中盤戦:43





「なるほど。何があったのかはだいたい分かった」

 民家の壁に背中を預けて頷く彰浩の顔は、全くの無表情だった。いつも楽しそうに笑ってい

る彼が無表情になるときは、決まって事態が重くなった場合、つまり真剣な時だけだ。

 和樹はやや俯き加減で彰浩の隣に立っていた。偽善者と呼ばれたことへの苦悩を話すべ

きなのかと思ったときにはもう、自分の口が勝手に言葉を紡いでいた。

 

 辛いことがあったら、一人で抱え込まないで誰かに相談した方がいい。クラスメイトから相談

を持ちかけられたとき、和樹がよく言っていた台詞だ。この言葉の持つ意味を今ならとてもよ

く理解できる。人間は一人で全てを背負いきれるほど優れた生き物ではないのだから。

 

「う〜ん、そんなに考え込むことかね」

 彰浩は何でそんな深刻に考え込むのか分からない、といった風な口調だ。和樹は不機嫌

に思い、ムッと眉をひそめる。

 その様子を見て、彰浩は「ああ、悪い悪い」と先程の失言を謝った。

「あのさ、お前はどう思ってんの?」

「どう、って……」

「自分のやってることだよ。お前、本当に自分のやりたいことをやっていたのか? 誰かに言

われたからとか、俺はこうだと思うけどこっちの方が可能性が高いからそれにしよう、っていう

風に行動してきたわけじゃないよな」

 彰浩が何を考えているのかは分からないが、彼はプログラムを自分の意思そのままに行動

してきたのかどうかが知りたいらしい。

 

「違うに決まっているだろ。殺し合いを止めたいって考えているのは誰の影響でもない、俺の

意思だ。俺はみんなが死ぬところなんて見たくないし、みんなに死んでほしくもない。だから俺

は――」

 話に力が入り、右手が自然と握り拳の形になっていた。

 彰浩は優しく微笑みながら、和樹の肩に手を乗せる。

「じゃあ悩む必要なんてないだろ。お前はお前の信じることをやればいい」

「でも俺は――」

「偽善者か? そんなの勝手に言わせておけ。善であれ悪であれ、大切なのは自分の思った

とおりに生きることだろ。こんな場所にいるならなおさらだ」

「彰浩……」

 得意げに、それと少しだけ照れくさそうに笑いながら、彰浩は和樹の頭を引っ叩いた。

「だいたいお前単純すぎるんだよ。まあ、そこが長所っていえば長所なんだが」

「単純で悪かったな」

 褒められているのか馬鹿にされているのかよく分からず、和樹は微妙な心境である。

 

「だいたい善に本物も偽者もないだろ。自分が正しいって思うことをやっていれば、そのうち

応えが出てくると思うぜ。俺は」

 それを聞きながら、和樹は自分の中でゆっくりと湧き上がってくる喜びを感じていた。

 彰浩の言葉は、自分の悩みを打ち払っていた。

 彼は自分の悩みを理解し、飾りではない本心の言葉を自分に向けてくる。

 それが伝わった。プログラムが始まって以来、和樹は初めて嬉しさで胸が一杯になった。

 

 自分が正しいと思ったことをやれ、か……。

 和樹に向けて言った台詞を思い出し、彰浩は自己嫌悪に陥っていた。

 和樹は偽善者などではない。いるとすればそれは何者でもない、自分自身だ。

 つぐみが恭治に襲われているとき、本当はずっと助けたいと思っていた。なのに命惜しさに

逃げ出し、己を見失いかけている和樹にもっともらしい助言を与えている。

 

 口だけ達者な、自分勝手な卑怯者。俺は、誰かから感謝されるような人間じゃないんだ。

 和樹はそんな彰浩の苦悩など知らず、今の彼にとっては残酷とも言える一言を口にする。

 

