中盤戦:33





「あ〜あ、死んじゃったか」

 高梨亜紀子(女子10番)は港に停泊させてある漁船の甲板に座りながら、ため息混じり

に呟いた。いつもならば電球が灯りそれなりに活気付いているこの港も今は静寂に満ち、

打ち寄せる波の音だけが港の空気を震わせていた。

 地図で言うH−2エリア、決して大きくはない沙更島の港に彼女はひとりでいる。武器らし

い武器は持っておらず、周りには見張りをしてくれている仲間の姿もない。気が抜けている

というよりも、もはや無謀としか言いようがなかった。

 

 しかし亜紀子の顔を見る限り、その事について気にしているようにはまったく見られない。

意地や強がりといった表面的な余裕ではなく、何らかの理由がある確固たる余裕。

 その理由は、彼女の手の中にあった。

 

「長月さんも偉そうにしていたわりに大したことなかったわね。これじゃあいつの装備を強く

しちゃっただけじゃないの」

 闇夜の中でぼうっと光る液晶画面。そこには赤いF−3、F−12という文字。そこから徐々

に遠ざかっていく青いM−1という文字が表示されていた。

 亜紀子が握っている携帯電話ほどの機械。これが彼女に支給された武器、高性能情報

探知機である。殺傷能力は皆無に等しいが、実用性の面で言えばプログラム中1、2を争う

ほどの武器だった。

 

 亜紀子はこの武器を使い、クラスメイトたちの行動を無意識のうちに誘導してやろうと考え

ていたのだ。そうして互いの自滅を誘い、最終的には自分が優勝する算段だった。自分の

言葉によって運命を左右されるクラスメイトの姿を見ることができるし、亜紀子にとっては

一石二鳥の作戦だった。

 

 そんな亜紀子の思惑を知らずに、すでに数人のクラスメイトが彼女のもとから情報を入手

している。多少の嘘や誇張は入れたものの、亜紀子が与えた情報は全て『事実』だった。

 そのうちのひとりである長月美智子(女子12番)。友人を殺した誰かに復讐をするため、

犯人の名前と居場所を教えてくれと言ってきた美智子。

 彼女の顔を思い出し、亜紀子は堪えきれずに「ふふふっ」と笑いを漏らした。

 つい先程、探知機に彼女の死亡反応が表示された。復讐を成し遂げることなく、友人の

あとを追う形となったのだ。

 

 亜紀子はそれが愉快でならなかった。自分が与えた情報がきっかけとなり、美智子は命

を落とした。直接手を下していないとはいえ、普通ならば殺人による罪悪感を抱くことにな

るだろう。

 しかし亜紀子は違っていた。自分の手によって他人の運命が狂ったのを見て、たまらない

愉悦を覚えていた。

 これだから情報を集めることはやめられない。誰かが自分の情報に踊らされている様を

見るのは愉快以外の何者でもなかった。

 情報屋を受け持っているということは、誰かのプライバシーを覗いたりトラブルのきっかけ

を作るということでもある。亜紀子はその件で一度だけ教師に注意されたことがあった。

 

 そういうことをして後ろめたい気持ちにはならないの? 少しは相手のことを考えなさい。

 自分に注意を促した教師が言った台詞だ。

 反省している素振りを見せながら、亜紀子は心中で「馬鹿じゃないの」と毒づいていた。

 相手の気持ちを考えなさいとか言っているが、そもそも情報を売ってくれと頼んでくるのは

相手の方からなのだ。自分から積極的に他人の秘密などをバラ撒いているわけではない。

相手が望んで情報を求めてくるのだから、双方の合意が成り立っている。

 後ろめたいとか、罪悪感を感じないのかという台詞にしたってそうだ。

 そういうのを気にするんだったら、自分は最初からこんな事をやっていない。情報を扱い始

めたばかりの頃はそういう感情も少なからず持っていたが、他人の運命や行動を左右でき

る情報の魅力に取りつかれ、次第にそんなことは気にならなくなっていた。

 

 今回のプログラムでも同じことが言える。事を起こすのは情報を得た本人であり、与えた

自分ではない。亜紀子はほんのちょっと、きっかけを作ってやっただけだ。

 他人を誘導することは悪くなんかない。この世界は『操る側』、『操られる側』によって成り

立っている。人間は多かれ少なかれ、誰かの人生を誘導して生きているんだ。

 だから、私のやっていることは悪いことではない。望む者がいるから、私は与えてやって

いるだけ。相手が望まなかったら、私は何もしない。

 

