中盤戦:48





 長谷川恵を除くメンバー全員が集まっている事務室はしんと静まり返っていた。喘息の発作

が治まって起き上がってきた清水翔子(女子9番)も、普段は明るく振舞っている戌神司郎(男

子3番)も、話の内容を知っていた加藤辰美ですらも、荒月凪那が告げた話の内容に衝撃を受

け黙って立っているしかなかった。事務室に集まったメンバーのうち、渡辺千春だけが落ち着

いた表情を浮かべ部屋の壁に背を預けていた。

 

「おい……それってどういうことだよ」

 椅子に座っている凪那に歩み寄りながら、司郎は呟くように声を漏らした。

「今言った通りよ。電話もネットも繋がらない以上、外と連絡は取れない」

「じゃあ――じゃあ俺たちは殺し合いをするしかないってのか!? 冗談じゃねえ、どうにかし

ろよ荒月! 他にいろいろ方法があるだろうが! 俺たちはお前を信じてここまでやってきた

んだぜ! なのに脱出できないってどういうことだよ!」

 肩を掴んで揺すってくる司郎を突き放し、凪那は冷静に現実を告げる。

「外と連絡が取れない以上、ここから脱出するには本部を襲うかこの首輪を外すしかないわ。

でもそんなことできっこないじゃない。首輪を外す工具も知識も、本部を破壊するための武器

もない。 私たちはもう、万策尽きたのよ」

 

 凪那が口にした『万策尽きた』という台詞は、部屋の中にいるメンバーたちの心に重く圧し掛

かった。

「ふざけんなよ! そんなに簡単にあきらめんな、最後までやるんだよ!」

「私だって一生懸命やったわよ! でも、この状況でこれ以上何をしろって言うの!? 私だっ

て殺し合いなんてしたくない。でも脱出の方法が浮かばないのよ! こっちの気持ちも知らない

で知ったような口をきかないで!」

 今まで冷静を保っていた凪那が声を荒げた。驚きとその勢いに押されたのか、司郎の言葉

が突然詰まった。

「二人とも、もう止めて。私たちが喧嘩する理由なんてどこにもないわ」

「そうだよ。喧嘩は止めようよ。荒月さんも司郎も、悪いのはどっちでもないじゃないか」

 その隙を見て翔子と辰美が仲裁に入った。二人の言葉で昂っていた感情が治まったのか、

凪那も司郎も口をつぐみ反省の色を浮かべていた。

 

 そこから一歩退いた場所に立っていた千春は、つまらなそうな顔をしながら一連の様子を眺

めていた。最初から仲間意識を持ち合わせていない千春にとって、凪那たちが騒ごうが喧嘩

しようが関係のないことなのである。このまま関係が悪化して殺し合いに発展すれば万々歳な

のだが。

 それよりも今一番の問題は、頼みの綱であった凪那のパソコンが全く役に立たないという点

である。当初の作戦では彼女のパソコンを使って外に連絡を取り、反政府組織か何かに救助

を求める予定だったが、近くの電話回線が押さえられていてネットに繋げない今、脱出の望み

は完全に絶たれたと言ってもよかった。

 

 他のメンバーが落胆している中、千春だけは凪那に対する怒りのほうが大きかった。絶対

に脱出できるみたいなことを言っておいて人を散々働かせたくせに、作戦が失敗したとなると

「仕方がなかった」と言い訳のようなことを言っている。自分の力が及ばなかったことは分かる

が、それにしては少し無責任ではないだろうか。他人を突き放すような台詞も、千春は気に食

わなかった。半ば自暴自棄になっているのだろうが、あんなことを言っては司郎が怒るのも無

理はない。

 

 まったく……これだから下賎な一般市民はダメなのよ。くだらないことをいつまでもぐだぐだ

と喋っていたって何にもならないじゃない。

 パソコンを使った作戦が不可能になった今、これ以上凪那たちと行動している理由はなかっ

た。元はといえば彼女たちに無理矢理仲間にさせられたのだ。自分の意志でこのグループに

入ったわけではない。特に親しくも無い凪那たちとこれ以上行動していても仕方がないし、離

脱するには絶好の機会だ。

 ――長谷川を殺したのがバレないうちに、私はここから出て行かせてもらおうかしら。

 千春は後ろ手に事務室のドアノブを握り締めた。他のメンバーはこれからのことについて言

葉をかわしており、千春の行動に気づいていない。今ならば気づかれず、この建物から出て行

くことができる。

 