「ありがとう、彰浩。俺――みんなやる気なんじゃないかって思い始めていた。でもお前はい

つもと変わらなくて、それが凄い嬉しかった。お前に相談して本当に良かったよ」

 本来なら嬉しいはずのその言葉が、今は深く胸に突き刺さる。

「……そうか」

 先程とは随分声の調子が違っていたので何か言われるかと思ったが、和樹は特に気にした

様子もなく夜空を見上げている。

 それにつられ、彰浩もまた夜空を見上げる。特に意味はない。ただそうしてみようと思った

だけだ。

 

「他のクラスの奴ら、今頃なにしてるだろうな」

「さあ……枕投げでもしてるんじゃないか?」

「コテコテの答えだな」

 彰浩はそう言いつつも、小学校の修学旅行では枕投げをしていた事を思い出す。

「……やっぱ、騒ぎになってるのかな」

「何が」

「俺たちがプログラムに選ばれたこと」

「そりゃあ、騒ぎになるだろ。同じ学年の奴が選ばれたんだから」

「そうだよな……」

 同じ空の下にいるのに、どうしてこうも生きている世界が違うのだろうか。他のクラスの生徒

たちは修学旅行の夜を満喫している頃だというのに、自分たちは命を失おうとしている。それ

も、親しくしていたクラスメイトの手によって。

 

「修学旅行、行きたかったな」

 そう呟く彰浩の声は震えていた。泣きたいのを必死に我慢しているんだと悟り、和樹は短く

「ああ」としか言わなかった。下手な慰めの言葉など、意味がないと分かっていた。

 気休めが利くほど温くはないのだ、この場所は。

 和樹は、隣に立つ彰浩に目を向けた。気落ちしてるのではないかと気になってみたのだが、

そこで彼は奇妙なものを目にする。

「……どうした?」

 彰浩の顔が、右手側に伸びる路地へと向けられているのだ。彰浩はすぐには和樹の質問に

答えようとせず、ただ黙って暗闇に目を凝らしている。

「音が聞こえたんだ」

「音?」

「ああ。小さくてはっきりとは分からないけど、多分足音だと思う」

 ウィンチェスターを握る手に力がこもる。耳を凝らして周囲の音に気を配らせてみるが、誰か

の足音のようなものは聞こえてこなかった。

 

 警戒を怠っていたわけではないが、自分には人間の足音のようなものは聞こえなかった。

だが彰浩が嘘を言う理由もないので、何らかの音を聞き取ったのは確かなのだろう。

 和樹はここに来る前に出会った悠介のことを思い出した。彼はやる気の側の人間だ。足音

の主がもし彼だとしたら、そのときは――。

 

「なあ、本当に足音だったのかよ」

「はっきりとは言い切れないけどな。……くそっ、暗くてよく見えない」

 そう言って民家の壁から離れ、路地の真ん中に歩き出していったときのことだった。

 パパパパパという、どこかで聞いたような音が和樹の耳に飛び込んできたのは。

 

 斜め前に立つ彰浩の体ががくがくと揺れ、体を横に捻らせながら崩れ落ちる。大量の血を

撒き散らしながら倒れていく友人の姿が、テレビの向こうの風景のように感じられた。 

「彰浩!!」

 自分が撃たれる危険も顧みず、和樹は道路に倒れる彰浩のもとへと駆け寄っていった。

「おい、彰浩、しっかりしろよ! 俺の仲間になってくれるんじゃなかったのかよ! 何とか言え

よ、彰浩っ!」

 彰浩の体を強く揺すってみたが、されるがままに動くだけで何の反応も返ってこなかった。

「何で……何でこんな……っ!」

 もう動かなくなってしまった友人の胸に顔を埋め、和樹は子供のようにぼろぼろと涙をこぼし

た。人が死ぬところを見るのは初めてではないし、友人の死を知るのも初めてではないのに

涙が止まらなかった。

 

