中盤戦:45





 ……そろそろ来る頃かしら。

 とある民家の敷地内――ちょうど門のすぐ隅の辺りに佇みながら、高梨亜紀子(女子10

番)は路地に出るタイミングを見計らっていた。自らの支給武器である高性能情報探知機

から得た彼らの進路を考察するに、この道を通ることはまず間違いない。

 

 ”彼ら”とは、このプログラムの中でナンバーワンの殺害数を誇っている山田太郎(男子

18番)と、その太郎と行動を共にしている黒崎刹那(女子7番)のことである。

 完全にやる気になっている太郎と接触するにはかなりのリスクを伴うが、亜紀子はどうし

ても太郎に会う必要があった。それは極力危険を避け、自らの手を汚そうとしない亜紀子

にしては非常に珍しいことだった。

 

 亜紀子のプログラムにおけるスタイルは、他の奴らをぶつけ合わせ、自らに被害が及ば

ないよう安全に数を減らすというものである。陰でコソコソ動くのは大得意なのでこのスタ

イルをやり通すことに決めていた。

 だがプログラムを進めているうちに、亜紀子はこの方法についてある懸念を抱くようにな

った。

 

 その懸念とは、最後の二人になったときにどうするのかというものである。

 亜紀子は他人をぶつけ合わせて勝ち残ってきたが、その相手はそうではない。過酷な殺

し合いを勝ち抜き、それなりの戦闘経験を武器を手に入れている。それに対し自分の武器

は直接戦闘にまるで向いていない。戦いになれば自分が負けることは目に見えている。

 武器を手に入れる必要があった。銃を持った相手にも互角で戦えるような武器が。

 お人好しの中村和樹(男子11番)からもらった銃剣があるが、銃を相手にこれでは少し

心もとない。それにこのプログラムにはマシンガンが支給されている。マシンガン相手に近

接武器では圧倒的に不利だった。

 

 何としても銃を手に入れなければいけない。考えを巡らせた結果、亜紀子が思いついた

のは『持っていそうな人物から譲ってもらう』という方法だった。

 無論、「その銃ください」などと言って譲ってくれる相手がいるわけがない。何らかの情報

と引き換えにして手に入れるつもりだった。

 その相手に選ばれたのが太郎というわけだ。すでに五人もの人間を殺している彼のこと

だ、銃の一つや二つは持っているに違いない。

 太郎はやる気になっているから、ことを荒立てないようできるだけ穏便に済ませておきた

かった。あんなうるさい奴相手に下手に出るのはちょっと癪だったが。

 

 

 

 

 

「あーくそっ。何であそこで逃がしちまうかなぁ。また会ったときにぶっ殺せばいいだけなん

だけど、殺し損ねるってのはいい気分じゃねえなあ」

 中村和樹との戦闘を終えた太郎と刹那。和樹を仕留め損ねたことがよほど悔しかったの

か、太郎は先程から文句ばかり言っている。

「…………」

 刹那はそれに反応せず、ただ黙々と歩を進めるだけだ。よく喋り感情を表に出すことが

多い太郎と、必要最低限のことしか喋らず感情の起伏に乏しい刹那。あらゆる意味で二人

は対照的な存在だった。生存している多くの生徒たちは、この二人が行動を共にしている

とは露ほどにも思わないだろう。

 

 と、先を進む太郎の歩みがぴたりと止まった。きょろきょろと辺りを見回し、少し先にある

民家をしばらく眺める。

「どうかした?」

「いや……俺ってプログラム始まってから何も食ってねえなーって思ったら急に腹が空いち

まってさ。あそこの家に入って何か食べようぜ」

「私はいいけど、どうやってあの家に入るつもりだい?」

 太郎はニヤニヤしながら、ベルトにさしておいたシグ・ザウエルSP2009を取り出した。

どうやら錠前を破壊して家に入るつもりらしい。

「もう少し音の立たない方法で侵入した方がいいと思うけどね」

「心配すんなって。誰が来ても俺が速攻ぶっ殺してやるよ」

 そう言いながら家に入ろうとする太郎。だがその瞬間。

 

――ぞくっ。

 

 得体の知れない寒気が背筋に走った。太郎ははっとなり、シグ・ザウエルを振り向きざま

にその気配の方へ向けた。

 視線の先にいたのは高梨亜紀子だった。彼女は門から玄関に続く短い道の前に立って

おり、両手を上げて戦意がないことを表している。

「こんにちは、山田太郎くんに黒崎刹那さん」

「てめえは……高梨か。俺に何のようだ。何でここにいる」

 門と玄関の間のわずかな道に佇んでいる高梨亜紀子。彼女は腕を組むと、くすくすと笑

いながら太郎を見た。

「それはお互い様じゃない。とりあえずあなたの疑問に答えておくけど、あなたに会いに来

たのはちょっとした用があるからよ」

 亜紀子の声が耳に届いて数秒後。太郎は彼女が発したある言葉に違和感を覚えた。

「会いに来たから……?」

 ”会いに来た”。日常でも良く使う何の変哲もない言葉が、太郎の警戒心を最大限まで高

めさせた。

 

 こいつ――俺がどこに向かっているかを知っていやがったのか?

