中盤戦:40





 E−1エリアのどこかにつぐみがいる。

 その情報だけを頼りに、浅川悠介は決して狭くないエリアの中を必死に走り回っていた。

 禁止エリアに指定されているこの場所。刻々と迫る制限時間。焦りと苛立ちだけが募り、

探し人はいっこうに見つかる気配がない。もしかしたら他のエリアに移動してしまったのだろ

うかと考えもしたが、とりあえず今は時間ギリギリまでこのエリアを探すことにした。

 

 時計の針が十時四十五分を指したとき、悠介はこのエリアから出て行く人影を見た。どこ

にでもあるような普通の民家から出てきたその人影は、背格好から見て君島彰浩(男子6

番)のようだった。彼と同じような身長の持ち主は中村和樹と加藤辰美がいたが、和樹とは

正反対の方向で出会ったし、辰美はあんなにがっしりとした身体をしていない。背が高いの

は他に二ノ宮譲二がいたが、彼はとっくに死んでしまっている。

 

 悠介は最初、彰浩があの家に隠れていて禁止エリアの時間が近づいてきたから出て行っ

たものと思い、その家の探索は行わないつもりだった。

 行わないつもりだったのだが、どこか引っかかった。なぜかは分からないが、消化しきれ

ない不快感みたいなものがあった。気にしすぎだろうかと思い、無視して別の場所を探そう

と思ったのだが――。

 

 気がついたときには、その家の扉を開けていた。彰浩が施錠をしないで出て行ったので、

家に入るのは簡単だった。

 廊下を進み、左手側にある扉を開けた悠介の目に飛び込んできた光景は――。

 

 ”それ”がなんなのか、瞬時には理解できなかった。

 手錠で動きを拘束され、半裸状態になっているつぐみ。

 荒い息遣いで、つぐみの肌に触れている宗像恭治。

 何が起きているのか、理解できなかった。

 いや、理解したくなかった。

 だが悠介の脳は、極めて冷静に事態を把握していく。

 内から湧き上がってくる圧倒的な感情。

 灼熱と冷気が同居する思考の中、悠介はそれが何なのかを悟った。

 その瞬間――。

 

 彼の中で、何かが爆発した。

 

「な、なんだよ、てめえ」

 ポケットの中に忍ばせてあるスタンガンを握り、恭治は精一杯の強がりを見せる。

「いきなり入ってきて、何のよ――」

 悠介は、彼の言葉など耳に入っていなかった。

 鈍い打撃音が、部屋に響く。

 

 悠介の拳が恭治の顔にめり込み、恭治はそのまま背後の壁に叩きつけられた。壁から

ずり落ちそうになる恭治の腹に、今度は蹴りが繰り出された。あまりの威力に彼の身体は

くの字に折れ曲がる。恭治はその場にしゃがみこみ、胃の内容物を撒き散らした。

 悠介は彼の頭を両手で掴むと、容赦なく膝蹴りを叩き込んだ。それも一度ではなく、二度、

三度、四度。鼻柱が砕けて血が溢れている恭治の顔に靴裏を叩きつける。そのまま壁に

命中し、恭治の顔は部屋の壁と悠介の靴裏でサンドイッチ状態になっていた。

 

 脱力して壁からずり落ちる恭治は白目を剥いており、顔面は血まみれですでに気絶して

いた。だが悠介は攻撃の手を休めることなく、恭治の顔を容赦なく蹴り続ける。

 一連の止めとばかりに放たれた渾身の爪先蹴りは恭治の脇腹に突き刺さり、彼の体は

大きく横手に吹き飛ばされた。そのまま頭から床に激突し、壁や床に血を飛び散らして沈

黙した。

 後には嘔吐物と血の臭い、そして静寂だけが残った。

 

