中盤戦:51





 沙更島公民館、その正面玄関を出て少し横にいった所にある駐車場。そこに黒崎刹那(女

子7番)はいた。己のデイパックを肩から提げ、黙って立ったままその場を動こうとしない。目

の前にある公民館からは、断続的に銃声らしき音が聞こえてくる。

 

 刹那がこの公民館に辿り着いたときには、先行していた山田太郎(男子18番)が公民館の

一室に向けマシンガンを撃っていた。自分の存在に気づいた太郎は「お前はそこで待ってろ」

と言い残し、ひとり公民館の中へと入っていった。

 同行を許されなかったところを見ると、自分はまだ完全に彼に信頼されていないらしい。彼

の機嫌を害うような真似はしていないつもりだが、太郎は自分に対する警戒を解こうとはしな

かった。むしろそれは高梨亜紀子(女子10番)との接触を境に強まっているような気がする。

 

 刹那の思惑上、残り人数が最低でも十人以下になるまで太郎とのチームは保っておきた

かった。やろうと思えば先程手に入れたスチェッキンと釘バットで単身クラスメイトを殺して回

ることもできるが、そうしたっていずれ太郎と戦うことになるんだし、そもそもそれをやるのは

面倒くさい。だが今の状況のままプログラムが進めば、自分は特に苦労もせずファイナリスト

まで辿り着くことができる。そうなったらあとは頃合を見計らって邪魔者の太郎を殺すだけ。

今までの言動や彼の性格から考えて、太郎は自分が負けるなんて露ほども思っていないだ

ろう。その油断につけ込めば彼を殺すことなど案外簡単なことである。それに自分には、いざ

というときの『切り札』もあるのだから。

 

 ただ――。

 刹那は公民館から視線を外し、自分の後ろに立ち並んでいる樹木の一つに目をやった。

特筆すべき点はない、どこにでもありそうな普通の樹木である。

 ただ一つ、彼女にとって問題があるとすれば。

 刹那は渡辺千春が持っていたスチェッキンを取り出し、その樹木に狙いを定める。

 

「そろそろ姿を現したらどうだい? 君が私の後を――正確には山田くんの後をずっとつけて

きたことは分かっている」

 その呼びかけに対し、樹木に隠れている(らしい)人物から反応はない。刹那はやれやれ、

という感じの表情を浮かべ、

「出てこないつもりなら……私にも考えがある。面倒だけど、君を始末させてもらうよ」

 刹那は銃を構えたまま、一歩、二歩とその樹木に近づいていった。

 五歩目が踏み出されたそのとき――。

 

「…………」

 樹木の後ろからひとりの男子生徒が姿を現した。男子にしてはほっそりとした体格に、ヘア

ワックスで無造作にセットされた髪型。背丈は標準よりも少し高めで、今時の中学生といった

感じの少年だ。

 その少年を見た瞬間、刹那の顔に驚きが走った。それはすぐに治まり、わずかな動揺へと

変化する。感情を押し殺し、徹底した無表情を貫いてきた刹那がこのプログラムで初めて見

せる『感情』だった。

 

「秋紀くん……何で君が――」

 刹那の前に姿を現した吉川秋紀(男子19番)は、やや声を荒げてこう答えた。

「何で? そりゃこっちの台詞だぜ。刹那、お前いったいどういうつもりなんだよ」

「……質問の意味がよく分からない」

「何で山田なんかと一緒にいるかって聞いてんだ!」

 刹那の発言に秋紀は怒りを露にする。

 それに対し、刹那はあくまでも冷静に返答する。

「君と同じさ」

「……俺と同じ?」

「そう。私が山田くんと行動を共にしているのは君と同じ考えだからだ」

 そう言われても秋紀はいまいち釈然としない。彼の意図を汲み取ったのか、刹那は言葉の

意味を説明する。

 

「なぜ君がそういう行動に及んでいたかというと、誰かの後を最後まで追っていってラスト二人

になったら奇襲を仕掛けて優勝するつもりだったんだろう。それならば無駄な戦闘はしなくて

も済むし、人を殺める回数も最低限に抑えられる」

「……だったらどうだってんだよ」

「私もそれと同じということさ。積極的に殺し回っている山田くんについて行けば無意味な殺

人をせずに済む。それにいろいろと手間が省けるしね」

 秋紀は何も言わなかったが、刹那の推測は完全に当たっていた。もともと中学生離れした

頭脳を持つ刹那である。他人の思考を読むのもそう難しいことではないのだろう。

「余計なお世話かもしれないけど、辛い想いをしたくなければ私の後をついてこないほうがい

い。山田くんはきっと最後まで勝ち進む。そうしたら私は彼と戦うことになるが、私も彼に負け

るつもりはない。そうなったら私と秋紀くんが殺し合うことになる」

 秋紀の顔に苦渋の色が浮かぶ。普段仲良くしていたメンバーで殺し合うということは彼がも

っとも危惧していたことだった。

 