 

 そうでなければ会いに来たなんて言葉が出るはずがない。亜紀子が何を考えているかは

分からないが、少しでも気を緩めればこの場の空気を亜紀子に支配されるということだけ

は分かった。

「そうよ。わざわざ危険を冒してまで会いに来てあげたんだから感謝しなさいよね」

「うるせえそれ以上喋るなこの馬鹿野郎。お前自分の置かれた状況分かってんのか? 頭

に銃突きつけられてんだからそれなりの態度ってもんがあるだろうが」

 太郎の顔は笑っているが、その内面は苛立ちと殺意に満ちている。

 しかし亜紀子はそれに怯むことなく、意味深な微笑を絶やさずに話を続ける。

「そうカッカしないでよ。私はちょっとばかり銃をもらおうかなーって思って来ただけなのに」

「銃もらいに来ただぁ?」

 亜紀子は頷くと、場を自分のペースに引き込むべく交渉を開始する。

 

「そう。私はあんたから銃をもらいに来たの。もちろんタダで、とは言わないわ。それなりの

報酬は用意する。……そうね、この近くで一番人が集まっている場所なんてどうかしら?

それなら文句ないでしょ」

「……話にならねえな。このプログラムじゃ自分以外の奴はみーんな敵だ。その敵である

お前の言うことを信用しろってか?」

 その台詞がくることを亜紀子は予期していたらしく、間を空けずに口を開く。

「私の情報に信憑性が持てないっていうんだったら、そこにいる黒崎さんに聞いてみれば?

そうすれば私の言っていることが嘘かどうか分かるはずよ」

 その台詞を聞いた瞬間、太郎の表情が今までそれとは一変した。余裕を感じさせる笑み

が完全に消え、敵意と猜疑心に満ちた険しい顔がそこにあった。

 

「どういうことだ黒崎。お前、あいつと何か関わりがあるってのか?」

「…………」

「黙ってねえで答えろ。返答次第ではお前をぶっ殺す。黙っていてもぶっ殺す。五秒以内に

答えないとぶっ殺す」

 太郎はベルトにさしてあるH&K USPを引き抜き、その銃口を刹那の眉間へ向けた。右

手に握られたシグ・ザウエルは亜紀子にポイントされたままで、二人が怪しい言動をとった

ら即座に撃ち殺せるような体勢になっている。

「5、4、3……」

「君はあれを偶然だと思っているのかい?」

 カウントダウンを遮って放たれた刹那の言葉は、それだけでは何を意味するのかよく分か

らないものだった。太郎も彼女が何を言っているのか分からないようで、怪訝に眉をひそめ

ている。

 

「あの時、あの墓地で……そう、君と出会ったことだよ」

 刹那の目が真正面から太郎を見据える。闇をそのまま形にしたような、光を映さない漆黒

の瞳。わずかに鳥肌が立ち、USPを握る手に汗が滲む。

「あれは偶然なんかじゃない。私は自分から君に会いに行ったんだ。彼女に君の居場所を

聞いてね」

「…………何だと」

 太郎の顔に驚きが走る。彼女とは本当にたまたま出会ったと思っていたが、まさかこんな

事実が隠されていたとは。

 

 今思い出してみれば、合流直前の彼女は『ゲームに乗っている人物を探している』と言っ

ていた。決して狭くはないこの会場で、早い段階にその条件に適した人物を見つけ出すこと

は本当に可能なのだろうか。何の手がかりもなしに自分と出会ったことは本当に偶然と言

えるのだろうか。

 その疑問も、亜紀子から自分の居場所を教えてもらったと聞けば容易に納得できる。

「お前、口からでまかせ言ってるんじゃねえだろうな」

「信じたくなければ信じなくてもいいよ。ただ私は事実を言っている。それだけは本当」

「……嘘をついているって訳じゃなさそうだな」

 太郎は刹那に向けていたUSPを下ろすと、それをいきなり亜紀子に向けて放り投げた。

「わわっ」

 突然のことに戸惑いながらも、弧を描いて落ちてきたUSPをしっかりとキャッチする。

「言われたとおり銃はやったぜ。約束どおりその場所ってのを教えてもらおうか」

 何のためらいもなく銃を渡した太郎を前に、亜紀子はしばらく呆けた顔をして立ちすくんで

いた。彼の性格から銃を渡してくるだろうとは考えていたが、まさかここまであっさり渡して

くるとは思わなかった。ここまであっさりしていると、逆に何か企んでいそうで不気味である。

 

