終盤戦:57





 頭上で、機械のスイッチが入る音がした。黄金色の光が降り注ぐ空は淡い水色に変わって

おり、再びその姿を現した太陽や小鳥の鳴き声が朝の到来を告げていた。

『おっはよー。みんな起きてるかい? 午前六時になったんで三回目の放送を始めるから、

聞き逃しのないようによーく聞いとくんだよ』

 担当官の村崎の声が島中に響いた。

 

『まず始めに夜の間に死んだ連中の名前から。女子13番、長谷川恵。男子5番、加藤辰美。

女子19番、渡辺千春。男子3番、戌神司郎。女子11番、田中夏海。女子2番、荒月凪那。

男子18番、山田太郎。以上で――』

 淡々と死亡者の名前を読み上げていた放送がそこで突然途切れた。機械の故障かと思っ

たが、マイクの向こうで誰かと話している村崎の声がするので故障というわけではないらしい。

何かトラブルでもあったのだろうか。

『――えっと、たった今死んだ奴が出たみたいだね。男子2番の……伊藤忠則。さっき読んだ

連中と伊藤を合わせて、死亡者は以上八名。半分以下になったんで、これからもこの調子で

頑張りな』

 

 名簿の上に線を引いていた中村和樹(男子11番)の手がぴたりと止まった。

 そうか。もう、そんなに……。

 自分のいるクラスが一日も経たず半分以下になってしまったのに、和樹の心はそれほど動

揺していなかった。

 このプログラムの中で、自分はいろいろなものを見てきた。狂人、死体、血痕、銃、殺人者。

 そして、人間の本性。

 延々と続く死の連鎖に慣れしまったのだろう、と和樹は考えた。しかし実際はそうではなかっ

た。

 

 和樹はもう、どうでもよくなってしまったのだ。自分を殺そうとしているかもしれないクラスメイ

トたちの身を案じ、その死を悲しむ必要なんてない。そもそも、何で自分を殺そうとした奴らに

対して涙を流さなければならない? 奴らが死んだということは、逆にこちらの死ぬ確率が減

少したということで喜ぶべきことじゃないか。

 

『次に禁止エリアを言うよ。一時間後の七時にH−8エリア。九時からF−6エリア。十一時か

らD−6エリア。チェックし忘れて死ぬなんてマヌケな死に方はするんじゃないよ。それじゃ』

 伝えるべきことを言い終えると、ぶつっというマイクの切れる音が響いて放送はそこで終了

した。

 

 死亡者と禁止エリアをチェックし終えると、和樹は出していた名簿と地図をデイパックの中に

仕舞った。

「つっ……」

 和樹はわずかに顔をしかめた。ゆっくりと呼吸をして気持ちを落ち着け、脇腹の刺し傷を押

さえていたタオルをどかして傷の様子を見てみる。傷自体はそれほど大きいものではないが、

問題なのは深さと出血量だった。もう引き抜いてしまったが、あの果物ナイフはほとんど柄に

近い部分まで刺さっていた。小さめの刃物とはいえ、あれだけ深く刺し込まれたら内臓が傷つ

いているかもしれない。

 いくら傷口が小さいとはいえ、人間の身体なのだから刺されれば血は流れ出てくる。そして

和樹は止血方法を知らない。友達と遊んでいて膝を擦り剥いたり、カッターナイフで指を切っ

たりしたことは絆創膏を貼っていた。だが今回はそんなレベルの話ではないのだ。

 

「ちくしょう、痛ぇ……」

 涙の混じった悲痛な呻き声。十四年という短い時間しか生きていない和樹は、腹を刺された

ときにどう対処すればいいのかまったく分からなかった。とにかく血を止めないといけないとい

うことは分かる。だがここには包帯やガーゼどころか絆創膏すらないのだ。自分が持っている

もので唯一できることといえば傷口をタオルで押さえるということだけだが、こんなものは所詮

この場しのぎの応急処置にしか過ぎない。包帯を――いや、この際ガムテープでもいい。何

とかして傷口を塞ぐものが必要だった。

 

 放っておけば止まる傷かもしれないし、自分が思っているより大したことはないかもしれない。

だが血を流し続けることによって自分の生命が削られていくのは確かだ。

 手の平に広がる血の温かさが、自分がまだ生きていること――自分の命が流れ出ているこ

とを実感させている。

 

 和樹はまだ生きている。そして、刻々と死に近づいている。

 

「みんなを信じて……島中駆け回って、何度も殺されそうになって……それでも信じてやってき

たのに、その結果がこれかよ……」

 もう何をしたらいいのか分からない。何をしても、全て悪い方向に進んでいく気がする。

 みんななら分かってくれる。きっと殺し合いを止められるという思いは勘違いだったのだろう

か。希望的観測のような自分の願望が、そう感じさせただけなのだろうか。

 みんなのことは信じたい。けど、信じることができなくなっている。こいつはこう言っているけど

本心では別のことを考えているんじゃないか? こいつも俺を殺そうとしているんじゃないか?

