終盤戦58





 死亡者と禁止エリアを聞き終えた黒崎刹那(女子7番)は、全身を穴だらけにされた伊藤

忠則の亡き骸を凝視している吉川秋紀(男子19番)の背中に視線を移した。

 少し前に流れた定時放送が終わってから彼はずっとあの調子だった。機械的な動きで

名簿と地図にチェックを入れると、すぐ側に倒れている忠則の死体を眺め始めたのだ。

 最初は何か気になることがあるのかと思ったが、どうやらそういうわけではないらしい。

その証拠に、彼は忠則の持っていたデイパックなどを調べようとしなかった。

 

 そんな秋紀の様子をいつも通り無表情で見つめていた刹那は、何かを思いついたかの

ようにすくっと立ち上がった。

 ここ数分ほど忠則の死体に注がれていた秋紀の視線が、ここで初めて刹那に向けられ

る。

「隣に座るけど、いい?」

 秋紀の眼前まで近づき、簡潔に一言。

「勝手にしろよ」

 刹那は言葉を返さず、スカートに汚れがつかないよう注意を払いながら地面に座った。

 

「…………」

「…………」

 重い沈黙が流れる。この二人に高橋浩介(男子10番)霧生玲子(女子6番)を含めた

グループはいつもならば秋紀が話題の中心にいるのだが、こういう特殊な状況に陥った

場合はどう話題を振ればいいのか判断に難しいところである。

 逆にこのグループの中で、刹那が話題を振ることはほとんどない。次の授業は自習に

なっただとか、そういう事務的な連絡ならば話は別だが。

 二人とも無言のまま、時の流れだけが確実に刻まれる。

 

「秋紀くん」

 五分間にも渡る沈黙を破ったのは、意外にも刹那の方からだった。

「何で伊藤くんの遺体を見ていたの?」

 やっぱりな、と秋紀は思った。彼女のことだから、自分がずっとあいつの死体を見ていた

のが気になったんだろう。

 それにしても。

 

 つーかよ……こんなん言うのに何分もかける必要ねえじゃん。

 

 中学入学時からの付き合いだというのに、刹那の思考には未だに理解できない部分が

ある。歴史上の偉人たちと同様、頭のいい人間には変わった人たちが多いのだろうか。

「まあなんつーか、その……」

 自分の心情を上手く言葉にできないようで、秋紀は言うべき言葉を必死に頭の中で組み

立てている。

「ほら、さっきまであいつ生きていただろ? それなのに今はあんな風になっちまってさ、

人間って思ったより簡単に死んじまうんだなって……そう思い始めたら俺もいつかはこん

な風になっちまうのかなとか、人間って死んだら全部終わっちまうんだなとか、いろいろ考

えちまってさ」

 

 自分の見知った人間が見るも無残な姿で朽ち果てている。その光景を前にして、秋紀は

改めて『死』というものの強大さを実感した。

 男も女も、子供も老人も、善人も悪人も、貧乏人も金持ちも関係なく全ての人間に平等

に訪れる『死』というもの。地球上を支配している人間といえども、それは避けようのない

絶対的な存在だった。

 

「そういうすると次は”死ぬってどういうことなんだ?”って考えちまうんだよ。自分でもどう

しようもないくだらねぇ疑問だとは思っちまうんだが、一旦こういうこと考え始めると止まら

ねえんだよ。どうでもいいことばっか考えて、それで勝手に気が滅入っちまってさ」

 死というものを理屈では理解していても、感覚的にはどういうものなのか秋紀は分から

なかった。漫画や小説などでは「目の前が真っ暗になる」だとか「意識が遮断される」だと

か書いてあるし、子供の頃行われた祖父の葬式で同じ質問を母にしてみたら、「ずっと眠

っているようなものよ」という答えが返ってきた。

 

 それらのものを聞き何となくのイメージは掴めたのだが、やはり『死ぬとはどういう感じ

なのか』という疑問の解決にはいたらなかった。こればっかりは実際に体験してみないと

分からないかもしれない。実際に体験してみるなんてこと、絶対にゴメンだけど。

 そう思っていたのに、秋紀は今限りなく『死』に近い場所に立っている。次々と死んでいく

友人たちの姿を前に、死の前では人間なんて無力に等しいのだと改めて感じさせられた。

 

「お前、このゲームに乗ることにしたのか?」

 刹那はこれまでに二人の人間を殺害しているが、そのどちらとも相手が先に攻撃を仕

掛けてきたケースだった。結果として相手を倒してはいるが、刹那がゲームに乗っている

のかどうかはっきりと判断できない。

「うん」

 数秒の間を置き、これ以上なくシンプルな答えを返す。

「こうなってしまった以上、殺さないと生きて帰れないから」

 簡潔な答えだが、それだけに刹那の言葉は秋紀の心に大きな衝撃を与えていた。

「そっか……まあ仕方ねえよな。誰だって死にたくはねえし」

 刹那がゲームに乗ったことが明らかになったということは、自分もいつか彼女と戦わなく

てはならないときが来るということだ。もしそうなったとしたら、自分は刹那を殺すことがで

きるだろうか。生きて家族のもとへ帰るためとはいえ、最も親しい友人の一人を。

 

「そういやお前、禁止エリアとか書き込まなくていいのか?」

「大丈夫。全部覚えているし」

「ああ、なるほど」

 

 ――こりゃ無理だな。

 

 秋紀は先程の自分の考えを否定した。刹那には今まで見てきた動作からその先の行動

を予測するという力があるし、そもそも手持ちの武器に大きな差が出ている。

 とはいえ秋紀の武器は決まれば一撃で相手を仕留めることができるし、行動を共にして

いる相手に奇襲として使用すればほぼ確実に勝利を得ることができる。このまま刹那に

くっついていって、最後の二人になったときにこれを使えば――。

 

「もし俺がお前を殺そうとしたら……俺を殺すのか?」

「…………」

 刹那はしばし地面に視線を落とし、困ったように溜息をついた。

「君は本当に、結構意地悪な質問をするよね」

「……悪い」

「すぐに返事をしないとダメかな」

「いや、別にすぐにじゃなくていいけど」

「じゃあ少し待ってほしい。今すぐには答えられそうにないから」

 その言葉を聞き、秋紀は微笑みながら「分かった」と答えた。

 

 いつかは知ることになる質問の答え。それがYESかNOかまだ分からない。だがその答

えがどちらだったとしても、刹那と秋紀のどちらかは――あるいは二人ともがこの世に別

れを告げなければいけないのだ。それを想像するとどうしようもなく悲しい気持ちになるが、

秋紀はうな垂れて誤魔化すことにした。

 

【残り17人】

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