中盤戦:34





 沙更島唯一の小学校が建つ場所は、地図上で言うとF−2エリアに該当していた。

 どこにでもあるような小学校校舎の前、ぽかんと開けたグラウンドの隅に田中夏海(女子

11番)はいた。

 もともと小柄な身体をさらに縮めるよう身を丸くし、自らの支給武器であるグロック22C

神から授かった宝石のように硬く握り締めている。多少肉厚なグロック22Cは夏海の手に

余る大きさだったが、彼女はそんなこと気にしていないようだった。

 正確に言えば、今の彼女が現状を上手く認識できているとは思えなかった。

 

「いや。怖い怖い怖い。何で私が何で何で何で何でうぁああ、ああああああああっ!!」

 夏海は両手で頭を抱え、全てを忘れようとしているかのように凄まじい速さで横に振った。

いつも右側にまとめている髪はとうにほどけ、友人から「子供っぽい」と言われていた顔は

涙とよだれでぐしゃぐしゃに汚れていて見る影もなかった。

 

「美希、政一、直也……助けて、お姉ちゃんを助けて。死ぬ、のはいや。いやだいやだいや

だいやいやいやいやいやあああああああああ! もう止めてここから帰して死んじゃうのは

いやなのぉ! みんなが、みんなが殺しに来る! あ、あああああ!」

 かっと見開かれた目は焦点が合っておらず、一目で以上だと分かるほど血走っている。

頭を抱えて夜空を仰ぎ、座り込んだ体勢のまま頭を地面に叩きつけた。

 ゴン、という鈍い音が響き、夏海の額が薄く赤に染まる。

 夏海はそのまま、何度も何度も自分の頭を叩きつけた。

 皮膚がめくれ、露出した肉が地面に擦られたことにより削られていく。額から流れた血が

顔に伝ってきたが、夏見は頭を叩きつけることを止めなかった。

 

 田中夏海の家は母子家庭だった。末っ子が生まれた直後に事故で亡くなり、それからは

母の手一つで育てられてきた。

 四人姉弟の長女として生まれてきた夏海は、父が他界したあとから弟や妹の世話をする

ようになった。家族を養うために母親が夜遅くまで働いているため、年長者の自分が家事

や弟たちの面倒を見ざるを得なくなってしまったのだ。

 

 母親が残業で遅くなったときは自分が料理を作り、中学に入ったばかりの妹に勉強を教

え、サッカーをして汚れた弟の体操着を洗う。まだ小学校低学年の弟のイタズラを叱ったり、

とにかく休まることのない日々だった。

 最初の頃はよく料理を失敗したり、ケンカをなだめるつもりが逆に収拾をつかなくしてしま

った事もある。それでも不器用な夏海なりに、弟たちに寂しい思いをさせないようにと一生

懸命努力してきた。

 

 夏海にとって、弟たちが生活の全てだった。弟たちが喜んでいるのを見て自分のことのよ

うに感じられるし、弟たちのためだったらどんな辛い事でも我慢できる。お母さんばかりに大

変な思いはさせられない。死んでしまったお父さんの分まで、私が弟たちを幸せにしなけれ

ばいけないんだ。

 とても中学三年生とは思えない立派な決意を胸に秘め、夏海は今までを生きてきた。弟た

ちとの幸せな生活が、これからもずっと続くと思っていた。

 

 プログラムに選ばれたのは、まさにそんなときのことだった。

 

 怖かった。

 恐ろしかった。

 自分なんかがプログラムで生き残れるはずがない。必死に逃げ続けたとしてもきっとどこ

かで殺されてしまう。

 

 そして夏海には、死ぬこと以外に恐れていることがあった。

 自分が死ぬということも、仲の良かったクラスメイトと殺し合いをしなければいけないという

ことももちろんそうだが、夏海が一番怖かったのは「弟や妹に会えなくなる」ということだった。

 

 うちにはお父さんがいない。だから私が代わりになってあげなくちゃ。

 私が弟たちを守るんだ。私が弟たちの面倒を見るんだ。私がやらなくちゃ。私が、私が――。

 家族への愛情と殺されることへの恐怖。二つの思考が交互に駆け巡りループしていく。それ

らは次第に絡み合い、二つの感情が徐々に混濁していった。

 

 嫌だ死にたくない私がやらないと私が守らないと死ぬ殺される政一たちが私も殺される守る

私がやらないとやらないといけないんだ殺すやられる前に守らないと弟たちみんな死ぬ殺され

る殺す殺す殺す私がやらないと殺す殺す殺してやる私が私が――。

 

「あ、あぁぁぁああおおぉぉぉぅううあああっ」

 感情の奔流が頂点に達し、それを押さえつけていた夏海の理性は完全に破壊された。抑制

されてきた心が感情の爆発により統合性を失ってしまったのだ。

 しばらくうな垂れていた夏海は、何かを思い出したかのように立ち上がると体を引きずるよう

ゆっくり歩き始めた。

「うん、大丈夫。お姉ちゃんに任せて。私が、みんなを守ってあげるから。……ふふふっ、そん

なに心配しないで。お姉ちゃん銃を持ってるんだから。大丈夫よ、死んだりしないわ。だから良

い子にしていてね。お姉ちゃん、すぐに終わらせて帰ってくるから。うん、うん。そうね、じゃあ

今日のご飯は直也の好きなカレーにしてあげるからね」

 

 すでに彼女の頭に正常な意識は存在していなかった。弟たちへの愛情と恐怖心が入り混じ

り、夏海は二度と抜け出せない狂気の中にいた。

 

【残り27人】

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