入り口の鍵を開け、病院の外に

飛び出していく。

 

「綾香っ!」

 その後を追うように朝倉真琴(女子1番)が走り出しかけたが、その後ろに立っていた

斉藤修太郎(男子8番)が真琴の腕をぎゅっと握り締めた。

「大丈夫、俺が追う」

「で、でも……」

「心配しないで。木村さんは俺が絶対に連れて帰るから」

 微笑みながら言う修太郎の目には、反論が出来なくなるような『何か』があった。

「……分かりました。綾香のこと、よろしくお願いします」

「ああ。任せといて」

 傍らにおいてあった自分のデイパックを掴み取り、修太郎は一郎の方へと向き直る。

「森、みんなを頼んだぞ」

 そう言い残し、修太郎もまたつぐみが待つ小学校へ向け走り出していった。

 

「おい待てよ、斉藤――!」

 一郎は慌てて修太郎の後を追おうとするが、彼の姿は瞬く間に住宅街の中へ消えてい

ってしまった。今から全力で走り出しても、野球部のエースピッチャーとして活躍している

修太郎と自分とでは体力、走力に大きな差がある。

 

 自ら危険地帯に乗り込んで行った二人の行動に一郎は愕然としていた。あいつら、どう

かしている。何でそこまでできるんだ? 自分が死んでしまったらどうにもならないじゃない

か。なのになんで――。

 

「みんな、ごめん……やっぱ私も会長のとこに行く」

 その声に反応し、はっと顔を上げる。綾香と修太郎が出て行った出入り口の前に立って

いる緑川優(女子15番)に全員の視線が集中した。

「お前正気か!? ここにはゲームに乗っている奴だっているんだ。その乗ってる奴もこ

の声を聞いているんだよ! そいつにしてみれば、お前や木村が出て行くってことは標的

が増えるんだけにしかならないんだよ! 友達が大事だって気持ちも分かるけど自分の

命を投げ出してまですることなのか!?」

 常に冷静沈着だった一郎の声が、ここにきて初めて感情的になった。

 

「私、その……難しいことあまりよく分からへんけど、大事な友達だから……その、放って

おけないんやないかな」

「…………」

「それに会長良い人やし、私今まで何度も助けてもらった。だから今度は、私らが会長を

助ける時やと思うねん」

 

 優のこの言葉は一郎の心を大きく揺らした。

 今まで何度も助けてもらったから、今度は私たちが助ける番。

 つぐみにはクラスの全員が助けられていた。彼女がいてくれたおかげで個性派ぞろいで

もこのクラスはうまくまとまっていたし、常にみんなの中心になってクラス全体を明るくさせ

ていた。自分のことだってあるはずなのに、困っている人がいたらそっちの面倒も見る。

 彼女は生徒会長としてではなく、人間としてとても大きくできた人だと思う。少なくとも自

分なんかよりはずっと。

 そのつぐみが身を張ってまで自分たちを説得しようとしている。優が言うとおり、ここは

つぐみを助けるときなのではないだろうか。

 

「……悪いけど俺は行かない。行くんだったら一人で行ってくれ」

 それでも、一郎はどうしても外へ踏み出すことができなかった。人を助けたいという気持

ちより、死にたくないという人間としてごく自然な本能のほうが勝っていた。

 一郎は優の背中が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていたが、自分の他にこの場に

残ったメンバーがいることに気づき、その人物たちの方へ向き直る。

「お前たちは行かないのか?」

 その質問に、朝倉真琴は「私が行ったらここの守りが手薄になってしまいますからね」と

答えた。しかしその表情を見るに、彼女の本心は真琴たちについていきたかったようにも

思える。

 

 そしてもう一人。

 今まで黙っていた牧村千里(女子14番)は、ここで初めて口を開いた。

「行きたいけど、何となく気乗りしないのよ」

 その口調は、何かに気づいているかのようだった。

「どういうことだ?」

「森くんも不思議に思わない? 何で会長が”このタイミング”で呼びかけを行ったのか」

「なんでって……」

「戦いを止めさせるつもりならもっと早くにしていれば良いのに、何でプログラムから一日

が経とうとしている今になってからやるのかなって。別にたいした理由はないかもしれない

し私の考えすぎなのかもしれないけど、ちょっと気になったから」

 

 嫌な予感がした。

 もし今、自分が考えていることが当たっていたとしたら――。

 やはり無理矢理にでも、綾香たちを止めるべきだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 つぐみの呼びかけは島中に届いていた。

 そしてそれは、今生き残っている全ての生徒に聞こえていたということ。

「これは……」

 中村和樹(男子11番)は空を見上げ、遠くから聞こえてくる聞き覚えのある声に耳を傾

けていた。

 それを聞いているうちに、和樹の顔は段々とほころんできた。

「そうか、そうだったんだ……!」

 今までのことが全て嘘のように、彼は楽しそうに笑い出す。

 

「やっぱりそうだったんだ。あいつは――つぐみはやる気になんてなっていなかった!

