終盤戦:53





「…………ん」

 目を覚ました浅川悠介(男子1番)は気だるげに呟き、ソファに寝そべったまま周りを見

回した。暗い室内、白い天井、白い壁。そこでようやく、悠介は自分が今どういう状況に

いるのかを思い出した。

 

 ――つぐみと合流して、適当な家を探して、それから……ああそうだ、ちょっと休もうと

思って横になっていたんだっけ。

 どうやらそのまま寝てしまったらしい。大きなあくびを一つすると、悠介はソファから体を

起こして「んっ」、と背を伸ばした。部屋に備え付けられている掛け時計は午前四時十分

を指している。最後に時間を確認したときは一時前だったから、三時間ほど眠っていた

ことになる。それほど長くない睡眠時間の割に体の疲れは大分取れていた。

 

 リビングにある冷蔵庫を勝手に開け、中に入っていた麦茶をごくごくと飲み干す。冷えて

はいないが味気のないミネラルウォーターよりはずっとマシだった。

 顔でも洗おうかと思い、悠介はリビングのすぐ近くにあるバスルームへ続く扉を開けた。

「あ、起きたんだ」

 そんな彼を出迎えたのは雪姫つぐみ(女子17番)の笑顔だった。鏡の前に立っている

ことと髪が濡れているところを見ると、どうやら髪についていた血を落としていたらしい。

いつ頃から洗っていたのか分からないが、この様子だと大分念入りに洗い流していたよ

うだ。

 

「おっはよー……って悠介くん凄い寝癖」

「言われなくても分かってるよ。ったく寝起きは毎回こうなんだよな……」

 ぶつぶつ言いながらつぐみの隣に立ち、洗面台の蛇口を捻って水を出そうとする。

 が、このとき彼は肝心なことを忘れていた。

「…………?」

 水が出てこない蛇口を怪訝な目で見る悠介。何回か捻ってみるものの、水の出てくる

気配は全くなかった。

「電気とガスと水道は止められているんだけど」

「……ああ、そうだっけ」

 そういえば、教室でのルール説明のときにそんなことを聞いた気がする。

「あははははっ、悠介くんまだ寝ぼけているんじゃないの?」

 面白そうに笑いながら、つぐみはミネラルウォーターの入ったペットボトルを悠介に手渡

した。

 

「悠介くんが寝ている間に近くを見てきたの。そしたら雑貨屋さんみたいなのがあったか

ら、ちょっとお邪魔していろいろ持ってきちゃった」

 自分が無防備に眠っている間、彼女はこの近辺の探索をしていたらしい。つぐみの手

際のよさには驚嘆させられる。

「お前の髪についた血も、そこから持ってきた水で洗い流したのか?」

「うん。時間が経っているからうまく落ちるか心配だったけど」

 たださすがにワイシャツや制服についた血までは洗い流せなかったようで、今のつぐみ

はスカートに代えのワイシャツというさっぱりとした姿だ。

「寒いんだったら上着貸すけど」

「へーきへーき。そんなに寒くないし」

 

 身支度を終えた悠介がリビングに戻ってきたところで、二人は本格的に今後のことにつ

いて話し合うことにした。

「私なりにいろいろ考えてみたけど、ここから逃げ出すっていうのはやっぱり無理なのか

な」

 一番最初に話に上がったのが、『プログラムから逃げ出すことは可能なのか』という話

題だった。

「無理じゃないけど……極めて不可能に近いだろうな。いくら前例があるといっても何の

技術も身につけていない俺たちにはキツすぎる」

 

 悠介が言う前例というのは1997年に香川県で起きたプログラム脱出事件のことだ。六

十年近く続いているプログラムの歴史で生徒が脱出したというのはこのプログラムだけだ

った。もっとも、政府が公にしていないだけで他にも脱出に成功したプログラムがあるの

かもしれないが。

 

「とりあえずこの首輪が問題よね。その脱出した人ってどうやって首輪を外したのかしら」

「噂じゃあのプログラムには前年度の優勝者が参加していたって話だ。たぶんそいつが

首輪の図面とか解体のための道具や知識を持っていたんだろ」

「ふーん……」

 と、ここでつぐみはあることに気づく。

「何でそんなこと知っているの?」

「前にネットで見たんだ。俺はあまりアングラ系のサイトとか行かないんだけど、チャットで

そういう話題になって一回だけ見たことがあるんだよ」

 

