中盤戦:35





 水色のブラインドによって遮られた窓を見つめながら、渡辺千春(女子19番)は小さく

ため息をついた。背中の半ばほどまである艶やかな髪には軽くウェーブがかかっており、

プログラムという状況下でも手入れを怠らなかったらしく一本の乱れも無かった。全体的

に整った顔立ちで、形の良い眉と鋭利な瞳が特徴的である。美少女と形容してもなんら

問題ない容姿だ。

 

 ――まったく、忌々しいにもほどがあるわ。この私がプログラムなどという下品で野蛮な

参加しなければいけないなんて。

 

 美しい眉をしかめて不愉快を露にすると、先程から険しい表情でノートパソコンをいじっ

ている荒月凪那(女子2番)に目を移した。

 凪那は持参のノートパソコンを使って外との連絡を試みているようだが、インターネット

はおろかメールさえ使えない様子だった。モデムがどうの回線がどうのと言っていたので、

恐らく電話回線に問題があるのだろう。自分にパソコンの電源に使うため自動車のバッ

テリーを運ばせたくせに何の収穫も無しだなんて許されないことだ。そう簡単に外部と連

絡がとれると思っていないが、自分の手を煩わせたのだから何が何でも成功させてもらい

たい。

 

 千春たちがいるのは、スタート地点の中学校からそう離れていない場所に建っている公

民館だった。特筆すべき外観はしておらず、民家をそのまま大きくしたような建物である。

災害時の避難場所に指定されているようで、公民館の二階部分は学校の教室四つ分くら

いの広さを持つ大広間になっていた。

 一階部分は事務室や倉庫や休憩室など、日常や用途に限らず使用頻度の高い部屋が

備え付けられている。公民館というだけあってお菓子は充分なほどあるし、毛布も災害時

に備えてたくさん倉庫に保管されていた。

 

 この公民館に立て篭もっているのは千春と凪那を含め六人。先程から凪那の横でパソ

コンを眺めている加藤辰美(男子5番)。時折余計な台詞を言ったり、思ったことを誰に言

うわけでもなくひとり呟いている。それが鬱陶しいのか、凪那は先程から辰美を見ては露

骨に顔をしかめていた。

 

 千春と凪那と辰美。今のところ、事務室にいるのはこの三人だけだ。

 事務室を出て斜め向かいの休憩室には清水翔子(女子9番)長谷川恵(女子13番)

がいる。生まれつき病弱で喘息の発作を持っている翔子は激しい運動ができず、体育の

授業はいつも見学していた。一時間ほど前に発作が出てたのだが、薬を飲んだ今は発作

も治まり毛布に包まってすやすやと眠っている。おどおどしていて引っ込みがちな恵は

翔子の看病をしていた。この場にいても加藤辰美と同じように他人をいらつかせるだけで

何の役にも立たないから、恵の看病をしてくれて正直助かったと思っている。

 

 公民館メンバー最後の一人である戌神司郎(男子3番)は、屋上に出て外の見張りをや

っていた。暗闇の中で広い範囲に目を配らせるのは大変だろうけど、誰かやる気になった

ものがここを襲ってこないとも限らないので見張りは必要だと凪那が言っていた。

 

 千春が公民館に立て篭もったのはゲーム開始すぐのことだった。県内でもトップクラス

の大病院の院長を父に持つ千春は、幼い頃から非常に優雅で豪勢な生活を送ってきた。

そのため敵の攻撃を恐れながら外を這いずり回るなんて下品な真似は、千春の高貴な

プライドが許さなかったのだ。

 

 窓ガラスを割って入るなんていう泥棒のような下劣な行動をしなければならなかったが、

少しの間我慢すればいいことだと千春は我慢した。そうやって侵入した公民館の中には

すでに司郎たちがいて、千春が何か言う前に司郎たちが「仲間にならないか」と誘ってき

たため強引にパーティに入ることになった。

 

 そのときの千春は自分の意見を聞かず一方的なことをする司郎たちに愕然とする一

方、今にも爆発しそうな怒りを堪えるのに必死だった。仲間になってほしいのならばこち

らの意思を考慮するのが普通なのに、なぜそれをしないで一方的に仲間に入れようとす

るのだろうか。心細い気持ちは分からないでもないが、それにしてもこれは無遠慮という

ものだろう。これだから教養のない一般市民に付き合うのは嫌なのだ。お前ら本当に小

学校卒業してきたのか? 

