中盤戦:39





「……ううっ」

 呻き声と共に、雪姫つぐみ(女子17番)はゆっくりと目を開けた。

 ここ、は――。

 意識を取り戻したつぐみの目に最初に映ったものは純白の壁だった。その周辺にはソファ

やポット、テレビなどの日用製品が置かれている。どこにでもありそうな、普通の洋室だった。

 ここで初めて気づいたが、自分はどうやら身動きのできない状態にいるらしい。両腕を交差

させられて手錠をかけられており、二つ目の手錠が開き戸の取っ手の部分と自分の腕を結び

付けている。開き戸を無理矢理壊さない限り、ここから逃げ出すのは不可能だった。

 

 動けないのは分かったけど……何で私こんな所にいるのかしら?

 前田晶を殺して、そのあと公園に寄って――そこからの記憶が曖昧になっている。どこにも

傷が無いことから戦闘はしていないようだが、かすかな痺れが体に残っていた。

 いくら記憶の糸を手繰り寄せても、自分が公園からここまで移動してきた経緯が思い出せな

い。曖昧で不明瞭だが、誰かに何かを押し付けられたような記憶がある。もしかしたらそれが

原因なのだろうか。

 

 自分の持っている銃でこの手錠を破壊できないかとも考えたが、S&W M686が入ってい

るデイパックはソファの横に置かれている。いくら足を伸ばしても届きそうに無い。

 誰かがやってくるまで待つしかないのだろうか。つぐみのその考えは、直後に聞こえてきた

声により無意味なものとなった。

「よう、目ぇ覚ましたみてえだな」

 同時に扉が開き、二人の少年が部屋に入ってくる。

「具合はどーですか? お姫様」

 

 ヒャハハハハ、と下卑た笑いを上げるのは宗像恭治(男子15番)。少し茶色がかった髪を

無造作にセットした、今時の中学生といった印象の生徒だ。陸上部に所属していて整った顔

立ちをしているため、一部の女子生徒には人気がある。ただナンパが趣味で女性にだらしが

なかったり、一度キレると手がつけられないところもあるためつぐみはあまり良い印象を持っ

ていなかった。

 

 彼に続いて入ってきたのは君島彰浩(男子6番)だ。比較的高めの身長にがっしりとした体

つき。やや長めの髪は軽く後ろに流す感じになっている。

 彰浩はサッカー部のエースフォワードで、普段は前田晶や恭治たちと一緒に騒いでいるが

いざという時には頼りになる人物である。

 恭治と彰浩、二人の名簿には大きな開きがある。スタート地点で待っていたようには思えな

いから、プログラムの中で偶然合流したのだろう。

 

「宗像くんに君島くん……あんたたち、何やってんの?」

 男二人が女である自分を拘束していることから大方の予想はついていたが、一応聞いてみ

ることにした。

「ははっ、いきなりそうきますか」

 何が楽しいのだろうか。つぐみはそう思ったが、思っただけで口には出さなかった。

「いやね、たまたま公園を通りかかったら会長が座っててさ。あまりに無防備だったからちょっ

と強引にお持ち帰りしちゃったわけ」

 恭治はポケットの中から取り出したスタンガンをちらつかせた。リモコンのような形をしてい

る、オーソドックスな形のスタンガンだ。

 恭治はベンチに座っている自分にスタンガンを押し付けて気絶させ、彰浩と一緒にこの家

まで運んできたのだろう。それならば、あの時感じた痺れるような感覚の説明がつく。

 

「なあ、会長。俺たちと一緒にいようぜ。一人じゃ危ないし、できるだけ大人数で行動したほう

がいいだろ?」

 めったに怒らないつぐみだが、これにはさすがに頭にきた。無理矢理気絶させて身動きを

とれなくしておいて、その上仲間になってくれだなんて、図々しいにもほどがある。

 自分勝手な恭治に怒りを抱くと共に、つぐみは不快感を覚えた。手錠で拘束され身動きの

取れない自分を見る恭治の瞳に、何か得体の知れないぞっとする光を見たからだ。恐怖とは

違う、ナマコとかナメクジといった粘着質の生物が背筋を這うような感覚だった。

「ごめん。私、あんたたちと一緒にいたくないから」

 それで少し、恭治の顔が歪んだ。

「何でだよ。会長も仲間は多い方がいいだろ?」

「私のことを『仲間』だと思っているのなら、さっさとコレ外してくれない? 結構疲れるのよね、

この体勢」

 身動きが取れない状況にあるというのに、つぐみの声はそれを感じさせない余裕があった。

 