 千春がゆっくりとドアノブを回した瞬間――それは、唐突に来た。

 

 額を血で赤く染めた田中夏海(女子11番)が音も気配も無く、窓の外に現れていた。目が合

った千春に向けてにっこりと微笑むと、何かが握られている右手を地面と平行に上げた。

 千春は視力のいいほうではないのではっきりとは見えなかったが、見なくてもそれが何なの

かすぐに分かった。

 

 反射的に身を屈めると同時に、窓ガラスを突き破って侵入してきた銃弾が千春の頭上を通

過した。銃声。窓ガラスが割れる音。壁に穴が穿たれる音。それぞれの音がほぼ同時に響き、

異変に気づいた他のメンバーが思い思いの声を上げる。

「きゃあああああ!」

「うわわわっ!」

「――な、何だよ! 一体何が起きたんだよ!」

 一際大きな叫び声は司郎のものだ。彼はまだうまく状況を呑み込めていないらしい。

「みんな、頭を低くしてどこかに隠れて! そうしないと撃たれるわ!」

 冷静なアドバイスは凪那のものだ。彼女は机の陰に身を隠しており、めちゃくちゃに乱射され

ている銃弾から身を守っていた。

 

「くっそ……何なんだよあいつはぁ!!」

 大声で怒鳴り散らす司郎のすぐ側を銃弾が通過する。司郎は「ひっ」と短く悲鳴を漏らし、銃

弾から逃れるため夏海の死角となっている場所へ四つん這いになりながら進んでいった。

 なぜ自分たちがこのような目に遭わなければいけないのか。そんな不条理な怒りのこもった

視線の先には、額を血で赤く染めて目を大きく見開いている田中夏海の姿があった。

 

「もう……ダメじゃない……お姉ちゃん、今日帰ってくるのが遅くなるって……言っておいたの

に……玄関の鍵、閉めちゃうなんて。それじゃあ私が家に入れないでしょ? ねえ……何でこ

んなことをするの……? イタズラのつもりなら……少し、度が過ぎているわよ」

 夏海は身体をふらふらと揺らし、ぎこちない笑みを浮かべながら訳の分からないことを呟い

ている。凪那はそれを見て夏海が狂っているのだと理解した。

 

 彼女が言っている『玄関の鍵を閉めた』というのは、侵入者を防ぐために正面玄関が施錠さ

れていたことを言っているのだろう。彼女は正面から入れないと本能的に理解し、この部屋の

窓を割って侵入を試みたのだ。

「も、もう嫌だあああああああ!!」

 恐怖に耐えかねたのか、隠れていた机の陰から立ち上がった辰美は廊下へと通じる扉に向

かって走り出した。

「イタズラする子には……お仕置き、しなくちゃ。そうよ、お仕置きしなくちゃ。悪いことしちゃダ

メなのよ。お仕置き……お仕置き……」

 グロッグの握られた夏海の手がすい、と上がり、パンパンパン、と立て続けに三発の撃発音

が響いた。辰美の背中に三つの穴が開き、あと少しで扉に到達するはずだった辰美は背中を

反り返しながら倒れた。伏せになった身体の下から、すぐに血が広がっていった。

 

「加藤!」

 思わず立ち上がりかけた司郎だが、彼が盾にしている机目掛けて撃たれた銃弾の一つが司

郎の左腕に当たったため、またすぐに隠れることになった。

 その様子を見ていた凪那はぎりっと奥歯を噛み締めた。

 何でこんなことになってしまうんだろう。

 私たちはただ、殺し合わなくてもいい方法を探していただけなのに。

 それが、何でこんな――。

 

 ここでようやく、凪那は部屋の中で起きていた異変に気がついた。

 痛みに顔をしかめながら傷口を押さえている司郎、そのすぐ近くで涙を流しながら体を丸め

ている翔子。死体と化し、ぴくりとも動かなくなった辰美。

 ――じゃあ、渡辺さんは?