「わ、分かったわ。じゃあちょっとだけ待ってて」

 亜紀子は太郎たちに背を向け、高性能情報探知機を取り出してその場所を確認した。以

前に見たとおり、そこには変わらず六人分の反応が表示されている。

「この近くで一番人が多く集まっているのはF−4エリアにある公民館よ。五時からの禁止

エリアに指定されているけど、そう遠くないから今から行っても充分間に合うわ」

「F−4の公民館か……分かった。情報サンキューな」

 用が済んだと分かると、太郎はひらひらと手を振って亜紀子の前から立ち去ろうとする。

 

「ちょっと待って」

「何だ、まだ何か用があるのか?」

「一つだけ聞かせて。あんた、何でこうも簡単に銃を譲る気になったの? 交渉を持ちかけ

た私が言うのもなんだけど、私とあんたは敵同士なのよ。その敵に簡単に銃を渡してしまう

なんてどう考えてもおかしいわ」

 誰もが思うであろう当然の疑問を口にする亜紀子。だが太郎の口から返ってきた言葉は、

そんな疑問を抱いた自分を馬鹿馬鹿しく思わせてしまうほどに単純明快なものだった。

「そうかぁ? 俺はまだマシンガンとかいろいろ持ってっから、銃の一つや二つやったってど

うってことねえんだよ。そもそも拳銃よりマシンガンの方が強えし、銃が一つなくなったって

誰かぶっ殺して手に入れればいいだけだし」

「それが理由?」

「おうよ。二丁拳銃ができなくなるのはちょっと残念だけど、まあ仕方ねえやな」

 亜紀子を騙そうとしているわけではなく、太郎は本心からそう言っていた。自分が二手三

手先を読みながら話を進めていたというのに、この男はその時思ったこと、感じたことだけ

で行動していたようだ。単純な奴だとは思っていたけれど、まさかこれほどまでとは。

 

「……あんたさ、もうちょっと深く考えて行動したほうがいいわよ」

「俺がどう行動しようが俺の勝手だろうが。つーか用が済んだんだったらもう行くぜ。こっち

はこっちで忙しいんだからよ」

 太郎は手の中のシグ・ザウエルをガンマンのようにくるくる回してからベルトにさし込んだ。

空腹を満たすことよりも戦いの場へ向かうことの欲求が強いのか、刹那の広げた地図を見

て公民館の方向を確かめている。

 

「あーそうそう、お前に一つだけ言っておくぜ」

 亜紀子の前から去る間際、立ち止まった太郎は顔だけを彼女の方に向けた。

「今みてえな手がそう何度も通用すると思わねえこった。今回は殺さないでやったが、次は

そうするかどうか分からねえからな」

 軽薄な声とは裏腹に、太郎の顔には肉食獣のような獰猛さが見え隠れしていた。

 

 

 

 

 

 ――あいつ、イカれているわね。

 太郎と刹那が去った後。亜紀子は身を隠していた民家の敷地内に身を隠しながら、先程

の出来事を思い出していた。

「楽しい思いをするためには手段を選ばない奴だと思っていたけど……まさかここまでだっ

たとは」

 自分に対して威嚇の台詞を言ったときの彼の顔は実に楽しそうなものだった。子供が見

せるような、屈託のない笑み。

 ――あいつにとって人殺しはゲームみたいなものなんだわ。だから何の迷いもなく簡単に

人を殺せる。楽しさを感じるためだったらどんなことでもできる。

 

 そのあたりは亜紀子にも通じるものがあった。亜紀子も快楽や優越感を得るために情報

を集めたり流したりしているが、自分はあそこまで極端ではない。情報に踊らされる人間を

見ることは愉快だけど、顔見知りを直接手にかけてまで快感を得ようとは思わなかった。

 太郎はそれをしている。自分の欲望に忠実に、ありのままに行動している。手段を選ばな

いとはまさに彼のことだろう。

 

 自分が誰かに負けるとは思えないが、かといって太郎に勝てるとも思えなかった。どこか

意志の強さで、自分は彼に負けているような気がした。

 自分の手を汚さず、裏で暗躍するのが亜紀子のスタイルだ。自分の身に危険が訪れない

よう、無理をせず”できる”という確信があることだけをやってきた。慎重でなければ情報屋

は務まらない。だから亜紀子はいつも無理をせず、自分のできることをやってきた。

 慎重で頭が働くからこそ、自分は太郎に勝てないのかもしれない。無意識のうちにセーブ

している自分と、本能の赴くままに行動する太郎。そのあたりに『意志の差』が出ているの

だろうか。

 

 自分には『覚悟』が足りない。多少のリスクを背負ってでも目的のものを手に入れようとす

る貪欲さ。そしてそれに伴う『覚悟』が。

「私も腹をくくらないといけない……かな」

 亜紀子の中で、少しずつ何かが変わり始めていた。

 

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