序盤戦5





     高峰誠治が死んだ。

     面と向かって言われても、みんなどこか漠然とした顔をしていた。

     当然だ。ごくごく普通に15年という人生を歩んできた生徒たちには、『死』という単語な

    んてどこか遠い国のような存在でしかなかったのだから。

     特にそれが誰かによって与えられた死――つまり『殺人』であったのなら、瞬時に受け

    入れられる方が珍しい。

 

 

    「嘘をつくな!」

     椅子をガタンと鳴らして誰かが立ち上がり、教壇に立つ村崎に向かって罵声を浴びせ

    かけた。

    「軍が先生を殺しただって? はっ、そんな見え透いた嘘で俺たちを騙せるとでも思って

    いるのかよ」

     全員が声のしたほうを向く。教室内に均等に並んでいる机、中央の列の最後尾にいる

    二ノ宮譲二(男子12番)が顔を怒りに歪めていた。

    「なんだいあんた。いきなり大声で叫ぶもんだから驚いちゃったじゃないか」

     村崎は譲二の怒りなど歯牙にもかけていない。あくまで飄々と、余裕のある態度を保っ

    ている。

     それが癇に障ったのか、譲二は大声で「ふざけるな!」と叫びながら村崎に詰め寄り、

    彼女の襟首を掴み上げた。中学生とはいえ、柔道部で活躍している譲二の腕力は村崎

    のそれを大きく上回っている。力では敵わないと判断してか、彼女は抵抗をしなかった。

    「俺の親父は言ってた。“俺たち軍人はたくさんの人たちを護っている。辛いこともたくさ

    んあるけど、それを思うと頑張れる誇りある仕事なんだ”って」

 

 

     軍人の家系に生まれた譲二は、政府や軍にたいしてある種神聖めいた思いを持ってい

    た。幼い頃から父親の話――政府や国にまつわる事、軍がいかに素晴らしく誇り高い役

    職なのかを聞かされてきたため、彼の中には『選ばれた人間がなれる特別な役職』という

    美化された軍人のイメージが植え付けられていた。

     それもそのはずである。彼の父親は、軍がやってきた事の『表』の部分しか口にしなかっ

    たのだから。自分の息子に政府や軍の『裏』の顔を語ろうとしないのは当然だった。

     だから譲二には信じられなかった。誇り高き軍人が一般人を殺したという事実を受け入れ

    る事ができなかった。受け入れてしまえば、父のような軍人になるために努力してきた人生

    全てを否定してしまうような気がしたから。

 

 

    「あんたは確か……12番の二ノ宮くんだっけ。お父さんから軍の話を聞かされているみたい

    だけど、本当にそうだとでも思っているのかい?」

    「……っ!」

    「世の中には何でも表と裏があるもんさ。昼があれば夜が来るように、この国や軍にも公に

    できない闇の部分があるんだよ」

    「黙れ……」

     凄みを利かせたつもりだったが、心の中に募った焦りがそれを成させない。彼女が発する

    言葉は、譲二にとって触れたくないものばかりだった。認めなくない事実。心のどこかに封印

    していた疑惑。村崎の言葉は、それを的確に掘り起こしていく。

    「軍人が一般人に手を出さない? 本当にそう思っているのかい? あたしたちだって人間だ。

    時には悪事に手を染めたりもするし、理不尽な行動にでることもある」

    「黙れ……黙れよ……」

    「もしかしたらあんたの父さんだって例外じゃないよ。裏じゃ色々あくどい事をしているかもしれ

    ない。政府の人間は綺麗な奴ばかりじゃないんだ。汚いことをする奴もいる。現にあたし――」

    「黙れぇぇぇぇぇぇぇ――――っ!」

     悲痛な叫び声が空気を震わせ、直後に譲二は村崎を黒板に押し付ける。

    「黙れ黙れ黙れっ! お前、もう黙れよ! それ以上言うな! それ以上嘘を言うなぁっ!」

     村崎は何も言わず、ただ無言で譲二を見つめている。頭一つ分高い彼に向ける視線は、

    哀れみに満ちた視線だった。

 

 

     生徒たちに緊張が走る。大東亜に住む人間には、政府への反抗=死というイメージが定

    着していた。譲二がとっている行動も立派な政府への反抗だ。いつ殺されてもおかしくない

    状況である。

    「譲二、やめなよ! もういいじゃないか!」

     親友の望月晴信(男子16番)が制止を呼びかけるが、譲二の耳には入っていないようだ。

    「あまりやりたくなかったんだけど……状況が状況だし、仕方ないね」

     村崎は右の袖からリモコンのような物を取り出した。それを譲二の首元へと向け、躊躇す

    る事なくスイッチを入れた。

     瞬間、譲二の体がバネじかけの人形のようにびくんっ! と跳ねた。譲二は夢遊病者のよ

    うにふらふらとよろめき、そのまま地面へと崩れ落ちる。

     皆一様に、何が起きたのか分からない顔をしている。村崎がリモコン操作をしたと思うと、

    突然譲二が倒れたのだ。触れられたわけでもないし、銃で撃たれたわけでもない。一体なぜ?

 

 

    「毒薬か」

    「毒薬ね」

     二つの声がぴたりとシンクロする。浅川悠介(男子1番)雪姫つぐみ(女子17番)だ。

    「正解だよ。凄いねえ、説明する前に当てるなんて」

     素直に驚いた顔をしてみせる村崎。彼女の足元に倒れている譲二は、ビクビクと小刻み

    な痙攣を繰り返していた。

    「ちょうどいいから説明するよ。あんたたちの首輪には、こちらの操作で注入される毒薬が

    仕掛けられているんだ。首輪の裏側から針が出て来て、プスッとね。即効性の毒で、注入直

    後に全身の動きが利かなくなる。それから痺れるような痛みが走り、意識は次第に薄れてい

    く。注入から三十秒も経てば死に至るってわけ。この子みたいにね」

     全員、村崎の視線を追うように彼女の足元を見た。そこには先程とは違う、痙攣が止まっ

    て動き一つしない二ノ宮譲二が転がっていた。双眸は苦悶によって大きく見開かれ、口の端

    からはよだれが垂れていた。

    目を覚ましてから混乱しっぱなしの生徒たちだったが、その混乱はここにきて最高潮に達し

    た。

 

     ――え、何? 何が起きたの?

     ――毒? この首輪に毒が仕掛けられているの?

     ――おい、二ノ宮ホントに死んじまったのかよ。

     ――ホントにこれ、プログラム?

     ――ドッキリじゃねえのか? これ。

 

     高峰の時もそうだったが、短い人生を生きてきた彼らにとって身近な人物の『死』というも

    のはそう簡単に受け入れられる物ではない。頭の整理がついていない今ならなおさらだ。

     しかし。

     この後起きた出来事によって、彼らの中で現実味が一気に色を濃くすることになる。

 

     パン。

 

     その音が鳴り響いた瞬間、村崎の足元で真紅の花弁が舞った。

     凄まじい推進力を持った鉛玉を受け、譲二の頭が弾け飛ぶ。

     教壇の前に座っていた後藤拓磨(男子7番)と黒崎刹那(女子7番)の顔に、ぴしゃっと赤い

    飛沫が張り付いた。

    「これで信じてもらえたかい? あんたたちはプログラムに選ばれたんだ。夢でもアニメでも

    ゲームでもない、命と命を懸けた現実の殺し合いにね」


    二ノ宮譲二(男子12番)
死亡

    【残り37人】

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