「中村と――そこでおっ死んでるのは君島かぁ? おぉ、俺ってば結構やるじゃん。暗くてよく

見えなかったから当たりゃラッキーぐらいにしか考えてなかったのによ。これで中村にも当たっ

てたら申し分ないんだけどなあ」

 場の雰囲気にそぐわない、明るく長々とした口調。脇に置いておいたウィンチェスターを掴み

上げると同時に、声のした方向に銃口を向ける。

 怒りと緊張の入り混じった表情を浮かべる和樹とは正反対に、サブマシンガンを構えるその

人物の顔には笑みしか張り付いていない。

「お前が彰浩を殺したのか」

 和樹は目を細め、涙の浮かんだ瞳で山田太郎(男子18番)を睨み付ける。憎しみに燃える

その瞳は、相手を串刺しにしてしまいそうな鋭い眼差しだった。

 

 その和樹の視線が横へ動く。太郎に付き従うような形で、暗闇の中から一人の少女が姿を

現した。

「な……」

 それが誰なのか分かった瞬間、和樹の目が驚愕に見開かれた。

「黒崎さん……まさか君もゲームに乗っているのか!?」

 美しい黒髪をショートボブにセットした少女、黒崎刹那(女子7番)。彼女は気だるげに髪を

かき上げ、「まあ、そんなところ」と曖昧な答えを返した。

 見たところ、刹那は武器らしい武器を身につけていなかった。支給された武器がハズレだっ

たのか、それともただ単に戦う気が無いのか。注意するに越したことはないが、今最優先すべ

きはサブマシンガンを手にした山田太郎だ。

 

「お前が彰浩を殺したのか」

 もう一度同じ質問を口にする。

「あー、まあそうですね。正解ッス。んで、それを知ってお前はどうすんの?」

「……なんで、そんなことをしたんだ」

「はぁ?」

「何で人殺しをしたと聞いている!」

 大気を震わすような咆哮。くだらない質問だったらしく、太郎はフン、と和樹を鼻で嘲笑う。

「だってお前、そっちのほうが楽しそうじゃん。物陰に隠れてコソコソやってるよりは銃でドンパ

チやらかした方が何倍も面白そうだと思わね? だいたいこのプログラムってやつは誰かを

殺さないと生きて帰れないじゃんか。みんなで集まって殺し合いを拒否しても首輪が作動して

俺らみーんなお陀仏だ。だったら乗るしかねえだろ? なあ!」

 言葉の最後を飾るように、太郎が手にしたH&K MP7の銃口が和樹に向けられる。

 

 いつ撃たれるとも分からない恐怖。しかし和樹は視線を緩めることなく、ただ一言。

「違う」

 言葉の意味が分からず、隣に立つ刹那に回答を求める太郎。だがさすがの刹那でもその言

葉の意味するところは分からないらしく、刹那は小さく首を振った。

「人の命はそう簡単に失われちゃいけないんだ。死んだ人もそうだけど、残された人たちはもっ

と辛い。誰だって死ぬのは嫌なんだ。どんな理由があっても、人を殺していい理由なんて存在

しない!」

 

 父さんが死んだとき、俺は思ったんだ。

 もう、人が死ぬのは見たくないと。例えそれが、自分とあまり親しくない友人であろうとも。

 誰かが死ぬのを見るのは嫌だ。それで悲しむ人を見るのはもっと嫌だ。

 

 ――和樹の想いが込められた言葉は、太郎に届かなかった。

 太郎はやれやれ、といった様子で肩をすくめ、何の躊躇も無くMP7の引き金を引く。

 ッヒャハハハハハハハ! という哄笑と共に、大量の鉛球が吐き出された。

 彰浩の死体から離れて電柱の陰に身を隠した直後、先程まで自分がいた場所に銃弾の雨

が降り注ぐ。

 

 サブマシンガンの銃声が途切れた瞬間を見逃さず、和樹は電柱から半身を出してウィンチェ

スターを発射した。凄まじい反動が腕から肩にかけて伝わってくる。しっかり地面を踏みしめて

いないと尻餅をつきそうだった。

 ポンプアクションを行って薬莢を排出するのと同時に、再びサブマシンガンの銃声が響いた。

自分が隠れている電柱を中心に火花が飛び散る。

 

「ハハハハハ! やべえやべえやべえ、どうしようこれマジで楽しいんだけどウッヒャヒャヒャ!

