中盤戦:42





 十メートル先もはっきりと見えない暗闇の中、電柱の陰に隠れている君島彰浩(男子6番)

は手にした地図と時計を交互に見て、ほっと溜息をついた。

 十一時を過ぎても首輪が作動しないところを見ると、どうやら無事にE−1エリアを出ること

ができたようだ。彰浩は額に浮かんだ冷や汗を拭うと、緊張の糸が切れたようにズルズルと

その場に座り込んだ。

 

「――ったく、冗談じゃないぜほんとに」

 デイパックの中からミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出して乾いた喉を潤す。

体力的にはまだ余裕があるのだが、なぜか今は動く気がしなかった。精神的な疲労がきて

いるのかもしれない。

 禁止エリアにギリギリまで留まっていたこともそうだが、疲労の原因を他に挙げるとすれば

先程まで行動を共にしてきた宗像恭治(男子16番)の存在が大きいだろう。

 

 サッカー部所属の自分と、陸上部所属の恭治。同じ運動部系ということもあって、教室の

中では普段から親しくしていた間柄だ。それなりに気が合ったから、プログラムの中で出会

った時に一緒にいようと思った。

 しかしそれは、今考えれば大きな間違いだったのかもしれない。恭治が女性にだらしない

ことは良く知っていたが、まさか雪姫つぐみ(女子17番)を犯そうとするとは思わなかった。

 そりゃ自分だってそういう体験をしてみたいが、嫌がる相手に無理矢理そういう事をしたい

とは思わない。現に自分の前で繰り広げられた行為を見ていても、不快感以外の感情は湧

いてこなかった。

 

 それに自分がこんな怖ろしい思いをしたのも、元はといえば全て恭治のせいである。何も

禁止エリアギリギリの所を選ばなくても他に方法はあったはずだ。つぐみが仲間にならない

と言い張り続けていたらどうするつもりだったのか。

 勢いであの家を飛び出してきたが、あそこに残された二人はどうなってしまったのだろう?

さすがに禁止エリアを忘れているということはないだろうが、あのまま行為に夢中になって、

あそこにい続けて首輪が作動して――。

 

 教室で見た二ノ宮譲二と同じ、苦しみぬいた顔で死んでいる二人の姿が脳裏に浮かんだ。

 彰浩の背筋にぞくっとした感覚が走る。自分があの二人を殺したわけでもないのに、何だ

か罪悪感のようなものを感じてしまう。恭治の行動に加担してしまったせいだろうか。後悔し

てもどうにもならないのに、何で今更――。

 頬を叩いて己を鼓舞し、彰浩は大きく頭を振った。大丈夫、二人はきっと生きている。そう

さ、今頃どこかで――。

 その先を考えて、彰浩はまた沈鬱な気持ちになった。

 

 

 

 

 

 E−1エリア周辺の住宅街エリアには、他のエリアに比べて多くの生徒たちが集まっていた。

 浅川悠介、雪姫つぐみ、田中夏海、君島彰浩、宗像恭治。もっとも恭治はすでに死体になっ

てしまったが。

 そしてもう一人。E−1、2エリア周辺にいて、多くの生徒と接触している生徒がいた。

 街灯の灯っていない路地をふらふらと歩く中村和樹(男子11番)こそが、その生徒だ。

 彼の表情には落胆が色濃く浮かんでおり、プログラムに巻き込まれる前と比較するとまるで

別人のようである。

 鳴り止まぬ銃声。減り続けるクラスメイト。戦いを止めようとせず、積極的に友人を手にかけ

る者達。それと止められない自分。それら全てが、カンナで木材を削るように彼の精神を弱ら

せていた。

 決定打となったのは、少し前に出会った浅川悠介に言われたあの言葉。

 

『まあ、せいぜいやるだけやってみろよ。偽善者』

 

 偽善者。見せかけの善行で、うわべだけ善人に見せかけている人物。

 その言葉が、和樹の心に重くのしかかっていた。

 自分の行動が絶対的に正しいものだと思ったことはない。それでも、プログラムにおいて争

いを止めさせるために動くのは正しいことだと思っていた。みんな好きで殺し合っているわけ

じゃない。プログラムに選ばれてしまったから、そうせざるを得なくなってしまっただけなんだ。

 

 そう、俺は間違ってなんかいない。殺し合いをするのが正しいわけがない。

 なのに、なのになんで!

