中盤戦:50





 荒月凪那(女子2番)は事務室を飛び出て右折し、公民館の二階と屋上へ続く階段を目指

し全力で走り出した。恐らく――いや、山田太郎(男子18番)は自分に止めを刺すため追い

かけてくるに違いない。マシンガンの一撃を浴びたこの体でどこまで引き離せるかが鍵だっ

た。

 

 正面玄関を通り過ぎて階段の手すりを掴み、速度を落とさず一気に階段を駆け上る。一瞬

遅れてマシンガンの銃弾が背中を通過し、壁に無数の穴を穿った。太郎の耳障りな笑い声が

ここまで聞こえてきた。

 踊り場から二階に上がる際、下に向かってグロックを撃った。ドンドンドンと火薬音が聞こえ

て、グロックを握る右手に反動が伝わってきた。それが傷の痛みをより強いものにした。

 目の前が白く発光し、体の中が焼け付くように熱い。それでも凪那は止まるわけにいかなか

った。屋上には銃を持った長谷川恵がいる。彼女に助けを求めれば太郎を倒すことだってで

きるはずだ。

 

 急に息苦しくなり、凪那は速度を落として咳き込んだ。びしゃっ、という音がして、口にそえた

手が血で真っ赤に染まっていた。

 凪那はそれを見て愕然とした。自分の口から血が出てきたことなんて初めてだった。最初の

マシンガンをくらったことで自分の体はどんどん壊れ始めている。この血は、いわば死刑宣告

だった。

 

 こりゃ助かりそうもないわね……。

 凪那の脳裏にパソコンのディスプレイが広がった。そこに表示された『スタンバイ』、『電源を

切る』、『再起動する』の文字。どこからか現れたカーソルが、『電源を切る』をクリックした。

 動かなくなる画面。消えていくアイコン。ブラックアウトし、何も映さなくなるディスプレイ。

 私にもそれ同じことが訪れようとしている。再び電源を入れたとしても、もう動くことはないの

だろうけど。

 

 背後からパパパパパという音が聞こえてきて、二階の壁にたくさんの小さな穴が開いた。そ

のうちの一発が凪那の右足に、もう一発が脇腹にもぐり込んだ。熱さと痛みが同時に襲って

きて、頭の中に稲妻が走った。

 ぐらりとよろけて倒れそうになり――しかしすんでのところで踏みとどまる。

 

 まだ死ぬわけにはいかない。

 ここで死んでしまったら、先に逝ったみんなにどんな顔をして会えばいいんだ。

 もう助からないことは分かっている。

 だけど、何もしないで死ぬのだけは―― 

 凪那は赤く染まった手を硬く握り締め、再び階段を駆け上がり始めた。右足が撃たれている

というのにその速さは落ちていなかった。

 

 

 

 

 

 一方で事務室の窓を割って公民館に侵入した太郎は、余力を残して凪那を追っていた。

「おーいおいおいおいおいちょっとそこのお嬢さ――ん、そんなに急いでどーこ行くのー?」

 仕留めようと思えば最初に毒ガスを使っていればいい話だ。太郎があえて凪那を生かして

いるのは、『獲物が簡単に死んだらつまらない』という彼らしい理由からである。

 

 ここに来る前に何発もの銃声が聞こえたので銃撃戦をやっているのかと思っていたが、いざ

到着してみるとすでに戦いは終わっており、生きているのは一人か二人(遠目だったのでよく

分からなかった)だけという状況だった。ド派手な銃撃戦を期待していた太郎はひどくがっかり

した。なのでその代わりに、生き残っている奴をトコトンいたぶってやろうと考えたのだ。別に

嗜虐癖があるわけではないが、拷問もやってみれば案外楽しいかもしれない。

 

 ――あ、でもそうすっとグロいシーン見ることになるよな。それはちょっと勘弁だな。後でメシ

が食えなくなったら嫌だし、だいたい気持ち悪いし。――よし、トコトンはやめて”そこそこ”に

しよう。それなら大丈夫だろ。

 物騒なことを考えながら、太郎は実に楽しそうに凪那の後を追っていく。

 