 珍しく楽しそうな顔で話す悠介。そういえば彼はネットサーフィンが趣味だったっけ、と

つぐみは今更のように思い出す。つぐみはパソコンを持っていないわけではないけど、そ

こまで夢中になっているわけではないから悠介の話はよく分からなかったが。

 

「とにかく脱出だとか助けを呼ぶのはやめておいた方がいいな。あんな事件があった以上

政府のセキュリティはかなり強化されているだろうし、下手をしたら俺たちの行動も監視

されているかもしれない。そうなっていたら作戦を実行しようとしても首輪を作動されてあ

の世行きだ」

「じゃあ……」

 言いかけ、つぐみは言葉を濁す。彼女が何を言いたいのか分かっているのか、悠介は

「ああ」と静かな表情で呟いた。

「俺はこのゲームに乗る。お前には悪いけど、俺は他の奴らを信用できない。まあそれは

向こうも同じだろうけど」

 最後の部分には少し自嘲的な響きがあった。

 

「俺はお前を守るために他の奴らを殺す。そして最後で俺とお前の二人になって……そ

れから先はまた後だな」

 自分の愛する人がはっきりと殺人予告をしたというのに、つぐみの顔には微塵の動揺

も見られない。

「……何も言わないんだな」

「え?」

「いやさ、このクラスは俺にとっちゃどうでもいい奴ばかりだけど……お前はそうじゃない

だろ。木村とか中村とか、他にも仲の良い奴はたくさんいる。そいつらを殺すことになる

のに何も思わないのかなって」

「ああ……そういうことね」

 

 言われてみればその通りだ。自分の友人が大切な人の手によって殺されていくかもし

れないのに、自分は特に何も感じなかった。……これは、おかしいことなのだろうか。

 合流してこの家に着いたばかりの頃、二人はこれまでの行動経緯を話し合って情報の

確認をした。つぐみはその時に初めて、悠介がたくさんのクラスメイトを殺していることを

知った。

 

 出発直後に瀕死の村上沙耶華に止めを刺したこと、たまたま出くわした大野高嶺を殺

したこと、井上凛との間にあったこと、復讐に燃える長月美智子を殺したこと。軽蔑され

ないだろうかと不安になっているだろうに、悠介は自分に全てを話してくれた。

 それを聞き終えたとき、つぐみの中に軽蔑の念や嫌悪感というものは浮かんでこなかっ

た。ただ「ああ、そんなことがあったんだ」と納得したぐらいだ。

 悠介と合流する前、つぐみは悠介がやる気になっているだろうと思っていた。何の根拠

もなく、ただ漠然と。そう思っていたから、つぐみの中で自然と覚悟が固まっていたのだろ

うか。

 それを除いても自分は悠介が人を殺したことを責められる立場ではない。自分だって

彼と会う前にこの手を血で染めているのだから。

 

「正直言うと平気ってわけじゃないわ。綾香にも中村くんにも他のみんなも、できれば死ん

でほしくないと思っている。でもそれ以上に、私はあなたに死んでほしくないの」

 その一言は悠介の心を大きく震わせた。心臓が大きく跳ね、胸の奥がかっ、と熱くなる。

 

 

 

『何だよそれ……何で俺の人生まであんたに決められなきゃなんねえんだよ!』

『それがお前のためだからだ。私の言うことを聞いていれば先のことを心配する必要はな

い』

『ふざけんな! 俺はあんたの操り人形じゃないんだ。自分がどう生きていくかぐらい自分

で決めさせろよ!』

 

 

 

「悠介くん?」

「あ…………」

「どうかしたの? さっきから黙ったまんまだけど」

「いや……俺が言おうとしていたこと先に言われちまったからさ。せっかくちょっとカッコつ

けようかなーなんて思っていたのに」

 彼にしては珍しく少しおどけた調子で言う。あまり冗談を言わない悠介にしては不自然

な言葉だったが、つぐみは特に怪訝な表情を見せることなく素直に笑っていた。

 ――あいつとは違う。つぐみは本当に自分を必要としてくれている。

 彼女にとっては当たり前の事実が、悠介にはたまらなく嬉しかった。

 

「俺も同じだ。お前には絶対に死んでほしくない。この先がどうなるのか分からないけど、

このプログラムが終わるまではずっと一緒にいよう」

「……悠介くんってサラっとキザなこと言うわよね」

「? そうかな」

 

 私たちに残された時間は少ない。

 いつ終わってしまうかも分からない。

 ならせめて、限られたその時を共に過ごそう。

 何よりも大切なこの人と一緒に。

 

【残り18人】

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