 私は、支配者なんだ。

 私には力がある。他人の人生を動かせるほどの大きな力が。その気になれば、今生き残っ

ているクラスメイト全員の運命を決定付ける事だってできるだろう。

 そう考え始めるとたまらなく愉快になり、亜紀子はまたくすくすと笑い出した。その瞳と表情

には、見るものをぞっとさせる邪悪な意思が宿っていた。

 

 私は支配者。

 全ては私の思い通りに動く。

 

 新たな獲物を探すため、亜紀子は再び探知機を作動させた。項目の中から《生徒探索》を

選択すると、会場に散らばる生徒全員の現在位置が表示される《全体表示》と指定した生徒

の位置が表示される《指定表示》の文字が画面上に表れた。

 少しだけ考え、亜紀子は《全体表示》のほうを選んだ。誰が一番近くにいるのか確認してお

きたかったからである。

 それからすぐに、画面に沙更島の全体図が表示された。生存者を示す青いM−1やF−1

といった反応と、死亡者を示す赤い反応が地図上にずらっと映し出された。

 亜紀子を示す反応は青いF−10という文字。そこから一番近くに表示されているのは、青

いM−11という文字だった。

 

 Mの11っていうと……中村和樹(男子11番)か。

 亜紀子はすぐさま考えを巡らせた。中村和樹といえばクラスでもトップクラスの運動能力を

持っている。何をするにも他人のことも考えている面倒見のいい性格だ。とても頼り甲斐が

あり、クラスの兄貴分のような生徒だった。

 真正面から戦えば自分が勝てる相手じゃないだろう。和樹の武器がハズレ武器だったとし

ても、素手で押さえつけられてしまいそうな気がする。

 だがそれは、”真正面”から戦えばの話だ。

 亜紀子は探知機を操作し、このプログラムにおける中村和樹の個人情報に目を通す。

 

 男子11番/中村和樹

 殺害数/0人

 接触人数/0人

 精神状態/通常

 

 ――ざっと表示された情報を見て、亜紀子は彼が無害な人物だと判断した。

 ただここに表示される精神状態は正確なものではないらしい(政府側が盗聴器からの音声

だけを頼りに判断しているから)し、支給武器が分からないこともあるから気を抜かないよう

にしなければならない。

 負ける気なんて、しなかったけど。

 

 

 

 

 

「くそっ……何で誰も見つからないんだ」

 しんと静まり返る街道。

 額に浮かんだ汗を拭いながら、中村和樹は家の塀にゆっくりともたれかかった。

 和樹のいる場所は街路樹が立ち並ぶ大通りである。通りの北側には白い外壁をした三階

建ての病院が、南側にはたくさんの漁船が停泊しているであろう港がある。

 もしかしたら船で脱出できるかもと考えたが、政府がそんな簡単な逃走手段を見逃しておく

はずがないし、この忌々しい首輪をつけている限り海に逃げたところですぐ連中に気づかれ

てしまうだろう。

 そうなったらこの首輪から猛毒が注入され、ものの十数秒で死に至ってしまう。苦痛に歪ん

だ二ノ宮譲二の顔が蘇り、和樹はすぐにそれを打ち払った。友達が死んでいく光景なんて思

いだしたくもない。

 

 和樹はズボンから携帯電話を取り出す。現在の時刻は午後十時十分。二回目の放送まで

あと二時間近くある。

 最初の放送の後も数え切れないほどの銃声が聞こえてきた。これ以上犠牲者を出さない

ために会場を走り回っていたのに、クラスメイトは誰一人見つからないまま銃声だけが和樹

の元に届いてくる。

 

 認めたくないけど、このクラスでやる気になっている奴は確実にいるんだ。それも一人じゃ

ない。複数いなければこんなに銃声が聞こえてくるもんか。

 和樹はどうしようもなく悲しい気分になった。自分と同じ十五歳の人間が、ついさっきまで友

達と呼び合っていた人間を殺している。輝かしい未来を奪っている。

 生き残るためにはそうするしかないとは分かっている。分かっているだけに、彼はとてもせ

つない気持ちに陥ってしまう。

 悲しかった。自分たちが進むべき道は血に染まった道しかないのだろうか。その道の果て

に辿り着いたときに歩みを振り返り、そこに転がる数多の屍を見て本当に何も思わないの

だろうか。

 

 俺たちが殺し合って何になるんだ。こんな戦いは無意味なんだ。早く、早くこの戦いを終わ

らせないと――。

 そう思った矢先、こちらに向けて歩いてくる人影を発見した。遠い上に暗くてよく分からない

が、どうやら女子生徒のようである。

 