 机の陰から頭を覗かせ、凪那は辺りを見渡した。そしてすぐに、廊下へと続く扉が少しだけ開

けられていることに気づいた。

 

 まさか――。

 信じたくない出来事が凪那の頭に浮かんだ。直後に彼女は、夏海が入ってきた窓ガラスの外

に信じられない光景を見た。

 自分たちと同じ制服を着た少女がどこかへ走り去っていく。それは確かに先程までここにい

た渡辺千春の姿だった。

 

 あいつ――私たちを見捨てやがった!

 誰に対しても優しい態度を崩さなかった(それは建前だったのだけれど)千春が自分たちを

見捨て、一人で逃げ出している。凪那はグループの中でまとめ役をしていた彼女にそれなりの

信頼を持っていた。だからこそ、凪那を襲う怒りと失望の気持ちは大きかった。

 凪那は口の端を歪め、彼女を追うために立ち上がった。だが夏海がそれを許さない。凪那の

動きに反応し、狂人とは思えない正確な射撃で彼女をその場に釘付けにした。

「くそっ……いったいどうすればいいの!?」

 戦う武器も手段もない凪那たちは、ただ黙って机の陰に隠れているしかなかった。

 

 

 

 

 

 背後から聞こえてくる銃声にときたま振り向きながら、渡辺千春は今まで過ごした公民館か

ら離れ、行く当てもなく走り続けていた。

 恵を殺したことがバレないうちに武器だけもらって逃げるつもりだったのに、まさかあんなトラ

ブルに巻き込まれるなんて。夏海の出現は大きな誤算だったが、人数を減らしてくれると考え

ればそれほど大きな問題でもなかった。程度の低い一般市民が何人死のうと、私の知ったこ

とではないのだから。

 

 ――フン、いい気味よ。私のことを敬わなかったからああいう目に遭うんだわ。もう少し自分

たちの立場ってものを自覚したらどう? まあ、今更後悔しても遅いけどね。

 

 死に怯える凪那たちの姿を思い浮かべ、心の内でせせら笑った。

 優越感に浸っている千春の目に、二人組みの人影のようなものが映った。

 その一人の手元がぱっと光り、千春の身体に凄まじい衝撃が走った。

 ――――え?

 喉の奥から溢れてくる生暖かい液体の感触を感じながら、彼女は何が起きたのか必死に理

解しようとした。

 

 撃た……れた? 私が? 何で、誰に?

 私――死ぬの? 嫌、死にたくない。私はこんなところで死ぬべき人間じゃないんだ。どうでも

いい一般市民が生きているのに、何で私が。

 嫌だ痛い助けて誰か助けて痛い痛い痛い死にたくない嫌だ嫌だ嫌――――

 

 再び降り注いだ銃弾の雨は千春の意識を断ち切り、彼女の美しい姿を目も背けたくなるほど

凄惨な姿へと変貌させた。穴だらけになった千春の身体が一度だけぐらりと揺れ、そのまま道

路に崩れ落ちた。損傷の激しい頭部から吹き飛んだ脳みそと脳漿が道路に飛び散り、不気味

なトッピングを施していた。

 

「いよぉーっし! まーたまた命中! いやー俺ってすげえなぁ。ひょっとしたら射撃の才能があ

るのかもなあ」

 山田太郎(男子18番)は千春の死体に近づき、ゴミを触るかのように彼女の身体を爪先で

蹴飛ばした。毎度のようにヒャハハハハハと笑っていると、公民館の方から銃声が聞こえてき

た。

「おやおやおやおやおや。ひょっとしたらもうドンパチやらかしちゃってるワケ? こりゃ少し急

がねえとパーティに遅れちまうなぁ。つーか向こうも銃があるの? いいねえいいねえ銃撃戦だ

ねぇ! 俺の期待に応えられるように元気バリバリ働いてくださいよー公民館の諸君!」

 これも毎度のように長い台詞を口にすると、太郎は我慢できずに公民館目掛けて走り出した。

 

「…………」

 一人残された黒崎刹那(女子7番)は、千春の死体をしばらく眺めてから彼女が何か持っては

いないか、荷物や身につけているものなどを調べ始めた。刹那が弾の入ったスチェッキンを見

つけるのは、それからすぐのことだった。

 

加藤辰美(男子5番)

渡辺千春(女子19番)死亡

【残り22人】

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