「悠介くん……だよね」

 その呼びかけに悠介はぴくりと反応する。あまりの怒りに、正常な意識が遠くに追いやら

れていたらしい。

 悠介はつぐみの顔を見つめて微笑んだ。ぎこちないながらも、優しさが現れている微笑み

だった。

 それはつぐみがいつも見ている、悠介の笑顔。二度と戻ってこない日常の一部を見ること

ができて、つぐみは嬉しさで泣きそうになった。

「ちょっと待ってろ」

 悠介はベレッタを取り出し、つぐみの自由を奪っている手錠に銃口を向ける。火薬の破裂

音と同時に、鎖が破壊される音が部屋に響いた。

 かしゃりと音を立てて手錠が床に落ち、つぐみは腕の感覚を確かめるように手首を何度か

揉み解す。

 

「つぐみ、怪我は――」

 つぐみのもとに駆け寄った悠介は、彼女の姿を見てぎょっとした。

 赤黒い血の染みが、頭からスカートまで水を被ったようにべったりと付着していた。肌の汚

れはほとんど落ちているが、モカベージュ色の髪と制服はほとんど赤一色になっている。

「ああ、これ? これなら大丈夫。私の血じゃないから」

 それを聞き、悠介はほっと胸を撫で下ろす。

「そうか。それならいいんだ」

「いいよ別に。誤解するのも無理はないから」

 

 立ち上がり、んっ、と背伸びをするつぐみ。そこで彼女は、悠介の視線が自分の胸に向け

られていることに気づいた。

「……ちょっと、どこ見てんのよ」

「え? ――あ、いや、俺は別にそんなつもりは」

「否定しないって事は見てたんだ」

「そ、そんなわけないだろ」

 悠介は慌てて首を振り否定するが、紅潮した顔が何よりの証拠である。これ以上やると

可哀想なので、つぐみはそれ以上追求しなかった。

「そんなことより早くここから出よう。あと十分もすれば、ここは禁止エリアに――」

 その言葉が、途中で切れた。

 

「……どうかしたのか?」

 身体を寄せてきたつぐみに、悠介はそっと囁きかけた。つぐみは悠介の背中に腕を回し、

彼の身体を強く抱き寄せる。

「怖かった」

 震えた声が、つぐみの口から漏れた。

「凄く、凄く怖かった。あのまま犯されて、死ぬんじゃないかって思った。私らしくないよね、

こんなの」

「……こんな状況だったら誰でもそう思うだろ」

「うん、だからかな。悠介くんが助けに来てくれたとき、凄く嬉しかった。心の中で悠介くんの

名前を呼んだら、本当に来てくれるんだもん」

「お姫様のピンチだったからな」

「えっ?」

「新幹線の中で約束しただろ。お前がピンチのときは、俺が助けてやるって」

 

『だからね、私のピンチには悠介くんが助けに来てってこと。女の子なら誰でも憧れている

のよ。ピンチに助けてくれる王子様ってやつに』

 

「あ――――」

 つぐみのその顔は、彼女の人生の中で一番驚き、そして呆けた顔だった。

 照れくさそうにしている少年に向け、つぐみは問う。

「あれ、本気にしていたの……?」

「お前が絶対って言ったからな。破るわけにはいかないさ」

 真剣に答える悠介の瞳を見て、つぐみは再び彼の胸に顔を埋めた。

 そうしないと、どうかなってしまいそうだった。

 胸から溢れる、熱い想いで。

 

 つぐみの瞳から、涙がこぼれ落ちる。

 窓から差し込む月の光を宿し、キラキラと宝石のように輝きながら。

 悠介はつぐみの頭に手を置き、ゆっくりと髪を撫でる。

 二人の出会いを祝福するかのように、月が彼らを照らす。

「ねえ、悠介くん」

「ん?」

「大好き」

「……俺も、お前が大好きだ」

 時間が止まったようなその世界で、二人はゆっくりと唇を重ねた。

 

 お互いの想いを重ね合わせるかのように。

 お互いの想いを、確かめるかのように――。

 

【残り27人】

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