戦う気はねえみてえなこと言ってたくせによぉ……お前やる気マンマンじゃねえか! よーし

こうなったらこっちも手ぇ抜かねえからな! 黒崎、お前絶対に手出しすんじゃねえぞ!」

 嬉々とした表情を浮かべ、太郎はMP7の引き金を引き続ける。小刻みに震える銃口から発

射された銃弾は民家の壁を、アスファルトを、和樹の隠れている電柱を穿っていく。砕かれた

コンクリートの破片が宙を舞い、わずかだが灰色の煙を舞い上がらせていた。

 やがてMP7の音が途切れる。弾切れを起こしたのだ。後先考えずにあれだけ乱射していれ

ば無理もない。

 

 電柱から身を出した和樹のすぐ脇を、銃弾が唸り声を上げて通過していった。新しいマガジ

ンを込める暇は与えていないのに、なぜ?

 その和樹の疑問はすぐに解消された。太郎はマシンガンとは違う、大型のオートマチック拳

銃を握っている。どうやらマシンガンの他にもいくつか銃を持っているらしい。

「油断大敵って奴だぜ中村よォ! 俺様やる気全開殺意MAXだってことは今までの会話から

簡単に推測できんだろーが! 俺が誰か他の奴らぶっ殺してそいつらの武器奪ってるってこと

もなあ!」

 喋っている間も攻撃の手は休まない。H&K USPのマガジンに装填された銃弾を全て撃ち

尽くすと、今度はシグ・ザウエルSP2009を取り出して甲高い笑い声と共に撃ち始めた。

 

 絶え間なく銃弾を浴びせかけられ、和樹は動くに動けない状態にあった。

 勝機が薄いことは自分でも理解している。一発を撃つのにも躊躇する自分と、何の躊躇いも

なく引き金を引ける太郎。命のやり取りにおいて、この差は大きい。

 

 俺はあいつを倒せるのか? いや、倒さないとダメなんだ。ここであいつを倒しておかないと、

もっと多くの犠牲者が出る。やるしかないんだ!

 

 耳障りな笑い声と銃声が止んだのを見計らい、和樹はウィンチェスターを撃った。一発でダメ

なら二発、三発。連続して引き金を引き、やがて装填した散弾全てを撃ちつくした。

「…………」

 嵐のように飛び交っていた銃弾と銃声がピタリと止み、不気味なまでの静寂が訪れる。少し

だけ待ってみて、和樹はそっと電柱から顔を覗かせた。

 そこで彼が見たものは。

「――――!!」

 ガスマスクをつけてグレネードランチャーを構える太郎の姿。

 

 毒ガス弾が発射されるより一瞬早く、和樹は地を蹴り駆け出していた。必死に逃げる和樹と、

それを追う形の毒ガス弾。やがて毒ガス弾が地面に落下し、弾頭が割れ全ての生物を死に至

らしめるガスが解き放たれた。だがすでに時遅し、和樹の背中は路地の彼方へと消えている。

 太郎はちっ、と舌打ちをした。銃弾と違い、発射から効果発動まで若干のタイムロスがあるの

がこいつの弱点だ。もう少し気づかれるのが遅ければ、和樹は今頃道路の上でのた打ち回っ

ていただろうに。

 

 ――まあいい、いつでも殺る機会はあるさ。張り合いのある奴がいないと楽しくないからな。

 再び和樹と戦うときのことを想像し、太郎はガスマスクの下で獰猛な笑みを浮かべた。

 

君島彰浩(男子6番)死亡

【残り25人】

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