終盤戦:61





 沙更島唯一の病院は白い外壁に二階建てという外観をしている。中は一階が診察室や待合

室、二回が病室というシンプルな造りだ。島民の数がそれほど多いものではないので部屋数自

体は少ないが、病院としての必要最低限の設備は揃っていた。

 入ってすぐの待合室を奥に行った所にある診察室。その中で森一郎(男子17番)斉藤修太

郎(男子8番)緑川優(女子15番)朝倉真琴(女子1番)木村綾香(女子5番)の五名が顔

を向かい合わせていた。

 

「――で? これからいったいどうすんのよ」

 つまらなそうな顔でそう言ったのはベッドの上に腰掛けている綾香だ。その隣には優が座って

いる。一郎と真琴は部屋の中にあった椅子に座っており、修太郎は部屋の壁に背を預けて立っ

ていた。

「んー……私はとりあえずここから出たいなぁ。殺し合いするなんてイヤやもん」

 こんな状況だというのに、優は普段と変わらない呑気な口調で言った。

「簡単に言いますけど、ここから逃げ出すということは簡単なものではありませんよ」

「それは私もわかってるねんけど、やっぱり殺し合いなんかしたくないし。誰かが助けに来てくれ

たら一番いいんやけどな」

「……助けに来るわけないだろ」

 ぼそっと呟いたのは一郎だ。彼はぶすっとした表情を崩さず、綾香たちから一歩下がったとこ

ろで彼女たちの話を聞いていた。

 

 この発言に綾香が眉を持ち上げた。

「ちょっとあんた、そういう言い方ってないんじゃない? 優は自分が思っていることを言っただ

けじゃないの」

「俺も自分が思ったことを言っただけだ」

「何でいちいち場の空気を悪くすることばかり言うわけ!? あんたの言うこと頭にくるのよ! 

聞けば私たちがやってきたときだってあんたひとりが反対したみたいじゃない。私たちのことそ

んなに信用ならないの!?」

「こんなことになっている以上疑ってかかるのが自然だろ。お前みたいに何も考えていない熱

血馬鹿のほうが考えようによっちゃよほど怪しいね」

 語気を荒げてほとんど叫ぶようにして言う綾香に対し、一郎はあくまで冷静に反論する。

「なんですって!」

 綾香の顔に烈火のような怒りが浮かび上がる。身を乗り出して一郎に掴みかかろうとした彼

女の前に、すっと腕が差し出された。

 

「綾香、やめなさい」

「だって――」

「いくら頭にきたからって手を出すのはよくないわ。あなたは痛くないし自分の気が晴れて満足

だろうけど、殴られた人はそうじゃないんだから」

「……分かったわよ」

 口ではそう答え引き下がったが、一郎への不満が消えたわけではなかった。

 真琴の言っていることは充分承知している。しかし場の空気を乱すような一郎の発言を許す

わけにはいかなかった。普段は些細なことでも、プログラムの中ではチーム崩壊の引き金にな

るかもしれないのだから。

 

 渋々といった様子で綾香が腰を下ろしたのと同時に、一郎が座っていた椅子から立ち上がっ

てドアの方へと向かっていった。部屋にいる全員の視線が集まる中、ドアに一番近い場所に立

っていた修太郎が声をかける。

「どっか行くのか?」

「何でもない。ちょっと一人になりたいだけだ」

 言うが早いか、一郎はすぐに診察室から出て行ってしまった。一郎がいなくなった部屋ではそ

の後しばらく気まずい沈黙流れたが、すぐに綾香が不満の声を漏らした。

「なによあいつ。自分が不利になったからって逃げるなんて男らしくないわ」

「でも森くん、悪気があって言ったわけやないと思うし……」

「例えそうだとしてもね、この状況で望みを壊しちゃうようなことを言う奴なんて最低よ」

 情に厚い綾香だからこそ、優を悲しませるようなことを言った一郎のことが許せなかったのだ

ろう。彼がその気で発言したのでなくても、それで機嫌を悪くした誰かの恨みをかって関係が悪

化してしまう恐れがある。最悪の場合、殺し合いに発展しかねない。

 