 馬鹿にされていると思ったのか、恭治は不機嫌に眉をひそめる。

「会長が仲間になってくれるんだったら、それ外してやってもいいぜ」

「そんなの私が受け入れると思ってるの?」

「受け入れないと死んじまうんだけどな」

 つぐみの表情に緊張が走る。自分は今、身動きのできない無防備な状態だ。恭治がその気

になれば、何の抵抗もできずに殺されてしまうだろう。

「このエリア、十一時で禁止エリアになるんだよ。あと二十五分ぐれえか。俺らの仲間になって

くれないんだったら、会長はずっとそこで繋がれっぱなしだ。そしたらどうなるか――説明しな

くても分かるよな?」

 

 つぐみの脳裏に、苦しみながら死んでいった二ノ宮譲二の顔が浮かんできた。禁止エリアに

滞在していると、クラスの人間全員に付けられたこの首輪から猛毒が注入されてしまう。それ

がどれほどの苦しみなのか――つぐみには想像もつかない。

 

 つぐみの顔に曇りを感じ取った恭治は、満足そうな笑みを浮か手の中のスタンガンを弄ぶ。

「……分かったわ。あなたたちの仲間になる。だから早くこれを外して」

 よく思案した結果の返事だった。恭治たちの仲間になるのは不服だが、ここで死ぬわけには

いかなかった。

 あの人に会って、想いを伝えるまでは。

「へへっ、これで交渉成立だな」

「いいから早く外して」

「そう急かすなって。今外してやるからさ」

 相変わらずのヘラヘラとした笑みを浮かべながら、つぐみのもとへと近づいてくる。

 ああ、これでやっと自由に動ける。そう思い安堵したつぐみの表情が、直後に一変した。

 

「――っ!」

 太腿に不快感が走った。目を落としてみると、恭治の手がスカートの中に入り込み、自分の

太腿をまさぐっているのが確認できた。

「なっ、何すんのよ!」

 逆の足で蹴りを繰り出そうとしたが、モーションに入る前にその足も掴まれてしまう。

「仲間になるって言えば、手錠を外してくれるって言ったと思うんだけど。私の記憶違い?」

「ちゃんと手錠は外してやるよ。コトが済んだらな」

「……あんた、最初っからそのつもりだったのね」

「いいじゃねえかよ、別に。どうせ俺たちは死ぬんだぜ? だったら最後に楽しんだって怒られ

はしねえよ」

 

 その言葉で、つぐみの中の怒りが大きく膨れ上がった。奥歯を噛み締め、形のいい眉をひそ

める。反論するのも忘れ、殺気のこもった目で恭治をに睨み付けていた。

「……なあ。マジでやんのかよ、恭治」

 それまで黙って動向を見つめていた彰浩が、ここではじめて声を出した。

「あぁ? いまさら何言ってんだよ」

「だってよ、さすがにマズいんじゃないか? この状況」

「馬鹿、いい子ぶってんじゃねーよ。どうせ死んじまうんだったら好き勝手やってから死のうぜ。

それともお前は会長とヤリたくねーのか?」

 彰浩はちらっとつぐみのほうを見た。理性と本能が葛藤を繰り広げているような、どこか躊躇

している目をしていた。

「……悪い。俺、やっぱ抜ける」

「おい、お前マジで言ってんのか?」

「お前の言ってることは分かるけど、俺にはやっぱできねえよ。やるんだったらお前一人でやれ

ばいいじゃないか」

 

 恭治は短く舌打ちをし、険しく眉を寄せた。

「あーそうかい。じゃあそうさせてもらうわ。邪魔だから早いとこ出て行けよ、臆病モン」

「言われなくてもそうするつもりだよ」

 吐き捨てるように言って、彰浩は入ってきた扉へと向かっていった。

「おい、お前の支給武器の手錠、あと一つあっただろ。それも置いてけ」

 彰浩は言われるままにデイパックの中から手錠を取り出し、それを恭治に向かって投げつけ

る。大きな音を立てて扉を閉め、それきり戻ってこなかった。

 恭治はフン、と鼻で一笑し、出て行った彰浩を嘲笑う。馬鹿な奴だ。せっかくいい思いができ

るチャンスだというのに。

 

 視線をつぐみに戻し、欲望に満ちた下卑た笑みを浮かべる。

「さてと、邪魔者もいなくなったことだし……時間いっぱい楽しもうぜ、会長」

 恭治の手がつぐみの胸元へと伸びる。

「……っ」

 抵抗しようにも、身動きの取れないつぐみにはどうすることもできなかった。制服とブラウスの

ボタンが外され、白い下着が露になる。

「会長って意外と胸デカイんだ。着痩せするタイプ?」

 話しかけられても、つぐみは何も言い返さなかった。下唇を噛み、目をつむって顔を背けてい

る。泣き叫び、助けを求めようとは思わなかった。そうしてしまえば、目の前の男に屈してしまう

ような気がした。この男にだけは弱みを見せたくない。身体は奪われても、心までは奪われて

たまるか。

 