 司郎たちの頭を支給武器の釘バットでぶん殴りたくなる衝動に駆られたが、微笑みの

裏側にそれを隠し、千春は「皆さんがよろしいのであれば、喜んで」と上級階級の人間に

相応しい返事をした。

 

 このメンバーの中で使える武器といえば、千春に支給された釘バット以外では翔子に

支給されたUSSR スチェッキンという名の拳銃くらいだろうか。この拳銃はフルオート機

能がついているため、見張りに持たせた方がいいだろうということで今は司郎が持ってい

る。

 どうでもいいことだが、釘バットと一緒に「魔法の呪文:ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜」と書

かれた手紙が千春のデイパックに入っていた。千春は魔法だの幽霊だのはまったく信じて

いないので、すぐさま破り捨ててしまったが。

 その他のメンバーに支給された武器は、司郎がコンタクトレンズのすすぎ液、辰美が

こけし、凪那が先割れスプーン、恵が浄水器という具合になっている。他のメンバーを殺

そうと思えばいつでも殺せるが、単独よりも複数でいたほうが有利なことは千春も理解し

ていた。来るべきそのときまで、いいように利用させてもらうとしよう。

 

 上品でおしとやかなお嬢様。それが、千春に対するクラスメイトの共通した認知だった。

 落ち着いた物腰を崩すことなく、誰に対しても気品漂う接し方をする千春を見ればそう

思うのも無理はないだろう。

 だがそれは、対人関係を円滑に進めるため千春が身に着けた偽りの人格だった。

 千春は生まれた時から全てに恵まれていて、望んだもので手に入らないものはなかっ

た。幼い頃からバレエやピアノなど数々のレッスンをこなし、今では社交界に出ても恥ず

かしくないほどに育っている。

 

 その過程で、千春は次第に『自分は庶民とは違う』と思うようになってきた。才能、財力、

美貌、全てに恵まれた優秀な自分とは違い、中途半端にまとまった一般市民。どちらが

価値のある人間かは比べるべくもない。

 表面的に優しいお嬢様を演じる一方で、千春はクラスメイトたちを『一般市民』と称して

は事あるごとに蔑んでいた。もちろん、それを露骨に表に出すことはなかったが。

 傲慢で自分本位な本性を『上品なお嬢様』という仮面で隠し、千春はここまで生きてきた

のだ。

 

 一般市民を見下している千春にとって、このクラスに自分の命と同じくらい大切な友人が

いるはずもなかった。ちょっと綺麗で人気があるからといって図に乗っている雪姫つぐみ。

他人のプライバシーを追っかけまわしてはネタにしている高梨亜紀子。下品な表情で下品

な笑い声を上げている山田太郎。極めつけは浅川悠介だ。暴力を振るって弱いものを脅

しては優越感に浸っている、粗暴で下賎な一般市民の典型。あんな奴と机を並べていると

思うだけで吐き気がしてくる。朝倉真琴(女子1番)のように自分と同じ上位階級の人間が

いるにはいるが、それでも平民と同列に扱われるのは不愉快以外の何者でもなかった。

 

 それゆえに、千春はクラスメイトが何人死のうが何の感慨も抱かなかった。午後六時の

放送で名前が呼ばれたときも何も感じなかったし、逆に鬱陶しい連中が減ってせいせいし

たぐらいだ。

 