「でもさ……森の言うことにも一理あるよ」

「何言ってるのよ。まさか斉藤くん、あいつの肩を持つつもりなの?」

「そうじゃなくて、俺はあくまで客観的な意見を言っているんだよ。緑川さんの言うとおり助けが

来てくれるのが一番嬉しいけど……やっぱりそれはあくまでも”望み”であって、現実的に考え

れば森が言ったように、その……」

 ばつが悪そうに口ごもる修太郎。

 やはり彼も気が引けるのだ。自分たちは殺し合うしかないと認めることが。

 

 ここにいる全員、それは充分理解してた。

 だけど、誰も言おうとしなかった。考えようともしなかった。

 暗闇の先にあるはずのかすかな光が、消えてなくなってしまいそうで。

 

 診察室を出た森一郎はしばらくその辺をうろうろと歩き、玄関を入ったところにある受付近くの

椅子に腰を下ろした。溜息ともとれる息を吐き、学生服の内ポケットから四角い箱を取り出す。

一郎がご贔屓にしている(と言っても吸い始めて半年も経っていないが)メーカーの煙草だ。

 一郎は中から一本取り出して口に咥え、しばらくその感触と匂いを味わってから火をつけた。

火をつける前に煙草を咥えたとき口の中に広がる匂い。一郎はその匂いが好きだった。ただ

気取っているわりにライターは100円のものなので、いつか買い換えなければと思っている。

 

「――――ふう」

 匂いと共に、淡い煙が周囲に広がった。二回目は胸いっぱいに煙を吸い込み、充分堪能して

から吐き出す。最後に吸ったのが学校に行く前だったので、ほとんど一日ぶりの喫煙となる。

 一郎が煙草を吸っているのに特別な理由はない。大学生である兄の彼女が吸っているのを

見て、カッコいいと思ったから試しに吸ってみただけだ。最初はただの煙たいものとしか思えな

かったが、中学生の一郎にとって煙草は”大人が吸うカッコいいモノ”に見えた。

 

 一郎は子ども扱いされるのを嫌う。彼自身早く大人になりたいと思ってビールを飲んだり、雑

誌で特集されている隠れ家的な店に足を運んだりしている。年相応の馬鹿をやっている他の連

中(特に山田とか)と違い、落ち着いた物腰でクールな印象を与えることもしている。

 それは彼の、自分を子供と見せなくするための精一杯の背伸びだった。

 

 久しぶりである煙草を楽しみながら、残りの本数が何本なのかを確認する。

「……ちっ」

 小さく舌打ちをした。箱の中に入っていたのはあと4本。煙草はいつも学校から帰って私服に

着替えてから買いに行っているので、昨日の朝の段階ではまだ新しいものを買っていなかった

のである。

 ――こんなことなら昨日の朝に買っておけばよかった。

 残りの本数をちゃんと確認しておかなかった自分も悪いのだが、やはり悔やんでも悔やみき

れない。この病院の中に煙草があれば申し分ないのだが、今は喫煙者の数が減ってきている

から探しても見つからないかもしれない。

 

 ――まあ、全部吸えるかどうか分からないしな。

 火の点った煙草をじっと見つめる。自分の命はこの煙草と同じようなものだ。徐々に徐々に減

っていき、いつ消えてしまうか分からない。あとに残るものは役目を終えた吸殻だけだ。

 人間を煙草で例えるとするならば、この島には今21本の吸殻が落ちていることになる。そこ

まで考え、一郎は先程の『役目を終えた〜』という考えを自分で訂正した。死んでいった連中の

中に役目を終えた奴なんているわけがない。15年、もしくは14年という短い人生を強制的に

終了させられ、悔いや恐怖が残る中で死んでいく。それのどこが『役目を終えた』だ。これでは

まるで死者への冒涜ではないか。

 そんな時、一郎の耳に優しげな声が届いてきた。

 

