中盤戦:38





 浅川悠介(男子1番)は沙更中央公園の前に来ていた。祭りなどの催し物を行うときに

使っているのか、普通の公園よりも広い造りになっている。その中央には噴水が備えられ

ていて、地方の公園とは思えないくらいきちんと整備されている。中央公園というくらいだか

ら『東』とか『西』もあるのだろうかと思ったが、どうでもいいことだったのですぐに忘れること

にした。

 

 悠介は公園を囲んでいる柵に手を掛け、荒くなった息を必死に整えていた。C−3エリア

からここまでずっと走り続けてきたので、相当体力を消耗している。

「……くそっ」

 体力が人間を左右する要素だとは思っていないが、こういう時は体力の無い自分を恨め

しく思う。少しは運動していれば良かったと思ってもすでに後の祭りである。

 

 息苦しさがなくなってくると、悠介は大きく息を吸って再び歩き出した。現在の時刻が気に

なり、ポケットから時計を取り出して確認する。クラスの半数近くは携帯電話を持っている

が、悠介はまだ持っていない。友達と呼べるような人間が一人しかいないから持っていても

意味が無いというのがその理由である。

「十時半か……」

 時計をポケットにしまうと、疲れがとれたばかりだというのに全力で走り出した。

 どれぐらい疲れても構わなかった。一刻も早くあの場所へ行って彼女を探さなければ、全

てが終わってしまうのだから。

 少し前に聞いた、このプログラムの担当官村崎薫の声が蘇ってきた。

 

『――はぁい。何か用?』

 数回の呼び出し音の後、気だるそうな女性の声が響いた。

 悠介はなんと言い出していいのか迷ったが、普通に「浅川悠介だけど」と言った。

『ああ、あの電話を持ってるのあんただったのかい。ふふふっ、何だか奇遇だねぇ』

 何が奇遇だよと言いたかったが、気に入らないことを口にすれば何をされるのか分から

ないので、悠介はそのまま黙っていることにした。

『そういやあんた、結構調子良くやってるじゃないか。凄いねぇ。さすがあたしが見込んだだ

けはあるよ』

 調子が良い、とは殺害数のことを言っているのだろうか。よく考えてみれば半日経たない

間に四人もの人間を殺しているのだから、戦績としてはかなり良い部類に入るのかもしれ

ない。

 

「そろそろ本題に入ってもいいか?」

『ああん、つれないねぇ。もうちょっと話してもいいじゃないか。こちとら仕事ばかりやってて

飽きてきたところなんだよ』

「悪いけど、こっちにはそんな余裕無いんだ」

『……そうかい。まあ仕方ないわね。それじゃあ本題に入るけど、あんたは誰の居場所を知

りたいんだい?」

 その質問に対し、悠介は間髪入れずにこう答える。

「つぐみの居場所を教えてくれ」

『つぐみ……ああ、女子17番の子ね。女の子の居場所を気にしているなんて、あんたも意

外と隅に置けないねえ』

「…………」

 楽しそうに喋る村崎に対し、悠介は必要最低限のことしか喋らない。

 

『えーっと、17番の子ならE−1エリアにいるわよ』

「E−1エリアだな」

 地図を取り出し、そのエリアに印をつける。

『E−1は十一時から禁止エリアだから、行くんだったらすぐに行ったほうがいいわよ』

「ああ、分かった。じゃあもう切るぞ」

『はいよ。これからもこの調子で頑張りな』

 その言葉を最後に、村崎の声は途切れた。電話越しから単調な電子音が流れ、悠介は

通話ボタンを切る。

 そしてすぐに、E−1エリアへ向けて走り出した。

 

 公園から東――つまりE−1エリアには、他と比べて民家の数が少ない。そのうちのどれ

かに隠れていたとしても、他のエリアより楽に探せるだろう。それでも時間は限られている

ので、民家全てに入って探している暇は無いが。

 小さな十字路に差し掛かった瞬間、悠介の目はあるものを捉えた。

 あれは……。

 左側――地図上で言うと小学校のある方向から誰かが走ってくる。暗くて顔の造形などは

分からなかったが、着ている服などからどうやら男子生徒であることが分かった。

 向こうも自分に気づいたらしく、前に動かしていた足を止めてその場に立ち止まる。月明

かりに照らされたその顔は、中村和樹(男子11番)のものだった。

 