俺と同じことをしようとしていたんだ!」

 和樹は急いで地図を取り出して小学校の場所を確認する。自分が今いるエリアはD−3

の辺り。小学校があるF−2とは少し離れているが、そう遠い距離じゃない。

 ウィンチェスターを担ぎなおし、伊藤忠則に刺された脇腹を軽く押さえると和樹は嬉々と

しながら小学校に向かい始めた。

 希望を信じたその先に待つものが絶望だということも知らずに。

 

 

 

 

 

「へぇ、まさかこういう行動に出てくるとはね」

 探知機の液晶画面にぼんやりと映る高梨亜紀子(女子10番)の顔は、新しい玩具を見

つけた子供のように嬉しそうに歪んでいた。

「合流してからしばらく動きがなかったけど……凄い面白そうなことやってくれるじゃない。

さすがはつぐみね」

 ぞくぞくっ、と亜紀子の心が疼き始める。彼女の探知機には、今自分の目の前にそびえ

立っている小学校を目指して集まってくるクラスメイトたちの様子が表示されていた。それ

はまるで寄せ餌に集まってくる獲物のようにも見える。

 ――いや、『見える』ではない。実際に獲物なのだろう。ここに集まろうとしている人間た

ちは。

 

 亜紀子は小学校の敷地内に入り、物陰に潜みながら今一度探知機を確認する。

「果たしてハンターさんたちは気付いているのかしら? 餌につられてやってきたのは獲物

だけじゃないってことに」

 島中に散らばっている役者が全員、今ここに集結しようとしている。

 そしてその時は、一体どんな盛大なステージになるのだろう。

 亜紀子の身体に、思わず身震いが起きた。

 

 

 

 そして。

 

 

 

「…………」

 黒崎刹那(女子7番)はただ黙って立っていた。今しがた聞こえてきた放送にも表情一

つ変えず、まるで何事もなかったようにぼんやりと。

 ただその身体からは、ある種の雰囲気が発せられていた。

 森の中に立つ真夜中の廃校とか、先の見えない暗い廊下に立っているときに感じる雰

囲気と似たようなもの。

 言い表すならば、未知の恐怖。

 それを感じ取っているのだろう。クラスの中では刹那と一番付き合いが長い吉川秋紀

(男子19番)でさえ、緊迫した面持ちを浮かべ彼女に話しかけようとすらしない。

 

 心を削る重い沈黙の中、冷たく透き通るような刹那の声がその空間に染み渡った。

「私たちも行こう。小学校に」

 

 

 

 

 

「不安なのか?」

 背後からかけられた声に、雪姫つぐみは手にしていたスピーカーを置いて振り返らずに

その声に応える。

「そりゃちょっとはね」

「あまり無理すんなよ。メインでやるのは俺だから、お前はサポートしてくれればいい」

「おっけー。隊長殿、後は任せたであります」

 おちゃらけた調子でそう言い、つぐみは壁際に座っている浅川悠介(男子1番)の元へ

近寄っていく。

「よいしょっと」

 お年寄りみたいな声を出して悠介の隣に座る。ふぅ、と息を吐き、すぐ側にいる悠介の

顔を見る。

「悠介くんって”無理しないでね”って言っても無理しそうだよね」

「う……」

「だから無理しないでね、とは言わないけど、これだけは言わせて」

 

 一瞬の沈黙の後、悠介の右手が温かい感触に包まれた。

 驚いてみてみると、つぐみが両手で自分の右手を握っていた。ぎゅっと握り締めるわけ

ではなく、まるで肌の温度を感じ取るかのように。

「死なないで。お願い」

 

 つぐみの口から紡ぎ出された言葉。

 嬉しかった。この世のどんなことよりも、今まで感じたことがないほどに。

 悠介は今まで誰にも見せたことがないような笑顔を浮かべ、空いている左手をつぐみ

の頬に添える。

 

 死んでたまるか、と思った。

 自分のためだけじゃない。彼女のためにも。

 俺を必要としてくれているこいつを、悲しませたくないから。

 

 

 

 想いが想いを呼び、殺意が血を生む。

 あるものは希望を抱き。

 あるものは悪意を抱き。

 それぞれの道を歩んでいた生徒たちは、共通の目的地に向け集まり始めていた。

 

【残り17人】

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