いけないとは思うのに、どうしてもそんな疑念が湧き上がってしまう。

 

 

『俺らはみんなひとりひとり違う。見た目も考え方も。お前の考えに同調する奴もいれば、俺み

たいな奴もいる。この殺し合いは終わらねえよ』

 

 

 六時間ほど前に出会った浅川悠介(男子1番)は、和樹に向かってそう言った。あの時は彼

の言っていることに納得できなかったが、今なら少し分かる気がする。

 同じクラスの人間としていくら親しくしていても、根底の部分では結局他人同士なのだから。

 

 どうすればいいんだよ……。

 誰か……誰か教えてくれ。

 俺、もうワケ分かんねぇよ……!

 

「ねぇ、そこにいるの中村くんでしょ?」

 真横から聞こえた人間の声に和樹は全身を震わせた。ひっ、と短く悲鳴を上げ、脇に置いて

おいたウィンチェスターを両手でがっしりと構える。

「ちょ、ちょっと待って。私よ私、高梨亜紀子」

 木々の向こうに、十二時間ほど前に出会った高梨亜紀子(女子10番)が両手を上げて立っ

ていた。

「こんな状況だから警戒しちゃうのも仕方ないけどさ、それにしたって露骨に怖がりすぎよ。お

化けか何かとでも思った?」

 

 同じ恐怖なら、いっそのことお化けのほうがマシだと思った。

 人間じゃないならば、何も思わずに引き金を引ける。

 遠慮なく殺すことができる。

 

「あ…………」

 和樹は愕然とした。

 ――俺は今、何を思った?

 

「ねえ中村くん、私の話聞こえてる?」

 亜紀子の声が脳の中に響いてきて、和樹は現実に引き戻された。

「わ、悪い」

「もう、しっかりしてよね。こうして無事再会できたんだから喜びを表現しなくちゃ」

 無事。軽く言ったつもりであろうその一言が、ひどく和樹の心を揺らした。

 ……どこをどう見たら、今の俺が無事に見えるってんだよ。

 亜紀子が軽い調子でものを言うのはいつものことだ。

 なのになぜか、妙に癇に障ってしまう。行き場のない、理不尽な怒りが込み上げてくる。

「中村くん、本当に大丈夫?」

 黙りこんだきり何も話そうとしない和樹を、亜紀子が上から見下ろす。

「……大丈夫だよ。ちょっと怪我していて、傷が痛くなっただけだから」

「ならいいけど。けどもし何かあったっていうのなら、私が相談に乗るわよ。辛いことを溜め込

むのはよくないわ」

「…………」

 

 言ってしまいたかった。自分がこれまでにどんな目に遭ってきたのか。どれほど辛いことを体

験してきたのか。全部吐き出して、楽になってしまいたかった。

 

「気持ちはありがたいけど、そこまで深刻なことじゃな――」

「嘘でしょ」

 和樹の言葉を遮って、亜紀子がきっぱりと言い切った。

「中村くん嘘が下手なのよ。本音を隠そうとしても、根が素直だから顔に出てるの」

「…………」

「ねえ、私のことそんなに信用できない? あんたがどう考えているか知らないけど、私はみん

なことを信じているわ。困っている人がいれば助けになりたいし、やる気になっている人たちも

話せば分かってくれるって思っている」

 和樹は無言のまま俯いた。

「中村くんだって言っていたじゃない。殺し合いをするのなんてゴメンだって。私のこと、信じてく

れるって。あのときの言葉、私は凄く嬉しかった」

 無気力に座っている和樹に対しても、亜紀子は真剣な眼差しで真摯な言葉を投げかける。

 

「だから今度は、私があんたの役に立つ番。頼りないかもしれないけど、愚痴を聞くことぐらい

はできるからさ」

「でも、そうしたらお前に迷惑が――」

「私は全然迷惑なんて思っていない。あんたに勇気付けられた恩を返すだけ。私が私の意思

でやるって決めたんだから、迷惑でもなんでもないわ」

 

 心が、揺れた。

 それは慰めようとしてかけられたものではなく、自分の思っていることをそのまま口に出した

ものだった。

 

 ただ、和樹にはそれで充分だった。今の彼に必要なのは同情や慰めなどではなく、本当に

自分を信じてくれるような――『仲間』と呼ぶべき人物が手を差し伸べてくれること。

 

「あんたがうんって言うまでここを動かないから」

 亜紀子は軽薄なようで強い意志を持つ少女である。情報屋という位置にいるためか、自分の

考えを変えずに貫き通すことも多い。その亜紀子がこう言っているのだから、本当に和樹が頷

くまでここを動かないだろう。

 そんな亜紀子を見ているうちに、和樹の中で何かが和らいでいった。

「前から思ってたけどさ、お前ってほんっと自分勝手だよな」

「これくらいじゃないと世の中渡っていけないのよ」

 やれやれといった風に手の平を返し、おどけた調子で言う。

「……たぶんほとんど愚痴とか八つ当たりになっちまうだろうけど、それでも聞いてくれるか?」

「安心しなさい。あんたの泣き言なんて屁でもないから」

 

 問題が根本から解決したわけではなかった。

 他のみんなが自分を殺そうとしているのかもしれないという懸念は消えていない。

 けれど今は、亜紀子の気持ちを大切にしたかった。

 その気持ちがドス黒い悪意に満ちたものだということを、知らなかったとしても。

 

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