 

 

 

 

 ほとんど倒れ掛かるようにして鉄製の扉を開け、凪那は屋上に飛び出した。ひんやりとした

外の空気が頬を撫で、体に染み付いた血の臭いをかすかに洗い流してくれた。

 すぐさま扉を閉め、凪那はきょろきょろと辺りを見回した。屋上の端っこのほうにある、黒い

塊が見えた。長谷川恵だ。

「長谷川さん! 私よ、荒月凪那! 山田の奴が襲ってきたの!」

 撃たれた右足を引きずりながら恵のもとに近寄っていく。

 

「もうすぐここにやってくるわ! 怖いだろうけど私と一緒に戦って。お願い!」

 言い終えた途端、凪那の口から血塊が溢れ出てきた。大声が体に響き、鉄錆の味が口一

杯に広がる。

 凪那は何度も叫び声を上げたが、屋上の端にいる恵から返事が返ってくることはなかった。

返事どころか何一つ反応が見られなかった。まるで自分が来たことに気づいていないかのよ

うに。

 恵との距離が三メートルほどまで近づいたとき、凪那はその理由を知ることになった。

 

「ひっ…………!」

 凪那の顔から血の気が一気に引いた。

 屋上の端で彼女が見たもの――それは頭をぐちゃぐちゃに砕かれた長谷川恵の死体だっ

た。鈍器のようなもので幾度となく殴られたらしく、彼女の頭部は原型がなくなっていた。血と

一緒に頭部の破片や脳みそなどが飛び散っており、見るものに吐き気を与える凄惨な光景だ

った。

 

 凪那は自分の思慮が足らなかったことを激しく悔やんだ。田中夏海がやって来るよりも前に

恵は殺されていたのだ。恐らく――渡辺千春の手によって。でなければ恵が死んでいることの

説明がつかない。

 もっと早くに気づくべきだった。いくら屋上にいたとしても、下であれだけの騒ぎが起きていて

気づかないはずがない。夏海に襲われている途中で恵がやって来なかった時点で、自分は

事の異変に気がついているべきだったのだ。

 そうすると、恵が持っていたスチェッキンは千春が持ち去ってしまったと考えるのが妥当だ。

あの狡猾な人間がそんな簡単なことを見逃すはずがない。

 希望が磨り減り、どうしようもない脱力感と絶望感が心を埋めていく。

 

 ――『私たちはもう、万策尽きたのよ』――

 

「万策尽きた、か……」

 その場に跪き、口元に自嘲的な笑みを浮かべる。

「本当にそうなっちゃうなんて思ってなかったな……。あの時はただ、自棄になって言っちゃっ

ただけなのに」

 凪那の口元から零れた血が恵の血溜まりに落ち、小さな赤い波紋を作った。

「はーいはいそこまでー。ここまで来たらもう逃げられねえぞー。俗に言う『チェックメイトだ』っ

てやつだなぁこりゃ」

 派手な音を立てて扉が開かれ、場に似つかわしくない明るく陽気な声が響く。

 

「お前らさー、もーちょい根性見せてくれなきゃダメでしょ。ウキウキしてわざわざこんなとこま

で来てやったっつーのにさぁ、何だよもうパーティ終わっちゃってんじゃん。本日のメインゲスト

のためにとっておきのおもてなしとかできねえワケ? もう俺ハッキリ言ってゲンメツなんだよ

ねー。仕方ねえからお前を適度になぶり殺そうかなって思っていたのにさー、お前もうほっと

いても死にそうじゃん。楽しくない。全然楽しくないよ。もうほんと期待はずれもいいとこ」

 長々と自分勝手なことを喚くと、太郎は凪那の右肩をMP7で撃ち抜いた。セミオート状態に

しておいたため、弾は一発しか出なかった。

「うあっ!!」

 グロックを向けるよりも早く、自分の右腕が撃たれてしまった。こぼれ落ちたグロックを左手

で拾おうとしたが、頭を蹴り飛ばされてそのまま屋上に倒れ込んだ。

 