「浅川……」

 和樹の顔にはいつもの優しい笑みは無く、その代わりに陰りが落ちていた。

 悠介はこれといった反応を見せず、冷ややか目で和樹を一瞥すると急いで走り始めた。

ここで殺しておこうとも考えたが、今はつぐみを見つけるのが先だと判断し放っておくことに

した。E−1エリアが禁止エリアになるまで三十分余り。自分に残された時間は、あまりにも

少ない。

「待てよ、浅川っ!」

 後ろから和樹の声が上がった。

「お前、やる気なのか?」

 彼の声はかすかな震えを帯びていた。自分に怯えているのか、それともここに来る前に

やる気になった誰かに襲われているのか。

 

 尋ねられた悠介は足を止め、しばらくの間沈黙を続ける。やがてゆっくりと振り返り、無表

情のまま答えを返す。

「ああ」

「……もう、誰か殺したのかよ」

「村上と、大野と、長月と……井上」

 美智子と凛の間には若干の間があった。凛との間にあった出来事を思い出してしまい、

動揺が表れた結果だった。

 

 初めのうち和樹は呆然とした表情をしていたが、次第に感情の色が表れていく。

「四人も、殺したのか」

「ああ」

「どうして平気なんだよ!」

 和樹は悠介に詰め寄り、そのまま胸元を掴み上げる。

「お前、クラスメイトを四人も殺して何も感じないのか!? 何でそんなことができるんだよ!

ふざけんなよ、この野郎っ!」

 鬱陶しそうに目を細めて、悠介は膝蹴りを和樹の腹に叩き込む。

「ぐっ……!」

「お前の相手なら後でしてやる」

 そのまま立ち去ろうとした悠介の動きが、がくっと止まる。

 

「待てよ……」

 地に膝をつけながらも、和樹の手はしっかりと悠介の足首を握り締めていた。

「浅川、殺し合いなんてもうやめよう。そんなことしたって政府の奴らの思う壺じゃないか。

冷静になってよく考えれば俺たちが殺しあわなくて済む、みんな幸せになる方法がきっと見

つかるはずなんだ。だからお前も、最後まで希望を捨てるな!」

 正義感に溢れた、和樹らしい力のこもった言葉だった。

 悠介はそれを鼻で笑い、続く台詞で彼を打ちのめす。

 

「お前、馬鹿だろ」

「え……?」

「みんながみんな幸せになれるわけがないだろうが。だから人間は、幸せになろうと必死に

足掻いているんだ。全員が幸せになれないからこそ、幸せには価値がある」

「そんなのはただの屁理屈だ!」

「理屈だけで世の中ができてんのかよ。俺らはみんなひとりひとり違う。見た目も考え方も。

お前の考えに同調する奴もいれば、俺みたいな奴もいる。この殺し合いは終わらねえよ」

 自分の右足を掴んでいる和樹の手を振りほどき、悠介は路地の向こうへ走り去っていく。

 最後にこう、言い残して。

 

「まあ、せいぜいやるだけやってみろよ。偽善者」

 

 悠介が去った後、中村和樹はウィンチェスターを杖代わりによろよろと立ち上がった。腹

はまだ鈍い痛みが残っているが、それほどの威力ではなかったため放っておいても苦では

なかった。

 それよりも、去り際に悠介が残していった言葉の方が彼に大きなダメージを与えていた。

「俺が……偽善者?」

 これ以上死ぬ人を見たくないという一心から、殺し合いをやめさせるために島を走り回っ

てきた。誰も死ぬことなんて望んでいない。自分のやっていることは正しいことなのだと、ず

っとそう思ってやってきた。

 

 思っていたのに。

 それは間違いだったのか? みんなを死なせたくないっていう俺の気持ちは偽者なのか?

 

 オマエハ、ギゼンシャダ。

 

「違う! 俺は、俺は……!」

 和樹の気持ちを裏切り、悠介の声は彼の頭の中で響き続けていた。頭を抱えてうずくまる

彼の顔に、戸惑いとわずかな絶望が広がっていた。

 

【残り27人】

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