終盤戦:54





 これは悠介が目を覚ます前――ちょうど黒崎刹那(女子7番)が公民館から離れていった

頃の話。

「はあっ、はあっ、はあっ……」

 荒い息遣いを繰り返しながら、清水翔子(女子9番)はひたすら前へ進む。何かに取り憑か

れたように、ただひたすらに。

 どこかの目的地を目指して走っているのではなく、何かに怯えるように走っていた。

 彼女の背後に何かが迫っているわけでもなかった。ただあるとすれば――。

 

 怖い、怖い、怖い……!

 逃げなくちゃ。早く、早くどこかに……。

 

 闇と、そして底知れぬ恐怖だけだ。

 

 舞原中学三年三組女子9番、清水翔子。個性的なメンバーが多いこのクラスの中で、翔子

は特に地味な部類に入っていた。これといって得意なものがあるわけでもないし、喘息の発

作を持っていて学校をよく休んでおり、そのためクラスメイトとあまり打ち解けられずにいた

からだ。日頃から仲良くしていたのは井上凛と佐藤美咲(女子8番)くらいなもので、その他の

生徒たちとはあまり話をしたことがない。

 そんな翔子であるが、つい先程まで五人の仲間たちと共に公民館に立て篭もっていた。全

員が全員とも仲の良いもの同士ではなくて最初は不安だったが、発作の出た自分を優しく看

病してくれたり、外と連絡を取るためにみんなで力を合わせたりしている光景を見ているうち

に他のメンバーたちを信頼していくようになった。

 それも、あまりに唐突に終わりを告げる。

 

 体力の限界が訪れた翔子は大きく呼吸をしながら、近くの茂みの中に倒れるようにして座

り込んだ。また発作が出るかもしれないと思ったが、あのときにそんなことを考えている余裕

はなかった。

 

 荒月さん、大丈夫かな……。

 

 荒月凪那。自分がいた公民館メンバーのリーダー的存在で、クラスの中では最もコンピュ

ーター関係のことに詳しく、持参したノートパソコンで外との連絡が取れるか試みていた女子

生徒。田中夏海が襲ってきたとき、彼女はその身を挺して自分を逃がしてくれた。なりふり

かまっていられずにここまで逃げてきたが、やはり凪那のことが気にかかってしまう。

 様子を見に公民館まで行ってみようか。あんなに激しく聞こえてきた銃声もいまやピタリと

止んでいるし、ちょっとの間戻るくらいなら……。

 そう思って立ち上がった瞬間、翔子の視界が激しく点滅して全身の力が一気に抜けていっ

た。今の姿勢を保つことができなくなり、そのまま尻餅をついてしまう。

 

「ううっ……」

 翔子は苦しげに顔を歪めその場にうずくまった。滅多に体を動かすことがないのにいきなり

全力疾走をしてしまったせいか、立ち眩みと発作が起きたらしい。

 激しいめまいと苦しみに襲われている最中、翔子はあることを考えていた。

 ――ああ、なんて情けないんだろう。

 生まれついての身体の弱さ。誰によるものでもない、故にどうすることもできないもの。

 ――いつも何もできなくて、ただ見ているだけで――。

 激しい運動を禁じられている翔子は今まで一度も運動会などの行事に参加したことがない。

体育の授業はほとんど見学だったし、友達と外で遊んだ経験も数えるほどしかなかった。

 それがたまらなく悔しかった。人と同じことが自分にはできない。みんながやっている当たり

前のようなことができない。ただ、たまたま身体が弱かったというだけで。

 

 自分ひとりでは何もできない。誰かに守ってもらわなければ生きていけない。翔子はいつも

そんな劣等感に苛まれていた。表に出そうとはしなかったが、心の中ではそんな思いがはっ

きりと存在していた。

 何で私は生きているんだろう。村上さんや凛ちゃんが死んでしまっているのに何で私がこう

して生きてるんだろう。私が生きていても何の意味もないのに。

 翔子の思考と感情は負の泥沼にはまっていく。激しい自己嫌悪が翔子から生きる気力まで

を奪い去ろうとしていた。

 

 体調はよくなるどころが悪化していき、翔子の意識は次第に薄れていく。

 このまま気絶したら、私死んじゃうのかな……。

 それもいいかもしれない。どうせ私は何をやってもダメなのだから。ならばいっそ、ここでこ

のまま――。

 

 意識が完全に闇に溶け込む寸前、翔子は一つの音に気がついた。すぐ近くから人の話し声

のようなものが聞こえてくる。

「ちょっと待って、あそこに誰か倒れているわよ!」

 声の感じから女子生徒だということが分かった。二人か、三人か……いずれにせよ複数の

人間が近づいてきている。

 その声の正体を知ることなく、翔子は意識を失った。

【残り18人】

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