 刹那は銃をしまい、普段と変わらぬ歩調で秋紀のもとに近づいていった。秋紀はポケットの

首輪操作リモコンに手を伸ばしかけたが、やはり刹那に武器を向けることに抵抗があるよう

でリモコンを取り出すには至らなかった。

「私は秋紀くんと殺し合いはしたくない。だから私の後をつけるのはここで止めるんだ」

 刹那はその後で「頼む」と短く付け加えた。

 しばらくの沈黙の後、秋紀は自ら刹那に近づいていった。手を伸ばせば触れられそうな距

離である。ぞっとするような冷たい瞳が、自分にとっては見慣れた顔が目の前にある。

 

「――お前、刹那じゃねえな」

「…………?」

 彼女にしては珍しく、刹那は胡乱げに眉をひそめた。

「俺の知ってる刹那は、誰かのやろうとしている悪事に手をかそうなんてするような奴じゃな

い。刹那は暗いし無愛想だしあまり喋らないし協調性はあまりないしお世辞にも社交的とは

言えないけど、少なくとも善悪の判断はちゃんとできる奴だ。山田と手を組もうなんてする奴

じゃない」

 

 秋紀の眼前にある刹那の目。それが笑っているような感情を湛えていた。

「まるで私の全てを知っているような言い草だね」

 刹那の唇が弧を描く。彼女が纏う雰囲気にぴったりな孤独で寂しい笑み。

「君が私の何を知っている」

 突き放すような冷たい声。彼女の視線も相成って、秋紀は全身が冷える心地を覚えた。

「今は知らないかもしれない。でも、これから知ることはできるはずだ」

「……詭弁だね」

「詭弁でも何でもいい。俺はお前の――親友のそんな姿を見たくないだけだ」

 秋紀は率直に自分の心情を述べる。刹那は少し驚いた様子を見せ、ぎこちない動きで秋

紀から視線を逸らした。その表情は息苦しそうにも、痛みに耐えているようにも見える。

「……君はなかなかひどいことを言う」

「どこがひどいんだよ。俺は本当のことを言ったまでで――」

 刹那が穏やかに首を振った。

「そんなことを言われたら、私は君を殺せなくなる」

 

 その一言で、秋紀は心臓が締め付けられるような錯覚を覚えた。何か、何か言わなくては。

何か、何か――。

 気持ちだけが逸り、彼女にかけるべき言葉が出てこない。何気なく言った自分の一言が刹

那の心を傷つけてしまった。喉の渇きを癒すため、口の中の唾液を飲み込んだ。

「刹那、俺は――」

 やっとの思いで声を出した、そのとき。

 

「はいはーいそこまで。お話は一部始終聞かせてもらいましたよ――ッと」

 刹那と秋紀しかいない駐車場に、異様にテンションの高い声が響き渡った。

「いやーまいったねぇ。まさか俺らの後をつけていた奴がいたなんてよぉ。俺ってば全然気づ

かなかったなあ」

 公民館の正面玄関の前にサブマシンガンを持った少年が立っていた。彼は一気に段差を

飛び越え、ヒヒャハハハハハと狂ったように笑い出す。

「やったよやったよやってくれちゃったよお前ら。つーか特に黒埼。てめえちぃっとばかし俺を

ナメすぎだな。なんかもうムカつきすぎて言葉もねえよ。ああもう殺す殺す殺し尽くす。俺をコ

ケにするとどうなるか嫌ってほど思い知らせてやる!!」

 凄絶な怒りにその身をたぎらせ、太郎は刹那にMP7の銃口を向けた。

「さあ、俺様の俺様による俺様のための殺戮ショーの始まりだ! 観客がぜーんぜんいねえ

ってのが不満だけどな!」

 迫り来る殺戮のときを想い、山田太郎は地面を震わすような雄叫びを上げた。

 他を圧倒する強大な怒りと殺意の矛先は、ただひとり。

 

「大分早いけど仕方ないか……。秋紀くん、君は巻き添えを食わないよう下がっていた方が

いい」

「巻き添えって……お前はどうすんだよ!?」

「…………」

 友人の呼びかけにも応えず、自分に向けられた銃口に怯える様子もなく、黒崎刹那は無言

で前に進んで行った。

 

 二人が直線上に対峙した、その瞬間。

 このプログラムの運命を決定付ける戦いが始まった。

 

【残り19人】

戻る  トップ  進む

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送