 そう決心したものの、現状はつぐみにとって最悪の方向に走っている。

 中学生離れした美貌を持っているつぐみだが、これまでの人生で男性経験は一度もない。ま

してや異性にこういうふうに身体を触れられたことなんて皆無だった。初めての時は大好きな

人とするもんだって思っていたのに、こんな所で、こんな奴に――。

 

 滑らかなラインを描くつぐみの首筋に唇を当て、恭治は取り憑かれたように白い肌を舐め回

した。左手で太腿をまさぐり続け、空いた右手でブラジャーの上からつぐみの胸を揉みしだく。

 友達から借りた雑誌でそういった行為の特集記事を見たことはある。そこには『気持ちいい』

とか『愛されている感じがする』と書かれていたが、今は不快にしか思えなかった。

 女性にとって神聖なものだと思っていた行為と自分の身に起きていること。行うことは同じは

ずなのに、気持ち悪さしか感じない。

 声を押し殺して恭治の愛撫を堪えてきたつぐみの身体が、何かに反応したようにびくっと揺れ

た。唇はきゅっと引き締められ、目元には薄っすらと涙が浮かんでいる。

 

「へっ、何だかんだ言ってしっかり感じてんじゃねえか」

 小刻みに動く恭治の指は、つぐみの下着の中に侵入していた。

「い、いやっ」

 耐え切れなくなったのか、つぐみの喉からか細い悲鳴が漏れた。

 恭治はそれを快感に耐え切れなくなったものと解釈したらしく、性欲の塊と化した彼の心がよ

り高く燃え上がった。 

 恭治は胸を覆う下着を外そうとせず、胸の上に押し上げた。この年齢の女性にしては立派な

二つの膨らみが現れる。

 

 見られるということがこんなに嫌なものだとは思わなかった。腕を括られて、無理矢理に乳房

を露にされている。羞恥よりも、絶望の色合いの方が遥かに強かった。

 ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえる。薄目を開けてみてみると、あのヘラヘラ笑いを浮かべ

た恭治の顔が目の前にあった。それを見たつぐみの背筋に、これまで以上の悪寒が走った。

 つぐみの頬に軽くキスをし、恭治は胸の谷間に顔を埋める。匂いを嗅いでからつぐみの胸、

その肋骨のラインを舌で辿った。

 

 ――もういやっ!

 我慢の限界に達し、隙を見て恭治の身体を蹴り飛ばした。不意を突かれた恭治は短く悲鳴

を上げてフローリングの床に倒れる。

「なにしやがる、このクソアマ!」

 女に蹴られたということでプライドを傷つけられたらしい。恭治は怒りと苛立ちを顔に表し、身

動きのできないつぐみの腹部に爪先から蹴りを叩き込む。

「がっ……」

 腹の中心に突き刺さるような強い衝撃。呼吸が一瞬詰まり、視界のあちこちに白い光が瞬く。

「お前は黙って喘いでいりゃあいいんだよ! 時間がねえんだから手間かけさせんな!」

 そんな恭治の声も、今のつぐみには届いていない。

 

 悠介くん……。

 鋭い痛みの中に、彼への想いをよぎらせる。自分の隣にはいつも彼がいた。二年生のときに

知り合ってからずっと、彼と同じ時間を過ごしてきた。

 しかし今、彼はここにはいない。

 助けて、悠介くん……。

 いくら助けを求めようと、彼が現れるはずが無かった。プログラム開始から行動を別にしてい

る彼が、都合よくこの場に現れるはずが無かった。

 そう、分かっていたのだ。

 現実は物語のようにいかない。自分がピンチのときに駆けつけてくれる人なんているはずが

ないのだと。

 つぐみは分かっていた。だが――。

 

 悠介くん!!

 

 それでも彼女は想う。

 世界で一番大切な人が、自分を助けに来てくれる姿を。

 目をつむっていたつぐみの耳に、がちゃっ、という扉を開く音が届いた。

 

 先程出て行った君島彰浩が戻ってきたのだろうか。やっぱり俺も混ぜてくれ、とかなんとか言

って、宗像恭治と同じあの顔で私を弄ぶつもりなんだ。

 もう、どうでもいい。好きにすればいい。好きに――。

 そう思いながら扉に目を向け、その向こうに立つ人物が誰なのかを認識した瞬間。

 

「――――」

 つぐみは目を疑った。これは夢なんじゃないか、とも思った。

 でなければ現実が、こうも都合よくいくはずがない。

 だけど。

「あ……」

 胸から溢れる嬉しさは、決して夢などではなかった。

 扉の向こうに立っているのは、紛れもなくあの浅川悠介(男子1番)だった。

 

【残り27人】

戻る  トップ  進む

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送