中盤戦:41





 自分がどこにいて、どんな状況に置かれているのか。今の宗像恭治(男子15番)はそ

れすらも明確に理解することができなかった。浅川悠介(男子1番)の暴行によってめちゃ

くちゃにされた顔はすでに痛いを通り越し、今にも破裂しそうである。鼻骨は完全に折れ

ているらしく、鼻で空気を吸おうとしてもろくに入ってこない。かといって口で呼吸をしようと

しても、口にはねっとりとした大量の液体が溜まっていてうまく呼吸ができない。窒息死の

恐れは無いにしても、危険な状況であることには変わりは無い。

 

 まぶたは完全に腫れ上がり、目を開けていても絶え間なく点滅する赤と黒が視界を覆っ

ている。激しい痛みに身をよじりながら、自分は一体何を見ているんだろうと思った。部屋

の中にいたから木や空ではないと思うが、この家に赤い色のものなんてあっただろうか。

 恭治の視界に映る赤は彼自身の血だったのだが、気絶寸前のところを激痛で現実に

引き止められている状態の彼にとって、それを理解する暇も思考能力も残されていない。

 

 ――なんで、こんな事になってしまったんだろうか。

 

 恭治の頭に唐突に浮かんだ、そのフレーズ。それは恐らく、会場にいるクラスメイトの多

くが一度は思ったことだろう。

 学校に行って、新幹線に乗って、楽しい修学旅行になるはずだった。それがどういうわ

けかプログラムに選ばれて、行ったこともない島に放り出されたんだ。

 初めは信じられなかった。プログラムに選ばれる中学校は年に五十校で、一つの県で

だいたい一校。新潟県にたくさんある中学校の、それもたった一クラス。有り得ない話で

はないが、確率的に考えてまず選ばれることはないと思っていた。

 選ばれることはないと、思っていたのに。

 

「ちっくしょぉ……」

 呪詛の声を吐き出した瞬間、口の端から大量の液体が吐き出されてきた。

「何で俺がプログラムなんかに……ちくしょう、痛ぇ……浅川の野郎、ぶっ殺してやる……

いいとこで邪魔しやがって……殺す……殺してやるぞ、ちくしょう……」

 ズタズタになった口内から吐き出される、現状と悠介に対する恨みの声。溢れ出る血液

が声をより不明瞭にしていたが、それでも彼は呟くことをやめない。

 

 ピーッ。ピーッ。

 

「あ……?」

 朦朧とした意識の中、恭治は何か電子音のようなものを聞いた。自分の携帯が鳴った

のかとも思ったが、設定してある着信音はこんな単調な音ではない。

 ピーッ。ピーッ。

 また聞こえた。目覚まし時計か何かだろうかと思い――恭治は気づいた。

 その音が、自分の首輪から発せられていることに。

 

 まさ、か――。

 恭治はようやく思い出した。自分のいるE−1エリアが午後十一時から禁止エリアに指

定されるということを。

 おいおいおい、嘘だろ!? そんな、そんな馬鹿なことがあってたまるか!

 慌てて起き上がろうとした恭治は、そこでようやく気づいた。

 自分が今、本当の意味でどういう状況に置かれているのかを。

 

「な……なんだよ、こりゃあ」

 立ち上がると同時に走り出そうとしたのに、体が前へ進まない。それどころか、立ち上

がることすらできなかった。

 その原因が分かった瞬間、恭治の全身を絶望と戦慄が駆け抜けた。

 彼の両腕は手錠により、近くにある扉の取っ手に繋ぎとめられていた。ちょうど自分が

雪姫つぐみ(女子17番)に対してやった時と、全く同じ方法で。

「ふ、ふざけんなよ! ちくしょう、この野郎! 外れろ、外れやがれ!」

 残された力を振り絞って必死に手錠を外そうとするが、元々は犯罪者を拘束しておくた

めの器具である。そう簡単に外れるわけがない。

 

 ならば取っ手を先に外してしまえと考えたが、ネジで硬く固定されているため人間の力

だけで外すのはまず不可能だった。唯一方法があるとすれば鍵を使って外すことだが、

自分をこんな目に遭わせた犯人(あの二人に決まっている)がその事を見落とすわけが

ない。

 実際、手錠の鍵はその場に存在しなかった。

 

「くそっ、くそっ、くそおぉぉぉぉっ!」

 泣き叫びながら必死に逃れようとする恭治。そんな彼を嘲笑うかのように、首輪の電

子音はその間隔を狭めてくる。

 ピッ。ピッ。ピ。ピ。ピ。ピ。

「嫌だ! まだ死にたくねえ、死にたくねえよぉ!」

 ピピピピピピピピピ。

「うああああああああああああああ!!!」

 ピ――――――――ッ。

 恭治の絶叫に被るように、一際長い電子音が響いた。

 

 その直後、恭治の首に針で刺されるような痛みが走った。先程の暴行とは比べ物にな

らない痛さが全身を襲ったのは、それからすぐ後の事だった。

 血管に直接電気を流されるとこんな感じがするのだろうか。とにかく体中が痺れるよう

に痛く、体の中が沸騰したように熱い。目の前が極彩色に点滅し、何も考えることができ

なかった。自分が生きているのかどうかすら分からない。

 小刻みに痙攣していた恭治の身体は次第にその動きを緩めていき、びくんっ、と大きく

震えたのを最後に動かなくなった。手錠によって繋ぎ止められているためか、力を失った

彼の体は床に倒れることなく、だらりと垂れ下がったままだった。

 

 同時刻、E−2エリアでは。

「十一時になったな」

 時計に目を落としながら、浅川悠介が隣に立つ雪姫つぐみに聞こえるように呟いた。

「宗像、きっと死んじまっただろうな」

「そうね」

「ちょっと思うんだけどさ、あそこまでやる必要があったのか? わざわざ禁止エリアに繋

ぎとめておかなくてもよかったじゃないか」

「それじゃあ私の気が治まらないわよ。あんな目に遭わされたんだから、それなりの仕返

しはしなくちゃ」

 悪戯っ子のような顔をしながら、さらりと恐ろしいことを言う。

「……あれで仕返しってレベルか?」

 苦笑交じりに呟く悠介。あれだけ殴っておいたから口では言えないが、その心中では恭

治のことを少しだけ哀れんでいた。

 ――つぐみにあんな真似しなけりゃ、もっとマシな死に方ができただろうに。

 

 今更そんなことを考えても無駄かなと思い、目先の状況に話題を戻す。

「とりあえずどこか手頃な家で休もう。もうすぐ放送が入るし、プログラムが始まってから

動き詰めだから少しは休んでおいたほうがいいな」

「そうね。私もずっと歩き詰めで足が痛いし、いい加減髪も洗いたいしね」

 髪に付着した前田晶の返り血はすっかり乾いてしまっている。血が接着剤代わりになっ

て髪同士がくっつき合い、つぐみはかなり不快な思いをしていた。綺麗な色をしたこの髪

が自慢だったのに、汚れが完全に落ちなかったらどうしよう。やはり切るしかないのだろ

うか。

「じゃあ、そろそろ行こうぜ」

 悠介の声に「うん」と返事を返し、つぐみは住宅地の中へ歩き出していった。

 禁止エリアになったE−1エリアを、一度も振り返ることなく。

 

宗像恭治(男子15番)死亡

【残り26人】

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