「ここにいたの」

 声をした方に顔を向けると、二階で寝ている清水翔子の看病に行っているはずだった牧村千

里が立っていた。

「煙草吸っていたんだ」

「悪いか?」

「ううん。私は別に嫌煙者ってわけじゃないし。吸うのも吸わないのも人の自由だわ」

 そう言いつつ、彼女は一郎が座っている椅子へ歩み寄ってきた。

「ねえ、煙草って美味しいの?」

「……なんでそんなこと聞くんだよ」

「興味本位かしら。森くんって学校でもたまに隠れて吸っているじゃない? 学校に来てでも吸っ

ているぐらいだから、そんなに美味しいのかなって」

「まあ……吸い始めは美味いなんて思わなかったな。でも吸っているうちに段々と癖になってき

たっていうか、止められなくなっていたんだよ」

 たぶん麻薬もこんな感じなのだろう、と漠然と思ったりする。

 

「そういえば浅川くんも去年まで吸っていたわよね」

「そういえばそうだな。でもあいつ今は吸ってないみたいだけど」

 浅川悠介(男子1番)がよく屋上で煙草を吸っていたことは一年生の頃から知っていた。何気

なく屋上に行ってみると悠介が煙草を吸っていて、自分のことを無言で睨みつけてきたことがあ

る。二年になってから煙草を吸っている姿は見なくなったが、悠介も確かに煙草を吸っていたの

だ。

「何でやめちゃったのかな?」

「さあ……。身体に悪いから、とか」

 自分で言ったくせにそれはないな、と苦笑する。それなばら最初から煙草なんて吸わなければ

いい話だ。それにあの浅川悠介が健康面に気を使って煙草をやめるはずがない。

 考えたところで答えが出てくるはずがないので、一郎はこの話題を頭から切り離した。

 

「清水の様子はどうだった?」

「私が部屋に入ったらもう目を覚ましていたわ。意識もはっきりとしているし、どこにも異常はな

いと思うわよ」

「そっか。でも大事をとって昼ぐらいまでは休ませておいた方がいいかもしれないな」

 真琴たちがここを訪ねてきたとき、一郎は彼女たちを受け入れるのに異議を唱えた。しかしそ

れは真琴たちがやる気であった場合のことを考慮したからであって、翔子の命なんてどうだって

いいと思っていたわけではない。綾香や優と違い千里はそのへんの事情を分かっているらしく、

一郎の言動を咎めようとする様子は見られなかった。

「私、診察室に行って清水さんのことをみんなに言ってくるわ」

「ああ、頼む」

「…………」

 しかし千里は振り向いたまま、その場を動こうとしない。

 

「……? おい、どうしたんだよ」

「ねえ、森くん」

 それは今まで耳にしてきた千里の言葉ではなかった。千里の言葉にはいつも優しさや温かみ

があった。他人を気遣ったり、場を和ませたりするような柔らかい言葉。

 それが今の千里からは感じられない。代わりに何か、別の強い感情が含まれている。

 

「私たち、どうなっちゃうんだろうね」

「…………」

「本当に助かるのかな」

 今にも泣いてしまいそうな、不安そうな声。それは千里がここにいるメンバーの前で見せてこな

かった、初めて表した『弱さ』だった。

 気丈に振舞ってはいるが、彼女だってまだ中学生なんだ。プログラムに選ばれて見知った人間

が次々に死んでいって、不安にならないはずがない。怖くならないはずがない。

 千里は複雑そうな表情を浮かべながら、じっとその場に立ち尽くしている。たぶん、自分でもど

うしていいのか分からなくなったのだろう。とっさに出てしまった言葉なのかもしれない。

 

 自分たちがどうなるのか。

 果たして助かることができるのか。

 どんなに考えても、一郎の口から答えは出てこなかった。

 

【残り17人】

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