 何で俺が、偽善者なんて言われないといけないんだよ!

 

 悠介と遭遇したあの時、彼の言葉に何も言い返せなかった自分が情けなかった。これ以上

犠牲者を出したくないと言っておきながら自分は何をやってきた? 二ノ宮譲二が殺された時

もただ見ているだけだった。放送で死んだクラスメイトの名前が呼ばれても、ただ悲しみに浸

るだけだった。狂った田中夏海を前にして、恐怖に駆られ逃げ出した。

 偉そうなことを言うだけで、結局は何も成し遂げていない。和樹は次第に、自分が偽善者と

呼ばれても仕方のないことなのではないか、と思うようになってきた。

 自分は何をするべきなのか。心に誓ったことがなんなのか。それらがだんだん、分からなく

なってきている。

 

 電柱の辺りで、何かモゾモゾと動くものが目に入った。野良犬か野良猫だろうかと思い、暗

闇に目を凝らして――。

「――――」

 違う、と分かったときには、その『何か』に向けてウィンチェスターを突きつけていた。

「そこにいるのは誰だ!」

 勢いを持ったその一言で、電柱の辺りにいた『何か』がびくっと動いた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺はやる気なんかじゃない! だいたい武器持ってないし、お前

を殺そうとしようにもできねえよ!」

「その声……彰浩か?」

「えっ? ――あ、和樹! 和樹じゃねえか!」

 電柱の陰にいた『何か』は、和樹と同じ運動系の部活に入っている君島彰浩だった。普段の

彰浩はちょっと軽い感じの奴だけど、いざというときには皆をまとめてくれたり何かと頼りにな

る奴だ。彰浩ならば、きっと――。

 

「お前、そんな所で何してるんだ?」

「まあいろいろあって……そういうお前こそ何やってるんだよ」

 口を開きかけ、和樹は自分の考えを伝えるべきかどうか悩んだ。自分の意見に彰浩は賛同

してくれるだろうか。それに自分のやっていることが本当に間違っていたとしたら――。

 不安に駆られながらも、和樹は意を決して話を始める。

「俺は……仲間を探してるんだ。このくだらない争いを止めるために力を貸してくれる仲間を。

友達が死んでいくのを黙って見ているなんて、俺はそんなの絶対に嫌だ。彰浩、俺の仲間に

なってくれ。頼む!」

 頭を下げて必死に懇願する友人の姿を見て、彰浩は「そんなことするなよ」と困ったような声

を出す。

 

「一つ聞くけど、お前はやる気じゃないんだろ?」

「ああ。俺は誰かを殺すつもりなんかない」

「そんなにいい武器を持ってるのにか?」

 ちょっと苦笑いをしながら、和樹が持っているウィンチェスターを指差す。

「こ、これは仕方ないだろ。好きで持ってるわけじゃないんだし」

「まあ、そりゃそうだ」

 彰浩がくっくっくっと笑い出し、それにつられて和樹も小さく笑い出す。

「分かった。お前の仲間になってやるよ」

「ほんとか!?」

「ああ。俺も一人でおっかなかったし、お前といれば安心できそうだしな」

 彰浩はちょっと照れくさそうに言って、地面に置いていたデイパックを手に取った。

「で、何かあったのか?」

「え……?」

「お前は馬鹿正直だからな。嬉しいこととか辛いこととか、何かあるとすぐ顔に出るんだよ。今

のお前の顔を見れば、普通じゃないって事ぐらいすぐに分かるぜ、俺は」

 

 いつもと同じだ。普段は宗像恭治や前田晶たちとくだらないことを喋っているくせに、事態が

行き詰ったり困った奴がいると何気なく手を差し伸べる。自分が良く知っている、いつもの彰

浩だった。

 そんないつもの姿が、今はたまらなく嬉しかった。

 

「俺って、そんなに単純かな」

「まーな。ちょっとは自覚しとけよ」

 苦笑いを浮かべる彰浩の姿がとても頼もしく、輝いて見える。

 彰浩になら、話してもいいかもしれない。自分の悩みを、苦しみを、あらいざらいぶちまけて

しまいたい。

 思ったときにはもう、自然と口が開いていた。

 

【残り26人】

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