中盤戦:31





 井上凛が、真摯な瞳で自分を見ているのが分かった。

 先程の告白。その答えを待っているのだろう。

 悠介は横目で凛の顔を一瞥した。

 

 ……可愛いな。

 

 自分の美的感覚が正常かどうかは分からないが、凛は世間一般の基準に当てはめて標準

以上の容姿だと思う。つぐみや黒崎刹那、高梨亜紀子らのように飛びぬけた美貌というわけ

ではないが、ぽわーっとした柔らかい雰囲気はとても魅力的だ。

 そんな凛が、自分を好きと言ってくれた。

 

 誰かから『好き』なんて言われたことのない悠介にとって、それはとても嬉しい言葉だった。

普通の男子生徒だったら快くOKの返事を出すだろう。

 だが今の悠介にとって、その言葉はとても複雑なものだった。

 

 何で、だよ。

 何で今になって、そんなことを言うんだよ。

 俺はゲームに乗っちまったんだ。もう人を殺しちまったんだよ。

 つぐみを死なせたくない。お前のことも殺さなくちゃいけないんだ。

 なのに何で……。

 

 何で、俺のことを好きなんて言うんだよ!

 

「浅川くんが私のことどう思っているのか分からないけど」

 自分のことを好きだといってくれる少女の一言一言が、ナイフのような鋭利さを持って悠介

の心に突き刺さる。

「私、浅川くんと話してるとき凄く嬉しかった。学校に来て浅川くんを見るのが楽しみだったし、

たまに学校休んでいると凄く残念だった。浅川くんと楽しそうに話している会長を見て胸が痛く

なったこともあった。私たちもうすぐ卒業して別々の高校に行くけど、浅川くんと一緒の高校に

行って一緒のクラスになって、ずっと、ずっと一緒にいたいって思ってた。浅川くんが近くにい

ないの、私嫌だったの」

 

 それはどこまでも純粋な想い。その言葉は湧き水のような清涼さを持ち、様々な感情と想い

が駆け巡る悠介の心に広く、深く染み渡っていく。

 

「好きっていうのは人それぞれかもしれないけど……これが私の、あなたを好きっていう気持ち

です」

 凛は目をぎゅっと閉じた。自分の気持ちを包み隠さず、全部彼に伝えられた。涙が出てきそ

うだった。

 凛は気づいていなかったが、このとき悠介の手は小さく震えていた。歯を食いしばっており、

その顔は葛藤しているようにも見える。

 やがて悠介は、その顔を凛の方に向けた。

 

 すでに二人の命を奪った、ベレッタの銃口と共に。

 

「何で、そんなことを言うんだよ……」

 それはいつもの悠介の声より、少しくぐもっているように聞こえた。

「俺はプログラムに乗っちまったんだよ! もう二人も殺してる! 俺はお前の言うような優しい

人間なんかじゃない、ただの人殺しなんだよ! お前のことだって、殺そうとしてるんだぞ!」

「…………」

「俺はたぶん、つぐみのことが好きだ。お前が言ってくれたような気持ちが『好き』ってことなら、

俺もつぐみのことが好きなんだと思う」

 自分のことを好きだと言ってくれた少女に対してこの発言は、あまりにも残酷すぎるかもしれ

ない。凛を侮辱しているようで悠介も引け目を感じているのか、複雑そうな表情を浮かべてい

た。

 それでも悠介は、自分の素直な気持ちを伝えておきたかった。嘘偽りのない、心からの本音

で。

 凛が、そうしてくれたように。

「頼むから……俺のことを好きだなんて言わないでくれ。そうでないと俺、お前のこと――」

 

お前のこと、殺せなくなるじゃないか!

 

「ごめんなさい……でも私、どうしてもこれだけは言っておきたかった。今言わないと、言えない

まま死んじゃいそうだったから……」

 後悔していない。たとえここで悠介に殺されてしまったとしても、自分がずっと想ってきたこと

を伝えられたのだから。

 だから凛は後悔していない。自分のやりたいことを、やらなければいけないことを成し遂げた

のだから。

 

 ベレッタの銃口が、ぴったりと自分の額に向けられている。銃を撃ち慣れていない自分たち

でも、この距離ならば外さないだろう。

 

 ――ああ、私死んじゃうんだ。

 

 凛はそんなことを考えていた。自分だって死ぬのは怖いし、痛い思いをするのは嫌だ。銃で

撃たれれば痛みを感じる間もなく死にそうだけど、やっぱり撃たれるのは怖い。

 でも、なぜだろう。

 彼になら、殺されてもいいと思っている。

 

「……怖く、ないのか?」

「死んじゃうのは怖いけど……浅川くんにやられるんだったら、それでいいと思う」

 凛は本当に、そう思っていた。

「一発で終わらすつもりだけど、怖いんだったら目をつむってもいいから」

「うん」

 凛は言われたとおり、ゆっくりと目を閉じる。

 これで最後になるであろう世界の景色を、その目に焼きつけて。

 

「……なあ、井上」

「なに?」

「俺なんかを好きになってくれてありがとな。告白されたとき、結構嬉しかった」

 嬉しかった。

 彼のその一言は凛から恐怖や不安といったものを全て消し去り、溢れんばかりの熱さと喜び

で彼女の胸を一杯にした。

 絶対に泣くまいと思っていたのに、両目から涙がぼろぼろとこぼれ落ちてきた。

 ――この人を好きになれて、本当に良かった。

 それが、井上凛の最後の想いだった。

 

 浅川悠介は動かなくなった凛の死体を抱きかかえ、丘のなだらかな斜面の上に横たえた。

「井上。俺、あいつに言ってみることにするよ。お前みたいに上手く言えるか分からないけど、

お前見てたら俺も負けてらんないって……ようやく決心がついた」

 両手を胸の前で組ませ、顔に飛び散った血をハンカチで拭き取った。

「ほんと、感謝してる。ありがと」

 ありがとう。

 他愛もない言葉なのに、もう長い間口にしていない気がする。

 

 凛のデイパックを開けて中身を確認してみる。水や食料のほかに、紺色のポシェットが入って

いた。これが凛に支給された武器なのだろうか。

「こんなんじゃ戦えるわけないよな」

 政府に対する不快感に顔を歪め、手に取ったポシェットを彼女のデイパックに戻す。

 そんな時、背後からざっ、という土を踏みしめる音が聞こえた。

 振り返った先にあるのは、怒りに顔を歪めた女子生徒の姿。高めの身長に後ろで結ばれた

髪。その右手には、銀色の輝きを放つ脇差が握られている。

「見つけた……」

 それは地獄の底から聞こえてきそうな、幽鬼のような声だった。

「やっと見つけたわよ……浅川悠介っ!!」

 長月美智子(女子12番)は悠介が銃を撃つよりも早く脇差の射程圏内に到達し、彼の首筋

目がけ横薙ぎに振り払った。

 ひゅおんっ、という空気を裂く音がした直後、悠介の頬に鋭い痛みが走った。

 

井上凛(女子3番)死亡

【残り28人】

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