 凪那の両手足を同じように撃って完全に動けなくさせると、仰向けに倒れている凪那の左肘

を踏みつけて固定する。

「くっ……!」

「無駄な努力はしねえほうがいいと思うぜ。まあ抵抗しようにもお前の両手両足動かねえだろ

うけどな」

 太郎の言うとおりだった。彼の足を払いのけようにも手がまったく動かなかった。そしてそれ

は手だけに限らず両足も同じことだった。四肢の動きが完全に利かなくなっていた。

 

「あんた……なんでこんなことできるのよ。笑いながら人を殺すなんて、あんたは異常よ!」

「正常か異常かなんてどうだっていいんだよ。ようは俺が”楽しいか楽しくないか”だ」

 信じられないような事を言う山田太郎という男に、凪那は凄まじい憎悪の念を抱いた。

「そんな理由で人を殺していいと思っているの!? あんたにだって良心ってもんはあるでしょ

う!」

「良心ねえ……そんなんにこだわっているからお前は負けるんだよ。本当になりふり構ってい

られない状況だったら、良心だの道徳心だのはゴミクズ以下の価値しかねえ。そういうのが自

分の首を絞めちまう時だってあるかもしれねえからなぁ」

 言いながらMP7の銃口を凪那に合わせる。反動に備えて伸ばしたストックをぐっと肩に押し

当て、正確に狙いを定めた。

 

「あんた、最低よ……! あんたみたいな人間がクラスにいるなんて反吐が出るわ! あんた

みたいな人間が優勝できるわけないわよ! 地獄に」

 近距離から降り注いだ銃弾の雨が、凪那の言葉と共にその意識を断ち切っていた。着弾の

ショックで小刻みに体が揺れ、太郎の顔と制服に血飛沫が飛び散った。

 太郎はMP7に装填されている弾がなくなるまで引き金を引き続けた。鼓膜を振るわせる轟

音がカチンカチンという音に変わり、太郎はようやくMP7を下ろした。数十発の銃弾を撃ち込

まれた凪那の顔はさながら蜂の巣のようになっており、弾痕から流れ出た血で顔が真っ赤に

染まっていた。

 

 太郎は凪那の横に落ちていたグロックを拾い上げ、それをベルトの前に差し込む。

「あーくそっ。なーんか気分悪ィなあ。てか何で俺が説教されなきゃいけないんだ? 俺が何し

ようが俺の勝手じゃねーか。余計なお世話だっつーんだよったくよぉ!」

 溜まりに溜まった鬱憤をぶつけるかのように手にしたデイパックを放り投げる。

「あ」

 どうやら思っていたよりも力が入ってしまったようで、それは屋上の反対側のフェンスにぶつ

かった。太郎は「ンだよ、クソッ」と悪態をつき、自分が投げたデイパックを取りに行く。結構マ

ヌケな姿である。

「――そういや黒崎の野郎を外で待たせてるんだっけ。仲間にしちまったけど、あいつなんか

怪しいんだよな……。高梨と会っていたってことも言っていなかったし、何かある前に始末した

方が――」

 太郎の声がそこで急に途切れた。何かとんでもないものを見つけてしまったかのように、太

郎の視線はある一点に釘付けになっている。

 

「……そうか……そういうことだったのか……!」

 公民館の駐車場を屋上から見下ろしながら、太郎は口を大きく開けて笑い出した。

「そうかいそうかい、そういう魂胆だったのかい! これで確定したぜ。やっぱてめえは信用で

きねえクソ野郎だってことがなぁ!」

 怒りと喜びが同時にヒートアップしていく。昂る感情を抑えきれず、太郎は馬鹿のように笑い

続けた。

「この俺をそう簡単に出し抜けると思っていたら大間違いだ。どういう理由があるか知らねえが

容赦はしねえ……ぶっ殺し尽くす!!」

 太郎の両腕が広げられ、宵闇の空に歓喜の雄叫びが放たれた。

 

荒月凪那(女子2番)死亡

【残り19人】

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