「ねえ、渡辺さん」

 先程まで凪那の横でパソコンの画面を覗いていた辰美が、千春に話しかけてきた。

「そろそろ見張りを交代しようと思うんだけど、清水さん起こしてきた方がいいかな」

「……加藤くんは清水さんは発作が出て寝ているのに、見張りにするつもりなの?」

 状況を見ていない辰美の態度に腹が立ち、千春はできるだけ冷たい口調で言った。

「え、だって最初に決めた順番通りだし……」

 どこがおかしいのか分かっていない辰美。状況が全く見えていないこともそうだが、人を

小馬鹿にしているかのような彼の口調に怒りを覚えた。

 

 ――ったくこの大馬鹿野郎。あんたは病人を長時間夜風にさらすつもりなの? ちゃん

と頭の中脳みそ入ってんのか? こんなの常識以前の問題じゃない。人としてあんた腐っ

てるよ。ああもう鬱陶しいなあさっさと死ねよこいつ。つーか死んでくれたほうが私たちの

ためだね。

 

 千春はため息混じりに頭を振り、座っていたオフィスチェアから腰を上げた。

「いいわ。私が清水さんの代わりに見張りをするから」

「でも、それじゃあ渡辺さんが大変じゃないか」

「いいのよ。清水さんは寝てるし、体調を悪化させるような真似はさせたくないから」

 落ち着きのない表情を浮かべている辰美に冷ややかな視線を送り、千春は事務室を出

て屋上へと続く階段に向かった。

 

「――くそっ、あの底無し馬鹿なに考えてやがんだよ。もう我慢できねーぶっ殺してやりてー

さっさと死んじまえよ、死ね死ね死ね死ねっ!」

 誰にも聞こえないように毒を吐きながら、階段の手すりを釘バットで何度も何度も殴りつ

けた。千春の気持ちが治まる頃には、手すりの一部がボロボロになっていた。

「――ったく、プログラムには選ばれるし馬鹿どもと一緒にいなきゃいけないし、今日は人

生最悪の日よ!」

 屋上へと続く道は一つだけだ。公民館に一つだけ備え付けられた階段、それを頂上まで

昇っていけばいい。

 

 一分も経たないうちに、屋上へ入るための銀色の扉が見えてきた。コンコン、と手の甲

でノックをして、「見張りの交代に来ました」と律儀に挨拶をした。

 屋上は他の建物に比べて少し高い場所にあるせいか、思ったよりも強くて涼しい風が吹

いていた。ずっと部屋の中に閉じこもっていたので、体に触れる夜の空気が心地よい。

「あ、渡辺さんじゃん」

 屋上に足を踏み入れた千春を待っていたのは、ソフトモヒカン気味のヘアスタイルをして

いる小柄な少年だった。眼鏡のレンズを拭いていたらしく、スチェッキンをベルトに差し込ん

でいる。

 公民館メンバーの一人、戌神司郎だ。明るく誰とでもすぐに仲良くなれる人物で、友人は

多い方である。ただ過度に騒ぎすぎるときがあるので、千春は彼のことをあまり良く思って

いなかった。

 

「そろそろ交代の時間よ。戌神くんは下に行って休んでいて」

「おっけー。見張りって思ったよりも退屈だったから、交代に来てくれて助かったよ」

 司郎はスチェッキンとその予備マガジンを千春に渡すと、あっという間に階下へ走り去っ

ていった。まるで居残りから開放された小学生である。

 司郎が閉めていった扉を睨みつけながら、千春はぎりっと奥歯を噛み締めた。よく見ると

彼女の体は小刻みに震えている。寒さではなく、司郎に対する怒りで。

 

「……これから見張りをするって相手を前にして『退屈』だとぉ? 少しはこっちの気持ちも

考えろ! ナメてんじゃねえぞあの腐れモヒカンがあっ!」

 普段の姿からは考えられないような言葉を吐き、両手で握った釘バットを大きく振りかぶ

った。

 ガスン、という重く鈍い音が、公民館の屋上に響いた。

 

【残り27人】

戻る  トップ  進む

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送