「……そこにいるの、誰?」

 歩みを止め、人影が声を発してきた。

「中村だ。その声は――高梨か?」

 名前を読んだ相手、高梨亜紀子は両手を肩の高さに上げながら慎重な足取りで近づいて

きた。

「一応聞いておくけど、あんたやる気じゃないわよね?」

 亜紀子の視線が右手のウィンチェスターに向けられていることに気づき、和樹は慌てて銃

口を下ろす。

「もちろん。俺は皆と殺し合いをするなんて絶対にゴメンだ。だいたいこんな事したって何に

なるっていうんだよ」

 両手を大きく広げ、やる気が無いことを精一杯アピールする。

「高梨、俺は仲間を探していたんだ。戦いを止めさせて、皆でここから脱出しよう」

「……じゃあ、私のこと信用してくれるの?」

「当たり前だろ。俺たちクラスメイトじゃないか」

 亜紀子は喜びと安堵の混じった顔を浮かべ、和樹のもとに駆け寄ってきた。

 しかし――。

 

「――?」

 和樹との距離が二メートルほどの所まで来たとき、亜紀子はその足を止める。

「……ダメ。私、やっぱり一緒には行けない」

 頭を横に振り、沈鬱そうな顔を浮かべる。

「な、何でだよ? 俺、お前のこと殺そうとなんて思ってな――」

「違う。あんたのことを疑っているわけじゃないの」

「じゃあ何で」

 亜紀子はしばらくの間沈黙を守っていたが、ぐっと息を呑んでからゆっくりと口を開く。

「……凪那を探さないと」

「凪那って……荒月のことか」

 荒月凪那(女子2番)。パソコンをはじめ、コンピューター関係の知識に秀でている生徒だ。

常にノートパソコンを持ち歩いており、休み時間に友人たちとネットサーフィンをしているのは

もはや見慣れた光景だ。

 その凪那と一番仲が良いのが、趣味の似ている亜紀子だった。なので和樹は、亜紀子が

凪那に会いたいと言うのをさほど疑問に思わなかった。

 

「じゃあ、俺も一緒に探してやるよ。一人で行動するのは危険だ」

 亜紀子は薄く微笑み、再び首を横に振る。

「ううん。これは私の問題だから、私ひとりで探すわ」

「けど」

「私には私のやるべきことがある。あんたの気持ちは嬉しいけど、私の他にも助けを必要と

している奴らはいるはずよ。そいつらを先に助けてやって」

 和樹は「でも」と言おうとしたが、自分を真っ直ぐ見つめる彼女の目を見て口をつぐんだ。

「……分かった。けど、あまり無茶はするなよ」

「そっちもね」

「それと、よかったらこれも持っていってくれ」

 和樹はウィンチェスターの先端部分に付いていた銃剣を取り外し、それを亜紀子に差し出

した。これにはさすがの亜紀子も目を丸くしていた。

「でもこれ、あんたの――」

「いいんだ。俺にはまだこいつがあるし、それはお前が持っていってくれ。護身用……ってわ

りにはゴツいけどな」

 おどけた調子で言ってみせる。

 

「……ありがとう」

「荒月を見つけたらまた会おうぜ。約束だ」

「分かったわ。――そうだ。これをくれたお礼に、私の知ってることを教えてあげる」

「知ってること?」

「役に立つかどうか分からないけど、ここに来る途中――F−2の小学校のあたりで田中さん

を見たわ。私も彼女もひとりだったし、怖かったから話しかけなかったけど……もしかしたら

仲間になってくれるかも」

「F−2か……分かった。すぐに行ってみるよ」

 和樹はウィンチェスターを握り直し、小学校のある北の空に目を移す。

「じゃあ、私もう行くわね」

「ああ。役に立つこと教えてくれてありがとな」

 遠ざかっていく中、自分に向けて手を振ってくれる亜紀子。

 それを見るだけで、今までの疲れが全て吹き飛んだような気がした。

 

 

 

 和樹の姿が完全に見えなくなったのを確認すると、亜紀子は楽しそうに笑い声を上げた。

「あはははははっ! まさかこんなに簡単にいくとは思わなかったわ! しかもあの馬鹿った

ら、何も知らずにこんなものまでプレゼントしてくれるんだから!」

 お人好しだとは思っていたが、まさか自分の言葉を疑いもせず鵜呑みにするとは思ってい

なかった。スムーズに事が進むとは思っていたが、まさか自分に武器まで与えてくれるとは。

 

 もしこれで和樹が死ななくても、別の誰かを誘導させてやればいいだけのこと。何も案ずる

ことはない。情報さえあれば、私は無敵なのだから。

 亜紀子は田中夏海(女子11番)の個人情報を眺めながら、この先起こるであろう事態を想

定してニヤニヤと笑い始めた。まるで悪魔のような、邪悪な笑みを。

 

 女子11番/田中夏海

 殺害数/0人

 接触人数/0人

 精神状態/発狂

 

【残り27人】

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